邂逅〜封印されし宝具と悠久を彷徨う武人

narahara

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現世

香と祝詞の家

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家が近づくにつれ、涼馬の心は重くなる。

次第に強まっていく香の匂い。

祝詞の声。

何回、通報され、警察官がやってきただろう。

その度に“信仰の自由”、“宗教迫害”と、母と信者達が大袈裟に騒ぎ立て、追い返す。

困ったことに、信者の数はますます増えていき、母のおかげで近所の白い視線は涼馬にも突き刺さる。

もちろん、母親といっても実の母でないことはわかっている。

しかし、物心がついた頃から母として存在し、母として涼馬を育ててくれていたので、気に入らない事があるからと突き放すことは出来ない。

もし血の繋がった親子であれば、好き勝手に文句も言えるのだろうが、どうしても育ててもらったという遠慮が出てしまい、心のうちをさらけ出すことが出来ない。

“大地の母と生きる会”にしても、子供の頃に高熱を出し、入院をした時に、入信したと聞いている。

ふぅ、、、

家の前で一息を吐き、玄関の扉を開ける。

“涼馬坊っちゃん、、、”

“涼馬坊ちゃんが帰ってらっしゃいましたよ”

“心配したんですから”

玄関前の廊下に居た信者が次々に声をかける。

「涼馬っ!」

奥からドタドタと母が現れる。

ワンピースにジャラジャラと霊験あらたかという触れ込みのデカい珠が連なるネックレスを幾重にもかけて。

「心配したのよ。勝手に外に出かけるんだもの。瑞江さんがあなたの部屋に様子を見に行って、ドーマーが置きっぱなしなのに気付いてくれたのよ」

チッ、、、

また、勝手に部屋に入って来たのか、、、

瑞江というのは母親の側近を気取るお調子者のおばさんだ。

善意があるなら、何をやっても許されると思い込んでいる面倒臭いタイプ。

涼馬にとって困るのは、家に押しかけてくる信者達が、揃いも揃って“善人”だということだ。

これが嫌な奴であれば、思い切り邪険にできるのに。

皆、“善人”ばかりで、揃いも揃ってお節介なのである。

“小さな親切、大きなお世話”

という言葉を投げつけなたくなるが、キラキラした目で見返されると文句を言うことが出来ない。

彼らと共に居るのが鬱陶しく、また、日中は祝詞の声と香の香りが絶えることがないため、事件が起こる前、涼馬は部活、あるいは図書室で放課後を過ごし、信者が帰る頃に帰宅するのが日課であった。 

過干渉の母は用事がなければすぐ帰宅することを望んでいたが、スマホにGPSアプリを入れ、居場所を明らかにする条件でそれを許すようになった。

道満が車でコンビニにやってきたのは、その位置情報で涼馬の居場所をチェックしたのだろう。

車が車庫に入る音がする。

道満が戻って来たのだろう。

“大地の母と生きる会”の会長、蘆屋道満。

かつて安倍晴明と争った陰陽師と同じ名だ。

胡散臭いことこの上ないと涼馬は思っているが、母を始めとする信者達は信じ切っている。

駐車場に繋がる階段の方から音がする。

道満と会うのが嫌で、その階段を避け、祭壇の置かれているリビングを、座った信者を避けながら通り抜ける。

なるべく祭壇には目をやらぬようにするが、どうしても目の端に入る。

太い蛇だかミミズだかわからないモノが何匹も絡み合い歪んだ球を形造り、そしてそこここから鎌首をもたげたような不気味な置物。

なんであんなモノを有り難がって拝むのかがわからない。

何が千匹の仔を孕んだ豊穣の神なんだか、、、

しかも黒山羊とか呼んでいるけど、ちっともヤギに似ていないだろ、、、

心の中で吐き捨てるように思う。

信者達の呟くような祝詞も気味悪く鬱陶しい。

子供の頃には、毎日、母と唱えていたのだが。

イァァイヤシュブニグラソウワ‥‥

信者達が真剣に唱える抑揚のない声に嫌悪感を感じつつ、部屋に入る。

チッ

思わず舌打ちをする。

先程まで寝っ転がっていたベッドが綺麗に整えられている。

机の上、カバンも整理されている。

勝手に部屋に入るなと何度も、何度も言っているのに、、、

“部屋の乱れは心の乱れですよ。遠慮なんかしないで下さい。水臭い、、、”

“涼馬坊ちゃんは、遠慮しなくていいんですよ、お任せ下さい、、、”

“私達は坊ちゃんの役に立つことが苦ではないのですから”

そんな言葉を言われ、一向に聞いてくれない。

片付けられた机の上に“大地の母と生きる会”のペンダントが置いてある。

数本の直線を組み合わせたドーマーと信者達が呼ぶ紋様がペンダントヘッドにあしらわれている。

家を出る時に忘れて、コンビニで忘れたことに不安に感じた護符だ。

子供の頃から付けているため、無いと落ち着かない。

母の宗教を疎ましく思っているのに、護符に安心する自分にも嫌悪感を覚える。

だが、習慣のように、ペンダントをかける。

そして、なんだか、安心する。

内鍵をかけるのを忘れた。

涼馬はドアの方に戻り、差し込み式の簡易な内鍵を閉める。

涼馬がいようがいまいが、お構いなしに入ってくる信者対策だ。

涼馬がホームセンターから買ってきて自分で取り付けた。

付けては取られ、付けては取られを繰り返し、とうとう向こうが音をあげたようだ。

もう勝手に取り外されることはなくなった。

結局、コンビニでは何も買わなかったな、、、

スマホとイヤホンを手にベッドに腰掛ける。

コンビニで遭遇した新任体育教師の藤原のことを思い出す。

今日、校舎裏で初めて会い、言葉を交わした。

そして、コンビニでの遭遇。

なんだか、昔から知っているような親しさを感じた。

そして、突風の中、歩いている杏奈を見つけて、血相を変え、安全なコンビニに来るよう呼びかけた時の真摯さ。

その姿が、なぜか強く胸に焼き付いている。

その横に居た黒服の男。

あれは、誰だ?

涼馬の家の前で部屋を見ていたのは確かだ。

そして、藤原先生のことを“若”という古めかしい呼び方をしていた。

二人が知り合いなのは間違いがない。

何なんだ?

訳がわからないことが多い。

いきなり吹きすさび、突然止まった突風。

その中を歩いていた杏奈。

学校の中と外では雰囲気が変わるのは良くあることだが、杏奈は不思議な落ち着き払ったオーラを放っていた。

そして、あのニタッというような邪悪さを感じさせる笑み。

コンビニに滞在した短い時間の内に色々とあり過ぎた。

スマホを操作し、どのプレイリストを聞くか考えている時、階下の玄関で騒ぎが起こった。



























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