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第五部 『帝国』編

520 「エピローグ(最後の選択)」

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「玲奈、いいか? 話があるんだ」

 夕食とその団欒の後、それぞれが部屋へと戻る時に声をかけた。
 船の方は、昼前に神々の塔から出発ノヴァの空中空母と2隻で組んだ船団、いや艦隊は、既に太平洋上高度1000メートル辺りを飛行していた。ほぼ赤道でも、かなり過ごしやすい。
 そして夜の間はゆっくりとしか動かないのもあって、船の外に出ると緩やかな合成風というやつが体に心地い。

 そして空には、この世界が現実でない事を示す大きな月と、赤くぼんやりとした小さな月があり、真っ暗な筈の夜の海と空を照らしている。
 この世界が、現実の世界ではない何よりの証拠だ。

 そして風が吹く飛行船の甲板の上には、オレと玲奈以外はいない。
 みんな、色々と察してくれているからだ。
 もしかしたらどこかの陰で聞き耳を立てているかもしれないけど、オレはあまり気にはならなかった。何を聞かれても平気という信頼感があった。
 玲奈も気負った雰囲気は見られない。

「ハルカさんは?」

 オレが声をかけた以上ハルカさんもいると考えていたらしく、玲奈の声は疑問形だ。
 その疑問にオレは首を横に振る。
 そして彼女の顔へ、オレの顔を正対させる。
 そうすると彼女も何かを察して正対し、居住まいを少しただす。
 次に話したのは彼女、玲奈の方だった。

「もう、分かってるよ。決めてたんだね」

「うん。だから」

「それ以上は、いいよ。今まで私の、私達のワガママを受け入れてくれて、ありがとう」

「お礼を言うのはこっちだ。それに、ちゃんと言わないといけない事だろ」

「かもしれないけど、こんな面と向かって言われたら泣いちゃうよ」

 そう言いながら、何かを懸命に耐えている表情に変わっていた。
 言えば言葉通り泣かれてしまうだろう。
 けど、言わないとダメな事だと決意する。

「いや、言わせてもらうよ」

「じゃあ、ひとつお願い」

 言葉を続ける前に遮られた。そしてその表情に少し気圧される。
 そしてオレの言葉が止まったのを確認して、彼女が言葉を続ける。

「明日から友達になって。離れるのも、距離を置きすぎるのもなし」

「えっと、いいのか?」

「うん。いいの。全部私のため。これは私のワガママ。ショウ君には、また少し迷惑かけるかも、だけど」

「迷惑なもんか。それにむしろ、こっちからお願いしたいくらいだ」

「うん。ありがとう」

「だから、お礼はこっちの方だって。けど、今度はオレからが少し言いにくいな」

「言うんでしょ。ちゃんと言って」

「ああ、そうだな。……天沢玲奈さん、別れてください。オレには、二人同時に好きでいるのはやっぱり無理です。これからは山科遥さんだけを想います。ごめんなさい。今まで本当にありがとう」

 姿勢を正して伝え、最後に頭を深々と下げる。
 対面の玲奈も、俺に合わせて頭を下げるのが分かった。彼女の礼は、肯定の礼だ。
 そしてほぼ同時に頭を上げると、玲奈の目には涙があった。その涙は、顔を上げると頬を伝い続ける。
 もしかしたら、顔を見られたくないのもあって頭を下げたのかもしれない。

 そしてさらに言葉にならない声が漏れ出し、その後しばらく彼女は声をあげて泣き続けた。
 それをオレは見届け続けた。
 ここで、抱くことも、手を差し伸べることも、するわけにはいけない。声をかけるのも憚られた。けど見届けるのが筋だから、目を逸らす事は決してしなかった。


「グズッ。やっぱり、分かっていても、辛いね」

 どれくらい経ったか、泣き止んだ最初の言葉がそれだった。もう表情も雰囲気も落ち着いている。
 もっとも、オレの方こそ何と言ったら良いかわからない程だった。けど、彼女のその言葉に少し興味が惹かれてしまった。

「いつから、オレの変化に気づいてた?」

「ハルカさんが目覚めた時、ショウ君ずっと嬉し泣きしてたでしょ。誰でも分かるよ。ああ、ショウ君は本当にハルカさんが好きなんだなあって」

「オレ、そんなに泣いてた?」

「うん。あんなの見せられたら、勝ち目どころか入り込む隙間もないなあって」

「えっと、その、謝らないよ」

「うん。謝ったらダメ。謝ってたら、平手打ちしてた」

「アハハ。それは怖いなあ」

「じゃあ。ハルカさんに慰めてもらって」

「それなんだけど、ハルカさんが玲奈と話したがってた」

 その言葉に「ハルカさんも真面目だなあ」と苦笑する彼女がいた。
 その雰囲気は、心のゆとりや貫禄とでも言えるものがある気がする程だった。
 そして彼女は、一度オレの目を見る。

「じゃあ次は、ハルカさんと対決してくるね。ショウ君は待ってて。それで、ハルカさんは? 部屋?」

「いや、多分だけど船長室だと思う。あそこ、他の部屋より防音がしっかりしてるから」

「そうなんだ。分かった。行ってくる」

「うん。気が済むまで話し合ってくれ」

「そうしてくる」

 そう告げて、玲奈はオレの前から躊躇なく去って行った。



 その後しばらく、オレは甲板上で一人夜風に吹かれていた。
 あっちより巡りの早い月が少し移動したように感じるので、相応に時間は経ったのだろう。
 けど、夜空をボーッと見ていると、野営の番の時を思い出して時間が経つのは苦にならなかった。
 そこに規則正しい足音が小さく響いてくる。
 数は一人分。間違えることのない歩き方。
 そしてその足音は、オレのすぐ側で止まる。

「玲奈と改めて友達になってきたわ」

「じゃあ、残るはオレ達だけだな」

 前を向いて話しかけてきた彼女、ハルカさんに、オレの方は少し身を正して彼女の方を向く。
 この世界特有の派手なお月様の光に照らされた彼女は綺麗だった。
 もう玲奈には社交辞令以外で言っちゃいけない気持ちだけど、ハルカさんにはだけは遠慮なく感じて良い気持ちだ。
 けど、この場では流石に口にはできない。

 それに横顔の彼女の目元が、少し腫れぼったくなっていた。
 表情はいつものクールな時の彼女だけど、オレがボーッと空を見ている間に二人の間に色々とあった事を伝えている。
 その彼女がオレと正対すると、真剣な眼差しを注いできた。

「ええ。先日止めた分も含めて、ちゃんと言ってね」

「そうだな。……やっぱりハーレムは無理だ。オレ、そんなに器用じゃないから」

「え? 前の時、それを言いたかったの?」

 予想外だったらしく、一瞬呆気にとられたあとジト目になる。
 だから慌てて言葉を続ける。

「あの時だと、ここから始めないとダメだろ」

「まあそうかもしれないけど、それで? 一番大切な事を言って」

「うん。山科遥さん、好きです。結婚してください」

「気が早い。飛躍しすぎ」

「愛しています。改めてお付き合いして下さい」

「結婚もそうだけど、愛もワンステップ先じゃない?」

「それじゃあ。山科遥さん大好きです。改めてお付き合いして下さい」

「まあ、今はそんなところね。はい、分かりました。こちらこそ、よろしくお願いします。私も大好きよ、月待翔太さん」

 リテイク数回を経て、淡々と再契約が成立した。
 派手な月明かりの下で、彼女の表情と態度は満足げだ。
 きっとオレも似たような表情を浮かべている事だろう。

「それにしても、告るのはこれで4回目だな。ようやく念願叶ったよ」

「うん。回り道させてごめんなさい」

「ハルカさんが謝る事じゃないだろ」

 その言葉に、彼女は首を少し大きめに横に振る。

「ううん、私のせい。ショウは最初から私だけって言ってくれたし、私のワガママで玲奈さんとの関係とか中途半端にさせてしまったもの」

「状況が状況だったし、それは仕方ないだろ」

「うん。けど私、ショウが私を復活させたいって願いを、ある意味否定していたようなものよ。それに、結果として二人の気持ちを……」

「ハルカさんも、今までそんな気持ちを持ち続けてきたんだろ。それにこれで、全部チャラだよ」

「チャラにはならないわよ。私は全部忘れない。玲奈もそう言ってた」

 そう言葉を続ける彼女の眼差しは真剣そのもの。
 確かにオレも忘れることは出来そうにない。だからその言葉に頷き返した。
 と、ほぼ同時に、出てきた言葉に別の興味が湧いてしまうのは人情だろう。

「二人の間の話しは、今回も秘密?」

「ええ、そうよ。お互い、お墓まで持っていく事にしたわ。玲奈の方は、もう一人のレナにある程度話すみたいだけど」

「そっか。じゃあ、今際の際にでも教えてくれ」

「随分気の長い話ね。いいわ。どちらかの今際の際に聞かせてあげる。けど、ホッとした」

「オレもだ。玲奈もそうなんじゃないかな」

「そうでしょうね。けど、私の今のホッとはちょっと違うの」

「どう?」

「もしショウが、ハーレムエンドを望んだらどうしようって。その中で、私は一番を維持できるのかって真剣に悩んだわ。玲奈だけじゃなくて、他の子との重婚、妾、愛人、セフレその他諸々も付いてくるかもしれないのよ。しかも私は、あっちで別の男を見つけないといけなくなるし。現実で、これからショウ以外の人を好きなれるのかとか、頭の中グルグル回っていたわ」

 一気にまくし立てたけど、ホッとしたのもあって苦笑が漏れてしまう。
 当然、彼女からはジト目が返ってくる。

「……私だって色々悩んでいたのよ」

「ごめんごめん。オレの悩みの方がお気楽だったのは認めるよ。けど、重婚とかの方は大丈夫かな? こっちのレナはその辺を言ってきているからなあ」

「それはショウ次第よ。私も十分餌付けしてあげるから、ちゃんとしてね」

「心強いお言葉、痛み入ります。まあ、一度ちゃんと話すよ。もう一人の天沢さんとの話も済んだからな」

「明日から友達になるんですってね。何か儀式的な事はしないの?」

「儀式? いや、何かいるのか? 物品の交換とか? ちなみに、ハルカさんと玲奈は?」

「一度二人だけで会って、私が玲奈から一発張り倒されるの。それでチャラ。それで友達」

 思っていた以上にヘビーな話し合いだったのをほのめかす事実に、すぐには言葉が出なかった。

「そっか。オレもちゃんとあっちで清算してくるよ」

「呆れた、その話し合いはしてないのね。ちゃんとしてきなさい。こういう事って案外大切よ」

「うん。けじめって大事だよな」

「ええ。それで、あっちでお付き合いしているのは、どうするの? 玲奈は、明日からいきなり友達だとショウに迷惑かけるって心配してたけど」

 続いての質問に、オレは首を傾げてしまう。
 気にするほどの事でもないからだ。

「明日の朝話すつもりだけど、喧嘩して距離が開いたとかで良いんじゃないかな?」

「それでショウはクラス中でハブられるわけね」

「うん。実際オレ、甲斐性なしなわけだし」

「友達になる件はどうするのよ?」

「う~ん。少しして、家庭教師や部活で会うからそこで話して少しだけ和解、とかダメかな?」

「ダメすぎるシナリオね。まあ、それも人生経験ね。一人、いや二人で考えなさい」

「アドバイスなし?」

「なし。そこは二人の問題でしょ。じゃあ次。私とは?」

 一難去ってまた一難。
 ハードルを一つ越えたばかりなのに、また大きなハードルが待っている。
 けど、もちろん腹案はある。

「取り敢えず今はゲーム仲間って設定だろ。だから以前から仲は良かったけど、入院中のお見舞いとかで関係が進んでいったって感じでどう? お見舞いできるようになったら、出来る限り会いにいくよ」

「で、その過程で玲奈に気づかれて、二股かけようとした彼氏は敢え無く振られるってところかしら」

 取り敢えず及第点はあるらしく、笑いを含んだ声で新たな設定が追加されてきた。二人で考えろと言いつつも、こういうところは彼女らしい。

「じゃあ、その状態にする為に1日でも早くお見舞い通いしたいんだけど、いつくらいにいけそう?」

「1週間くらいは検査漬けじゃないかしら。不思議な事だらけで、もはやモルモット状態よ。大病院の偉い先生も来るらしいわ。調べるだけ無駄なのにね」

「アハハ。それは御愁傷様。じゃあ、しばらくはメッセージと電話だけだな」

「こっちで幾らでも相手してあげるわよ。次の目的地までの1週間は、海の上で暇だろうし。クルージングのバカンスだって、みんなも言ってたじゃない」

「それもそうか」

「ええ、そうよ。それより、そろそろ中に入りましょう。ショウはずっと外だから、流石に体も冷えたでしょ」

「そうでもないけど、ここにいても仕方ないよな」

「ここは『夢』の向こうだけどね」

「『夢』ではない、『ここも』現実なのだ、だろ」

 すでに動き始めた彼女に続いて、オレも船内へと足を向ける。
 夜空に輝くふたつの月は、相変わらず周囲を明るく照らしていた。



 完

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