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第1章 オルドウ編
序14
しおりを挟む明日で30年。
10歳の時、あの世界へと渡った日が30年前の明日だ。
ここ数年は淡々と日々を過ごしてきた。
なるべく何も考えないようにして。
だけど。
「……」
明日で一区切りをつけようと思っている。
さすがに、もう……。
もう……。
諦めなきゃいけない。
そう、諦めなきゃ。
……。
明日何も起こらなければ現実と折り合いをつけて暮らしていこう、そう思う。
それもあって、ここ数日は異世界関連の物を処分するための整理を始めている。
あらためて見てみると使い道のないガラクタのような物も沢山あるが、今となっては全て懐かしい品々だ。
こいつらともお別れか。
「はぁ~」
寂しさとも虚しさとも判別がつかない複雑な感情が心を締めつけてくる。
あの世界。
異世界。
……。
10歳のあの時、確かに俺はあの世界に足を踏み入れた。
ずっと、そう信じてきた。
でも、今やもう……。
その記憶が俺を食らい尽くし、今では現実か空想かの区別も難しい。
それでも、あの時の記憶は未だ色鮮やかに俺の心に浮かんでくる。
異世界の綺麗な街並み、頬を撫でる鮮烈とも思える異世界の風。
初めて見た魔法の信じられない程の美しさ。
魔球の感触。
勝利の喜び。
全てが俺の心に手に鮮明に残っている。
忘れられない……。
それが全て俺の幻想だなんて!
そんなはずはない!!
でも。
それでも、あの世界が実在するという確たる証は……。
力はある!
あの力を今も俺は使うことができる。
それが俺の拠り所だった。
けど、本当にそれが異世界の存在の証になるのか?
……。
分からない。
全ては記憶違い。
俺が狂っているという可能性も。
……。
狂っている。
10歳の頃からずっと。
「ハッ、ハハハ」
……笑えるな。
「ハハハハハハ……」
全てを異世界のために費やしてきたというのに。
道化ここに極まれりだ……。
30年経過。
僅かなまどろみの後、清浄な早朝特有の空気が40歳の俺に理不尽な答えを突き付けてくる。
「……30年、か」
あぁ。
潮時かな。
潮時だな。
とはいえ、今さら……。
「はぁ……」
枕元に置いてある懐中時計を手に取る。
幼い時に曾祖父からプレゼントされたお気に入りの銀の懐中時計。10代の頃はずっと使い続けていたものだ。
そんな思い出の懐中時計もいつの間にか記憶の片隅に追いやられ、腕時計や携帯電話にとって代わられていたのだが、ここ数日の異世界関連品整理の最中にクローゼットから出てきたんだ。
異世界関連品と共に廃棄しようかと考えて手にとってみたところ、表面の銀が硫化して黒ずんではいるものの問題なく作動するのを確認。どうやら、故障していると勘違いしていたようだ。
普通に動くとなると、曾祖父からもらった思い出の品を捨てるというのも躊躇われる。それに、懐中時計を手に取って眺めていると不思議なことに今の俺に馴染むような気がしてくる。
ということで、久々に使うことにしたのだ。
その時計が教えてくれた時間は、5時30分。
「……」
「…………」
「………………」
ああ……。
ついに30年が経過したな。
でも、何も起こらない。
何も変わらない。
いつもの通り、普段と変わりない朝。
使い慣れた自分の寝室、自分のベッド。
その中にいる40歳の俺。
随分とくたびれてしまったな。
でも。
「……」
ああ、そうだ。
どちらにしても。
今の自分にけりをつけるしかない。
そうだろ。
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