上 下
466 / 528
第五部 『帝国』編

463 「迎撃準備(1)」

しおりを挟む
 その日は現実で一日バイト漬けだった。
 何しろ今夜はハロウィンだ。
 確かクラスの陽キャ勢は色々と楽しんでいる筈だし、ここのバイトの人たちもシフトを入れたくない人が多かったので、朝から晩までバイトで埋め尽くす事になった。
 もっとも店長はオレに感謝感激で、バイト代もこの日特別のアップがあるので、オレとしてもメリットは十分にあった。

 一方、ハルカさんのお母さんへの打診は、勿論だけどバイト行く前に送信済み。
 その返事も、次の休み時間に確認したら届いていた。
 明日、ハルカさんの母校の学園祭で合流して、その後どこか適当な場所で話し合う事を了承してくれた。
 自分達から打診してあれだけど、かなり前のめりな気がしないでもない。
 だから、現実での明日の予定も決定だ。

 それはともかく、一日バイトで疲れ果てて家に帰り、風呂に入って部屋にへたり込んで、ウトウトしているところを叩き起こされた。
 勿論だけど、まだ『夢』の向こうじゃない。


「まだ寝るなっての!」

「っ! な、なんだ、悠里か? てか、この格好で寝たら風邪ひいてたな。起こしてくれてサンキュ」

「いや、その為に起こしたんじゃないし。それより、今3人で寝てるだろ!」

「あ、ああ。でも、二人からのお誘いだぞ、断れるか。それにただ寝てるだけだ」

「ただって……。二人もお前に甘すぎるけど、最近玲奈さんにあんまり会えてないだろ。それなのに」

 悠里の言いたい事はよくわかる。
 と言うか、悠里は何かと全員に義理立てしようとしているので、こういう反応になるんだろう。
 こっちはこっち、あっちはあっちという考え方をするのは無理なんだろうか。
 それとも、オレがダメ人間になりすぎているせいで、そう思うだけなのだろうか。

「玲奈とは明日、トモエさんの学校の文化祭に一緒に行くぞ」

「それはハルカさんの事で行くだけだろ」

 そう言って、突っ立つのをやめて、オレが寝ているベッドに腰掛ける。

「それはそうだけど。玲奈とは、毎日最低でもメッセージはやり取りしてるし、今日は電話も何度かしてる」

「ンなの当たり前だろ。あーっ、もうそういうの言いたいんじゃないっての!」

「声がデカイ。言いたい事は分かってるよ。けどその辺も話し合ってるし、むしろこっちじゃまだダメって当人から言われているのに、強引には何も出来ないだろ。てか、ませた事ばっかり考えてんじゃねーよ、受験生」

「うっさい。このエロオタク! あーっ、でもこいつにこんな事言ったら、ハルカさんも同じになるし。どうしたらいいんだよ!」

「だから声。けどまあ、みんなの事気遣ってくれてありがとな。オレも調子乗らないようにするよ」

「それこそ当たり前だっての。ハァ、もう相手すんの疲れた。寝る!」

「おう寝ろ寝ろ」

 そう言って背中を押すと、その手を叩かれた。

「触んなバカっ! それより、シズさんから伝言。なるべく早く起きて、魔物が夜襲してくる前提で、出迎えの準備するってさ」

「シズさんが? 起きられるのか、あの人?」

「トモエさんとキューブが、何としても起こすってさ」

「まあ、それなら大丈夫か。けどそれじゃあ、オレ達も早く起きないとな」

「そうだよな」

 と、そこでニタリといらやしい感じで笑みを浮かべる。

「それこそ、二人に優しく起こしてもらえばいいんじゃね」

 そして言い切ると部屋を出て行った。
 これは悠里がオレより早く起きたら、何か悪戯でもする気に違いない。
 となると、少しでも早く起きれるよう気持ちを持つようにして寝ないといけない。

 そして、こうして寝る前に早起きしようと思えば、結構簡単に向こうで早起きできたりする。
 最初の頃の野営の時は、油断して逆に寝坊した事があったけど、こうしたコントロールも今ではかなり慣れてきていた。



 そして感覚的には、眠ったと思って次に意識が覚醒してきたら、寝た時とは違う感触や温度、それに良い匂いがしてくる。
 まだ目を閉じたまま耳を澄ませるけど、音は呼吸音がオレのを含めて3つだけ。
 飛行船の外から殆ど音はない。

 ボクっ娘が目覚めていないということは、まだまだ深夜の筈。そして二人分の重みと柔らかさが、オレの体に覆いかぶさっている。
 ゆっくりとした心臓の鼓動まで感じられる。
 『夢』を見る前のオレなら、この状況だけで昇天か浄化してしまっていたに違いない。

 けど、せっかく早く目覚めたのに、これでは動き出せない。
 腕も脚も体に絡まってきているし、それどころか両側の二人がオレを半ば包み込んでいる。
 このせいで、こっちのオレの体は目覚めたんじゃないかと思えるくらいだ。
 もっとも、こっちの頑丈すぎる体だと重くもなんともないので、起きたいという気持ちのお陰だろう。


 そうしてしばらく過ごしていると、危うく二度寝しそうになった刹那、頬を絶妙な力加減で抓られた。
 その手の感触からも誰か丸わかりだ。
 ただこちらは、両腕を柔らかくて温かいものに塞がれているので、無抵抗を貫くより他ない。

「早く起きすぎ。それとも、嬉しすぎて一睡もしてないとか?」

 ボクっ娘がまだ寝息を立てているので、耳元で囁くような声。甘い息がかかってきて、すごくご褒美だ。

「ちゃんと寝てきた。悠里からシズさんの伝言も聞いてきてる」

「伝言?」

「なるべく早く起きて、魔物の歓迎の準備をするんだってさ」

「起きられるの?」

 と、怪訝な声。
 オレと同じ事を考えてるのが少しおかしい。

「トモエさんとアイ達が起こすんだってさ」

「なら大丈夫か。で、私の彼氏も、早く起きようと頑張ったわけだ」

「うん。でも、ここまでとは誤算だった。身動き一つできない」

「嬉しいくせに」

「嬉しすぎだよ」

「で、まだ喜んでていいの?」

 そう言いながら、少し身を起こしている。
 耳をそばだてているんだろう。

「大きな音はしてないと思う。それに『帝国』も、外を監視してるキューブ達やゴーレムも何も言ってこないから、まだ安全の筈」

「それもそうね。じゃあ、レナが起きる前に」

 そう言って彼女の顔が真正面から、少し斜めにずらして降りてきた。
 今日も大変だと言う予測があるせいか、しばらくそのままだ。
 不安もあるんだろう。
 だから自由になった片方の腕で、彼女の体に力を入れて抱き寄せる。

「あの~、ボクもハグくらいお願いしていいかな?」

(あらら、起きてたみたいだ)

「いつから?」

 顔を上げたハルカさんが、少し横へと言葉をかける。
 
「レナが起きる前に、から。名前呼ばれて目が覚めた」

「じゃあ今度から気をつけるわ」

「今度があるんだ。それじゃ、今日も頑張らないとね」

「そうよ。魔物にも言い分はあるかもしれないけど、」

「邪魔するなら蹴ちらさないとな!」

 そう言ってオレは、二人を強く抱きかかえながら身を起こした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...