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第五部 『帝国』編
429 「入れ替わりの二人旅」
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「朝目覚めた時はどうなるかと思ったけど、取り敢えず良かったよ」
「私も凄くビックリした。でも、前よりもこの体の事というか、もう一人の私の事が強く理解というか意識出来るから、全然問題ないよ」
話しているのはヴァイスの上。
いや、大西洋上空高度1万フィート、3000メートルだ。
その空を、戦闘速度で飛んでる。
その証拠に、ボクっ娘もとい玲奈の髪を中心に魔力で淡く輝いている。ヴァイスも同様で、戦闘時に見せる魔力の帯が後ろに伸びている。
そして今日一日で、1500キロから2000キロくらいの距離を一気に飛ぶらしい。
何しろ眼下には海しかない。オレ達と海の間に雲も浮かんでいるけど、浮遊島とかもない。
マジでなんもない。
この世界の地球もちゃんと丸い事も、しっかりと実感できる視界の広さだ。
けど、その何もない空を、玲奈は「気持ちいー」とあまり玲奈らしくない開放感に溢れた言葉を洩らしている。
ただし何となく、現実逃避をしている感じに見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。
そう、今『夢』の向こう側『アナザー・スカイ』の側にいる玲奈は天沢玲奈であって、ボクっ娘のレナじゃない。
二重人格の入れ替わりが前回と似た感じだとしたら、一日で戻る事はないだろう。
今オレの前に座っている玲奈の心が変化しない限り、恐らくこのままだ。
明日現実で目覚めたら、ボクっ娘の方のレナが何らかの形で連絡を取ってくるだろうけど、悲鳴の連打なのではないかと容易に予測できてしまう。
けど今現在の『夢』の側は、玲奈が問題なくヴァイスを操り旅が出来ている事を安堵すべき状況だ。
何しろ浮遊大陸からこの世界のヨーロッパに当たるオクシデント地域の大西洋岸までの距離は、ざっと1500キロメートル。
神殿から神殿へと飛ぶとなると、最大で2000キロにもなる。
そしてこの間の一番の問題なのが、女子の言うところの「お花摘み」だ。
最大で12時間高度3000メートルを飛ぶ事になるので、普通なら何度も必要だ。
しかし対策はゼロじゃない。
そもそも高い高度になると、人体から水分が蒸発というか抜けやすいので、むしろ水分を摂らないと脱水症状になりかねない。
だから高度1万フィートをずっと飛ぶことが出来る。
それでも丸半日は長いので、かなり不快だし健康にも悪いけど、魔法で強引に生理現象を抑制できるそうだ。そしてレナはその魔法が使えるので、自身とオレに施して空を飛んでいる。
しかし、ボクっ娘じゃない方の玲奈なので、かなりの忍耐が必要だろう。
そして極力急ぐ予定なので、使わざるを得ないし、生理現象は可能な限り我慢せざるを得ない。
普通なら健康に悪影響が出かねないけど、これも魔法で無理やり抑え込む。
魔法は便利だと思う反面、こうした空の移動のために魔法が作られたと思うと、空の旅の意外な過酷さが実感できる。
今まではかなり気楽に空の移動をしてきていたが、それはボクっ娘が極力配慮してくれていたお陰だったのだ。
けど、その日玲奈は平気だった。
体がボクっ娘だから体自体が慣れているのかもしれないけど、突然入れ替わったのに大したもんだと思う。
それだけ心が強くなっているんだろう。
だから、今現実で抱えている不安が解消されれば、入れ替わりもすぐに元どおりになるのではと思えてくる。
丸半日という長い時間、空の上で雑談しつつ飛び続けると、意外に呆気なくオクシデント大陸の西の端に到着した。
場所は、あっち側、オレ達の世界で言えばポルトガル南部。
降り立ったのは比較的大きな町にある、これまた比較的大きな神殿。
ちょうど、地中海に入る海峡がある町の神殿で、街とその周辺の景色はちょっと面白い。
神殿が行なっている、オクシデント全域での空の郵便業務の拠点の一つで、当然、様々な飛行生物が滞在できるように整備されているが、凄く希少な巨鷲を操る疾風の騎士は、やってくるだけで歓迎される。
そして次の移動先を伝えると、やはりと言うべきか郵便業務の依頼を受ける。
そして早朝出発の準備をしてもらいつつ、オレ達はヴァイスの世話と早めの夕食、湯浴みなど諸々を済ませる。
「フーッ、やっと落ち着いたな」
「そ、そうだね」
落ち着いた部屋は、少し広めの4人用の部屋を占有させてもらっている。
伝書士が使う部屋で、質素ながら調度なども揃っているし、何よりベッドがかなり充実してる。
周りは全て人のテリトリーだし、『帝国』じゃないから人の敵もいない。
思った以上に疲れているから、久しぶりにゆっくり眠れそうだ。
「あ、そうだ、お湯もらって来ようか?」
「お湯?」
「うん。体拭くだろ。その間、オレは外で体拭いてくるよ」
「あ、う、うん。そ、そうだね」
「どうかしたか?」
「あの、同じ部屋、なんだね」
「ああ、そっか」
気づいてあげるべきだった。
見た目がボクっ娘なのもあってか、すっかり失念していた。
「今から個室に変えてもらうか?」
「だ、大丈夫。べ、べ、ベッドは別だし」
「そうか? じゃあ間仕切り用の何か、お湯頼む時に借りてくるよ」
「う、うん、お願い」
大丈夫そうではないが、まあ今後も考えたらオレと二人旅の間に慣れてもらう方が良いと思ったので、あまり強く別室に変えることは言わなかった。
そしてオレは軽く水浴びして体を拭き、頼んでいた間仕切りを借りて部屋に戻ると、玲奈はもう寝巻きに着替えていた。
「お、おかえり。それは?」
「夜のお供」
「えっ?」
「一応言うけど、エッチなものじゃないから。酒とツマミ。寝付けなかったら、少し飲んだらいいよ」
「あ、ありがと。じゃ、じゃあ寝ようか」
「その前にっと」
言いながら、机に酒びんなどを置いて、間仕切りを設置する。
そして間仕切りに隠れて、オレもさっさと借り物の寝巻きに着替える。
神殿はこうした宿としてのサービスが一応あるのは、この世界の常識を思うとありがたい。
そしてその間玲奈の方は、テーブルの準備をしている。
どうやら少し飲むらしい。
「いいのか?」
「ちょっと自分で飲んでみたかったの」
「こっちのレナの体験を実体験してみたい、的な?」
「そんな感じ。それに、もう一人の私を通じてみてるショウ君達楽しそうに飲んでたし」
「そっか。じゃあ、オレも少し入れてくれ。一緒に飲もう」
「うん」
少し嬉しそうに言って、空の木製ジョッキにお酒を注いでくれる。
「じゃあ、無事大西洋横断を祝って乾杯」
「か、乾杯」
そしてオレはいつも通りぐーっと一気にジョッキの半分くらい空けるけど、玲奈なジョッキを両手で抱えながら最初少し飲み、そのあと少し多めに飲む。
ボクっ娘はオレと似た感じで豪快に飲むので、ギャップばちょっと面白いし、この姿でされると可愛さが倍増する。
「どうしたの?」
「いや、お酒はどうかなって」
「味は見てるだけの時も感じれてたけど、そんなに美味しいって思えないね」
「まあ、これは安いワインだしな。高級な酒だと、ツマミと合わせたら美味しいやつもあるぞ。目的地のエルブルスにも、美味い蒸留酒があったから、着いたら飲んでみたらいいよ」
「へーっ。じゃあ、楽しみにしてる」
「それにしても玲奈とお酒が飲めるって、なんか新鮮」
「そうだね。現実だったら、何年も先の事だもんね」
「そう言うのも含めて、なんか不思議だ。あ、そうだ、寝る前に聞いときたかったんだけど、今回の入れ替わりの原因って自分で分かる? いや、分かりそう?」
その言葉に玲奈の表情が真剣味になる。
「うん。私の心の不安定が原因だとしたら、昨日のモデル事務所からのスカウトの事だよね。あと、巴さんの写真がバズって、学校とかでチラチラ見られてる事。私、ああいう経験ゼロだし、凄く苦手」
「それは見てて分かる。けど、慣れたりできなさそう?」
「今はまだ無理そう。でも、こんな精神状態だと、もう一人の私に申し訳ないよね。消えちゃうのとか、絶対嫌だし。だから、モデル事務所のお話だけでもちゃんと聞いてみようと思ってる」
「なんだ、もう決心ついてたんだ。じゃあ、心配なさそうだな。けど、アレっ? 決心したなら、なんで入れ替わったんだ?」
「決心がついたのは、今日入れ替わって空を飛んでる時。でも、入れ替わって目が覚めた時は、ホントびっくりしたよ」
「まあ、オレにがっしり抱きついてたからな」
「わ、笑わないでよ。無意識なんだから」
多少は恥ずかしそうにしているが、以前と違って少し堂々とした恥ずかしがり方だ。
こうしたところからも、以前から内面が変化しているのが見て取れる。
「まあ、シズさん達の抱きつき癖が移ったんじゃないか?」
「そう、かな? でも、もしかしたらだけど、もう一人の私が抱きついてたのかも。私じゃまだ無理だし」
「オレはどっちでも全然ウェルカムだぞ」
「もうっ! ショウ君はエッチになりすぎ。それ、ハルカさんのせい?」
「そうだな、ハルカさんこの1年ほど精神的に無理してきてたから、寂しいとか誰かに寄りかかりたい気持ちは強そうに感じる。
けど、オレのせいもあるよ。やっぱり目の前にいたら、いちゃつきたいし、おねだりするし」
「知らない! わ、私だってしたいのに」
「じゃあどうぞ」
少し冗談めかして、両腕を広げてみる。
そうすると、恥ずかしがるかと思いきや、こっちをグッと見返してくる。
かなり頑張ってる感じが、抱きしめたくなるくらい可愛い。
とはいえ体がボクっ娘なので、ここは我慢のしどころだ。だけど、そのまま半ば見つめ合い、我慢比べ状態になってしまった。
そして次に口を開いたのは玲奈の方だった。
「ちょっと、甘えていい?」
小声ながら、その言葉と同様に態度からもそれまでの子供っぽさが抜けてる。
(女の子って凄い)素直にそう思える玲奈が目の前にいた。
「えっと、いいのか?」
「うん。エッチはいいよ。でも、エロはダメだからね。それに、この体はもう一人の私のものだから、初めても全部禁止。するなら、入れ替わった後でしてあげてね」
「縛りが厳しいな。じゃあ、オレの方を好きにしてくれ」
全面降伏を示すべく両手を上げる。
そうすると彼女がクスリと微笑。
そして「じゃあ、遠慮なく」と告げると、自分のベッドから腰を上げてオレの方へとそのままやってくる。
そしてギューっとハグされた。
顔を見る事はできないけど、ちらりと見た後頭部の後ろから見えた耳は真っ赤っかだ。
それにピッタリくっつけられた体が、互いの寝間着越しに凄く火照っているも分かりすぎるくらい分かった。
身体の半身に柔らかくて温かい体が密着しているので、心臓の鼓動も丸わかりだ。
あんまり玲奈の鼓動が早いので、こっちまで鼓動が早まってしまう。
だから少しだけ本能に従って、ぎゅっと抱き返した。
そして長い時間そのままでいた。
長い時間というのは、そのままオレのベッドで二人して寝入ってしまったからだ。
もちろん本当にそのまま寝たので、エロい事は一切なしだった。
抱き合って寝てる時点で十分エロいんだけど。
それから3日間、地中海を横断してノヴァへと入り、そしてエルブルス領のシーナの街に到着するまで、毎夜そんな感じに過ごす事になった。
ただ彼女は、「やっぱりハルカさんが羨ましい」など言うことが多く、オレとしては強く抱きしめ返すくらいしかしてあげられなかった。
そして現実世界での10月の第二土曜日、無事シーナの街へと辿り着くことができた。
その間現実はレナの事以外はこれと言って特にないけど、翌日の日曜日はオレ達の高校の運動会だ。
そしてその日は、招待枠でトモエさんがお返しに遊びに来てくれる事になっていた。
なお、玲奈がシズさん達も所属するモデル・芸能事務所の人と面会するのは、その週明けの予定だ。
そして往路で玲奈とレナに変化はなかったので、何かあるとすればその面会の後だろう。
「私も凄くビックリした。でも、前よりもこの体の事というか、もう一人の私の事が強く理解というか意識出来るから、全然問題ないよ」
話しているのはヴァイスの上。
いや、大西洋上空高度1万フィート、3000メートルだ。
その空を、戦闘速度で飛んでる。
その証拠に、ボクっ娘もとい玲奈の髪を中心に魔力で淡く輝いている。ヴァイスも同様で、戦闘時に見せる魔力の帯が後ろに伸びている。
そして今日一日で、1500キロから2000キロくらいの距離を一気に飛ぶらしい。
何しろ眼下には海しかない。オレ達と海の間に雲も浮かんでいるけど、浮遊島とかもない。
マジでなんもない。
この世界の地球もちゃんと丸い事も、しっかりと実感できる視界の広さだ。
けど、その何もない空を、玲奈は「気持ちいー」とあまり玲奈らしくない開放感に溢れた言葉を洩らしている。
ただし何となく、現実逃避をしている感じに見えてしまうのは気のせいじゃないだろう。
そう、今『夢』の向こう側『アナザー・スカイ』の側にいる玲奈は天沢玲奈であって、ボクっ娘のレナじゃない。
二重人格の入れ替わりが前回と似た感じだとしたら、一日で戻る事はないだろう。
今オレの前に座っている玲奈の心が変化しない限り、恐らくこのままだ。
明日現実で目覚めたら、ボクっ娘の方のレナが何らかの形で連絡を取ってくるだろうけど、悲鳴の連打なのではないかと容易に予測できてしまう。
けど今現在の『夢』の側は、玲奈が問題なくヴァイスを操り旅が出来ている事を安堵すべき状況だ。
何しろ浮遊大陸からこの世界のヨーロッパに当たるオクシデント地域の大西洋岸までの距離は、ざっと1500キロメートル。
神殿から神殿へと飛ぶとなると、最大で2000キロにもなる。
そしてこの間の一番の問題なのが、女子の言うところの「お花摘み」だ。
最大で12時間高度3000メートルを飛ぶ事になるので、普通なら何度も必要だ。
しかし対策はゼロじゃない。
そもそも高い高度になると、人体から水分が蒸発というか抜けやすいので、むしろ水分を摂らないと脱水症状になりかねない。
だから高度1万フィートをずっと飛ぶことが出来る。
それでも丸半日は長いので、かなり不快だし健康にも悪いけど、魔法で強引に生理現象を抑制できるそうだ。そしてレナはその魔法が使えるので、自身とオレに施して空を飛んでいる。
しかし、ボクっ娘じゃない方の玲奈なので、かなりの忍耐が必要だろう。
そして極力急ぐ予定なので、使わざるを得ないし、生理現象は可能な限り我慢せざるを得ない。
普通なら健康に悪影響が出かねないけど、これも魔法で無理やり抑え込む。
魔法は便利だと思う反面、こうした空の移動のために魔法が作られたと思うと、空の旅の意外な過酷さが実感できる。
今まではかなり気楽に空の移動をしてきていたが、それはボクっ娘が極力配慮してくれていたお陰だったのだ。
けど、その日玲奈は平気だった。
体がボクっ娘だから体自体が慣れているのかもしれないけど、突然入れ替わったのに大したもんだと思う。
それだけ心が強くなっているんだろう。
だから、今現実で抱えている不安が解消されれば、入れ替わりもすぐに元どおりになるのではと思えてくる。
丸半日という長い時間、空の上で雑談しつつ飛び続けると、意外に呆気なくオクシデント大陸の西の端に到着した。
場所は、あっち側、オレ達の世界で言えばポルトガル南部。
降り立ったのは比較的大きな町にある、これまた比較的大きな神殿。
ちょうど、地中海に入る海峡がある町の神殿で、街とその周辺の景色はちょっと面白い。
神殿が行なっている、オクシデント全域での空の郵便業務の拠点の一つで、当然、様々な飛行生物が滞在できるように整備されているが、凄く希少な巨鷲を操る疾風の騎士は、やってくるだけで歓迎される。
そして次の移動先を伝えると、やはりと言うべきか郵便業務の依頼を受ける。
そして早朝出発の準備をしてもらいつつ、オレ達はヴァイスの世話と早めの夕食、湯浴みなど諸々を済ませる。
「フーッ、やっと落ち着いたな」
「そ、そうだね」
落ち着いた部屋は、少し広めの4人用の部屋を占有させてもらっている。
伝書士が使う部屋で、質素ながら調度なども揃っているし、何よりベッドがかなり充実してる。
周りは全て人のテリトリーだし、『帝国』じゃないから人の敵もいない。
思った以上に疲れているから、久しぶりにゆっくり眠れそうだ。
「あ、そうだ、お湯もらって来ようか?」
「お湯?」
「うん。体拭くだろ。その間、オレは外で体拭いてくるよ」
「あ、う、うん。そ、そうだね」
「どうかしたか?」
「あの、同じ部屋、なんだね」
「ああ、そっか」
気づいてあげるべきだった。
見た目がボクっ娘なのもあってか、すっかり失念していた。
「今から個室に変えてもらうか?」
「だ、大丈夫。べ、べ、ベッドは別だし」
「そうか? じゃあ間仕切り用の何か、お湯頼む時に借りてくるよ」
「う、うん、お願い」
大丈夫そうではないが、まあ今後も考えたらオレと二人旅の間に慣れてもらう方が良いと思ったので、あまり強く別室に変えることは言わなかった。
そしてオレは軽く水浴びして体を拭き、頼んでいた間仕切りを借りて部屋に戻ると、玲奈はもう寝巻きに着替えていた。
「お、おかえり。それは?」
「夜のお供」
「えっ?」
「一応言うけど、エッチなものじゃないから。酒とツマミ。寝付けなかったら、少し飲んだらいいよ」
「あ、ありがと。じゃ、じゃあ寝ようか」
「その前にっと」
言いながら、机に酒びんなどを置いて、間仕切りを設置する。
そして間仕切りに隠れて、オレもさっさと借り物の寝巻きに着替える。
神殿はこうした宿としてのサービスが一応あるのは、この世界の常識を思うとありがたい。
そしてその間玲奈の方は、テーブルの準備をしている。
どうやら少し飲むらしい。
「いいのか?」
「ちょっと自分で飲んでみたかったの」
「こっちのレナの体験を実体験してみたい、的な?」
「そんな感じ。それに、もう一人の私を通じてみてるショウ君達楽しそうに飲んでたし」
「そっか。じゃあ、オレも少し入れてくれ。一緒に飲もう」
「うん」
少し嬉しそうに言って、空の木製ジョッキにお酒を注いでくれる。
「じゃあ、無事大西洋横断を祝って乾杯」
「か、乾杯」
そしてオレはいつも通りぐーっと一気にジョッキの半分くらい空けるけど、玲奈なジョッキを両手で抱えながら最初少し飲み、そのあと少し多めに飲む。
ボクっ娘はオレと似た感じで豪快に飲むので、ギャップばちょっと面白いし、この姿でされると可愛さが倍増する。
「どうしたの?」
「いや、お酒はどうかなって」
「味は見てるだけの時も感じれてたけど、そんなに美味しいって思えないね」
「まあ、これは安いワインだしな。高級な酒だと、ツマミと合わせたら美味しいやつもあるぞ。目的地のエルブルスにも、美味い蒸留酒があったから、着いたら飲んでみたらいいよ」
「へーっ。じゃあ、楽しみにしてる」
「それにしても玲奈とお酒が飲めるって、なんか新鮮」
「そうだね。現実だったら、何年も先の事だもんね」
「そう言うのも含めて、なんか不思議だ。あ、そうだ、寝る前に聞いときたかったんだけど、今回の入れ替わりの原因って自分で分かる? いや、分かりそう?」
その言葉に玲奈の表情が真剣味になる。
「うん。私の心の不安定が原因だとしたら、昨日のモデル事務所からのスカウトの事だよね。あと、巴さんの写真がバズって、学校とかでチラチラ見られてる事。私、ああいう経験ゼロだし、凄く苦手」
「それは見てて分かる。けど、慣れたりできなさそう?」
「今はまだ無理そう。でも、こんな精神状態だと、もう一人の私に申し訳ないよね。消えちゃうのとか、絶対嫌だし。だから、モデル事務所のお話だけでもちゃんと聞いてみようと思ってる」
「なんだ、もう決心ついてたんだ。じゃあ、心配なさそうだな。けど、アレっ? 決心したなら、なんで入れ替わったんだ?」
「決心がついたのは、今日入れ替わって空を飛んでる時。でも、入れ替わって目が覚めた時は、ホントびっくりしたよ」
「まあ、オレにがっしり抱きついてたからな」
「わ、笑わないでよ。無意識なんだから」
多少は恥ずかしそうにしているが、以前と違って少し堂々とした恥ずかしがり方だ。
こうしたところからも、以前から内面が変化しているのが見て取れる。
「まあ、シズさん達の抱きつき癖が移ったんじゃないか?」
「そう、かな? でも、もしかしたらだけど、もう一人の私が抱きついてたのかも。私じゃまだ無理だし」
「オレはどっちでも全然ウェルカムだぞ」
「もうっ! ショウ君はエッチになりすぎ。それ、ハルカさんのせい?」
「そうだな、ハルカさんこの1年ほど精神的に無理してきてたから、寂しいとか誰かに寄りかかりたい気持ちは強そうに感じる。
けど、オレのせいもあるよ。やっぱり目の前にいたら、いちゃつきたいし、おねだりするし」
「知らない! わ、私だってしたいのに」
「じゃあどうぞ」
少し冗談めかして、両腕を広げてみる。
そうすると、恥ずかしがるかと思いきや、こっちをグッと見返してくる。
かなり頑張ってる感じが、抱きしめたくなるくらい可愛い。
とはいえ体がボクっ娘なので、ここは我慢のしどころだ。だけど、そのまま半ば見つめ合い、我慢比べ状態になってしまった。
そして次に口を開いたのは玲奈の方だった。
「ちょっと、甘えていい?」
小声ながら、その言葉と同様に態度からもそれまでの子供っぽさが抜けてる。
(女の子って凄い)素直にそう思える玲奈が目の前にいた。
「えっと、いいのか?」
「うん。エッチはいいよ。でも、エロはダメだからね。それに、この体はもう一人の私のものだから、初めても全部禁止。するなら、入れ替わった後でしてあげてね」
「縛りが厳しいな。じゃあ、オレの方を好きにしてくれ」
全面降伏を示すべく両手を上げる。
そうすると彼女がクスリと微笑。
そして「じゃあ、遠慮なく」と告げると、自分のベッドから腰を上げてオレの方へとそのままやってくる。
そしてギューっとハグされた。
顔を見る事はできないけど、ちらりと見た後頭部の後ろから見えた耳は真っ赤っかだ。
それにピッタリくっつけられた体が、互いの寝間着越しに凄く火照っているも分かりすぎるくらい分かった。
身体の半身に柔らかくて温かい体が密着しているので、心臓の鼓動も丸わかりだ。
あんまり玲奈の鼓動が早いので、こっちまで鼓動が早まってしまう。
だから少しだけ本能に従って、ぎゅっと抱き返した。
そして長い時間そのままでいた。
長い時間というのは、そのままオレのベッドで二人して寝入ってしまったからだ。
もちろん本当にそのまま寝たので、エロい事は一切なしだった。
抱き合って寝てる時点で十分エロいんだけど。
それから3日間、地中海を横断してノヴァへと入り、そしてエルブルス領のシーナの街に到着するまで、毎夜そんな感じに過ごす事になった。
ただ彼女は、「やっぱりハルカさんが羨ましい」など言うことが多く、オレとしては強く抱きしめ返すくらいしかしてあげられなかった。
そして現実世界での10月の第二土曜日、無事シーナの街へと辿り着くことができた。
その間現実はレナの事以外はこれと言って特にないけど、翌日の日曜日はオレ達の高校の運動会だ。
そしてその日は、招待枠でトモエさんがお返しに遊びに来てくれる事になっていた。
なお、玲奈がシズさん達も所属するモデル・芸能事務所の人と面会するのは、その週明けの予定だ。
そして往路で玲奈とレナに変化はなかったので、何かあるとすればその面会の後だろう。
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