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第七章
第5話 導く者
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オルフェンは亡者たちと話をしようと、努力を続けていた。
宙を漂う灰色の影たちは、オルフェンが近づくとするりと逃げる。ぱちんと弾けるように消えるものもいる。
そうしてまた、オルフェンの手が届かない所で、ふわんとわだかまるのだった。
「どうしてなの?」
悔しそうにオルフェンが爪を噛む。
その手に白い蝶が止まった。
「おやめくださいな。形が悪くなりますよ」
「イレーネ……」
オルフェンはゆっくりと手を下ろし、途方に暮れたようにうつむいた。
「やっぱり、無理なのかしら」
蝶の姿が解け、年若い尼僧が王女の傍らに寄り添った。
「あなたの輝きが強すぎるのですよ」
生きている人間は亡者を恐れるが、実際には命ある者の方が強いのだ。
「ここにいる影たちは生者の世界に恋い焦がれ、命ある者たちをうらやんでいます。ですが、命の輝きはあの者たちには眩しすぎるのです」
「そうなの?」
オルフェンが驚いたようにイレーネを見つめる。
「はい」
イレーネは寂しげに微笑んだ。
「私も命無き者ですから、分かります。オルフェン殿下、あなたの放つ金の光はあまりにも目映く美しく、そして恐ろしい」
「わたしが、恐ろしい?」
その言葉は衝撃だった。
(亡者にも、怖いと思う気持ちがあるの?)
生きている者からすれば、死者の霊は恐ろしい。よほど親しい間柄であれば話は別だが、できれば出くわしたくないと思う。身の毛がよだつ。それは本能的な恐れだ。嫌悪に近いかもしれない。
それと同じような感覚を、あの影たちは自分に対して抱いているのか。本来なら『死者の国』に生者などいるはずがないのだから。
―――関わり合いになりたくない。
―――どうかそばに来ないでほしい。
―――見えないところに行ってほしい。
(そんな風に思われていたの?)
―――私が怖いですか?
冥界の神は尋ねた。
生者からも亡者たちからも畏怖され、忌避されることに慣れたものの孤独。あの時は気づかなかったけれど、なんと哀しい言葉だろう。
「ああ、誤解なさらないでくださいな」
しょんぼりとうなだれるオルフェンに、イレーネが柔らかな声で語る。
「あなたの光は命無き者には恐ろしいほどに輝かしい。けれど、生への憧れや執着が強ければ強いほど、惹かれずにはいられない。ほら、お気づきになりませんか?」
オルフェンは顔を上げ、イレーネが示す方を見た。
「あそこにも。あそこにも」
離れた場所に、亡者の影がいくつも揺らいでいる。心なしか、さきほどよりも数が増えているようだ。
「まだ、向こうからは近寄って来ようとしませんけれど。あれらは皆、あなたの光に魅せられ、引き寄せられて来た者たちです」
その言葉に同意するように、くうん、と二匹の獣がオルフェンにすり寄る。
―――彷徨う灰色の影たちに慈悲深き救いの手を。
(わたしは、そんな大層な者じゃないけれど)
オルフェンは両手で獣たちをぎゅうっと抱きしめた。
「そうね。やってみるわ」
冥界の獣たちは嬉しそうに短い尾をパタパタと振った。
イレーネの助言でオルフェンはやり方を変えた。
「もっとゆっくり、こっそりと近づいて、そうっと話しかけましょう」
何度も逃げられて、失敗して、ようやく応じてくれる影が現れた。
ひとり、ふたり……。
それを他の影たちがじっと見ている。少しずつ反応が変わってゆく。逃げずにこちらが近づくのを待ってくれる。
なぜ次の世に向かわないのかというオルフェンの問いかけに、ある影は答えた。「生きている間に隠した己れの財産が気になるのだ」と。
「家の近くに隠したのなら、きっと家族が見つけて役立ててくれるわよ」
すると、「自分以外の者に使われるのは我慢がならない」と言う。
「じゃあ、様子を見てきたら? ちょうど今夜はサウィンだし、一度里帰りをしてもいいんじゃないかしら」
それもできないと言う。「自分が戻ったところを誰かに見られて、それでお宝の隠し場所を見つけられてしまったら、死んでも死に切れないのだ」と。
まるで笑い話のような、亡者の言い分。
今までのオルフェンなら、とっくに癇癪を起こしているところだ。
だが、それでは誰も救えない。
「それは、とても心配ね」
忍耐強く耳を傾け、思いやりの中にほんの少しの皮肉をこめてオルフェンは提案した。
「ならば隠し場所を忘れないうちに、早く生まれ変わった方がいいと思うわ。そうしたら自分で使えるじゃないの。一刻も早く『日没の向こうの国』に向かってはどうかしら」
ゆらゆらと落ち着き無く揺れていた灰色の影が、虚を突かれたようにぴたりと動きを止めた――かと思うと、一瞬にして白い光の玉に変わった。
丸い光は、呆気にとられるオルフェンの周りをくるっとひと回りし、すうっと流れ星のように尾を引いて、あっという間に赤黒く煙る空の向こうへと消えてしまった。
「あれで、よかったのかしら」
その様子をぽかんと見送って、オルフェンが呟く。
「ええ。あの方の迷いを断ち切る、最善の答えだったみたいですね」
オルフェンの肩の上で、蝶の姿に戻ったイレーネが請け合った。
「わたし、気負い過ぎていたのかもしれない」
ふう、とオルフェンが溜め息をつく。
「ここにいる亡者のみなさんは自分の立場を分かっていて、でも踏ん切りがつかなくて。どんなふうでもいいから、誰かが背中を押してくれるのを待っているのかもしれない」
ならば、生者と変わらない。
「あなたたちはどう思う?」
ぴったりと自分のそばに付き従う二匹の獣に話しかける。
「ずっと亡者たちを見守り続けてきたのだもの。わたしなんかより、ずっとよく分かってるわよね。どうかしら。この考え方で合っているかしら」
神の世の英雄たち、キアランとフランが短いしっぽをぱたぱたと振る。その顔が笑っているように見えた。
「ありがとう。心強いわ」
お礼に、と、まだらに毛の抜けた背中を掻いてやる。
彼らの体から、ごっそりと綿ぼこりのような塊が剥がれてオルフェンの指に絡みついた。オルフェンは少し驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、あなたたちは今が毛の生え替わりの時期なのね」
二匹の顔を交互に見ながら話しかける。
「新しい毛が生えそろったら、きっと綺麗な姿になるわ。私が保証する。昔飼っていた犬もそうだったもの」
頭をなでてやると、獣たちは気持ちよさそうに目を細めた。
垂れた耳、長い鼻面。
犬、と口に出すと、彼らが地上の犬に近い姿に見えてきた。
オルフェンが飼っていた犬よりはかなり大型で。そう、狩猟犬に近い。
「殿下、あちらを」
イレーネの声に振り返る。
彷徨える亡者が、またひとり。向こうから近づいてくる。
ふらふらと揺れる影は、この地で見た影の中で、最も人らしい形を保っていた。
背の高い男性だった。織模様のある長いマントと、色石のついた金の首環を身につけている。生者の国にいたときにはかなり高貴な身分だったに違いない。
「お嬢さん」
はっきりとした声音で、影が話しかけてきた。
「私の話も、聞いてもらえるだろうか」
古風なアクセント。綺麗な発音。
オルフェンの背筋が自然と伸びた。
「ええ、もちろんです。どうぞお話しください」
* * *
走って、走って、走り続けて―――。
フランは息が上がってきた。
ワタリガラスは真っ直ぐに飛んで行く。角を曲がりもせず、横道に逸れることもない。なのに、同じ風景が何度も立ち現れる。一度や二度ではない。まるで狭い場所をぐるぐると回っているかのような感覚にとらわれる。
フランは知っている。これは必要な手続きだ。
例えば、魔法を使って弾指の間に遠い場所に移動する。
傍から見れば、やすやすと術を操っているように見えるだろう。しかし、行ったことのない場所にいきなり跳ぶことはできない。
瞬時に離れた場所に跳ぶためには、前もって入念な準備を施しておく必要がある。
生身の、しかも『不死の呪い』を負った体で死者の国に入るのだ。たとえるなら氷の浮いた冷たい水に飛び込むようなもの。カラスはその危険を知っていて、安全な道を選んでくれている。
「痛っ」
汗が目に入る。ごしごしと目をこするフランの前に、音もなく、妖精たちの群れが飛び出してきた。避ける暇も無い。フランはたたらを踏んだ。
「おっと」
無音の集団はフランに気づきもしなかった。陽気に騒ぎ、踊りながら横切ってゆく。その何人かがフランの体を通り抜けていった。
先導役のカラスが羽ばたきながら宙で停止し、くるりと向きを変えてフランの方を向いた。
「そろそろあんたの目にも、あの世への入り口が見えてくるころだ。景色が他の所よりぼんやりと黒ずんでいるところ。分かるかい?」
フランは前方に目を凝らした。ゆっくりと視線を少しずつ右へ、左へと移動させる。
少し離れた場所、頭の高さほどのところに黒い闇がぽかりと浮かんでいるのが見えた。丸く渦を巻いている。
「あそこか」
「分かったようだね。それじゃ、ここでお別れだ。あんたの幸いを祈っているよ」
「恩に着る!」
カラスに軽く手を上げて、フランは黒い闇の中へと踏み込んだ。
マクドゥーンの姿が渦の中に消えるのを見届けると、カラスはちょこんと茅葺き屋根の上に着地した。
周囲に元の喧噪が戻ってくる。
「やれやれ、なんとか無事に行けたかね」
そう呟くと、魔法使いからせしめた戦利品を足下に置いた。
楕円形のメダルの表面にはクローバーが描かれている。ありふれたデザインだ。
何の気もなく、くるりとメダルを裏返して、カラスは目をぱちくりさせて笑った。
「おやおや。これはなかなか味なこと」
もう片面にはマクドゥーンの兄、聖ヨハネルの横顔が刻印されていた。
宙を漂う灰色の影たちは、オルフェンが近づくとするりと逃げる。ぱちんと弾けるように消えるものもいる。
そうしてまた、オルフェンの手が届かない所で、ふわんとわだかまるのだった。
「どうしてなの?」
悔しそうにオルフェンが爪を噛む。
その手に白い蝶が止まった。
「おやめくださいな。形が悪くなりますよ」
「イレーネ……」
オルフェンはゆっくりと手を下ろし、途方に暮れたようにうつむいた。
「やっぱり、無理なのかしら」
蝶の姿が解け、年若い尼僧が王女の傍らに寄り添った。
「あなたの輝きが強すぎるのですよ」
生きている人間は亡者を恐れるが、実際には命ある者の方が強いのだ。
「ここにいる影たちは生者の世界に恋い焦がれ、命ある者たちをうらやんでいます。ですが、命の輝きはあの者たちには眩しすぎるのです」
「そうなの?」
オルフェンが驚いたようにイレーネを見つめる。
「はい」
イレーネは寂しげに微笑んだ。
「私も命無き者ですから、分かります。オルフェン殿下、あなたの放つ金の光はあまりにも目映く美しく、そして恐ろしい」
「わたしが、恐ろしい?」
その言葉は衝撃だった。
(亡者にも、怖いと思う気持ちがあるの?)
生きている者からすれば、死者の霊は恐ろしい。よほど親しい間柄であれば話は別だが、できれば出くわしたくないと思う。身の毛がよだつ。それは本能的な恐れだ。嫌悪に近いかもしれない。
それと同じような感覚を、あの影たちは自分に対して抱いているのか。本来なら『死者の国』に生者などいるはずがないのだから。
―――関わり合いになりたくない。
―――どうかそばに来ないでほしい。
―――見えないところに行ってほしい。
(そんな風に思われていたの?)
―――私が怖いですか?
冥界の神は尋ねた。
生者からも亡者たちからも畏怖され、忌避されることに慣れたものの孤独。あの時は気づかなかったけれど、なんと哀しい言葉だろう。
「ああ、誤解なさらないでくださいな」
しょんぼりとうなだれるオルフェンに、イレーネが柔らかな声で語る。
「あなたの光は命無き者には恐ろしいほどに輝かしい。けれど、生への憧れや執着が強ければ強いほど、惹かれずにはいられない。ほら、お気づきになりませんか?」
オルフェンは顔を上げ、イレーネが示す方を見た。
「あそこにも。あそこにも」
離れた場所に、亡者の影がいくつも揺らいでいる。心なしか、さきほどよりも数が増えているようだ。
「まだ、向こうからは近寄って来ようとしませんけれど。あれらは皆、あなたの光に魅せられ、引き寄せられて来た者たちです」
その言葉に同意するように、くうん、と二匹の獣がオルフェンにすり寄る。
―――彷徨う灰色の影たちに慈悲深き救いの手を。
(わたしは、そんな大層な者じゃないけれど)
オルフェンは両手で獣たちをぎゅうっと抱きしめた。
「そうね。やってみるわ」
冥界の獣たちは嬉しそうに短い尾をパタパタと振った。
イレーネの助言でオルフェンはやり方を変えた。
「もっとゆっくり、こっそりと近づいて、そうっと話しかけましょう」
何度も逃げられて、失敗して、ようやく応じてくれる影が現れた。
ひとり、ふたり……。
それを他の影たちがじっと見ている。少しずつ反応が変わってゆく。逃げずにこちらが近づくのを待ってくれる。
なぜ次の世に向かわないのかというオルフェンの問いかけに、ある影は答えた。「生きている間に隠した己れの財産が気になるのだ」と。
「家の近くに隠したのなら、きっと家族が見つけて役立ててくれるわよ」
すると、「自分以外の者に使われるのは我慢がならない」と言う。
「じゃあ、様子を見てきたら? ちょうど今夜はサウィンだし、一度里帰りをしてもいいんじゃないかしら」
それもできないと言う。「自分が戻ったところを誰かに見られて、それでお宝の隠し場所を見つけられてしまったら、死んでも死に切れないのだ」と。
まるで笑い話のような、亡者の言い分。
今までのオルフェンなら、とっくに癇癪を起こしているところだ。
だが、それでは誰も救えない。
「それは、とても心配ね」
忍耐強く耳を傾け、思いやりの中にほんの少しの皮肉をこめてオルフェンは提案した。
「ならば隠し場所を忘れないうちに、早く生まれ変わった方がいいと思うわ。そうしたら自分で使えるじゃないの。一刻も早く『日没の向こうの国』に向かってはどうかしら」
ゆらゆらと落ち着き無く揺れていた灰色の影が、虚を突かれたようにぴたりと動きを止めた――かと思うと、一瞬にして白い光の玉に変わった。
丸い光は、呆気にとられるオルフェンの周りをくるっとひと回りし、すうっと流れ星のように尾を引いて、あっという間に赤黒く煙る空の向こうへと消えてしまった。
「あれで、よかったのかしら」
その様子をぽかんと見送って、オルフェンが呟く。
「ええ。あの方の迷いを断ち切る、最善の答えだったみたいですね」
オルフェンの肩の上で、蝶の姿に戻ったイレーネが請け合った。
「わたし、気負い過ぎていたのかもしれない」
ふう、とオルフェンが溜め息をつく。
「ここにいる亡者のみなさんは自分の立場を分かっていて、でも踏ん切りがつかなくて。どんなふうでもいいから、誰かが背中を押してくれるのを待っているのかもしれない」
ならば、生者と変わらない。
「あなたたちはどう思う?」
ぴったりと自分のそばに付き従う二匹の獣に話しかける。
「ずっと亡者たちを見守り続けてきたのだもの。わたしなんかより、ずっとよく分かってるわよね。どうかしら。この考え方で合っているかしら」
神の世の英雄たち、キアランとフランが短いしっぽをぱたぱたと振る。その顔が笑っているように見えた。
「ありがとう。心強いわ」
お礼に、と、まだらに毛の抜けた背中を掻いてやる。
彼らの体から、ごっそりと綿ぼこりのような塊が剥がれてオルフェンの指に絡みついた。オルフェンは少し驚いた顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、あなたたちは今が毛の生え替わりの時期なのね」
二匹の顔を交互に見ながら話しかける。
「新しい毛が生えそろったら、きっと綺麗な姿になるわ。私が保証する。昔飼っていた犬もそうだったもの」
頭をなでてやると、獣たちは気持ちよさそうに目を細めた。
垂れた耳、長い鼻面。
犬、と口に出すと、彼らが地上の犬に近い姿に見えてきた。
オルフェンが飼っていた犬よりはかなり大型で。そう、狩猟犬に近い。
「殿下、あちらを」
イレーネの声に振り返る。
彷徨える亡者が、またひとり。向こうから近づいてくる。
ふらふらと揺れる影は、この地で見た影の中で、最も人らしい形を保っていた。
背の高い男性だった。織模様のある長いマントと、色石のついた金の首環を身につけている。生者の国にいたときにはかなり高貴な身分だったに違いない。
「お嬢さん」
はっきりとした声音で、影が話しかけてきた。
「私の話も、聞いてもらえるだろうか」
古風なアクセント。綺麗な発音。
オルフェンの背筋が自然と伸びた。
「ええ、もちろんです。どうぞお話しください」
* * *
走って、走って、走り続けて―――。
フランは息が上がってきた。
ワタリガラスは真っ直ぐに飛んで行く。角を曲がりもせず、横道に逸れることもない。なのに、同じ風景が何度も立ち現れる。一度や二度ではない。まるで狭い場所をぐるぐると回っているかのような感覚にとらわれる。
フランは知っている。これは必要な手続きだ。
例えば、魔法を使って弾指の間に遠い場所に移動する。
傍から見れば、やすやすと術を操っているように見えるだろう。しかし、行ったことのない場所にいきなり跳ぶことはできない。
瞬時に離れた場所に跳ぶためには、前もって入念な準備を施しておく必要がある。
生身の、しかも『不死の呪い』を負った体で死者の国に入るのだ。たとえるなら氷の浮いた冷たい水に飛び込むようなもの。カラスはその危険を知っていて、安全な道を選んでくれている。
「痛っ」
汗が目に入る。ごしごしと目をこするフランの前に、音もなく、妖精たちの群れが飛び出してきた。避ける暇も無い。フランはたたらを踏んだ。
「おっと」
無音の集団はフランに気づきもしなかった。陽気に騒ぎ、踊りながら横切ってゆく。その何人かがフランの体を通り抜けていった。
先導役のカラスが羽ばたきながら宙で停止し、くるりと向きを変えてフランの方を向いた。
「そろそろあんたの目にも、あの世への入り口が見えてくるころだ。景色が他の所よりぼんやりと黒ずんでいるところ。分かるかい?」
フランは前方に目を凝らした。ゆっくりと視線を少しずつ右へ、左へと移動させる。
少し離れた場所、頭の高さほどのところに黒い闇がぽかりと浮かんでいるのが見えた。丸く渦を巻いている。
「あそこか」
「分かったようだね。それじゃ、ここでお別れだ。あんたの幸いを祈っているよ」
「恩に着る!」
カラスに軽く手を上げて、フランは黒い闇の中へと踏み込んだ。
マクドゥーンの姿が渦の中に消えるのを見届けると、カラスはちょこんと茅葺き屋根の上に着地した。
周囲に元の喧噪が戻ってくる。
「やれやれ、なんとか無事に行けたかね」
そう呟くと、魔法使いからせしめた戦利品を足下に置いた。
楕円形のメダルの表面にはクローバーが描かれている。ありふれたデザインだ。
何の気もなく、くるりとメダルを裏返して、カラスは目をぱちくりさせて笑った。
「おやおや。これはなかなか味なこと」
もう片面にはマクドゥーンの兄、聖ヨハネルの横顔が刻印されていた。
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