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第三話
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―――二十歳までに幽霊を見たことがない人は、一生見ないんだって。
高校生のころに聞いた話だ。教えてくれたのはクラスメートの清子。卒業以来会っていないけれど、機会があったら言ってやりたい。
―――二十歳過ぎても、見るときは見てしまうんだよ。
背後に憑いているのは幽霊か、亡霊か、神霊か。
私はパソコンを立ち上げ、インターネットで彼の祠について調べてみることにした。それが姫君捜索の鍵になるかといえば望み薄だ。けれど、手がかりになるのは今のところそれしかない。藁にもすがる思いで、ぽちぽちと検索をかけた。
肩越しに四郎さまが画面を覗き込んでくる。
もっさりとふくらんだ髪が私の顔にかかり――実体がないので当たりはしないけれど、とても邪魔だ。
「あのう、画面が見えないんですけど」
「おお、これはすまぬ」
四郎さまは立ち上がり、私の左側に座り直した。
そしてまた、興味津々、お尻を浮かせて食い入るように画面を見つめている。
「パソコン、見たことあるんですか」
ふと尋ねてみると、すぐに返事が返ってきた。
「あるぞ。遠見の鏡の類いであろう」
何ですか、それは。何かの神器ですか。
「それを使うと遠くにいる者の姿を見ることもできるし、話をすることもできるのだ。姫もちゃっとというものをなさっておられた」
パソコンへの理解はある意味間違ってはいない。が、それを使いこなしておられたのはお探しの姫君ではないような気がする。
この状態で本人の名前を検索にかけるのは憚られた。せいぜい地名と祠の位置くらいしかワードがない。あと付け加えるとしたら。
「そういえば、姫君のお名前はなんとおっしゃるんですか」
むっ、と四郎さまの頬がこわばる。その表情にびくっとした。なにか悪いことを聞いてしまったのだろうか。怒らせてしまったら怖いな。
「姫は――『なお』と呼ばれておいでだった」
なお、ですと?
ぽかんとする私に、四郎さまが由緒を解説してくれた。
「直くあれ、素直であれ。正しい道を歩み、人に愛され幸せな生を送れるようにとの願いがこめられたものと聞いておる」
なるほど。直姫、か。
来瀬町 コーポ鈴掛 祠 小さな石の祠 直姫
残念ながら、というか予想通りというか。祠に関する情報は出てこなかったが、心霊スポットでなかっただけよしとしよう。
さて、次はどうするか。
祠のある空き地のお隣には、塀で囲まれた立派な日本家屋がある。門や塀の上にも瓦屋根が乗っている豪邸だ。『北岡』という表札のかけられたあの家を訪ねてみるのが一番確実で手っ取り早いに決まっている。
(だけどなあ……)
私はこの地に越してきたばかりの新参者。見知らぬ方のお宅に、紹介もなく、いきなりアポなしで押しかける勇気はない。祠や直姫さまについて尋ねるにしても、理由を話さなくてはならないだろう。かと言ってありのままに事情を話すわけにもいかない。私は頭を抱えた。
(怪しすぎる……)
先方さまにどう思われることやら。そこから話が大家さんに伝わって、このアパートに居づらくなるのは困る。
お隣り訪問は最後の最後、行き詰まってどうしようもなくなったときの最終手段にしよう。
ネットでの収穫はなし。現地取材は難しい。他に情報を手に入れる手段は――。
(図書館はどうかな)
職場の近くにも市立図書館があったけれど、大きな図書館より地元の図書館の方がその地域に関する資料を多く所蔵していそうだ。
パソコンで検索してみると、私が通勤に使っている駅の向こうに町の図書館があった。
駅の向こう側には旧街道と宿場町の一部が残っていて、ささやかな観光地になっている。地図で見ると図書館は宿場町のはずれにあった。
徒歩で行くには少し距離があるし、落ち武者と一緒に散策、なんていう形になるのも気が進まない。
大家さんに電話をかけ、アパート共有の自転車を借りることにした。シェアサイクルというと聞こえはいいが、以前の住民が置いていった古いママチャリだ。
鍵のありかを聞き、備え付けのノートに日付と名前、時間を記入する。
現在の時刻、10:27。午前中に帰ってこれるだろうか。念のため長めに申請しておこう。
で、これはとても大事なことだけれど、自転車の二人乗りは道路交通法に違反する。
「若君はここに」
私は荷台を指差した。
霊は数に入らないはずだ。だって、守護霊や背後霊をいっぱい背負っている人だって、世の中にはいるはずなのだから。
四郎さまは素直に頷き、荷台に跨がった。
(視える人に会いませんように)
心の中で祈りつつ、落ち武者を乗せた自転車を走らせる。
図書館に向かう途中、彼は熱を込めて語り続けた。
「姫は本当に素晴らしい方なのだ。容姿もだが、なによりその心根の清らかで慈愛深きことといったら。それでいて芯は強く凜としておられる。あの方が月なら他の女子などみなスッポン。よくぞあのような方がこの濁世に生をうけたものよ、と」
そうですか、私はスッポンですか。あなた様は今、そのスッポンにすがっておいでなのですよ。
「よるべなき身の上でありながら、御名のとおり心健やかにお育ちで。才長けて、しかも決して驕らず……」
親バカ、兄バカ、従者バカ。単なるバカならいいけれど、今の時代、あまり姫君への賛辞を力説するとやばいヤツ認定されますよ。
喉元まで出かかったあれやこれやをぐっと飲み込み、私は力いっぱい自転車を漕いだ。
高校生のころに聞いた話だ。教えてくれたのはクラスメートの清子。卒業以来会っていないけれど、機会があったら言ってやりたい。
―――二十歳過ぎても、見るときは見てしまうんだよ。
背後に憑いているのは幽霊か、亡霊か、神霊か。
私はパソコンを立ち上げ、インターネットで彼の祠について調べてみることにした。それが姫君捜索の鍵になるかといえば望み薄だ。けれど、手がかりになるのは今のところそれしかない。藁にもすがる思いで、ぽちぽちと検索をかけた。
肩越しに四郎さまが画面を覗き込んでくる。
もっさりとふくらんだ髪が私の顔にかかり――実体がないので当たりはしないけれど、とても邪魔だ。
「あのう、画面が見えないんですけど」
「おお、これはすまぬ」
四郎さまは立ち上がり、私の左側に座り直した。
そしてまた、興味津々、お尻を浮かせて食い入るように画面を見つめている。
「パソコン、見たことあるんですか」
ふと尋ねてみると、すぐに返事が返ってきた。
「あるぞ。遠見の鏡の類いであろう」
何ですか、それは。何かの神器ですか。
「それを使うと遠くにいる者の姿を見ることもできるし、話をすることもできるのだ。姫もちゃっとというものをなさっておられた」
パソコンへの理解はある意味間違ってはいない。が、それを使いこなしておられたのはお探しの姫君ではないような気がする。
この状態で本人の名前を検索にかけるのは憚られた。せいぜい地名と祠の位置くらいしかワードがない。あと付け加えるとしたら。
「そういえば、姫君のお名前はなんとおっしゃるんですか」
むっ、と四郎さまの頬がこわばる。その表情にびくっとした。なにか悪いことを聞いてしまったのだろうか。怒らせてしまったら怖いな。
「姫は――『なお』と呼ばれておいでだった」
なお、ですと?
ぽかんとする私に、四郎さまが由緒を解説してくれた。
「直くあれ、素直であれ。正しい道を歩み、人に愛され幸せな生を送れるようにとの願いがこめられたものと聞いておる」
なるほど。直姫、か。
来瀬町 コーポ鈴掛 祠 小さな石の祠 直姫
残念ながら、というか予想通りというか。祠に関する情報は出てこなかったが、心霊スポットでなかっただけよしとしよう。
さて、次はどうするか。
祠のある空き地のお隣には、塀で囲まれた立派な日本家屋がある。門や塀の上にも瓦屋根が乗っている豪邸だ。『北岡』という表札のかけられたあの家を訪ねてみるのが一番確実で手っ取り早いに決まっている。
(だけどなあ……)
私はこの地に越してきたばかりの新参者。見知らぬ方のお宅に、紹介もなく、いきなりアポなしで押しかける勇気はない。祠や直姫さまについて尋ねるにしても、理由を話さなくてはならないだろう。かと言ってありのままに事情を話すわけにもいかない。私は頭を抱えた。
(怪しすぎる……)
先方さまにどう思われることやら。そこから話が大家さんに伝わって、このアパートに居づらくなるのは困る。
お隣り訪問は最後の最後、行き詰まってどうしようもなくなったときの最終手段にしよう。
ネットでの収穫はなし。現地取材は難しい。他に情報を手に入れる手段は――。
(図書館はどうかな)
職場の近くにも市立図書館があったけれど、大きな図書館より地元の図書館の方がその地域に関する資料を多く所蔵していそうだ。
パソコンで検索してみると、私が通勤に使っている駅の向こうに町の図書館があった。
駅の向こう側には旧街道と宿場町の一部が残っていて、ささやかな観光地になっている。地図で見ると図書館は宿場町のはずれにあった。
徒歩で行くには少し距離があるし、落ち武者と一緒に散策、なんていう形になるのも気が進まない。
大家さんに電話をかけ、アパート共有の自転車を借りることにした。シェアサイクルというと聞こえはいいが、以前の住民が置いていった古いママチャリだ。
鍵のありかを聞き、備え付けのノートに日付と名前、時間を記入する。
現在の時刻、10:27。午前中に帰ってこれるだろうか。念のため長めに申請しておこう。
で、これはとても大事なことだけれど、自転車の二人乗りは道路交通法に違反する。
「若君はここに」
私は荷台を指差した。
霊は数に入らないはずだ。だって、守護霊や背後霊をいっぱい背負っている人だって、世の中にはいるはずなのだから。
四郎さまは素直に頷き、荷台に跨がった。
(視える人に会いませんように)
心の中で祈りつつ、落ち武者を乗せた自転車を走らせる。
図書館に向かう途中、彼は熱を込めて語り続けた。
「姫は本当に素晴らしい方なのだ。容姿もだが、なによりその心根の清らかで慈愛深きことといったら。それでいて芯は強く凜としておられる。あの方が月なら他の女子などみなスッポン。よくぞあのような方がこの濁世に生をうけたものよ、と」
そうですか、私はスッポンですか。あなた様は今、そのスッポンにすがっておいでなのですよ。
「よるべなき身の上でありながら、御名のとおり心健やかにお育ちで。才長けて、しかも決して驕らず……」
親バカ、兄バカ、従者バカ。単なるバカならいいけれど、今の時代、あまり姫君への賛辞を力説するとやばいヤツ認定されますよ。
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