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第1章 オルドウ編

序12

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 10年経過したこの秋。

 武志が亡くなった。
 事故だったらしい。

 ……。

 ここ数年疎遠だったけれど、武志は俺にとって話の合う弟のような存在だった。
 あいつと異世界の話をしたかった。
 異世界が実在すると教えてあげたかった。
 きっとキラキラと目を輝かせて話を聞いてくれただろうに。

 何でだよ。
 正義のヒーローになるんじゃなかったのかよ……。
 

 幸奈も幸奈の家族も、目に見えて落ち込んでいるのが分かる。
 当然だ。

 妹の香澄も落ち込んでいる。
 あいつも子供の頃は武志と仲が良かったからな。

 くそっ!!

 何かできることがあったんじゃないのか。
 後悔だけがずっと消えずに残っている。





 11年経過。
 幸奈が交際を始めた。
 俺の知らない相手だ。

 ……。

 20歳を超えているのだから、何もおかしいことはない。
 今まで誰とも付き合っていなかったのが不思議なくらいなのだから。

 その相手に、武志を亡くしたことで空いた心の隙間を埋めてもらえれば。
 そう思う。

 武志を亡くした昨年の秋から冬にかけて、幸奈は病気なのじゃないかと思うくらいやつれていた。何とかしてやりたいと思ったけど、結局俺は何もすることができなかったから。

 今の幸奈との関係では……。

 だから、これでいいんだ。





 12年経過。
 大学4年生となり、大学院進学と就職で迷っている。
 どちらを選ぶべきなのか。共に選ぶ価値があるものだけに難しい。

 とはいえ、来年こそはあちらの世界に行けるのではないかと内心では思っている。  
 そのため、院も就職も必要ないという考えがどうしても頭に浮かんでくる。

 そう、20歳で大人でないのなら、大学卒業で大人と見なされるはずだ。
 来年こそ、冒険が始まるに違いない。

 準備も完璧とは言えないまでも、これまで努力してきたのだから、10歳の頃と比べると雲泥の差があるだろう。これなら神様も納得してくれる、そう信じている。

 それでも、来るべきその日まで努力を怠るつもりは無い。
 置手紙もメモも準備万端、作り込んでいる。
 置手紙は15版だし、メモにいたっては33枚だ!!

 ……。

 武道の方では、かなり大きな大会で優勝を経験した。昨年始めた新しい格闘技もまずまず様になってきた。柔道、居合も含め概ね順調と言えるだろう。
 例の能力の方も進境著しいと自負している。

 家族とはそれなりに上手くやっている。家族としても、俺の生活態度には慣れたものなのだろう。
 友人関係は大学時代に新たに築いたものが幾つかあるが、あまり深い関係は築けていない。これもひとつの課題だとは理解しているが、時間不足は如何ともしがたく…。

 幸奈と会う回数はめっきり少なくなった。

 あいつ、元気かな……。





 13年経過。
 異世界には渡れていない。
 結局、大学卒業後の進路は就職を選択した。
 後々のことを考え1人暮らしも始めた。





 15年経過。
 まだこの世界にいる。
 今年中にはあちらに渡れるのだろうか?
 今までは蓋をしていた不安の口が開き、心の中は疑心で溢れている。

 ……。

 10歳の頃から今までずっと努力してきた。
 来る日も来る日も、身体を鍛え様々な訓練を行い、多くの技術の習得のためにできることは何でも試してきた。

 友人付き合いを控え、女性と遊ぶこともなく、酒、たばこなどにも手を出さず、贅沢をすることもない。ただひたすら、異世界のことを考えて頑張ってきた。

 色々と大変だったが、耐えることができたのは異世界へ渡るという一念があったからこそ。異世界の前では、他の全てのものは色褪せて見えたから。

 だけど、疑心を抱いてしまうと……。

 だめだ。
 それでも、努力を続けないといけない。





 17年経過。
 幸奈が結婚した。
 結婚前の言葉が頭から離れない。

「プロポーズされたんだけど」

「結婚していいのかな?」

「結婚するよ」

「付き合うのとは全然違うんだよ」

「ホントにホントに結婚するよ」

「…………もういい。結婚する」


 俺に何ができるって言うんだ!?

『結婚なんて、やめろよ!』

 そんなこと言えるわけがない。
 俺はあっちに行くんだ。
 この世界に幸奈を残して。
 俺にできることなんて……。


「……」


 そんな俺はまだこちらの世界にいる。




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