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出会いの瞬間

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弦がキリキリと緊張を増し、鋭角になっていく。

弓が静かにしなる。

番えられた白羽の矢は真っ直ぐの姿勢を保ちながら解き放たれる時を待つ。

鋭い視線。

前方を見つめている。

射場にスッと立つ和装の青年。

端正な顔は真っ直ぐ的に向けられている。

意志の強そうな唇を真一文字にし、目が鋭く光る。

伝わってくる集中力と気迫。

4月の風が軽くそよぐ屋外の射的場。

遅咲きの桜を背景とした長身のその姿。

明は思わず見入ってしまう。

傍観者なのに明の中にも緊張が生まれてくる。

青年の目付きが変わった一瞬、矢が放たれた。

矢道を一瞬で過ぎ、黒と白が交互に塗られた円形の的の中心に吸い込まれるように矢が刺さる。

目を戻すと、緊張から解かれ表情も和らいだ長身の青年が的に向かって一礼し、射場を離れようとしていた。

「八尾さ~ん、八尾せんぱ~いっ!」

真横でサクラが甲高い声で叫ぶ。

全く、場の読めないヤツだ、、、

明は苦々しく思った。

せっかくの緊張をはらんだ余韻が台無しだ、、、

青年は竹編みの防矢網越しに弓道場を見ていた明達に気付き、軽く手をあげた。

それが、明達が高校3年に進級したての4月、八尾先輩、、、八尾黎人との初めての出会いの時だった。

         *

話はその日の昼休みに遡る。

「フォークロア・フィールドワーク?」

初めて聞く単語に明は聞き返した。

「そう。フォークロア、、、民間伝承のこと。昔話とか、民話とか、童歌とか。田舎へ行ってその地域に伝わる民間伝承を収集して、その内容を研究するんですって」

昼休みに鏡子を引き連れて明の席にやってきたサクラが、キラキラした目でいう。

ポニーテールが頭の動きに合わせ、左右に揺れる。

サクラ、鏡子とは幼稚園以来の仲だ。

サクラがこのように目を輝かせ、頭を動かした時は、何かを企んでいる証拠だ。

これまで何度も振り回されてきた明には分かる。

鏡子を見ると、落ち着いた佇まいでサクラと明の反応を窺っているようだ。

鏡子は3つの社を敷地内に有する地元の大きな神社の娘だ。

最近では、パワースポットとしても紹介されて、観光客も多く訪れる。 

正月などにロングヘアの鏡子が巫女姿で境内に立つことがあるが、その姿にファンも多いらしい。

大人しいが嫌な時は絶対に首を縦に振らない性格だ。

その彼女が、サクラの話を止めずに聞いてるということは、明も安心して話を聞けるということだ。

「鏡子の知り合いの八尾さんって文学部の民俗学研究室の人が、もし3人参加する人がいれば、ゴールデンウィークに予定している旅行を兼ねたフィールドワークをプレ・カレッジの口座として登録してくれても良いって」

「プレ・カレッジかぁ」

明の通う高校は、大学の附属校だ。

基本的に、大学へエスカレーター式に進学できることになっている。

だから、高校3年を迎えた今も、さほどの緊張感なく、ダラダラと学生生活を満喫出来るのだ。

ただし、大学進学にあたっての要件で、プレ・カレッジとして、大学のゼミ・研究室の手伝いを行わなければならない。

用意された複数のコースの中から選択は出来るのだが、大体が研究の下調べの単調な作業を押し付けられるだけのようで、すこぶる評判が悪い。

そのコース自体、制度の創設の頃は高校生に研究の基礎を教えるというアカデミックな性質のもので、大学と高校の間でカリキュラムもキチンと相談して決めたそうだが、いつの間にか、研究や実験などの雑用の下請けも多く混じり込んできたらしい。

高校生のヤル気の無さに大学がサジを投げたのか、それとも、雑用が面倒と感じた大学・大学院生が高校生に単純作業を振ったのか、その理由は分からない。

ともかく、コースの当たりハズレの差が激しいと聞いていた。

「ゴールデンウィークの時期に、同じ神事を起源に持つって考えられるお祭りがいくつかの町で同時に行われるらしくて、それを実地に見てその関係性を調べるんだって。そのフィールドワークに同行して、調査を手伝えば、プレ・カレッジの履修にもなるのよ。旅行して、お祭りに行って、履修単位ももらえるんならスッゴクお得じゃない?チマチマした研究の手伝いや雑用なんかかったるくてやってられないし。ね、お願い。参加者が3人いないとダメなの。明も参加して。これが募集要項の原稿」

「原稿?」

「そう。先に募集を始めちゃったら、こんな美味しい話だもん、すぐ応募で埋まっちゃうわ。明がOKしてくれれば、すぐに研究室に連絡してプレカレッジコースの承認申請をしてもらって、申請がおりたら、すぐにあたし達が申し込んで、申し込み終了になるって流れ」

「ずいぶん都合の良い話だな」

「チューターになる八尾さんが話がわかる人で、鏡子の神社にも何回か来てて、鏡子のお父さんとも親しいんだよね」

鏡子のお父さん、比古神社の宮司だ。

サクラはガラになく照れたように笑い、鏡子の方を意味ありげに見る。

こりゃ、また、惚れたな。。。

サクラとの長い付き合いで、イケメンを見つけるとすぐに憧れを抱く性格というのは分かっている。

おそらく、このフィールド・ワークの内容よりも、その八尾とやらに近づく方が目的なのだろう。

サクラが募集要項の原稿が表示されたタブレットを差し出してくる。

実施場所:国内某所

実施内容:その土地の因習に基づく祭儀に関す   
     る調査

実施期間:4月29日~5月5日

応募条件:上記期間に宿泊滞在が可能な者。
     期間中はプレ・カレッジを優先し、   
     学内での授業等は免除する。

募集人員:3名

備考:宿泊滞在費は、大学の負担とする。

担当:八尾黎人

「某所ってのが気になるな」

明が言う。

「他の研究者にバレたくないみたい。何年かに一回行われる儀式で、あまり知られてはないけど、かなり歴史のあるものらしいの」

「へえ」

ここに書かれている八尾黎人に近づくためにプレ・カレッジに参加したい。

しかし、泊まり込みだと親がうるさそうだ。

だから、幼稚園の頃からの仲で、親もよく知った明と鏡子を巻き込み、参加しようという腹だろう。

サクラは、一度決めたら、それを達成することに手段を選ばないタイプだ。

これまでも明は何度も巻き込まれている。

だが、サクラが気に入っているということは、その八尾とやらは少なくとも、嫌な奴では無さそうだ。

サクラの人に対する嗅覚に、明は一目置いている。

プレカレッジでは、指導担当となるチューターの当たり外れが大きいと先輩達から聞いていた。

指導とは名ばかりで、膨大な資料の整理やら、実験の用意などを丸投げされるだけの場合も多いらしい。

「ねぇ、明、放課後、空いてる?八尾さんに会いに行こうよ。いつでも研究室に来て良いって言われたんだよね、あたしと鏡子」

星を散りばめたようなキラキラした目でサクラは言った。

おそらくその八尾とやらは、民俗学にも造詣が深い比石神社の宮司の娘である鏡子に声をかけ、サクラはそのオマケのようなものだろうが、そんな細かいことを気にするサクラではない。

ゴールデンウィークか、、、せっかくの休みを家族と一緒に過ごすのも面倒だよな、、、プレ・カレッジという理由なら、親達も旅行を許してくれるか、、、

明は考える。

そして、放課後にサクラ・鏡子と連れ立って出かけた隣接する大学の敷地の外れの弓道場で、八尾先輩の姿を初めて見たのだ。

平凡な毎日を送り、おそらく、今後も平穏な日々が続き、毎日が過ぎていくと思っていた明のレールが分岐点を迎えた瞬間だった。




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