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第1章 オルドウ編
夕連亭 1
しおりを挟む道場での立ち合いの後、ジルクール流の稽古をしばらく見学していたため、思いのほか時間が経過してしまった。もう9の刻(18時)に近い。
ウィルさん親子と約束していた夕食の時間に間に合うように、薄暮のオルドウを駆ける。
「何とか間に合ったか」
ひとり言を呟きながら夕連亭に入る。
「あら、コウキさん、そんなに息を切らして大丈夫ですか?」
部屋に戻らずそのまま食堂に入ると、そこにはウィルさんのお母さん、ヨマリさんがいた。
「すみません、大丈夫です。走って来ましたもので」
「遅れても私たちは問題ありませんのに。どうぞ、お水を召し上がりください」
そう言ってテーブルの上にある木製のコップを手渡してくれる。
「ありがとうございます」
ふぅ~。
水を飲んで、人心地ついたようだ。
「ふふふ、良かったです」
「それでは、ヨマリさんとウィルさんの再会を祝して、かんぱーい!」
ヨマリさんとウィルさんの3人で囲む食卓には大皿に盛られた料理がこれでもかとばかりに並んでいる。今夜は最初からウィルさんも参加だ。
「はい、乾杯」
「乾杯。でも、その乾杯は先日もしていただきましたのに」
「あの時はウィルさんの合流が遅かったから、仕切り直しですよ」
「はあ、では、ありがたく」
「コウキさん、ありがとうね」
「そんな、何度もお礼の言葉はいただきましたから、それに先日は御馳走になったし、お礼はもういいですよ」
「そうじゃなくてね、こうして楽しくお食事をいただけるのもコウキさんがいるおかげだと思いましてね」
「そうですよ、コーキさん。母とふたりきりなら、こんなに盛り上がりませんから」
「はあ、お役に立てたのなら嬉しいですけど……まあ、冷めない内にいただきましょうか」
「そうしましょ」
大皿料理を3人でいただくのだが、やはりちょっと多すぎるような気がする。ふたりは気にせず食べ進めているが、こちらはペース配分を考えながらいこう。
「昨日に続き夕連亭での食事になりますが、お口に合いますか?」
「ええ、とっても美味しいです。今日は前回と違う料理も沢山あって、その点でも楽しいですね」
「オルドウは交通の要衝ですから、物資が色々と集まって来るのですよ。食材も同様でして、ですから様々な料理をお出しすることができるんです」
「なるほど。そういえば、オルドウの街中で多くの旅人や商人を見かけますが、そういうわけなのですね」
「ええ、まあ、それもありますが、ここ最近はレザンジュ王国から来られる方が多いからではないでしょうか」
「レザンジュ王国?」
初めて聞く国名だ。
「コーキさんは噂を聞いていませんか?」
「そうですね」
「オルドウでも結構な噂になっているのですが、レザンジュ王国で内戦がありそうなのですよ」
「内戦ですか」
そうかぁ。
この世界でも戦争が起こっているんだな。
「レザンジュ国内のワディン辺境伯と王家との間で内戦が起こるという噂です。そのワディン辺境伯領がオルドウの東に位置しておりますので、戦から逃れるためにオルドウに来る者が多いというわけです」
内戦の原因は、オルドウでも一般には知られていないそうだが、宿という職業柄さまざまな情報が入ってくるウィルさんはいくつかの推測を語ってくれた。
王国の4分の1の領土を有するワディン家が王家にとって目障りになった、ワディン家が独立を狙った、ワディン家が神娘と呼ばれるその長女と王家との縁談を断った、など。
「実際に戦火から逃れるためにワディン領からやって来た人が街中で多く見られるということは、内戦の可能性も高そうですね」
「ええ。そして、内戦が現実化しますと流入者は更に増えるはずです」
となると、宿に客が溢れるのでは。
「部屋が足りなくなる可能性もありますか」
「当分はそういうこともないでしょうが。もしそうなると、ワディン領の方には申し訳ないですが、我々のように宿を営む者にとってはありがたいことですね」
「……」
部屋がなくなる前に追加で予約しておく必要がありそうだ。
しかし、戦争とは嫌なものだな。
こればかりは、どこの世界でも同じか。
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