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第五部 『帝国』編

496 「目覚めの方法(2)」

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「ありがとう。ショウ、悠里ちゃん、トモエ、シズ。それで、どうなの?」

《こちらの状態の改善は可能です。ただし、肉体自体の完成度を高める必要性から、妖人に変化させる事になります》

「それは好きなだけしてちょうだい。いつ倒れるかもわからない上に目覚められない、なんて事がなくなるなら十分よ。それで、もう一つは?」

《条件付きで可能です》

 あっさり言われてしまった。
 ハルカさんの表情も、緊張ですごく強張る。
 けどオレ達の気持ちを無視するように、『世界』の言葉が淡々と続く。

《ですが、我々だけでは不可能です》

 『世界』の言葉にすぐさまシズさんが反応する。

「向こう、「異界」のレナの身体に魔力があり、どんな治癒魔法でも知っている知り合いが居る。これでも無理か?」

《なるほど。では、「異界」のレナ様の魔力を算定するので、少しお待ちを》

 そう言うと、少しの間沈黙する。
 オレ達も最初は沈黙して待ってたけど、かなり長い時間だったので手持ち無沙汰となった。

「長いね」

「気になるか?」

「まあ、もう一人の天沢さんを調べてるからね」

「だが、こっちの世界から向こうの世界に、一定程度の干渉ができる事は確定したと見て良いだろうな」

「そもそも、我輩達を召喚しておる時点で干渉しているわけだからな。まあ、我輩的には、何らかの量子学的な物理法則が働いているのではと想定しておるが」

「魔力が量子の一種だとでも?」

 ハルカさんの言葉の怪訝さ加減が半端ない。
 しかし魔力が量子というのは、SF的な解釈過ぎるだろうとは思う。

「魔力とは、簡単に熱変化や光変化するエネルギーそのものであると同時に、物理的に固体化もできる。しかも、あらゆるものに変化する上に、生物、無生物問わず、一定のものに干渉したり同化までする。
 しかも知性による干渉を受けると、魔物や幽霊にすらなったりもする。これは一種の演算能力を保持していると考えても良いだろう。
 それに、魔力持ちの体をSF的に解釈すれば、魔力という名の一種の量子で改造されたサイボーグみたいなもんだろ」

「極論だな。では、私達の世界とのつながりについては?」

「そうだな、一種のワームホールだろ。亜空間か異次元を経由して三次元同士を繋ぐのではなく、異世界もしくは並行世界を繋ぐ方のな。
 それにだ、そこまでの事が出来るのなら、魔力に無尽蔵にエネルギーを与えておるのも、真空からワットエネルギーを捻り出しとるとも仮定できる」

 もう、レイ博士の言ってる事はさっぱり分からない。
 これが『世界』の言葉なら混乱するところだけど、あくまでレイ博士の仮説の一つで、ファンタジー的なものをSF的に説明しているだけで、しかも仮説の一つなのが救いだ。

 周りを見ると、完全に理解しているのはシズさん以外だと、トモエさんも「なるほどねー」と納得している。
 ハルカさんはある程度理解している感じはするけど、表情は否定的な方向が強そうだ。
 ボクっ娘はオレと目線があったら軽く肩を竦め、悠里は胡散臭い視線をレイ博士に送り続けてる。

 その後も、もう少し雑談が続いたけど、唐突に『世界』の声が球体から響いてきた。

《お待たせしました。レナ様の本体内に蓄積されている魔力は、ハルカ様の本体を治療するのに十分足ると判断致します》


 「おおっ」と唸り声が7人一斉に漏れる。
 これでハードルは一つクリアだ。
 けど、聞くべき事は色々ある。

「それで、『世界』単独でハルカさんの体を治す事はできないのか?」

《技術的には可能ですが、非常な困難を伴います》

「一応聞かせてくれ」

 そうして『世界』が語った治癒方法は、確かに実現は難しかった。
 『世界』は、この世界に溢れる魔力のエネルギーの一部を利用して、「異界」に開いた小さな「穴」から「客人」の魂を一時的に呼んでいる。
 そして依り代、要するにクローン人間のようなもには魂が宿らないので、「異界」から「魂」だけを呼んで定着させている。

 ただしその「穴」は、魔力を介してある種の情報化された状態の魂を呼ぶのが限界で、3万人全員分のエネルギーなりリソースを使ったところで、人一人を直接この世界に呼び込む事も出来ない。
 だから、この世界から治癒師を送り込むのも不可能なのだそうだ。

 そしてここからが本題。
 ハルカさんを癒す魔法を行使するには、こちら側からも一定程度の干渉を行わないと難しい。
 必要なだけの干渉を行うには、常時約3万人呼び込んでいるうち、当事者の近在に居住する全体の3%強の許容量を一時的に借受ける必要がある。

 この借り受けた干渉力を、窓口となる者を通じて、魔法を行使する者と、魔力を提供する者、そして魔法を行使される者に割り振る必要がある。
 さらに体が治癒された後で、『世界』が再接続を実施する。
 また魔法を行使するすぐ側に、一人でも多くの「客人」がいるのが好ましい。

「話は分かったわ。私を目覚めさせるのに、沢山の人の手を借りないといけないのね」

「ハルカさん」

「分かってる。誰かに迷惑をかけるくらいなら復活したくない、目覚めたくない、なんて自己犠牲の我儘は言わない。それで、日本人『ダブル』1000人の許容量を一時的に借受けるって言うけど、その間1000人はどうなるの?」

《過去の事例を見るに、1日のうち1刻程度余分に目覚めるのが遅くなると予測できます》

「こちらの体が8時間睡眠するという前提でか?」

《「客人」の、こちらでの平均睡眠時間は6時間程度です》

 ハルカさんの言葉を継いだシズさんの質問に『世界』が答えているけど、そんな事まで分かるのが逆に驚きだ。
 まあオレ達全員の行き来を管理し、素行もチェックしているのだから、そのくらいは出来て当然なのだろう。
 そう考えたからシズさんも聞いた筈だ。
 そしてシズさんは「思ったより負担は少なそうだな」と呟いた上で、さらに問いかけた。

「「客人」全員に負担を分けて、1人あたり十数分にする事は出来ないのか?」

《不可能ではありませんが、我々の負担が大きくなりすぎて、全体に不都合が生じる可能性が僅かにあります》

「では、全体の一割の人に対して、この事を知らせる事は可能か?」

《不可能です。この場以外で、我々が「客人」と直接接触する事は出来ません》

「だったら、せめて現実で知らせる必要があるわね」

「それはオレ達がやるよ。後、その治癒はいつできるんだ? 少なくともオレ達が向こうで起きてる時だろうけど、いつでもできるのか?」

《常にあなた方を見ていますので、いつでも実施してください。期間については、あなた方がこの塔にいる間、最大で一週間の間が最良です。また、ここを離れた、あなた方が有する方形状の魔導器を介する事も可能ですが、「客人」全体への負担が増します》

「1週間か。となると、次の週末に見舞いに行かないとダメって事だな」

「今日が11日だから、14か15日だね。起きたらハルカのお母さんにソッコー連絡だね」

「目処が見えたね」

「……こんなに早くとは思いもしなかったわ」

 最後にハルカさんがそう呟いたけど、それは全員同じ気持ちだ。
 さらにオレは、早いに越した事はないとも思った。


____________________

物語内の時間は、西暦2015年を目安としています。
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