邂逅〜封印されし宝具と悠久を彷徨う武人

narahara

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現世

緑と茶色のグラデーション

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涼馬は階段を駆け下り、部屋におさまらず廊下にまで広がる信者達の傍を通り抜け、家の外に出る。

通りに人は居ない。

あの黒服の男、、、

確かに涼馬のことを見ていた、、、

それは間違いない。

失踪現場に現れるという黒服の男、、、

まさかな、、、

ただの噂だろ。

だいたい、失踪現場が特定されていないのになぜにそこに居る人間が分かるんだ、、、

身の内に湧いてくる不安を押し消すように涼馬は考える。

ここで家に引き返しては、自分が臆病と認めるようで涼馬はコンビニに向け、歩き始める。

遠くから拡声器を通した声が近づいて来る。

         *
“町内で不審な事件が続いております。不要不急の外出はお控えくださるようにお願いします”
         *
うるさいなぁ、不要不急の外出ってなんだよ、、、

拡声器の音にイラっとしながら杏奈は考える。

不要不急と子供には言いながら、大人達は勝手に外へ出る。

そして、子供達は家という閉鎖された檻から、学校という広い檻への移動のみ許されている。

杏奈の中に溜まるイライラは増すばかりだ。

こんな、田舎町が嫌だ。

平凡を絵に描いたような凡庸な家族が嫌だ。

テレビをつければ出てくる化粧が上手いだけの10人並みで芸のない同世代の女達が嫌だ。

なぜ、私の魅力に誰も気付かないんだろう、、、

どう考えても、杏奈よりも野暮ったく、歌もダンスも下手な連中がアイドルやモデルとしてテレビに出ている。

悔しくて悔しくてたまらない。

小さい頃から杏奈は可愛い、可愛いと言われてきた。

付き合ってくれと本気で告られた回数など数えきれない。

なんで野暮ったい田舎者とあたしが付き合わなきゃいけんだ。

東京に出てスターになりたい、、、

心の中で生まれた核は日に日に大きくなり、硬くなる。

そして目にした新人発掘のオーディションの記事。

ネットで見ると、親の承認も必要らしい。

だから意を決して、オーディションを受けたいと切り出したら、家族達は大笑いした。

まるで杏奈がとんでもないお笑いネタを披露したかのように。

杏奈は傷ついた。

まるで取り合わない家族達が憎かった。

無神経でバカな田舎者の家族達。

それ以来、杏奈の心の中で、家族との間に大きな壁ができていた。

私は本気なのに、、、

そして、春の1日、杏奈は大きな冒険に臨んだ。

テレビの報道番組。

家出少女達が集まる場所があるという。

インタビュアーがマイクを向けるモザイクのかかった少女達が言う。

“大人達わぁ、全くわかってくれないけどぉ、ここには、同じような傷を持った仲間達がいてぇ、、、”

コメンテーター達が、由々しき問題、この子達を社会が助けなければ、、、と険しい顔で議論しているのを杏奈はムカつきながら聞いていた。

何を分かったようなことを言っているんだ。

あんた達大人に、私の気持ちなんかわかるわけない。

そして、画面の中のモザイクがかかった少女達が、とても近しい存在に思えた。

だから、春休みのある日、思い切って家を出た。

新宿の少女達が集まる場所は、社会問題になっているようで、ネットですぐ特定出来た。

持っている一番大きなカバンに替えの下着と服を詰め込み、普通電車で新宿に向かう。

東京へ行けば、新宿に行けば、何かが開けるような気がする。

この田舎町ではお目にかからない輝きが私を包むような気がする。

気がするではない、確信だ。

地元の駅を出発する時、杏奈の心ははち切れんばかりの希望に満ちていた。

電車は混んで行き、当然のように誰も杏奈に目を向けない。

そして、次々と乗り込んでくる垢抜けた少女達、少年達、そして、大人達、、、

午前いっぱいをかけて新宿駅に辿り着いた頃には、早くもその希望は折れかけていた。

そして、何を急いでいるのかわからない人々が速足で行き交う新宿駅の雑踏。

どこへ向かいどこから出ればわからない迷路の中、前から、後ろから、横から現れ消えていく人々の群れ。

誰も杏奈に構わない。

ようやく新宿駅の改札を抜け、地下道をウロウロし、テレビで名前を聞いたことがあるALTAから外へ出る。

そして、スマホのナビを頼りに、歌舞伎町を抜けた公園へと向かう。

緑の金網のフェンスで囲まれた公園に着く。

確かに女の子達がポツポツといる。

それと同時に喫煙所でタバコを吸うオジサンや、バスケットをする若者達もいる。

見れば公園の周りには、病院やジム、レストランがあって人通りは激しい。

公園の入り口に杏奈は突っ立っていた。

誰かが私を輝かせてくれるはず、、、

でも、ここで良かったの?

当惑が増す。

その時、声をかけられた。

「君、高校生?」

小太りのオッサンだった。

視線がヌメヌメとギラついていて、瞬間に、生理的嫌悪をおぼえる。

男はゆっくり人差し指と中指をくっつけて立てた状態の右手を杏奈の前に出す。

「これでどう?」

意味がわからない。

「おやおや、三万じゃなきゃだめ?お高いな、、、」

グヘッと笑いながら男が言う。

杏奈は嫌悪感にもう耐えられず、足早でその場を立ち去る。

後ろから、チッという大きな舌打ちが聞こえる。

周りの人達がみんな自分を見ている気がする。

見回せばそんなことはないのだろうが、その勇気は杏奈にはない。

人を避け小道を曲がり続け、ようやく落ち着いた時、自分が昼の光の中で薄汚れた地肌が露見したラブホテル街の只中にいることを知った。

スマホで位置を確認する。

新宿駅までは遠い。

どうしよう。

他の近いJRか地下鉄の駅に行こうか?

迷いながらウロウロしている最中に、私服警官に出くわしてしまった。

そして、親に連絡され、杏奈の春の冒険は、あっさりと終わった。

“一度、東京に行ってみたくて、、、”

その言い訳を親が信じたかどうか。

新宿まで血相を変えて飛んできた両親に、警官は頭ごなしに叱るのは逆効果と諭しているのが横の部屋にいる杏奈にも聞こえてきた。

家出は繰り返す、繰り返すほど巧妙になる、お子さんに寄り添って、、、

ともかく、酷く怒られるようなことはなく、両親と同居する祖父母は、杏奈を腫れ物を扱うように接した。

その妙に訳知り顔の下手に出た接し方も杏奈のカンに触る。

言いたいことがあれば言えばいいのに。

自室のドアがノックされる。

「杏奈ちゃん、部屋に篭ってないで、紅茶でも飲みましょ」

母の声だ。

リビングに行くのは気が進まないが、自室に篭っていてもやる事はない。

それに、確かに喉は渇いているし、何か食べたい。

「おじいちゃんが居なくなって杏奈も不安だろうけど、1人で居たら気が滅入るわよ」

「今行く」

学習机から立ち上がりながら答える。

そう、祖父がいきなり失踪したのだ。

最初はどこかで具合が悪くなり倒れてしまったのかと心当たりをあたった。

しかし、家族が知る祖父の行動範囲は狭い。

平日は毎日同じ時間に家を出て、シルバー雇用で職を得た役場へ向かう。

5時に終わるとそのまますぐ帰路に着き、6時前には家に着く。

休日はたまに囲碁を打ちに行く程度で、それ以外の活動範囲を知らない。

役場の人に聞いたが、失踪する数日前、書類に不備があったのに戸籍謄本を発行したとクレームがあり、上司にキツく叱られていたらしい。

言われてみれば、確かに失踪前の口数は少なかった。

警察にも届け出たが、探せるところはすでに探した後で、進展はなかった。

ただ、他の家族に比べて、杏奈はさほど動揺していなかった。

話がつまらない上に長く、老人特有のデリカシーのなさを持った祖父はそんなに好きではなかった。

けれど、杏奈の通う高校の体育教師をはじめとして失踪者が次々と現れ、切り裂き魔まで現れるに至って、事態は変わる。

警察が再び家を訪れ、杏奈も祖父の失踪前の様子について事情聴取された。

同じ質問がなん度も繰り返され、ゲンナリした。

それも祖父が失踪なんかしたせいだと、八つ当たりを覚える。

リビングに行くと、外の木々が大きく揺れている。

「また風?」

「そうなのよ。さっきからまた、ひどい風が吹いている」

母が紅茶を淹れながら答える。

杏奈はテーブルの上に置かれたクッキーを一つ摘むと大きな庭を見渡せるガラス戸まで行った。

庭の向こうには雑木林が広がっている。

人通りのないところなので、低い石を境界に敷いているだけなので雑木林まで見通せる。

相当強い風のようで雑木林全体がゆったり揺れているようだ。

見ているうちに雑木林とその下に生えた草が一つの存在のように見えてくる。

緑と茶色のグラデーションの巨大な塊が蠢いてうごめいているよう。

そして、なぜかそのギザギザした緑の頂は風になびくのではなく、風に逆らって動いているように見えてくる。

幻惑に囚われている感覚が杏奈を襲う。

え?

おじいちゃん?

幹のあたりの茶色のグラデーションの中に祖父がいたような気がした。

見直すと、ただの木々で祖父がいるわけがなかった。

目の錯覚、、、

目の錯覚に決まってるわよ、、、

そう思うが、杏奈を襲った幻惑は治まらない。



再び祖父らしき影が浮かび、消える。

杏奈はガラス戸をスライドさせた。

ビュオッ

風が吹き込む。

「ちょっと杏奈ちゃん、風が強いのよ。閉めてっ!ちょっと、杏奈、どこへ行くの?」

杏奈は後手でガラス戸を閉め、サンダルを履き、庭を横切る。

風で長い髪が横になびく。

目の前の雑木林、そして、庭に植えた花が風になびく様子を見ると相当に激しい風のようなのだが、杏奈に吹き付ける風はそんなに強く感じない。

まるで突風が杏奈を避け吹きすぎているような感じだ。

だが、杏奈はそれに気づかず、雑木林に近付いていく。

「杏奈ちゃん、戻りなさいっ!杏奈ちゃんっ」

背後で母が叫ぶ。

振り向いたら、杏奈を追いかけようとした母が強い風に飛ばされそうになり、家に戻り叫んでいるのが分かったろう。

しかし、杏奈は疲れたように進んでいく。

騒めく雑木林が近くなる。

祖父が見えた辺りの木々を見る。

風に木々がしなる。

ベキッと音を立て、しなった古い木から節のようになった年季の入った樹皮がめくれ落ちる。

え?

その下から少し飛び出していたのはベッコウ眼鏡の先っぽの部分。

祖父の愛用品だから間違いがない。

な、なんでっ?

木の幹から眼鏡の先っぽが飛び出すの?

ゴゴゴゴ~という風の吹き抜ける音、そして、バサバサという木々の揺れる音、、、

“お前は力が欲しくないかい?”

急に聞こえる声。

耳ではない。

頭の中に湧いてきた声。

力?

力ってなに?

“この世さ、、、”

この世?

なんで私が?

戸惑う。

なんで、こんな考えが、頭の中に浮かんでくるのかが分からない。

しかも、自分の考えではなく、他人の考えのように。

だこと、、、”

それは、私のこと?

“それならばはどうだい?

お前が輝く場所。お前を輝かせてあげるよ、、、”

輝ける場所?

その瞬間、スポットライトを浴び、可愛い衣装を着て、暗闇の客席に居る観衆に手を振る自分の姿が心の中に浮かび上がる。

あたし、輝けるのね、、、

“あぁ、そうさ、、、お前なら輝ける”

本当に輝けるの?

“もちろんさ、、、さあ、、、、”

“輝きたい、、、あたし、輝きたいっ、、、”

その瞬間、稲妻のような閃光が走った。

そして、風は突然止み、木々のしなりもおさまった。

「杏奈ちゃんっ!」

風が止んだのを確かめ、母が飛んでくる。

「なあに?お母さん、、、」

母親は振り返った杏奈をギョッして見る。

そこに居るのは杏奈だ。

間違えようがない。

が、この落ち着きと、全てを見抜いているような笑顔、そして、艶っぽいオーラ。

母親は、実の娘の存在感の大きさに、圧倒されていた。























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