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第五部 『帝国』編

383 「聖女の真実(1)」

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 翌朝、起きると、もうマーレス第二皇子は出かけていた。
 こちらには、自由に過ごすようにとの伝言があっただけだ。
 いつもの習慣で早く目覚めたボクっ娘曰く、日の出くらいに出て行ったとの事だ。

 仕方ないので、皇子のご家族の一部と主にこちらが話をする形で朝食を取り、そして相手側の準備が整ったところで『帝都』にある聖女様が居るという大神殿へと向かう。
 もちろんだけど、部屋でハルカさんの魔力を他のメンバーに移すことも忘れていない。
 聖女様の前で聖人認定とかシャレにもならない。


「それにしても、聖地に聖女様が居るわけじゃないんだな」

「『帝国』としては自らの威信を示すためにも、手元に置いておきたいんだろうな」

「神殿は政治利用しないし政治に不干渉とか言いつつ、結局これだもんねー」

「大人って汚いよなー」

 年少組のお言葉に、シズさんが苦笑することしきり、というやつだ。
 そして呑気な会話をしているように、送迎の馬車の中なので仲間以外、他に聞く者もいない。

「まあ、『帝国』だけじゃなくてミッドラント、レ・ガリア、それにノヴァも同じだからな」

「残りの聖人なり聖女は、神殿の総本山でしたっけ?」

「あとは、ロシア辺りにある妖人の里に居るって話ね」

「で、そのうち何人かは、生きてるかどうかすら定かじゃない、と」

「『帝国』の聖女は、日々人々に癒しをもたらす女神のような人だってのがもっぱらの噂ね」

「どんな人?」

 何も期待せずに聞く。
 前に聞いた話などを総合すると、ラノベやアニメに出てくるような可愛い女の子の筈がないからだ。

「神殿組織内では、緑の髪の獣人と伝わってるわ」

「獣人を人の国が囲ってるんだ。何の獣人?」

「毛の色が緑って、鳥くらいしか思い浮かばないな」

「尻尾が沢山あって、数百年変わらぬお姿って伝わってるわね」

「へーっ。よかったね、ショウ。若くて可愛い聖女様だよ」

「可愛いとは決まってないだろ。てか、どうでもいいよ」

 オレの賢明な即答にも関わらず、周囲の視線は冷たい。
 すぐ側にオレの聖女様が居るのに、どうこう思うわけないという事が、今だに分かってもらえないらしい。
 けど、それ以上弄る気は無いようだ。

「まあ、お姿よりも、その御用ね。聖人がわざわざ大巡礼する神官に会うなんて話、聞いたことないんだけど」

「そうなのか?」

「そりゃあ、聖人はそれこそ権力の外にいるお方だから、権威とか箔はこれ以上無用よ。それに、今更巡礼とかにも興味持っても仕方ないでしょうし」

「旅の話を聞きたいとかはー?」

「聖人、聖女の元には、日々色んな人が救いを求めて来るから、外の話はわざわざ集める必要もないわよ。それに求めれば、神殿組織がいくらでも話くらいは集めてきてくれるわ。囲ってるんだから、不満を溜めないように、神殿も聖人のいる国も気を使ってるもの」

「まあ、行けば分かるだろう」

「それもそうですね」



 雑談をしているうちに、『帝都』ゾディークにあるショブ大神殿へと到着する。
 ここは豪華さという点では、今まで見てきた中で最大級だ。
 それもその筈で、『帝国』が莫大な寄進を行っていて、実質的に『帝国』の所有物とすら言われるからだ。

 だからか、ここには神殿騎士団は殆どいないそうだ。
 もっとも、神殿騎士団は神殿の警護より魔物の多い場所に居るものだ。だからこんな大都会に居なくて当然だけど、大神殿の外の塀や門を『帝国』の兵士が警護しているのだから、何をか言わんや、ってやつだ。


「わたくしが、当神殿をお預かりしている二グラスと申します。この度は、わたくしの我儘を聞き届けてお越し下さり、感謝の念に堪えません」

「こちらこそお招き頂き光栄に思います、聖女二グラス様。わたくしは上級神殿巡察官ルカ、この者達は我が従者達に御座います」

 玉座の間のような神殿内の大聖堂で、奥の上段には聖女様がたおやかな姿ってやつで出迎えてくれた。
 そして階段状の下の絨毯の真ん中にハルカさん、その後ろにオレ達が並んで跪いて、手を交差して礼を取る。

(皇帝との謁見より、よっぽど絵になる絵面だな。リョウさんに見せたいくらいだ)

 現実感を感じられないまま、二人が儀礼的な会話をするのを聞きつつ聖女様をチラ見する。
 聖女二グラス様の見た目は、聞いた通り緑の髪の獣人。クロと同じネコ科で、尻尾の数は意外にも4本とシズさんより少ない。

 すごく整った顔立ちで、どこかクロやスミレさんを思わせるけど、雪のように真っ白な肌に鮮やかなエメラルドの瞳と、同じくエメラルドの腰まで届く髪がすごく映える。
 衣装も白を基調とした見た目重視と思える姿で、いかにも誰もが思い浮かべるような聖女様だ。
 整った顔に浮かぶ表情も、慈愛に溢れた優しげなものだ。

(ここまでくると、出来過ぎとしか思えないな)

 次に浮かんだ感想がそれだった。
 先に『帝国』の皇帝や皇族に会っていたせいか、余計にお話の中のように思えてしまった。

 なお聖女の側には、見た目で凄い実力と分かる全身甲冑の騎士の姿があった。
 白を基調とした神殿騎士の姿で、胸など要所には神殿のシンボルマークも刻まれたり、浮かび上がったりしている。
 恐らく指輪で抑えているけど、魔力総量も相当だ。多分Sランク級の強者だろうと察せるくらいの気配がある。

 ただし屋内でも兜をかぶったままなので、その顔を見る事は叶わない。
 加えて他にも、爺さん、婆さん、おっさん、おばさんばかりながら、見るからに偉そうな神官の皆さんが左右に控えてるので、迂闊な事は出来そうにない。
 まあオレとしては言葉一つ話す気もないので、何事もない事を逆に願う。

「我儘を言って申し訳ありませんが、皆様の巡礼の旅路、これまでの武勇伝などをお話いただけないでしょうか」

 そう聖女様がおっしゃった。
 どうにも『帝都」は、こっちが接待される交換条件とばかりに、話をして回る流れらしい。


 そして場を変えて迎賓室。
 一見質素で清楚な調度ながら、上質の絹が随所に使われていたり、気の遠くなるような細かい柄のレースが施されていたり、色は地味だけど足が沈むほどの絨毯が敷かれていたりと、ここも『帝国』の国力を示す場だった。

 部屋には、オレ達5人と甲冑姿のアイ、向こうは聖女様と守護者のような騎士だけ。
 従者とかもお茶などを出すと退出した。
 聖女様側の人数が少な過ぎるように思えたけど、聖女様がそう手配したのならこっちがとやかく言う事ではない。
 それにオレ達は儀礼用の武器すら預けてあるし、そもそも危害を加える気は全くない。


「堅苦しい儀礼ばかりで肩が凝られたでしょう。この部屋では、お寛ぎ下さい」

 フカフカのソファーに腰掛けると、開口一番聖女様が誰もがホッとするような笑みを浮かべる。
 けどオレには、ちょっとした違和感があった。
 その事を誰かに知らせるべきか考えているうちに、向こうの騎士様が動いた。

 それまでしていた兜を脱ぐと、その中にはショートヘアな赤銅色の髪の宝塚な感じのエライべっぴんさんの顔があった。
 甲冑は男性のデザインで、体の線も男性のものだったけど、その顔を見た途端に甲冑がまるで着ぐるみのように思える。

 そしてこちらの驚きを気にする事もなく、魔法陣を2つ構築するとそれをすぐに行使する。

「防音の魔法だ」

 シズさんが全員に向けて呟いてくれたので、何をしたのかはすぐに分かった。
 しかしリラックスさせるために聞き耳を遮断するというのは、流石にやりすぎな気もする。

「突然の魔法で御免なさいね。こうしなければ、ヴィリディは何も本当のことを喋れないの」

 神殿騎士のごつい甲冑の女性の言葉は、幾つもの疑問を感じさせるものだった。
 けどオレは、一つの答えに行き着いた。

「あの、もしかしてですが……」

「もしかしなくても、お考えの通りよ。それと私はゼノビア、以後よろしくね。さ、ヴィリディ、元の姿に」

「ハイ、ご主人様」

 聖女様がそう答えるや、衣服を残してその姿が一気に崩れ去っていく。そして黒い靄になり、胸の辺りに吸収されていった。
 そして出現したのは、緑色の見慣れたキューブだ。

「見ての通り。それとこの部屋は、魔法の防壁が何重にも常時施されているわ。普段は空いてるのぞき穴も、全部事前に塞がせた。それに今の防音魔法で完全な密室よ。まあ、信じてもらうしかないのだけれど」

「色々と知っているらしいな。アイ、元の姿を見せてやってくれ」

「畏まりました」

「クロもだ」

「ハハッ、我が主人よ」

 そう言って腰の袋を開けると、クロが浮き出して来る。
 そしてオレの横では、ハルカさんが橙色のキューブを取り出す。

「3つとは、流石に予想外ね。色々と聞いてもいい?」

「勿論です。けど」

「分かってる。こっちも話すわ。その為に呼んだのだから。それとヴィリディが、あなたに用があるらしいわ」

「私に?」

 甲冑の女性がハルカさんに手を向ける。
 オレ達が聖女様に呼び出された理由は、どうやら色々あるらしい。

 その後、こちらは3つを手に入れた経緯を簡単に話した。
 それでもスミレさんの事は伏せてあったので、話せば一層驚いた事だろう。
 しかしこちらも驚き話を聞く事になる。

「ヴィリディさん以外に、『帝国』にはもう一つキューブがあるんですか?」

「そうよ、ニグリオスの主人(あるじ)」

 『帝国』というよりこっちの世界の人なので、キューブの呼び方がこっちの言葉に聞こえる。
 けど、同じ「黒」と言ってるのは、ちょっと面白い共通点だ。

 そして聞いた話では、ヴィリディさんは約三百年前から『帝国』が保有していて、その時代の客人の到来がなくなった頃に聖女認定されたとの事だ。
 そして以後、最古の聖人の一人として、『帝国』にあってオクシデント中に知れ渡る存在となった。

 その主人は、相応しい者つまり『ダブル』基準でSランクの魔力総量を持つ者が時代時代ごとに主人となり、二人だけの秘密を保って聖女に仕えるのだそうだ。
 そして今の主人がゼノビアさんだ。
 ただしヴィリディさんの正体については、神殿も『帝国』も知っている。だから見せかけの関係は、あくまで外に対してと階級の低い者に対してのカムフラージュだ。

 ゼノビアさんは神殿騎士で、それこそ子供の頃から邪神大陸で魔物を倒しまくっていたおかげで大量の魔力を獲得し、3年ほど前に見事神殿の秘密の謁見でヴィリディさんに認められたのだそうだ。
 それまでは10年以上も主人がおらず、ヴィリディさんが出来ることも主人がいないため制限を受けていたのだけど、主人を得たことで再び活発に活動できるようになったという事だった。
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