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オハマ様

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ゴールデンウィークの始まりの日、フィールドワーク初日。

明はワクワクしていた。

サクラも浮かれている。

お祭りといえば、鏡子の神社で毎年派手に行われるお祭りをはじめ、盆踊りや酉の市に友達と連れ立って遊びに行ったことはある。

けれど、その起源、謂れについては考えたことがなかった。

そして、その風習を探るミッションも自分は帯びている。

明の心は浮き立つ。

朝イチの特急に乗り、在来線に乗り継ぎ、到着した駅でレンタカーを2台借り、その日のホテルに向かう。

八尾先輩としては、荷物もあるので車で出かけたかったようだが、ゴールデンウィーク初日の渋滞を避けるため、特急での移動にしたようだ。

駅は小ぢんまりしていたけれど、ロータリーから伸びる車道は広く整備されていた。

真新しい家が多い。

「この道路の先に工業団地が出来たんだ。そのおかげで、周辺がどんどん開発されている」

ハンドルを操作しながら八尾先輩が言う。

同乗しているのは、明と鏡子。

もう一台は、松田さんが運転し、青山さんとサクラが乗り込んでいる。

青山さんもサクラも、その乗車の割り振りには不満があったようだが、八尾先輩がサッと割り振ってしまったため、表立って反論できなかったようだ。

車窓を流れる風景。

穏やかな地方都市。

町の中には、そこここに張りぼての神様らしいものが祀られている。

いずれも人型の上半身と鱗状の文様が並ぶ下半身をもつということで共通しているが、作り手によってデザインが異なっており、見ていて飽きない。

これはオハマ様と言うらしい。

地元の自治体のホームページには、イタズラ好きで災いを払う神の使いと紹介されている。

「オハマ様っていわゆる来訪神ですよね。ナマハゲみたいな」

明が、ネットサーフィンを駆使して覚えた知識を披露する。

「そう、その通り。来訪神って単語が出てくると言うことは、武内くん、勉強したな」

八尾先輩の言葉に、明は照れ笑いを抑えることが出来なかった。

やはり、年長者から褒められるのは嬉しい。

「いわゆる“まれびと”信仰だろうな。常世の国からやってくる来訪神をお迎えする祭り」

「とこよ?」

聞き慣れない言葉が出てきて、明は鸚鵡返しに聞いた。

「あの世のことだ。死んだ人達がいる世界。そこに住む祖先の霊が自分たちを守ってくれると信じられていたんだ。その代表的な祭がお盆だ。帰ってくる先祖の霊を祭り、もてなす。おそらくこの町では、オハマ様をそういう常世からの神の使いとしているんだろう」

町の中心部に向かうにつれ人通りが多くなる。

祭りの賑やかな空気が濃くなっていく。

どうやら、大手スーパーと飲食店が入る商業施設の周りが祭りの会場のようだ。

大通りの脇の出店の数も増えていく。

「あれ?通り過ぎちゃうんですか?」

車が人々が向かっている商業施設を脇に進んでいく。

「ここはまた、後でくる。まずは行きたいところがある」

車は人混みを離れ、市街地を抜け、山道を登り出す。

鮮やかな緑が車の周囲に広がり始める。

砂利が引かれたスペースに車が入る。

松田さんが運転する車の到着を待ち、八尾先輩の先導で6人は細い道を登り始める。

緑に挟まれた舗装されていない道。

歩きにくがったが、空は晴れ、風も適度に吹いていて気持ちよかった。

振り返ってみると今通り抜けたばかりの街が見下ろせる。

いい光景だ。

明は大きく深呼吸した。

しばらく進むと古びた石の階段が見えてきた。

その奥にはこれも年代物と思える切妻屋根の上部も見える。

神社か?

だが、見るからに小規模で寂れている。

手入れがされず、少し傾いている急な石段を登る。

次第に建物も姿を現す。

神社というよりも祠という表現が似合うような小さく古い木造の建物。

観音開きの格子の奥はガランとしている。

ほう、、、

思わず明は溜息をもらす。

境内には大小のオハマ様が並んでいる。

そして中央にはしめ縄でグルっと周りを囲まれた円形の穴。

中心部が深くお椀状に掘られている。

境内に並べられたオハマ様は、紙作りの張りぼてというのは変わらないが、街中で見かけたものよりリアルだ。

「気持ち悪ぅ、、、」

サクラが口にするのも分かる。

おそらく和紙に筆で丁寧に描かれた下半身の鱗、上半身に行くにつれその数は少なくなって行く。

顔は目と口がそれぞれ横の一本線。

鼻は無い。

細い線で描き込まれた線が意図的なのか偶然なのか単純な曲線を描く張りぼてなのに、どこか歪で見るものの不安を掻き立てる。

そして街中では張りぼての下に緑のラインが入っていたが、ここでは細長い緑の植物を編み合わせた台座の上に乗せられている。

「なんなんだろ。嫌な模様」

サクラが張りぼてのオハマ様に手を伸ばしかけた時、、、

「触っちゃいかん!ダメだ、ダメだ!」

そう怒鳴りながら駆け寄る足音がする。

作業服を着たよく陽に焼けた肌のおじさんがすっ飛んでくる。

「申し訳ありません。神社の方ですか?」

八尾先輩が言う。

サクラはしょんぼりした風に下を向いている。

「この社の方でしたら少しお話を伺いたいんですが、、、」

「ワシか?ワシは違う。境内の見張りを頼まれただけだ」

「神主さんはいらっしゃいますか?」

その言葉におじさんはカッカッカッと笑う。

「こんな寂れたとこに神主などおらん。普段は無人だが、今日は祭りでオハマさんが飾ってあるんで、イタズラ者が現れないように見張りを頼まれた」

「しかし、無人の割にはキチンとオハマ様を祀ってらっしゃるんですね」

「昔からのしきたりみたいで、やめるにやめられんらしい。それに最近は町おこしとかでオハマさんを街中に飾って客寄せパンダ扱いにし始めたから、ここも止めるにやめられんのだろ」

「古くからオハマ様を祀ってるんですか?」

「そりゃ、昔からだろ。オレが生まれた時から祀ってたからな。代々、町内会で受け継いでるんだが、なんで祀ってるのかとう誰も知らんらしい」

「面白いですね。オハマ様の言い伝えみたいなものはあるんですか?」

「オレは知らね。ただ、子供の頃から、この4月の最後にはオハマ様の依代だっちゅうて、この張りぼての人形がこの境内に飾られてたな」

「謂れも分からずですか、、、」

「そうだよ。10年ちょっと前くらいに新しい町長がこのオハマさんを利用して町をピーアールするとか言い出してな。ほらくまモンやらなんやら、流行ったろ。あれにあやかろうとしたんだわ。で、あっちは作りモンだけど、こっちは由緒正しい伝統的神様じゃっちゅうて、その由来を調べたんだが、だーれも知らん。資料もなーんにもない。それでってことでイタズラ好きの神様って話をでっちあげたんよ。カッカッ、間抜けなな話だ」

聞いていて明は呆気にとられる。

フィールドワークと意気込んできたが、話はでっち上げだと?

「このオハマ様は、どなたが作ったんですか?」

「町内会でだよ。これだけは昔から町内の主だったもんで作ってる。しかし、あんた達もなんだな。来るんならここじゃなく北山神社の方がデカいし、出店も立ってる。オハマ様コンテストとか言うのもそこでやっとる」

「北山神社はここよりも新しい存在ですよね」

「そうだ。あっちの方が広いし、街からも近い。よくあんた達、この古い社まで来る気になったな」

「オハマ様のことを調べていたら、ここの社のことが少しだけ載っていたので、それで」

「オレもせっかくの祭りだってのに、ここの社の番をさせられて、誰も来るわけないのに番なんかいるのかと思ってたけど、まさかこんな若い人たちが来るとは思わなかった。町長さんのオハマさんの街おこしってのも少しは効果あったんだな」

「しばらく拝見して良いですか?」

「あぁ、かまわんよ。ただ、オハマさんには触らないでくれよ」

「触ると祟りでもあるんですか?」

「違う、違う。イタズラ坊主が悪さしたことがあって、オレはオハマさんがイタズラされないように見張っとけって言われてるから、壊れたり汚れたりしたら困るんよ」

何か重要な禁忌でもあるのかと固唾を飲んでおじさんと八尾先輩の会話を聞いていた明は拍子抜けだ。

「承知しました。汚さぬように見ます」

「しかし、あんたら、このキミ悪い張りぼてなんかよく見にきなさったな」

「不思議なデザインですね」

「不思議?あんた、気を遣って良い表現してくれるな。キミ悪いものはキミ悪いものでいいよ。オレも中学校の頃、初めてオハマさんを見た時にはその不気味さにたまげたわ」

「中学校?それじゃ、転校されてきたんですか?」

「いーや。生まれも育ちもここ。男の子がオハマさんを見たら祟られるってうちのばーさまが言ってて、オレは中学に上がる時まで見せてもらえなかったんだわ」

「祟り?」

「そう、昔のジーさま、バーさまは、オハマさんはなるべく見ちゃいかんと言っていた。子供達の中にはそんなこと関係なくこの社にオハマさんを見に来ていた者もいたけど、うちのバーさまは迷信深くて、絶対に許してくれなかった。オハマさんを見た奴から臆病者扱いされて、そりゃ腹立ったわ」

「そんなことどこにも書かれてなかった、、、」

「そりゃ、そうだろ。町長は、オハマさんを第二のくまモンにすると張り切っていたんだから、そんな祟られるなんて迷信は隠すに決まってる。それに、バーさまも、何で見ちゃいけないのか聞いても、見ちゃいけないものはいけないの一点ばりで、見たら祟られる理由なんてないんじゃろ」

「この穴もオハマ様と関係があるのですか?」

「あぁ、ここに火を焚いてオハマさんを送るんじゃ」

         *
市街での祭りは盛況だった。

まず、駐車場が見当たらない。

そして、祭の会場の方向に向かっているバスは満員だ。

ようやく空きのある駐車場を見つけることが出来た。

さすが町長の肝入りで開催されている街おこしの祭りだけある。

6人は合流して賑わう歩道を歩き出す。

「オハマくんだって、、、」

でかいポスターが貼られている。

祭のポスターだ。

そこに描かれた卵形の身体に、愛くるしい顔、半魚人を模したようなユルキャラのイラスト。

祭のマスコット、オハマくんだ。

「可愛いけど、あの山の社のオハマ様の姿を思い出すと、可愛くすりゃあいいってもんでもないと思うわよね」

青山さんが皮肉っぽくいう。

ウインクして両手を楽しそうに振っているイラストは、到底、男の子がその姿を見たら祟られるという迷信からはほど遠い。

見れば、出店で売られている綿飴の袋やら、缶バッジなどにもオハマくんはプリントされている。

会場にはガチャガチャも用意されていた。

「金儲け臭がプンプンするわね」

青山さんは辛辣だ。

「あの社を見た後に、今の手垢に塗れた祭の姿を見てもらうのも、明くん達にはいい経験だろう」

八尾先輩が明の方を見て言った。

明は、八尾先輩が自分の名を出してくれたことがなんだか嬉しい。

雑踏を進んでいくと、1箇所から祭りに似合わぬ不穏当な雰囲気が漂っている。

「だからさぁ、田中さん。気持ちはわかるけど、祭りでみんなが楽しんでるのに水を差すようなことをしてもらっては困るんだよ」

思わずその方向に目をやる。

“また来てるのか、、、”

“単なる家出らしいわよ、、、”

“辛気臭いわ。早く行きましょ、、、”

そんな声が雑踏の中から聞こえる。

が、八尾さんと松田さんはそちらに進む。

「頼むよぅ、健太は生きてる。どこかにいるんだ。手掛かりを探させてくれよぉ」

悲痛な声で白髪の男性が言っている。

前には実行委員の腕章を付けた男性が2人。

白髪の男性の後ろには泣きそうな顔のこれも白髪の女性が居る。

2人とも生気がなく萎んだ印象がする。

横には大きなプラカードが置かれている。

そこには赤いセーターでニッコリとカメラに向かってピースサインをする青年の写真と、“この人を見かけた人はいませんか?”と大きくある。

脚を止めた6人を見て、女性が近付いてきてビラを渡そうとする。

「お願いします。この人を見かけたら、情報を下さい。このお祭りを訪れたのは分かっているんです。その後消えてしまった。あの子は何処かにいるんです、、、」

ビラには大きく赤字で“この人を探しています”とあり、写真とともに田中健太、24歳、身長173センチ等の容姿の特徴と3年前にこの祭りに来たことまで分かっていてその後連絡が取れなくなったと書いてある。

「息子さんはこのお祭りに興味を持っていたんですか?」

「え?」

女性は、八尾先輩の反応に驚いていた。

おそらく、無視されるのに慣れ過ぎて、ちゃんとした返事が来たのに驚いたのだろう。

「いえ、そんなことは無いと思います。とにかく活動的な子で、電車に乗るのが好きで、、、休みになると気の向くままに行き先を決めずに旅に出かけて、、、行く先でキレイなものや面白いものがあったら写真をメールで送ってくれる優しい子なんです。このお祭りの写真を送って来たメールが最後に、、、」

目を潤ませながら女性は言った。

「お願いです。この子を。お願いします」

そう言い、ビラを差し出す。

鏡子が困惑したようにビラを受け取ります。

その手を握り、

「お願いします。お願いします」

と女性はきょうこの目を見つめて言う。

鏡子は頷き、ビラを丁寧に畳んでポシェットに入れる。

「とにかく、田中さん、ちょっと事務所の方まで来てください。ほら、奥さんも、迷惑になるからこっちに来てっ」

実行委員の1人が田中さんと呼ばれた男性と女性にその場を離れるように促す。

プラカードを持ち、力無く田中さんは歩き出し、それに女性、おそらく田中さんの奥さんはトボトボと着いていく。

哀愁の漂う後ろ姿を明達は見送る。

残った実行委員が明達の方を見て言う。

「せっかくのお祭りなのに、不快な気分にさせてすいません。息子さんが失踪して心配なのはわかるんですが、しょっちゅうやって来てはビラを配って通る人たちに息子を知らないか聞いて回って閉口しているんですよ。去年も、一昨年も祭りにやって来て、辛気臭い顔で息子を知らないかあたり構わず聞いて回って、苦情が来ていたんですよ。さっさと忘れて祭りを楽しんでください」

明達は顔を見合わせ、歩き出す。

祭の喧騒は賑やかで華やかだったが、田中さん夫婦に出会ったこともあり、明は今一つ心の底から楽しめなかった。

その祭りが、飾られた張りぼてのような空虚なもののように思えた。
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