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霞の中
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「鏡子くん、明くんにビラを見せてあげてくれ」
ハンドルを操作しながら八尾先輩が言う。
先に行く2台とは程よい距離を保ちアスファルトで舗装された一本道を進んでいく。
助手席の鏡子がポシェットから取り出したビラを後部座声の明に渡した。
そのビラに載った写真。
その写真は駐車場にいたハーデスと名乗った男にそっくりだった。
髪型から背格好から同一人物と言って良い。
「さっきの駐車場にいた人ですね。間違いない」
「明くんもそう思うか、、、」
「ええ、間違い無いと思います。髪型も、背格好も同じだ。あのハーデスが行方不明になった田中さんですよ」
「なぁ、ビラをよく見てくれ。書かれている日付を、、、」
え?
明がビラに目を落とす。
そこに書かれていた写真の撮影日、そして、失踪した時期は10年以上前の日付だった。
明は鳥肌が立つのを感じる。
10年間、全く変わらない人がいるだろうか、、、
ビラに印刷された画像は引き延ばされているため、粗くなっている。
駐車場で見たハーデスの方が肌がツヤツヤして若く見える気がする。
が、まさしくビラの生き写しだった。
「同じ人だと思いますけど、10年前の写真なんですよね、これ、、、」
「そうなんだ。同一人物なのか、瓜二つの別人なのか、、、」
昨日の必死で息子を探す老夫婦を思い出す。
息子さん本人であるなら、2人に会わせてやりたい。
けれど、別人だったら、、、
明はビラから顔を上げる。
軽く困惑している。
目の前の山道は稜線に沿ってゆっくりと蛇行している。
視界が鬱蒼とした木々で遮られている。
そして、急に視界が開けた。
「え?」
3人が同時に声を上げる。
前を行くはずの2台の車が消えている。
ゆったりとした登り道が続くだけ。
八尾先輩が車のスピードを落とす。
軽く首を突き出し、道の左右を見ながら進む。
「ほぉ、ここか、、、」
ボソッと呟く。
確かに、道の右側にそこだけ樹木を切り取ったように車が一台通れるような道と思しきものが斜めに雑木林の中に続いている。
道と言っても剥き出しの地面が続くだけ。
けれど平にならされていることから人の手が加わっているのは明らかだ。
八尾先輩は車を停め、しばらく舗道の先を見た後、“ここしかないな”と呟き、ハンドルを切った。
車の側面ギリギリに太い幹が立つ息苦しくなるような道を進んでいく。
八尾先輩がナビ用にダッシュボードに置いているスマホに着信案内が出る。
松田さんだ。
八尾先輩がチラッと画面を見たあと、再び視線を正面に戻し、慎重に運転をする。
着信が続く。
「出ましょうか?」
明が聞いたとき、明のスマホもまた、鳴った。
見るとサクラからだ。
「もしもし」
「明くん?わたし、青山」
聞こえてきたのは大人びた青山さんの声だ。
山間で電波が悪いのか、音声がカサカサと乾いている。
「八尾さん、道から外れてるの。ナビにのっていないトコロを行っている」
確かに前の八尾先輩のスマホの画面を見ると、確かに道ではなく山の中を現在位置を示す点が進んでいる。
「次の町に行くには、もと、、、ちに、、、もど、、、から、、、、て、、、、こち、、、」
ブチっブチっと音声が途切れ、そして、切れた。
電波が届かなくなったのだろう。
八尾先輩のスマホにも“位置状況を取得しています”と赤枠の文字が浮かんでいる。
「この道、ナビに載っていないそうです」
「だろうな、、、」
八尾先輩がこたえる。
車を停める気配はない。
ナビにない道、、、
確かに、、、
樹々に挟まれた薄暗い道。
車一台が通れるのがやっと。
しかし、自然に出来た道ではない。
しっかりと草が刈られ、地肌が見えている。
前方の道がボヤけてくる。
薄らと霞がかかってくる。
道は樹々の中をゆっくりと蛇行しているため、前方の車は見えない。
横道は無いのだから跡は追えているだろう。
田中さん、、、
田中健太さん、、、
もし、本人だったら昨日の老夫婦に知らせてやりたい。
それにはまず、本人かどうか確認しないと。
八尾先輩はスピードを落とし、ゆっくりと車を進めていく。
霞は濃くなっていく。
窓の外を見ると、樹々の向こうは乳白色に染まっている。
その時、前方から人影が現れた。
八尾先輩が急ブレーキを踏み、前に投げ出されそうになった明の身体はシートベルトに支えられる。
バンッ!
人影の両手がボンネットを叩く。
間一髪、跳ねる事は避けられた。
その人影は、“ミラルカ”と呼ばれていた細身の女性だった。
切羽詰まった形相でフロントグラスを通し、三人を見ている。
八尾先輩が窓を開ける。
「どうしました?」
「死にたくないっ、、、まだ、死にたくないぃっ!」
八尾先輩の声と重なるように、パニックに襲われたように“ミラルカ”が叫ぶ。
そして、車の横をすり抜けようとするが、車と樹木の間がなく、進めない。
「あぁ~、、あああぁぁぁぁ~」
壊れたような声をあげ、繁った樹木の間に入ろうとするが、下草に阻まれ、体勢を崩す。
「落ち着いてっ!何があったんですか?」
八尾先輩が、窓の外に手を伸ばしながら聞く。
「あなた達も死にに来たの?あなた達も仲間なの?」
何を言っているのか分からない。
明も窓を開ける。
「僕達は死にに来たわけじゃないですよ。落ち着いてください」
“ミラルカ”が明の目を見る。
怯えた獣のような色。
明は、落ち着けというように見返す。
しばらく2人の視線が絡まる。
そして、“ミラルカ”の目が落ち着きを取り戻し、身体の緊張も解けていく。
タイヤが地面を擦る音がして、松田さん達の車も追いついてきた。
松田さんが運転席から顔を出す。
「あなた達、駐車場にいた人でしょ。私達が死なないように止めに来たの?」
「違いますよ」
「でも、あたし達を追ってきたでしょ。あの駐車場からずっと、、、」
「向かった方向がたまたま一緒だったんです。信じてください」
「そ、そうなの?本当に?」
「僕達は、フィールドワーク、、、この地方の民間伝承を調べに来ているんです。皆さんと方向が一緒だったのは偶然です」
明は、“ミラルカ”の気が落ち着くように懸命にゆっくりと話した。
「あの人達とは、関係がないのね、、、」
濃い霞は晴れる気配がない。
あの人達とは、“ハーデス”と名乗った田中さんそっくり人達一行のことだろう。
「良かったら車に乗りませんか?この霞の中だ。一人で歩いて山を降りるのは危険だ」
八尾先輩が“ミラルカ”に言う。
松田さんが器用に窓から身を乗り出し、外に出た。
“ミラルカ”がビクッと身を硬くする。
松田さんは、軽く微笑み、手を広げ、敵意のない事を示す。
「あ、あたしは、ここから戻りたいの。こんなところはイヤッ!」
“ミラルカ”がヒステリックに言う。
松田さんは道を振り返りながら言う。
「ここを戻るのはキツイですよ。ほら、霧が向こうの方が深い。徒歩で戻るのは危険だ。僕たちは山を越えて須々木沢に向かいますから、そこまで一緒に乗って行きませんか?ここじゃ、Uターンしようにも出来ない。戻るにしても車を回せるところまで進まなきゃいけない」
そして、松田さんは、八尾先輩を軽く責めるように見る。
確かに、ナビを無視し、勝手に進んだのは八尾先輩だ。
“ミラルカ”は、考えだす。
そして、まだ疑いの色の残る目を松田さん、明、そして、窓を開けた運転席の八尾先輩を順番に見た。
「本当に信じて良いんですね」
松田さんと八尾先輩は頷き、明は、
「もちろんです」
と、力強く言った。
太い木の幹に阻まれ、無理にドアを開けると傷が付いてしまう。
だから、車の中から明が、外から松田さんが“ミラルカ”の細い身体を支えて、車の中に入れる。
“ミラルカ”は、運転席の後ろ、ピタッとドアに身体をくっつけて座る。
明から距離をとっているのだろう。
あまり良い気はしなかったが、怯えている“ミラルカ”を見ていると、責める気はしない。
八尾先輩が、車を出しながら、自身の大学名と名前を告げる。
そして、鏡子と明を研究員の高校生と紹介する。
松田さんが言った通り道を進むうちに霧は薄くなり、下り坂になっていった。
そして車がカーブを進むと、急に霧が晴れ、視界が開ける。
山肌に段々畑が連なり、ポツポツと瓦屋根が見える。
山間の集落に辿り着いたようだ。
ハンドルを操作しながら八尾先輩が言う。
先に行く2台とは程よい距離を保ちアスファルトで舗装された一本道を進んでいく。
助手席の鏡子がポシェットから取り出したビラを後部座声の明に渡した。
そのビラに載った写真。
その写真は駐車場にいたハーデスと名乗った男にそっくりだった。
髪型から背格好から同一人物と言って良い。
「さっきの駐車場にいた人ですね。間違いない」
「明くんもそう思うか、、、」
「ええ、間違い無いと思います。髪型も、背格好も同じだ。あのハーデスが行方不明になった田中さんですよ」
「なぁ、ビラをよく見てくれ。書かれている日付を、、、」
え?
明がビラに目を落とす。
そこに書かれていた写真の撮影日、そして、失踪した時期は10年以上前の日付だった。
明は鳥肌が立つのを感じる。
10年間、全く変わらない人がいるだろうか、、、
ビラに印刷された画像は引き延ばされているため、粗くなっている。
駐車場で見たハーデスの方が肌がツヤツヤして若く見える気がする。
が、まさしくビラの生き写しだった。
「同じ人だと思いますけど、10年前の写真なんですよね、これ、、、」
「そうなんだ。同一人物なのか、瓜二つの別人なのか、、、」
昨日の必死で息子を探す老夫婦を思い出す。
息子さん本人であるなら、2人に会わせてやりたい。
けれど、別人だったら、、、
明はビラから顔を上げる。
軽く困惑している。
目の前の山道は稜線に沿ってゆっくりと蛇行している。
視界が鬱蒼とした木々で遮られている。
そして、急に視界が開けた。
「え?」
3人が同時に声を上げる。
前を行くはずの2台の車が消えている。
ゆったりとした登り道が続くだけ。
八尾先輩が車のスピードを落とす。
軽く首を突き出し、道の左右を見ながら進む。
「ほぉ、ここか、、、」
ボソッと呟く。
確かに、道の右側にそこだけ樹木を切り取ったように車が一台通れるような道と思しきものが斜めに雑木林の中に続いている。
道と言っても剥き出しの地面が続くだけ。
けれど平にならされていることから人の手が加わっているのは明らかだ。
八尾先輩は車を停め、しばらく舗道の先を見た後、“ここしかないな”と呟き、ハンドルを切った。
車の側面ギリギリに太い幹が立つ息苦しくなるような道を進んでいく。
八尾先輩がナビ用にダッシュボードに置いているスマホに着信案内が出る。
松田さんだ。
八尾先輩がチラッと画面を見たあと、再び視線を正面に戻し、慎重に運転をする。
着信が続く。
「出ましょうか?」
明が聞いたとき、明のスマホもまた、鳴った。
見るとサクラからだ。
「もしもし」
「明くん?わたし、青山」
聞こえてきたのは大人びた青山さんの声だ。
山間で電波が悪いのか、音声がカサカサと乾いている。
「八尾さん、道から外れてるの。ナビにのっていないトコロを行っている」
確かに前の八尾先輩のスマホの画面を見ると、確かに道ではなく山の中を現在位置を示す点が進んでいる。
「次の町に行くには、もと、、、ちに、、、もど、、、から、、、、て、、、、こち、、、」
ブチっブチっと音声が途切れ、そして、切れた。
電波が届かなくなったのだろう。
八尾先輩のスマホにも“位置状況を取得しています”と赤枠の文字が浮かんでいる。
「この道、ナビに載っていないそうです」
「だろうな、、、」
八尾先輩がこたえる。
車を停める気配はない。
ナビにない道、、、
確かに、、、
樹々に挟まれた薄暗い道。
車一台が通れるのがやっと。
しかし、自然に出来た道ではない。
しっかりと草が刈られ、地肌が見えている。
前方の道がボヤけてくる。
薄らと霞がかかってくる。
道は樹々の中をゆっくりと蛇行しているため、前方の車は見えない。
横道は無いのだから跡は追えているだろう。
田中さん、、、
田中健太さん、、、
もし、本人だったら昨日の老夫婦に知らせてやりたい。
それにはまず、本人かどうか確認しないと。
八尾先輩はスピードを落とし、ゆっくりと車を進めていく。
霞は濃くなっていく。
窓の外を見ると、樹々の向こうは乳白色に染まっている。
その時、前方から人影が現れた。
八尾先輩が急ブレーキを踏み、前に投げ出されそうになった明の身体はシートベルトに支えられる。
バンッ!
人影の両手がボンネットを叩く。
間一髪、跳ねる事は避けられた。
その人影は、“ミラルカ”と呼ばれていた細身の女性だった。
切羽詰まった形相でフロントグラスを通し、三人を見ている。
八尾先輩が窓を開ける。
「どうしました?」
「死にたくないっ、、、まだ、死にたくないぃっ!」
八尾先輩の声と重なるように、パニックに襲われたように“ミラルカ”が叫ぶ。
そして、車の横をすり抜けようとするが、車と樹木の間がなく、進めない。
「あぁ~、、あああぁぁぁぁ~」
壊れたような声をあげ、繁った樹木の間に入ろうとするが、下草に阻まれ、体勢を崩す。
「落ち着いてっ!何があったんですか?」
八尾先輩が、窓の外に手を伸ばしながら聞く。
「あなた達も死にに来たの?あなた達も仲間なの?」
何を言っているのか分からない。
明も窓を開ける。
「僕達は死にに来たわけじゃないですよ。落ち着いてください」
“ミラルカ”が明の目を見る。
怯えた獣のような色。
明は、落ち着けというように見返す。
しばらく2人の視線が絡まる。
そして、“ミラルカ”の目が落ち着きを取り戻し、身体の緊張も解けていく。
タイヤが地面を擦る音がして、松田さん達の車も追いついてきた。
松田さんが運転席から顔を出す。
「あなた達、駐車場にいた人でしょ。私達が死なないように止めに来たの?」
「違いますよ」
「でも、あたし達を追ってきたでしょ。あの駐車場からずっと、、、」
「向かった方向がたまたま一緒だったんです。信じてください」
「そ、そうなの?本当に?」
「僕達は、フィールドワーク、、、この地方の民間伝承を調べに来ているんです。皆さんと方向が一緒だったのは偶然です」
明は、“ミラルカ”の気が落ち着くように懸命にゆっくりと話した。
「あの人達とは、関係がないのね、、、」
濃い霞は晴れる気配がない。
あの人達とは、“ハーデス”と名乗った田中さんそっくり人達一行のことだろう。
「良かったら車に乗りませんか?この霞の中だ。一人で歩いて山を降りるのは危険だ」
八尾先輩が“ミラルカ”に言う。
松田さんが器用に窓から身を乗り出し、外に出た。
“ミラルカ”がビクッと身を硬くする。
松田さんは、軽く微笑み、手を広げ、敵意のない事を示す。
「あ、あたしは、ここから戻りたいの。こんなところはイヤッ!」
“ミラルカ”がヒステリックに言う。
松田さんは道を振り返りながら言う。
「ここを戻るのはキツイですよ。ほら、霧が向こうの方が深い。徒歩で戻るのは危険だ。僕たちは山を越えて須々木沢に向かいますから、そこまで一緒に乗って行きませんか?ここじゃ、Uターンしようにも出来ない。戻るにしても車を回せるところまで進まなきゃいけない」
そして、松田さんは、八尾先輩を軽く責めるように見る。
確かに、ナビを無視し、勝手に進んだのは八尾先輩だ。
“ミラルカ”は、考えだす。
そして、まだ疑いの色の残る目を松田さん、明、そして、窓を開けた運転席の八尾先輩を順番に見た。
「本当に信じて良いんですね」
松田さんと八尾先輩は頷き、明は、
「もちろんです」
と、力強く言った。
太い木の幹に阻まれ、無理にドアを開けると傷が付いてしまう。
だから、車の中から明が、外から松田さんが“ミラルカ”の細い身体を支えて、車の中に入れる。
“ミラルカ”は、運転席の後ろ、ピタッとドアに身体をくっつけて座る。
明から距離をとっているのだろう。
あまり良い気はしなかったが、怯えている“ミラルカ”を見ていると、責める気はしない。
八尾先輩が、車を出しながら、自身の大学名と名前を告げる。
そして、鏡子と明を研究員の高校生と紹介する。
松田さんが言った通り道を進むうちに霧は薄くなり、下り坂になっていった。
そして車がカーブを進むと、急に霧が晴れ、視界が開ける。
山肌に段々畑が連なり、ポツポツと瓦屋根が見える。
山間の集落に辿り着いたようだ。
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