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第五部 『帝国』編

388 「『帝国』内での勢力争い(1)」

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 ハルカさんが目覚めたのは、聖女二グラス様であるヴィリディさんが処置をしてから3日後の朝だった。

「んーっ! よく寝たーっ!」

 交代で一人ずつハルカさんの側についていたのだけど、運よくオレが不寝番の時の事だ。
 彼女はパチっと目を覚ますと、すぐに勢いよく上体を起こして大きく伸びをする。

 すごく気持ち良さそうで、神殿で借りた絹のネグリジェ姿は清楚感と清潔感があり、その絵になる姿がCMでも見ているようだ。
 そしてオレが彼女の姿にしばし見とれていると、ようやくこちらへと顔を向ける。

「おはようショウ。えーっと、ここは?」

「おはようハルカさん。ここはショブ大神殿の客室の一つ。施設の奥にあるから、オレ達と聖女様達以外は入ってこない場所」

 部屋を見渡す彼女に、さっきまでのオレのエロい心を悟られないよう静かに応える。
 けど彼女は、徐々に意識が目覚めてきたのか、今度はジト目になる。

「ねぇ、ずっと側にいたとか?」

「念のため交代で番をしてて、たまたま今はオレの番ってだけ。この3日は、こっちもノンビリしてたよ」

「そ。て言うか、私3日も寝てたって事ね」

「正確には2日半くらいだな。で、何か体に変化とか感じる?」

 オレがそう聞くと、一瞬ハッとして、おもむろに右手で左手の手の甲を抓り始める。
 うん。ハルカさんが、よくオレにしている事だ。
 そして最初はおっかなびっくりな表情だったのが、徐々に真剣味を増していく。並行して、左手の手の甲は徐々に凄く痛そうな様子になっていった。

「そ、そろそろ血が出そうだけど、それで?」

 そう問うと、キョトンとした感じの表情で、左手とオレを交互に見つめる。
 そして徐々に顔に歓喜が広がる。

「うん。痛くない。エエッ! 痛くないわ! 凄い。本当に痛くなくなった!」

 そう言ってオレに抱きついてくれたら感動の場面ぽいし、実際オレに右手をぐーっと体ごと伸ばして来たので一瞬はそれを期待した。
 けれど、彼女の手がオレの腰に伸びると、そのままアクセルさんと交換したミスリルの短剣を素早く引き抜く。
 そしてオレが止めるより早く、そのまま今度は右手に持った短剣を、近くの小さな机に置いた自分の左手にかなり豪快に突き刺す。

「な、何を!」

「うん、痛くない。痛くないわ、ショウ!」

 左手の惨状と顔の歓喜のギャップが、もはやホラーだ。

「こっちが痛くなりそう。ホラ、血もダラダラ出てきたから、早く」

「モーッ、少しは喜んでくれてもいいでしょ。魔法の発動媒体とって。何でもいいわ」

 自分で自分の手を突き刺して平然としているのは、ここ1年半ほどよりも、それまでの『ダブル』としての活動が長いからだろう。
 かく言うオレも、言った言葉とは裏腹にあまり感情は動かされていない。
 自分のちょっとした怪我など、もはや気にもならないくらいだ。

 とそこに、部屋に近づく複数の足音。

「何、目覚めてすぐイチャイチャって、……何してるのハルカさん!」

 まだハルカさんが自分の左手に短剣を刺したままの状態で、声を聞きつけたみんながボクっ娘を先頭に部屋に入って来た。

(まあ、何も知らなきゃ、この絵面は驚くよな)

 ボクっ娘の声を筆頭としたみんなの驚きを前に、オレの心は急速に穏やかになった。



「それで? 本当に痛みは感じなくなったんだな。単に感覚が麻痺してるとかはないか?」

「多分大丈夫。以前の感覚と同じだから、痛みを感じなくなったで間違いないわ」

「だからって、お試しで自分で自分刺すかなー」

「ビックリしました。てか、止めろよ、このクソがっ!」

 年少組の言葉はごもっともだ。視線も少し痛い。
 けど、同時に理不尽を感じなくもない。
 そして当のハルカさんは、自力で癒した左手を感慨深げに見つめてる。

「ゴメンなさい、驚かせて。けど、これだけでも元に戻って、ちょっとホッとしてるわ」

「それで、他に何か変化などないか?」

 一人シズさんは冷静だ。
 その言葉に、ハルカさんが少し眉を寄せる。

「そうね、夢を見たわ。しかも同じ夢を何度も」

「どんな夢だ?」

「現実世界の病院で、眠り続けてる自分の姿を、その脇で見下ろす夢。やたらとリアルだったわ。今回のヴィリディさんの処置で、そういう不安があったのか、それともどんな形でもいいから生きていたらっていう私の願望なんでしょうね。どっちにしろ悪夢の類だったと思う」

「その割には、目覚め爽やかって感じだったけど?」

「夢は眠りが浅くなった時に見てたんでしょうね。今は本当に頭がスッキリしてるの。よく寝たおかげね」

 そう言って再び大きく伸びをする。
 確かに表情もスッキリしているし血色も良い。
 それでもボクっ娘は心配げだ。

「でもさ、道中でも一日寝てた日もあったし、体調本当に大丈夫?」

 悠里もボクっ娘の言葉にウンウンと真剣な表情で頷いている。

「全部の治癒魔法知ってるって言う、正確無比なヴィリディさんが何も言わないんだし大丈夫でしょう。むしろ、元気いっぱい……」

 とそこで、ハルカさんのお腹が盛大な抗議の声を上げた。

「まずは3日分の腹ごしらえだな」


 その後、丁度オレ達も起きたところなので、着替えてからみんなして朝食を取った。
 当然のようにハルカさんは食欲旺盛で、ボクっ娘らの心配をよそに体は好調に見える。
 そうして食後のお茶を飲んでくつろいでいると、聖女二グラス様なヴィリディさんと、完全武装状態のゼノビアさんが部屋にやって来た。

「ルカ様、お加減は如何ですか?」

「ハイ。お陰様で、とても好調です。少し試しましたが、異常も元通りになっていました」

「少しじゃないでしょ」

 その横でボクっ娘が小声で愚痴り、みんなが苦笑する。
 けど聖女様は、それを華麗にスルーする。
 他に何か、話があるらしい。

「それはようございました。では今度は、わたくしと共に空皇の聖地リーンまでおいでくださいませんでしょうか?」

「それは構いませんが、ここでお話を伺っても?」

「この数日ルカ様をお調べしたら、次の治癒が必要である事が分かりました。ですが、あそこでしか処置出来ないのです。そして急いだ方が良いので、細かい説明は出来れば移動中にお話させて頂きたいのですが」

「分かりました」

 普通なら胡散臭いけど、遠巻きに他の神官や従官の目もあるので、聖女様相手にさらにここで聞くのは公的には無礼だ。
 それにオレ達としては、無駄な事と嘘を言わないキューブの言葉なので、無駄はないだろうという読みもある。
 けど、移動手段は少し意外だった。

 飛行場へ移動したまでは予想の範囲内だったが、聖女様の移動手段は疾風の騎士が操る巨鷲だったのだ。
 もちろんだけど、四六時中聖女と共にいるゼノビアさんが巨鷲の主人ではない。

 緊急の治療の為にと用意されている巨鷹を駆る方の疾風の騎士で、『帝国』に居る数騎が順番にその役を果たすのだそうだ。
 だから公的に信頼に足るし、ヴィリディさんの事も神殿の偉いさんが知っている程度には知っている。


 そして道中の休憩で地上に降り立った時だった。
 そこは川のほとりにある小さな神殿で、周りには刈り取ったばかりの牧草地と田園風景が広がっている。
 人影も遠くにポツポツと見える程度だ。
 お付きの疾風の騎士が、相棒に川の水を飲ませているとファンタジーというよりメルヘン的な情景に見えてくる。

「それで、オレ達が聖地に向かう本当の目的は?」

 表向きは、ハルカさんの次の治療の為、聖なる魔力の高い聖地の方が治療に向いていると言うのが理由だ。
 当然だけど、運ちゃんの疾風の騎士から少し離れた場所で、さらにシズさんがこっそり遮音の魔法を行使している。

「ルカ様がお持ちの橙色のキューブを覚醒させる為です。ゼノビアともあの後話したのですが、やはり覚醒させておくべきだろうと結論したので、こうしてご足労いただいています」

「覚醒? 魔力を注ぎ込むか、魔力が一定量貯まれば再覚醒するのではないのか?」

「それは少しばかり間違ったやり方で、失敗する方が多いのです。それにクロもアイも不完全な覚醒状態なのですが、恐らくは再起動が完全ではないからでしょう」

 アイはともかくクロまで不完全とは驚きだ。
 聞き手になっていたシズさんの驚きも小さくはない。

「お前らキューブには、どれだけの能力が隠されているんだ?」

「隠してなどおりません。ですが、私など一部の存在以外は長い眠りにつき、そんまま機能を停止しているので、再び覚醒しても不完全な場合が多いのです。
 クロがある程度機能しているのも、どこかで膨大な魔力を一度扱わせたからでしょう」

 その言葉に、シズさんが驚きと納得が重なった表情になってる。
 ハルカさんや他の仲間も、それぞれ驚いてる。

「ヴィリディさん、あなたが全ての治癒魔法や私達のような異界からの来訪者に対する特殊な処置方法を知っているような事が、クロや他のキューブにもあるのかしら?」

「はい。ですが『世界』以外は、その全てを把握していません。それぞれの存在は、自らか自らが接触した存在の機能しか知りません」

「じゃあ、魔導師協会にあった黄色いキューブの詳細は知らないのね」

「ハイ。距離がありましたし、向こうは表層の覚醒を辛うじてしている程度だったのもあり無理でした」

「それは分かった。で、私達の持つ3つのキューブ全部を覚醒してくれる、で良いのか? 神々と色に関連があるのなら、ハルカの持つ橙色のキューブのみが関係あると考えれば良いのか?」

「後者です。それぞれ神々の色と対になったものしか、その聖地での覚醒は不可能です」

「それと、もう一つ話すことがあるわ」

 今度はゼノビアさんが口火を切った。
 全員の注目も、自然ゼノビアさんに集まる。
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