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第1章 オルドウ編
夕連亭 27
しおりを挟むヨマリさんを床に横たえ、こちらもロープで拘束。
武器や魔法具、宝具など危険なものを持っていないかの確認も終了。
想定とは随分と異なる流れになったが、なんとかここまで辿り着くことができたな。
これで、あとはどう始末をつけるかだけだ。
一息つく俺の傍らには、対照的な様子を見せるウィルさん。
気を失ったまま拘束されている3人の横に立ち尽くしている。
ウィルさんは俺を助けようとしてくれたし、庇うような行動もとってくれた。
だから、拘束する必要はない。このままでも問題ないだろう。
それでも、警戒を怠ることはできない。
前回も気が緩んだところで、やられてしまったのだから。
そういえば、記憶は曖昧なのだけど……。
前回はリセットする間際にベリルさんが食堂に入って来たような気がする。
ベリルさんのことも一応用心した方がいいな。
とにかく、今回は全てにおいて最後まで気を緩めずに進める必要がある。
もうやり直すことはできないのだから。
ということで。
「安心してください。ヨマリさんの命に別状はありません。気絶しているだけですので」
「あ…いえ、あの、ごめんなさい。母があんなことを」
「私は大丈夫です、それより…」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
必死に謝ってくれるウィルさん。
頭を下げたままだ。
こぼれ落ちる涙が床を濡らす。
「そんなに謝らないでください、ウィルさんは悪くないのですから」
「でも、でも、母さんが」
「まあ、そうですが…」
ヨマリさんには前回は命を奪われ、今回も狙われた。
赤の他人なら理解などできないし、する気もない。
そして、許すこともない。
でも、ヨマリさんは……。
出会ってからの時間は短いが、俺がリセットでやり直しているせいで、図らずもそれなりの時間を共に過ごしてしまっている。
その人となりも、ある程度は理解しているつもりだ。
それに、食堂での話を2度も盗み聞きした上に、さっきの会話。
真実など分からないし詳しい事情も知らないが、何となく状況は理解できる。
ヨマリさんの心情も。
おそらく推測できていると思う。
「命を助けてもらったのに……。ごめんなさい」
「もう、いいですよ」
「ごめんなさい」
結局、ウィルさんが落ち着くまで4半刻、ヨマリさんが意識をとり戻すのにさらに4半刻の時間が必要だった。
その間、覚醒しかけた2人組には再度眠ってもらうことになったのだが。
「うっ……」
「母さん」
「ウィル……これは?」
戸惑った表情を見せるヨマリさん。
気が付いたらロープで後ろ手に拘束され、床に横たわっている状況だからな。
「母さんがコーキさんを襲って、それで」
「ああ……。そういうことね」
ロープで拘束されたままの状態ではあるが、器用に体を起こし床に座る。
「さて、どういうことか説明してもらえますか?」
「……ごめんなさい。話すことはできないわ」
こちらを見上げてくるその眼に敵意は感じられない。
諦念からなのか穏やかな色さえ見せている。
「とは言いましても、このままでは私も納得できませんよ。話せないなら、ヨマリさんとそこの2人をこのまま警備兵にでも引き渡しましょうか」
「母さん、コーキさんは信用できる人なのだから、話したっていいでしょ」
幾分落ち着きを取り戻したウィルさん。
ヨマリさんが目覚めたら、事情を話すと言ってくれた。
「ウィル、それはできないわ。何も話せない。コウキさんには、それで納得してもらうしかないのよ」
「母さん!」
「コウキさん、あなたは私たちの会話を聞いていたのよね。それなら、私が話せない事情も察しがつくでしょ」
「……」
その通り。
一族とかウィルさんが実は女性だとか、そんな内容を耳にして何の想像もしないわけがない。
それに、ヨマリさんの動き、気配の断ち方からも察することはある。
「コウキさんが納得できないのは当然。また、こうして私がお願いするのも筋違い。そう、分かっているわ」
感情を高ぶらせることもなく、静かに淡々と語ってくる。
そこにあるのは諦念ではなく、ある種の覚悟なのか。
「それでも、今は何も話せないの。話すぐらいなら死を選びます」
「っ!?」
この言葉にはウィルさんも驚いたようだ。
俺も少し驚いた。
「母さん、そこまで隠すことなの? 命より大事なの?」
「そうよ。あなたももう分かるでしょ」
「分からない、分からないわよ」
「そう。……結局あなたはなりきれないのね」
ため息をつくようにヨマリさんが囁く。
「姉さんと同じ」
耳を澄ませてようやく聞き取ることができるような声量。
「母さんが話さないなら、私が話すわ」
決然とした表情でヨマリさんに言い放つ。
「ウィル、あなたが話すというなら。私を殺してからにしなさい」
激しているウィルさんとは対照的に、ヨマリさんは終始穏やかな語り口。
話している内容とのギャップに戸惑う程の静やかさだ。
「そんな!」
「……」
「どうして、そこまで」
「……」
沈黙の中に不動の意志を感じさせるヨマリさん。
こうなると、ウィルさんも言葉がない。
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