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改修工事

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9月1日。

新学期。

始業式の日。

同級生達は、直人の成長ぶりに驚く。

身長が伸び、トレーニングにより体格が一回り大きくなった。

だが、それだけではない。

直人を包む雰囲気、オーラといったようなものがその強さを増していた。

爽やかなスポーツ少年の雰囲気は保っている。

笑うと無邪気になる表情もそのままだ。

そこに余裕が生まれ、彼を一学期よりも大人びた印象に変えていた。

校庭での全体の始業式の後、教室に戻った同級生達は直人の席の周りに集まり、合同練習に参加していた直人の話題で盛り上がる。

直人は少し照れている。

合同練習の様子がスポーツニュースで取り上げられていたのだ。

ニュースのメインは瀬口を始めとする強化選手の話題だったが、尺を長く取っていた番組では、直人の様子も紹介されていた。

“お前、スゲェなぁ”

“知り合いがテレビに出てるのを見るのは初めてだ”

“瀬口選手とは話したの?”

口々に同級生が喋る。

それを直人はくすぐったく聞く。

一学期と変わらぬ学園生活の始まり、、、のはずだった。

“あれ?百合香は?”

“休んでるな、、、”

“演劇の練習じゃないか?”

確かに、百合香が欠席している。

そう言えば、最近、連絡してないな、、、

直人は思う。

“百合香、音信不通なんだよね”



女子生徒も話に加わる。

“身体を壊したのか、病院に運ばれたみたい”

え?

“入院したの?”

“入院はしていないよ。会ったもん。けど、なんか、ボ~っとした感じで、フラフラと歩いてた”

“朝日くん、何か聞いてない?”

直人は首を振って知らないと答えた。

同級生の話では、間も無くに迫った『オンディーヌ』の公演に打ち込んで、疲れているのではないかということだった。

“絶対に成功させて舞台女優になる夢を掴むんだって気合い入ってたもんね”

そこに担任が入ってきた。

ざっと同級生達が机に戻る。

担任は、新学期の心得から始まり、今後の進路相談等の注意事項を話した後、最後に付け加えた。

「今日から市営公園の改修工事が始まる。工事のトラック、重機などの往来も増えるので、自転車通学の者は、登下校時にいつも以上に交通安全を心得るように、、、では、日直、、、」

「起立、、、気をつけ、、、礼っ!」

日直の号令とともに始業式が終わった。

今日は午前中だけだ。

部活のない者はこの後の遊びに行く計画を立て始め、部活のある者はそれぞれの活動場所へ向かう。

「直人っ、ミーティングに行こうぜっ」

同じクラスの水泳部員が声を掛けてきた。

「あれ?なんか、顔色悪くないか?」

直人の様子がいつもと違うことに気付く。

「なぁ、市営公園って改修するのか?」

「らしいな。古くて何もないところだから仕方ないだろ。改修するならパッとハデなアトラクションでも作って欲しいな」

「プールは?プールはどうなるんだ?」

「知らね。一緒に回収するんじゃないの?街に市営体育館のプールがあるんだから、もうわざわざ行く人もいないだろ」

カバンを持っていきなり立ち上がった直人に同級生の水泳部員は驚く。

「あれ?直人、ミーティングは?」

「ごめん、今日は休むって伝えておいてくれ」

そう言い捨て、勢いよく教室を出ていった直人の後ろ姿を、同級生は呆気に取られて見送った。

自転車置き場でチャリに乗ると、直人は猛烈な勢いでペダルをこぎ出した。

“市営公園の改修工事が始まる、、、”

担任の言葉にガツンと脳天を叩かれたようだった。

プール、、、プールも改修されるのか?

“ヒメ”は、、、“ヒメ”はどうなる?

とにかく行かなきゃ、、、

“ヒメ”のところに行かなきゃ、、、

直人は真っ直ぐ前を向き、ペダルをこぐ。



改修工事の用具を積んだと思しきトラックが並ぶ横をチャリで通り過ぎる。

市営公園の入り口の手前に柵が組まれて、立ち入り禁止の札が出ている。

入り口の方を覗き込むと入り口の傍に“市営公園、一時閉鎖のお知らせ”という立て看板が見えた。

どうやら暫く前から立てられていたようだ。

直人は唇を噛む。

いつもプールに向かう時は公園脇の側道を進んでいた。

それは、閉園後の時間。

だから“一時閉鎖”の知らせなど見もしなかった。

さらに、もう市民からは忘れかけられているような市営公園である。

その閉鎖が話題に出ることもなかった。

寝耳に水の知らせ。

柵の向こうの作業員達が、切羽詰まった表情で入り口の方を見ている直人を訝しげに見る。

直人はチャリの向きを変えると、側道に向かう。

側道を進むと入り口付近に大勢居た作業員達の気配は消えていく。

まだ公園の奥の方には作業の手は入っていないようだ。

いや、入り口付近だけ改修して、奥の方はそのままかもしれない、、、

直人の胸の内にパッと希望の光が生まれる。

側道は角度を増し、山へと向かう坂道とかわる。

直人のチャリの速度は落ちない。

直人の額に首筋に汗が伝う。

ようやく市営公園の裏に辿り着く。

いつもは夜だが、昼間に見ると確かに寂れている。

チャリを倒すのももどかしく、直人は裏の空間を走る。

金網が見えてくる。

ズキンッ、、、

心臓が縮んだ気がする。

水が抜かれている。

生まれたばかりの一縷の望みが絶たれた。

金網にしがみ付く。

微かな水音。

衝動的に金網を登り、プールサイドに飛び降りる。

水は抜かれ切っていない。

だが、もう膝の高さよりも低くなっている。

“ヒメ”ッ!

プールの縁まで駆け寄る。

「ダメだっ、、、ダメ、、、入っちゃダメだッ、、、」

叱責の声と共に、管理棟から初老の係員が駆けてくる。

「ここは、もう閉鎖されたんだっ、、、なにを勝手に入って来ているん、、、あれ?朝日くん?」

呆然と立っている直人の正体に係員が気付く。

子供の頃から通っていた直人を覚えていたようだ。

「通い慣れたプールが無くなるのが寂しいのか、、、」

「無くなる、、、?」

「あぁ、街中に立派なプールが出来ただろう。ここも利用者が減ってね。維持費がもったいないと言うんだ。このプールに使う金があるなら、もっと他に使えとさ。最近の親御さんは文句が多くてね、子供を泳がせるなら監視員を増やせとか、プールの水が少ないとかクレームばかりで、、、市営公園をもっと利用しやすくするのに合わせて、このプールは取り壊すことになった。跡には市民の憩いのセンターだかを建てるらしい」

プールの水面に陽射しが差し込み、キラキラと揺れている。

「は、入っていいですか?」

「それは、ダメだよ。もし、ポンプに吸い込まれでもしたら大変だ。ここで、見送ってくれよ」

「・・・・・」

「昔は盛況だったのにな、、、」

係員の呟きを聞きながら、直人は水面を見続けた。




























市営公園の改築。
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