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第五部 『帝国』編

477 「茶番の結末」

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 喧嘩とも言えなくなった茶番としか思えない戦いはまだ続いていた。

 それにしても、クズ勇者様は相変わらず無駄口が多い。
 「これならどうだ!」「これでトドメだ!」「これで最後だ!」と、似たようなたわ言を何度も叫ぶ。
 その都度、右に左に上に下にとそれなりの剣戟を繰り出してくるんだけど、危うくあくびが漏れそうになった。
 と言うのは流石に嘘だけど、なんだか茶番に付き合わせされている気分にさせられる。

 けど、これで物語の主人公気取りとか、徐々に腹が立ってくる。
 思わず、クズ勇者様の渾身の一撃らしい技を受けたカウンターで、そのまま力任せに吹き飛ばす。
 さっき蹴った時ほどじゃないけど、それで10メートル近く間合いが開いた。

「無駄なんで、もう止めませんか?」

 ついでに煽り言葉まで口にしてしまった。
 オレの我慢ゲージも、そろそろ一杯らしい。
 一方クズ勇者様は、さらに顔を真っ赤になった。
 オレが相手の体に剣を当ててないおかげか、まだ元気いっぱいだ。

「なっ、なんだと! まだだ! 必殺の一撃を見舞ってやるから、そこを動くな!」

「必殺技は、さっきから半ダースくらい繰り出してたと思いますけど、まあどうぞ。けど、先を急ぐから次で最後にお願いしますね」

「っ!! モブのくせに馬鹿にしやがって! 受けてみろ、我が必殺の剣技を!!」

 そう言って魔法構築に入る。
 どうやら魔法戦士だったらしい。
 しかも魔法の構築に合わせて剣が淡く光り始める。多分だけど、オリハルコンかヒヒイロカネを一部に使ってる光具合だ。
 それに剣の柄の大きな石は充填型の魔石だろう。

 退屈なので剣に注目してしまったけど、状況から察してあげると、必殺技を繰り出すための「タメ」の時間というやつだろう。
 この世界に来て初めてお目にかかった気がする。

(この間に攻撃したら、『お約束』違反なんだろうなあ)

 そう思って、こういう時に時間稼ぎに出る仲間の存在とかを一応警戒したけど、既にみんな無力化されていた。
 重戦士は、トモエさんが下から切り上げた一閃で、右腕を肩から切られてうずくまっていた。
 あの刀なら切り口はきれいだろうから、後で誰かにくっつけてもらえばいいだろう。
 けど、本当に腕一本切り落とすとか、ちょー怖いんですけど。

 軽戦士は、弓を避けながら軽々に接近と後退を繰り返す悠里に翻弄されていた。
 うまく捉えても、龍の骨から作られた魔法の剣に弾かれていた。
 意外にいい勝負だけど、考えてみれば悠里は竜騎兵で接近戦は二の次なんだから、相手が格落ちなのは確定だ。

 しかも悠里の俊敏な接近を許したところで、メイン武器の弓を弾き飛ばされる。
 さらに足先を踏まれてバランスを失い、そのまま剣の柄で顔面を一撃。白いものが複数飛び散るのが見えたので、歯が抜けたんだろう。
 かなり痛そうな絵面だ。
 しかし悠里の攻撃は終わらず、そこから腰の予備武器を奪い、腕を後ろに捻り上げておしまいだ。
 それでも穏便と言えるだろう。

 魔導師は、シズさんの魔法に虐められた後、スッと接近したハルカさんの体術で呆気なく倒され、同じように腕を後ろに捻り上げられていた。
 半ば二人がかりとは言え、一方的で勝負にもなっていない。
 ただ、オチは軽戦士を同じだけど、シズさんの攻撃はかなりエグく、火傷とかがひどい。
 ハルカさんも、よくあんな状態のやつを抑えつけようと思ったもんだ。


 そしてオレが気を取り直してクズ勇者様の必殺技とやらを待っていると、後方から凄い勢いで強い魔力の接近。
 それを咄嗟に避けるも、目標はオレではなかった。
 右後ろから黒い影が飛び抜けて、「タメ」中のクズ勇者様を一刀両断してしまう。
 肩口から股間にかけて上から下へ真っ二つで、クズ勇者様は断末魔の声すらなしだ。
 切られた当人は、何が起きたのかすら分からなかっただろう。
 その抜け殻は、「ドシャ!」って感じでその場に崩れた。

「無礼者! 我が『帝国』に大恩あるルカ殿、それに我が友に対する理不尽な狼藉、断じて許すまじ。ノヴァトキオの方々からも処罰自由との許しを頂いておる。下郎どもはそこになおれ。そのそっ首を、ワシ自らが落としてくれる」

 黒い影はゴード将軍。
 大見得を切っているのは、後ろからノシノシと歩み寄ってきたマーレス第二皇子だ。

(やっぱりゴード将軍、ゲキ強だ)

 その状況で最初に思ったのは、そんな事だった。
 『ダブル』達のかなりは、クズ勇者様が真っ二つになった事に顔面蒼白となっているけど、オレは特になんともない。
 修羅場も相応に潜ってきたし、人とも何度も戦ってきたし、無残な死体もそれなりに見てきた。
 慣れたくはないけど、心が動かされる事はない。
 最初の頃を思うとメンタルが強くなったと思う。それとも、単に鈍感になっただけなのかもしれない。

 そしてマーレス殿下はどうするんだろうと思っていると、オレの正面に位置するといきなり平手打ちが飛んできた。

「我が友よ、なぜ本気で戦わぬ?」

「えっ? いや、出来れば、少しは穏便に済ませようかと思って」

 そう言ったらまた平手でぶたれた。
 顔が横に向くほどなので、痛みを感じるのなら相当痛いはずだ。

(流石にひどくない?)

 けど、マーレス殿下は真剣そのものだ。

「意図は分かった。だが今の戦い方、全力で戦う相手に失礼だ。それ以上に、自分自身、仲間、何よりワシに対しても礼を逸していると知れ! 戦うと決めたのなら、戦いに真摯(しんし)に向き合え! でなければ、いつか足元を掬われよう。これは友としての忠告ぞ」

 考えもしなかった。
 そして、同郷相手だから殺すことにためらいがあったし、魔力量的に格下だから、心をへし折ってやろうくらいに余裕をぶっこいていたのは間違いない。

「……心します。それと忠告ありがとうございます」

 自然と頭が下がった。
 すると肩をパンと軽く叩かれる。

「良い。友の行いを正すのも、また友の務め。ワシが間違っていたら、ショウもワシを遠慮なく殴るが良いぞ」

「そんな事したら、不敬罪で死刑になりますよ」

 そう返すと、いつもの豪快な笑いが返ってきた。
 けど笑いを短く収めると、クズ勇者様の仲間達に向く。
 半歩後ろにはゴード将軍が控えて、成り行きで反対側にオレが位置するので、なんだかオレも裁く側な感じだ。
 正直オレとしては付いてこなければどうでもいいくらいだけど、マーレス殿下に今言われたばかりなので、真面目に向き合おうと考えを改める。

「さて、そこな3人。何か申し開きはあるか?」

 うちの女子達に押さえ付けられた2人、切り飛ばされた腕の方の付け根を抱えてうずくまったままのが1人。
 3人とも何も言葉がない。
 こんな事は初めてなんだろう。
 何しろ物語の主人公とその仲間達だ。今まで魔物に負けた事もなく、この世界の人達の事もゲームのNPCか物語の登場人物くらいにしか思ってなかったに違いない。

 そして押し黙る3人に対して、最初に話しかけてきた真面目な勇者様が一歩出て、マーレス殿下の前で跪く。
 なかなかに様になる姿だ。

「『帝国』のマーレス第二皇子殿下、私は浮遊大陸の冒険者ギルドのまとめ役の一人、ヒイロと申します。ご無礼を承知でお願い申し上げます。この者達の処置は、お任せ願えないでしょうか」

「控えろ。殿下は発言をお認めになっていない」

 ゴード将軍が重々しく勇者様を咎める。
 なんだか物語の一場面じみてきた。
 マーレス殿下も皇子様が堂に入っている。

「良い。ここは無主の地。許しなく話した事は不問とする。それで、どう処置するのだ? 其奴らは、我が国にある『客人』の組合の者であろう。税も納めぬので『帝国』の民とは言わぬが、ノヴァトキオの方々からも処罰自由の許しをいただいたので、我が国の法に従うのが筋ではないか?」

「おっしゃる事はごもっとも。ですが、そこを曲げてお願い出来ないでしょうか」

 「ふむ」と、マーレス殿下が考えるそぶりを見せる。
 多分、もう答えは出ているのだろう。

「分かった。ワシも昨日其方らには大いに助けられた。その褒美の一つとして、其方らに仲間の処分は委ねよう。ただし、最低でもその3人は、我が国より追放とせよ。良いな」

「有難うございます。お言葉、確かに承りました」

 真面目な勇者様は、なかなかにできた人らしい。それに、ちゃんとこの世界の人とも向き合える点もポイント高い。
 それなのに、なんであんなクズを放置してたんだろう。
 見た目だけの判断だけど、この人の方が魔力も技量も確実にクズ勇者様より上なのに、弱みでも握られていたんだろうか。
 もっとも、オレが詮索する事でもない。
 何よりオレはこれで厄介ごとに巻き込まれなくても済むので、万々歳だ。

 と思った辺りで、ハルカさんが殿下と真面目な勇者様に順番に顔を向ける。

「この人は、もう処罰の必要は多分御座いません」

「死んだか」

「殺したのか!」

 二人の同じ言葉に首を横に振る。

「ゴード将軍が其の者を手打ちにされた時、意識を無くしました。単に気を失ったとも考えられますが、恐らく魂ごとこの世界から離れたと思われます」

「そう言えば、『客人』にはそう言った事があると聞き及んだ事がある。それならば、死んだも同然だな」

「死亡、もしくは処刑扱いでも問題ないかと」

「そうか。では、早々に他2名の処分と、旅の同行者を決められよ。四刻(午前8時)には出立いたす!」

 そう言ってマーレス殿下が、ゴード将軍と共に去って行った。
 残されたオレ達は、ハルカさんがトモエさんの方へ向かう。オレも念のためハルカさんの側へと向かう。

「ショウ、後でクロを呼んで」

「うん。クロなら魂とか分かるもんな。で、治してやるのか?」

「あれならハナも治せるけど、私が治す方が周りの心証が良いでしょう」

「だってさ。よかったね。はい、右腕」

 こっちの会話が聞こえたトモエさんが、重戦士に落ちていた腕を拾って渡そうとする。
 けど、受け取る気力が無いらしく、呆然と自分の右腕を見つめている。

「よくそんなに綺麗に切り飛ばせましたね。この鎧、下の鎖帷子も含めて全身魔法金属でしょう?」

「そうなんだ? 何にせよ、全身甲冑の弱点は関節部と股間なんだってさ」

「覚えておきます」

 事も無げに言うけど、関節部をここまで見事に狙える時点で尋常じゃない。
 そして覚えておくのは良いけど、出来れば使う機会がない事を願いたい。
 何しろ普通魔物は鎧など着てないからだ。

 そしてそれよりも、目の前のゴタゴタを片付けてしまわないと、旅立つ事も出来そうになかった。
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