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第三部

272「樹海炎上(2)」

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 そして下準備が終わると、できるだけ大きな『煉獄』の魔法をシズさんが構築する。
 もちろんそれだけでなく、炎や雷、魔法、火矢を放てる限り投射し、加えてノヴァの街で買い込んできた油をさらに放り込んでいく。

 予想では、ウルズで発生させた火災より巨大な規模の森林火災が発生する予定だった。

 オレの役目は魔力タンクになるだけだけど、いつ見てもこの魔法の印象は強烈だ。
 効果範囲一帯をオーブンの中のような高温で包み込むのだけど、通常とは違う赤く活性化した魔力の輝きがいかにも熱そうだからだ。
 『煉獄』と言われる所以でもあるが、その巨大な空間がなぎ倒した木々よりも大きく広がっていく。

 しかも今回は、シズさんの魔法をハルカさんとレイ博士、ラルドさんが補佐する。
 特にレイ博士は、ゴーレム製作に特化しているとはいえ熟練の魔法使いというのは伊達ではなく、並の魔法使いでは不可能な構築と拡大の補助を行った。

 「吾輩の力、とくとその目に焼き付けるが良い!」と豪語したが、そう言うだけの事は確かにあった。
 サブじゃなければ、格好よかったかも、だけど。

 そして3人の熟練した魔法職の支援を受けて、シズさんがなんだか見慣れてきた魔法の構築を行った。

「黒く深き闇よ、紅く激しき炎よ、漆黒にして紅蓮の園を我が前に齎(もたら)せ。『煉獄』」

 朗々とした詠唱によって魔法が完成すると同時に、早くも枯れ草や落ち葉がくすぶり始めている。
 そこに待機していた悠里とガトウさんが、それぞれの相棒にブレスを次々に浴びせかけさせていく。
 エルブルスでも見たが、通常のブレスの数倍はあろうかという効果を発揮しており、この相乗効果こそが『煉獄』の真骨頂だ。

 そしてこの場では、本来なら火を押し消しにかかる澱んだ魔力が、『煉獄』に影響を受けてか積極的な動きを見せていない。

 しかもすでに大量の油を撒いているので、外縁部に一気に燃え広がっていく。
 さらにそこに、警戒から戻ってきた獣人達の一部が次々に火矢を打ち込む。
 魔法の補助を終えたオレは周囲の警戒以外できないが、弓を持つボクっ娘も火矢を射かける手伝いに入る。

 そして森の裂け目に作り上げられた人工の超巨大な焚き火は、すぐにも周囲の森に燃え広がり始める。
 鬱蒼(うっそう)と茂る森のど真ん中に空気を入れる大きな穴を開けたようなものなので、この辺りの森には下草がとても少ない。
 つまり木々の下は風通しがいいので、空気を入れる穴を開けてやると、とても燃え広がりやすいのだ。

 轟々と燃える様は、思わずみんな見入ってしまう。しかし見入っている場合ではない。

「まずは一つね」

「うん。戦況は?」

「偵察の報告では、まだ一進一退。魔物は意外に頑張っているようです。聞こえてきた怒号や叫び声を聞く限り、相当強い悪魔達が前線で暴れている模様です」

 竜騎兵をまとめるガトウさんが、戦場の方を見つつ報告してくれた。

「こっちが気づかれた様子は?」

「この火勢だ。すぐに気づくだろう」

「じゃあ、もう一つも急ぎましょう」

「みんな、次に移動だ!」

 そう、森林火災を起こすのはここだけではない。
 素早くその場を撤収すると、次の作戦ポイントでもう一度全く同じ事を実施する。
 それが可能なのは、手持ちの龍石が大量にあるのも理由の一つだけど、何よりレイ博士の屋敷に大量の充填型の魔石が保管されていたからだ。
 この魔石は、本来はゴーレム作成の為にノヴァトキオが買い集めたものだけど、一時転用するのは問題ないだろう。

 ただ、丈夫な魔法繊維で編まれた袋に入れて、ほとんど一山幾らな感じで魔法職たちがモリモリ魔力を消費していく様子は、インフレやチートという言葉が思い浮かんでしまう。
 もしくは物量戦というやつだろう。
 ハルカさん達も、オレの魔力を吸い上げるどころか自分の魔力もほとんど消費せず、魔石の魔力のみで巨大な破壊を完成させていった。

 一度目の手順と同じように、ヴァイスとボクっ娘が森林をなぎ倒し、シズさんが中心となって大規模な火災を起こす。
 ただし二回目は火災の火を早く延焼させるべく、そのあとに飛龍達が自らの翼で火事に風を送り込む。

 そうして二箇所の森林火災は、予測より早い勢いで広がりを見せていった。
 空気が入り込んだこともあるが、とてもそれだけとは思えない程の火の広がり具合だ。
 しかし、オレ達が火事に巻き込まれたりしない限り、広がる方が好都合だ。できれば、夕方までにそれぞれ長辺5キロくらいまで広がって欲しいところだ。

 そしてオレ達は、上空から見れば辛うじてカタカナのハの字型に見える森林火災の口が細い方、戦闘中の場所の反対側に移動。
 これでオレ達の作戦第一弾は完了だ。

 半日も火事が燃え広がれば、敵は炎の壁で退路を断たれる前にこの細い場所へと逃げて来る筈だ。
 そしてそれを側面から摘んで、美味しいところだけ頂こうという魂胆だった。

 もし魔物が頑張りすぎて、二つの火事が合体するまで戦闘が続きオレ達が戦うことが無くても、オレ達は敵の最短の退路を断つべく動いたということで言い訳できる。
 どっちに転んでも、オレ達に損はない。

 そしてこの火事自体は、この辺りの魔物を倒した時の魔法やブレスで起きた火災という事になっている。

 あとは戦闘がノヴァ優位に進展して、魔物の群れが敗走してくるのを待つだけだ。
 そしてオレ達は、ハの字の先にある最初の集合ポイントへと戻ってくる。

 周囲はゴーレム達が警戒していたので安全だ。と言うか、与えられた命令を忠実過ぎるほど果たし、どんどん木々をなぎ倒していたらしく、見晴らしがかなり良くなっていた。
 足場は多少の注意は必要だけど、十分に戦えるだけの空間にすらなっている。


「けどここって、私たちの背中は魔物の拠点になるのよね」

 ハルカさんが後ろを見つつ、少し眉を寄せている。
 ここは澱んだ魔力が渦巻く樹海の中なので、取り越し苦労という事はない。
 だからこそ昨日は十分に偵察もしたのだ。

「うん。20キロほど先にある街の跡に、魔物が巣食ってたらしいって。けど、昨日の空からの偵察だと蛻の殻。みんなでノヴァの軍に攻め寄せたって事で間違いない筈だ」

「警戒に常時2騎の竜騎兵を配置してある。後方から魔物の奇襲ということはないだろう」

 なんだか楽観したダメなフラグを立てるような会話をしてしまっているが、手は抜いていないので必要以上に警戒しても仕方ない。
 ハルカさんも、半ば周りに聞かせるため口にしているだけのようだ。
 もっとも、聞かせたい御仁の一人は、別のことを気にしているようだった。

「だがよう、俺たちゃ今日魔物どもが負けてくれないと、本命の仕事なしになっちまうぜ」

「来た時に十分暴れたでしょう。まだ不足ですか?」

「そうなんだがな、この派手な火事を見てると、もうひと暴れくらいしたくなるだろ」

「オレは、このまま魔物がノヴァの軍に負けて火事に押しつけられても構わないって思ってますけどね」

「消極的だな」

「そりゃあ楽に勝つ方がいいですから」

「なるほど。そりゃ違いない」

 いつものようにガハハとは笑わずにシニカルな笑みだ。
 本気で暴れ足りてないようだ。
 けど、遊ばせているわけではない。ガトウさんとホランさんも地上待機でオレ達の側にいるが、家臣達は近くでいつでも戦えるように待機している。
 地表と空の両方で偵察もしている。
 それにこの辺りの魔物や魔獣もゼロじゃないので、獣人の半数はそれを倒す為に動いている。

 今は、ノヴァの軍と魔物達の戦闘が大きく動きそうな気配なので、ボクっ娘のヴァイスと悠里のライムがなるべくノヴァの軍の邪魔にならないように偵察に向かっている。
 二人を向かわせたのは、竜士隊隊長のガトウさん以外で一番強いからだ。

 そして戦場が動きそうだという予測は当たり、土煙が大きく巻き上がり始める。
 同時に、森林火災の方が予想以上に炎上しつつあった。
 どうやら最終局面が来つつあるようだ。
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