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第三部

237「世界竜のトリビア(1)」

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「それで、領主になって何をすればいいんだ?」

 取り敢えず聞いておきたい事を口にした。
 これから忙しくなるし、頼みごともあるが、聞いておかないと先には進めないだろう。

「そうだな、ハルカが出した命令と変わらないのであれば、現状で特にこちらから領主の判断を仰ぐ事案はない」

 代表して竜人のバートルさんが答えてくれたが、3人、もとい3体、いや3者は言葉通り特に何もないと言いたげな表情だ。
 ドワーフとドラゴンも首肯している。
 それにしても、今までに無いくらいファンタジックな光景だ。

「けど、領地経営とかだと、開発とか徴税とか書類の決済とか、色々あるもんなんじゃあ?」

《何かしたい事があるならば命じるがよい。それに対して新規な知識や技術、金銭が必要ならば、色々と手はずを整える必要もあろう。だが、そうでないなら問題はない》

「嬢ちゃんの方針を変えないのなら、今は特に何もしなくても大丈夫だ。酒でも飲んで寝ててくれ。大将ってのは、いざってとき以外は、みんなを安心させるため踏ん反り返っとくもんだ」

 随分と拍子抜けというか、逆に領主いらない宣言をされた心境だ。
 しかし、全て演技でオレの資質とかをテストしているのではと考えるのが妥当なように思える。
 ここは簡単に引き下がるべきではないだろう。

「ちゃんと教えてくれ。それともハルカさんに聞いとけばいいのか?」

「そうね、後で一通り説明だけするわ。バートルたちからは何かある?」

「そうだな、領地経営の業務全般は我が、ハルカ殿が命じられた街の整備や産業振興はラルドが、真なる主人様とのやりとりと眷族の取りまとめは『まだらの翼』が行っている。領主は好きにしてくれればいい」

「まあ、そう言うこった。あと、竜騎兵は陸と空の魔物退治を、さらに地上の魔物退治と狩猟、放牧は獣人連中がしているし、農業は人がゴーレム使ってやってる。それと経理とか書類は、竜人や領主さんのご同輩がしてるから問題ない。決済も、嬢ちゃんからバートルが委任されている形になっとる」

 もともと、ハルカさんが来る前もそういう風にしてきたのだろう。ドワーフ以外は、そう思わせる内容だ。
 けど、少し意外な言葉も出てきた。

「『ダブル』もいるんですか」

「ええ、ファンタジックな環境には居たいけど、冒険とか危険な事もしたくないって人が10人ほど街に住んでいて、そのうち何人かが手伝ってくれてるの」

「もう5人ほど増えとるぞ」

「そうなの? じゃあ、後で挨拶いかないと。ね、領主様」

 語尾にハートが付きそうな冗談めかした口調だけど、確かに顔合わせくらいしとくべきだろう。
 そう思ったので、思わず真面目にうなずいてしまった。

「うん。一通り挨拶はいかないとな」

「よろしくね。それじゃあ、領主様は私達の依頼事みんなに話してくれる」

「ああ、そうだな」

 ハルカさんとオレの言葉で、領民代表の三者の関心が向いてくる。

「ハルカさんが急にここに戻ったのは、ノヴァトキオの貴族としての義務をはたすために、領地のみんなに従軍してほしくて、そのお願いのために来ました」

「急な話だな。で、敵は?」

「魔の大樹海にいる魔物の大群です。悪魔もいるから、みんなの協力をお願いします。それと時間がないから、空で2、3日でノヴァトキオまで行ける者だけで向かう事になると思います」

「じゃあ、俺たちゃ戦力外だな。何せ足が遅い」

「竜騎兵に龍たちを連れて行かせるか?」

《何よりまず、主だった者達を集めねばなるまい》

「それと、もう一つお願いがあるんだけど、いいかしら」

 領民代表の3者が口々に話し出したところで、ハルカさんが会話の間に言葉を発して注目を集める。

「真なる領主、我が友、エルブルスに会えないかしら」

《領主が求めるなら、それも叶おう》

 ハルカさんの言葉を受けて、『まだらの翼』が厳かに宣言した。それはまるで神託を下す神官のようですらある。
 けど、ハルカさんが必要と考えた以上、オレの答えは決まっていた。

「じゃあ、お願いします」



「正直、ここまですんなり受け入れてくれとは思わなかった」

 領民代表の3者が、それぞれ人や龍をこの小さな城なりに集めるために引き揚げて、大きな部屋にはオレ達4人が残された。

 領主の館なら使用人が沢山いそうなものだけど、普段は使う者がいないので、余計なコストは最小限にしているらしい。
 しかも掃除などをする使用人は、普段は別の事をしていて警備兵以外は通いなのだそうだ。
 そして急に戻ってきたので、領主や客人の世話をする人も呼びに行っているところだ。

 そこでクロを人化させて最低限の世話をさせることにしたのだけど、「辺境伯へのご就任、誠におめでとうございます」など挨拶から始まって、色々と面倒臭い事を言い立ててから厨房へと消えていったところだ。

「さっきも言ったけど、ハルカさんにどこまでも付いてくってのは、オレにとって大前提だからな。まあ、地獄の一丁目とかは、できるだけ避けて欲しいけど」

「そういう所に進んで行くのはショウの方でしょ。けど、ありがとう。それとちゃんと話さなくてごめんなさい。みんなも、ごめんね」

「世界竜がらみは、迂闊に他では話せないんだろ。じゃあ、仕方ないよ。ただ、領主とかの話は、その辺ぼかしてでも聞いておきたかったかも」

「そこはサプライズがいいかなって思って。一応、信頼してるし」

「じゃあその信頼に応えないとな」

 と、そこまで話したところで、ボクっ娘が控えめな態度を装って小さく挙手する。
 
「二人でイチャイチャ盛り上がっているところ悪いんだけど、最低限の話を聞いてもいいかな?」

「そうだな。もう少し詳しく聞きたいところだな」

「そうね。半ば自分語りになるけど、その辺は我慢してね」

「お互い様だし、気にしないよ」

 シズさんの返答に、ハルカさんが小さく苦笑する。

「そう言えばそうね。えっと、私ね、死んでから復活できないかってのは一応探してみたの。そこで、この世の成り立ちの頃から存在していると言われる世界竜だったら、何か知ってるかもって噂を聞いて」

「それでエルブルスに会いに? て言うかさあ、エルブルスって固有名が出たの最近だよね」

「そもそも世界竜に固有名があったと言う話を聞かないから、話題になったな。私のいた北の果てまで、すぐに聞こえてきたほどだ」

 話がいきなり脱線しそうだけど、意外に重要な話なのだろう。ただハルカさんが苦笑している。

「何か知ってるのか?」

「彼に名前を付けたの、私なの」

「うへーっ。言葉もないかも」

「経緯を聞こうか」

 ボクっ娘は軽い好奇心程度だが、シズさんが興味津々だ。言葉を聞いた途端に、身を乗り出している。

「危険を承知でここに来たら、見ての通り意外に平和だったの。けど、彼らからノヴァかウィンダムに高位の神官か医者を探しに行こうとしていた矢先にちょうど私が訪れたから、危険どころか大歓迎を受けたわ。
 で、ここに元から住んでるバートル達にお願いされて、山の裾野に居るエルブルスに会いに行くことになって」

「山登り?」

「さすがに飛んで連れてってもらったわ。そしたら大きくて綺麗な宮殿みたいな水晶の洞窟に凄く大きな竜が居たんだけど、うんうん唸りながら臥してたのよ。さすがに驚いたわ」

「今は元気なのだな?」

「どうかしら」

「えっと、治したんじゃないの?」

 ハルカさんのどこかとぼけた返答に、流石のボクっ娘も少し真面目な突っ込みとなっていた。

「治したわよ。けど彼の病気は、彼の趣向を変えないと少し危険があってね」

「趣向? 今ひとつ要領の得ない話だな? 話しにくい事なのか?」

 シズさんが少ししかめっ面になっている。
 世界竜に関する情報を手に入れるまたとないチャンスだからだろう。

「そもそも世界竜って、怪我や病気するもんなの?」

 ボクっ娘がそう言ったが、もっともな疑問だ。
 無敵っぽいのに変な話だ。ハルカさんが神官だけに、呪いとかなのだろうか。

「普通はしないそうよ。自我を持って初めての痛みだって言ってたもの」

「竜の身に何が起きたんだ?」

「虫歯だったの」

「えっ?」

 ハルカさんがさりげなく口にした言葉に、全員が絶句した。
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