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第四部

283「お礼参り?(1)」

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 バルコニーからの眺めは、なかなかの絶景だ。

 すぐ目の前は、荒地から徐々に普通の森が再生しつつある平凡な景色だ。
 街道沿いを中心に、いかにも土木作業用な岩巨人達が規則正しい動きで24時間態勢の開拓を行っているが、人の姿は見えない。
 絶景なのは、遠望できる少し先の景色だ。

 地平線の続く限り、濃い不規則なコントラストの緑の帯が埋め尽くしている。
 原生林による黒い森と言うよりまるでアマゾンの大密林だけど、人々はこれを『魔の大樹海』と呼ぶ。

 うっそうと生い茂る歪な歪な木々によって、魔力が閉じ込められている。その中は、澱んだ魔力とそれを活動エネルギーとする生き物ならざる魔物、魔物化したかつての動物、つまり魔獣で溢れている。
 木々のかなりも魔力の影響を受け、魔木と呼ばれる危険で歪な存在だ。

 そして上空というよりかなり先の方の空は、黒々とした分厚い雲で覆われている。
 上空の雲の多くは、魔の大樹海の澱んだ魔力が作り出した偽りの雲だ。魔力が濃く、飛行型の魔物が多く飛び交う危険な雲でもある。

 もう一方、というより景色の一角は大樹海から伸びる煙もしくは雲が、下から鈍い赤色で照らされている。
 照らしているのは、原因不明の活性化によって燃焼力を高めた魔力を燃焼剤として燃え盛る、樹海の木々によるものだ。
 そしてその木々が燃える事で、不自然な雲とすら勘違いしそうな煙を作り出している。

 しかもその雲は、見た目では分からないが刻一刻と拡大している。
 そしてこの地域の夏は乾燥して雨量も少ないため、天の恵みによって火が消される事もない。
 こちらが風下になるので、一晩で距離が少し近づいた気がする。

 それでもこうしてオレが暢気にしていられるのは、まだ何十キロも先で燃えているからだ。
 それでも火災が分かるほどの火勢の大きさだから、木々が燃える臭いが漂ってきそうなほどだ。


「朝のナパームの臭いは格別だ、だっけ」

 映画か何かで聞いた事のあるセリフを口にしつつ、さらに金属製のシンプルなマグカップに入れたコーヒーを口にする。
 ミルクがないが砂糖は入れてあるので、お子様なオレでもなんとか飲める。

「そのセリフ、動画で聞いた事あるわ。確かヘリコプターが一杯出てくる戦争映画よね」

 同じようにマグカップを手にして近づいてきたのは、ダークブロンドのロングヘアと碧を思わせる深い蒼の瞳を持つ、スラリとした肢体の美しい少女だ。
 活動的な雰囲気を纏っていて、動きに無駄がなく洗練されているので見ていて気持ちいい。
 その伸びやかな肢体を、白い法衣が軽く包んでいる。
 本来なら、その下に鎧や諸々も着用するが、今はそこまで着込んでいない。

 その彼女が、オレのすぐ横でテラスの手すりにもたれ掛かる。
 顔も視線もオレと同じ方向、オレが見ている絶景に向けられている。
 残念ながら、肩に寄りかかってきてくれたりはしない。
 
「お疲れ、ハルカさん。みんなは?」

「まだ何も。で、領主様は、眼前の戦果にご満足ってところ?」

「まあ、絶景だよな」

「そうね。けど、これを見ると、最初から燃やせばよかったって思えるわね」

「物騒なこと言うな」

 その言葉に思わず彼女の横顔を見るが、口調が平たいように真意を知る事はできそうにない。

「この景色を生み出した元凶のくせに弱気ね」

 オレの視線に気づいて向けてきた彼女の瞳は、軽くオレをからかう雰囲気を纏っている。

「そう言われると、なんかオレ極悪魔王みたい」

「逆に勇者じゃないの? 物語の勇者って、正義を振りかざして敵を根こそぎ滅ぼすじゃない」

「立場を変えれば勇者も大量虐殺者か」

「だが、人同士が醜く争うより遥かにマシだ」

 部屋の方から声がして、もう一人の女性がテラスに出てきた。
 長い黒髪と知的な切れ長の目がよく似合う長身の女性だ。
 ハルカさんよりさらに長身で、身長はオレと変わらない。

 しかし何より特徴的なのは、耳が狐と同じで金色の瞳の瞳孔が獣っぽく縦長なことだろう。しかもお尻には、狐の尻尾が複数本付いている。
 けどコスプレではなく、その証拠に黒い耳と尻尾は動物のそれと同じように動いている。

 しかし、そのファンタジックな外見と違い、口にした言葉はとても重い。というのも、今から半年ほど前に人同士の戦争に当事者として関わり、自らの国を失っているからだ。
 もっとも、口調も表情も穏やかなものだ。
 だからこちらも、敢えて話題にしない方がいいに決まっている。

「シズさん、何か分かりましたか?」

「いいや。ノヴァの中央はまだ随分忙しいらしい」

「それじゃあ、レナとユーリちゃん達が戻るのを待ちましょう」

「待つ必要ないみたいだぞ」

 オレが向けている視線の先に、何かが飛来してくるのが見えた。

「思ったより早かったわね」

「そうなのか? それより数が多くないか?」

「ホント、2騎じゃないわね」

「ヴァイスがいないな」

 ハルカさんとの短いやり取りの最後にオレが言ったところで、上空から白い影が急降下してきた。
 物凄い突風がテラスに吹き荒れ、後ろの部屋の中にも突風が入って軽い物を吹き飛ばして無茶苦茶にしている。
 突如現れたのは、巨大な白い鷲に乗った少女だ。

「エマージェンシー! 戦う準備してーっ!」

「敵か?!」

「昨日のお礼前りー! 偵察中に出くわして、ボクだけ先に戻ったんだけど、ってもう来てるし!」

 ボクっ娘が、ハルカさんにの問いかけにもロクに返事せずまくし立てていく!
 巨大な鷲の背に乗るのは、少しシャギーがかったショートヘアの中性的で小柄な少女だ。
 ホットパンツなど動きやすい服装だけど、どこかアニメやゲームを連想させるオタクっぽさがある。
 そして本来は人好きのする顔立ちなのだけど、今は目尻も上がり戦闘的な表情を見せている。

「レナ! 何が来てるんだ!」

「悪魔と龍のヘビーなセットが半ダース! 出会い頭に1騎落としたら、もうブチ切れまくりで困ったよ」

「それで今、悠里が囮になって引きつけてるのか?」

「うん! こっちに連れてきてる。向こうはお礼参だけだし、あの数ならみんないれば叩けるよ!」

「了解だ!」

 そう言った時には、執事の猫耳イケメンと甲冑姿の女性がオレ達3人の取り敢えずの装備を持ってきていた。
 手間のかかる鎧を着ている時間はないので武器中心だ。

「こちらを。我が主人、ハルカ様」

「シズ様、お召し替えをお手伝いいたします」

「すまないな」

 シズさんには細身の女性っぽい甲冑姿のゴーレムが、オレとハルカさんには猫耳を生やしたビクトリアンスタイルのイケメン執事が付き従う。
 異世界なのにビクトリアンスタイルってどうなんだろうと今だに違和感を覚えるが、この風俗は『ダブル』がこの世界に伝えたものだ。

「ありがとう」

「こういう時、すぐに着れるチェインメイルは便利だな」

「ショウも、龍鱗の鎧くらい着ときなさい」

「おう。クロ手伝ってくれ」

「こちらにご用意して御座います」

 そう言って最低限の防具といつもの武器を持つと、ボクっ娘がソワソワと待っていた。

「早く乗って!」

「私とハルカは地上から魔法で迎撃する!」

「空中戦じゃ、派手な魔法は難しいわよね」

「というわけだ、運ちゃんよろしく!」

 言いつつ、急いで巨大な鷲のヴァイスの元へと駆け寄る。

「今は運ちゃんじゃないって! ショウは後ろ守って!」

「おう! って、ちょっと待て」

「ホラ、座って!」

 オレがテラスから地上に着地していたヴァイスの背に乗るが早いか、ヴァイスが飛び立ち始める。
 おかげで落ちそうになったが、ボクっ娘の手にがっしり掴まれて事なきを得た。
 華奢な腕からは想像もつかない力強さだ。

 そして一気に急上昇し始めるが、ボクっ娘が急かしただけにギリギリのタイミングだった。
 しかしギリギリではあっても無理でも無茶でもない。

 ヴァイスを巧みに操るボクっ娘は、急上昇の後一気に急降下して、蒼いドラゴンの後ろから追跡してきているドラゴンの向かって一番右端と交差。
 すれ違いざまに、その片翼を魔力を込めて威力を増した鋭い爪で根元から切り裂く。
 すると片翼を失ったドラゴンは、バランスを失ってクルクル回りながら地表に激突する。

 ただし飛んでいる場所がやや低空だったので、そのドラゴンの騎手の魔物は何とか地表に飛び降りることができたようだ。
 落ちた後に動いている異形の人影が視界の端に見えた。

「乗り手がまだ生きてたぞ!」

「後回し! それより次行くよ。すれ違いざまに叩っ斬って!」

「了解!」

 小さく旋回したヴァイスは、今度は敵のドラゴンを追うことになり、見方によっては挟み討ちだ。しかし敵の数はまだ5騎。
 やや強そうな魔力を持つ騎手もいる。

 しかも、もう館がすぐそこだ。
 空中戦は、このテンポの速さが醍醐味であると同時に落とし穴になりかねない。
 しかしそれは敵も同じで、しかも攻め寄せてきたのだから地の利こちらにある。
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