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第三部

186「旅立ちに向かって」

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 海からの風が心地いい海辺の公園のベンチに腰掛け、風景を楽しんでいた。
 と言えば多少聞こえはいいかもしれないが、単に眺める以外にする事がないだけだ。

 季節は夏。現実世界ではお盆だけど、異世界のオクシデントでは特にそう言った風習はない。それどころか、夏期休暇なんて概念すら無い世界だ。
 昼間の公園は人影もまばらで、オレ達を含めても人は数えるほどだ。

 日はかなり傾いていて、浅瀬が続く東の水平線には大きな、通常ではあり得ないほど大きな月が昇り始めている。
 また、違う方角の空には、何か赤くぼんやりした小さな太陽っぽいものが光っている。

 大きな月は、この世界を一週間で公転する月で、赤くぼんやりした小さな太陽は、『迷いの月』と呼ばれる木星あたりの軌道を巡る自ら輝く惑星の赤色矮星だそうだ。
 そしてこの世界へと突如来訪する『ダブル』と自称する若者たちは、空を巡る星の違いから、この世界のことを『アナザー・スカイ』と呼んだ。


「なにボーッとしてるの」

 オレの側に近づいて来ててそう言ったのは、白い宗教的な雰囲気の上着を纏った美しい少女だ。

 身長は165センチほどあるので、日本の女性としては長身だ。けれど、無駄のないスラリとした肢体ながら出るところは相応に出ているので、いつまでも眺めていたいほどだ。
 顔も小顔で整っていて、凛とした表情が全体の雰囲気を印象深くしている。モデルや女優と言われても、違和感なく受け入れられるほどだ。

 もっとも、一見日本人ではない。
 腰まであるダークブロンドのロングヘアーの持ち主で、顔立ちと肌の色もどこか白人とのハーフを思わせる。
 それでも全体としてのオレの印象は、日本の少女だった。

 こうしたところが『ダブル』と自称する人達の特徴の一つで、彼女ほどではないけど『ダブル』は大なり小なり似たような雰囲気がある。
 かく言うオレも、中身は生粋の日本人だけどこちらではどこかハーフっぽい。
 
「景色を眺めてた。こうしてのんびり景色眺めるって、あんまりないからな」

「ふーん。私も最近そうね」

 そう言って、まだまだゆとりのある同じベンチに腰掛ける。
 オレとの距離は近く、肩が触れ合うほど。
 今まで同じような状況だと、最低でも10センチは離れていた事を思うと大きな変化だ。

 それもその筈で、ついに昨日オレは彼女から正式な交際のオーケーの返事を頂いたばかりだ。
 周囲に人がいなければイチャイチャしたいところだけど、まだお日様も出ているし周囲の目を気にしないほど図太い神経も持ち合わせていない。

 彼女も、距離はともかく寄りかかるなどする気は無いらしく、その深く青い瞳は水平線に注がれている。
 そしてその視線が何かを見つけて追い始めたので、オレも同様にその何かへと視線を向ける。

 視線の先には、大きな鷲が飛んでいた。
 その鷲は大きいどころではなく、首に近い背に人を二人乗せている。
 翼長20メートルに達する巨体の持ち主で、現実世界ではありえない事を雄弁に伝えていた。

「来たみたいね」

「ああ、行こうか」

 視線を一度合わせて立ち上がり、公園外周の何もない吹きさらしの場所へと移動する。巨鷲(おおわし)の背に乗る人たちもそれを確認したようで、巨鷲がこちらに悠然と飛んでくる。
 すぐそばまで飛んできた巨鷲は、かなりの迫力だ。

「お待たせ~!」

「調子はどうだー!」

「もう絶好調ーっ! いつでも飛び立てるよ!」

「そりゃ良かったー!」

 オレと叫び合っているのは、ボーイッシュな出で立ちとそれに相応しい中性的な雰囲気を持つ、シャギーなショートヘアーと大きな瞳が特徴の小柄な少女だ。
 ホットパンツを中心に活動的なスタイルだけど、どこか浮世離れというかコスプレっぽい雰囲気の服装をしている。

 そして彼女が操る巨大な鷲は、公園の外れの広場に鳥らしくふわりと降り立つ。
 そこはテニスコートくらいの広さで、またその場は絶壁上になった場所なので、巨大な鳥が降り立つには丁度良くなっている。というより、こうした大型飛行生物が降り立つように誂えられた場所の一つだ。

 そして巨大な鷲が降り立ったところで近づくと、ちょうど背に乗っていた二人が地面に降りるところだった。

「どうだったシズ?」

「レナの調子はかなり良いと思う」

「それどころか、今までと全然違うくらいだよっ!」

「どう違うんだ?」

「えーっとねー、何かこう違うんだ」

「全然分からないって」

 オレの質問に大きな身振り手振りで答える小柄な少女は、叫んでなくても元気いっぱいだ。
 それに比べて、一緒に乗っていた彼女にシズと呼ばれた女性はとても落ち着いた雰囲気を持っている。

 ただ、スラリとした長身をゆったりめの魔法使いっぽい衣装に身を包んだオレとほとんど変わらない長身には、頭にとんがった獣の耳、お尻には5本のフサフサとした尻尾が付いていた。どちらも長い髪の色に合わせて、銀色の混ざった黒だ。
 しかし、どちらもコスプレやファッションではない。

 その証拠に、耳も尻尾も自然に動いている。
 さらに言えば、その女性の瞳は金色という珍しい色なだけでなく、瞳孔が縦長で獣の瞳をしていた。
 顔立ちがすごく整っている事と相まって、とても不思議な魅力を放っている。

「シズさん、どう違うか分かりましたか?」

「魔法で調べてみたが、やっぱり魔力の流れが前とは違っているように感じた」

 そう、魔法で調べる為に、シズさんが同乗して調べていたのだ。

「私思うんだけど、ショウが一回ドロップアウトしかけて戻ってきた時みたいなんじゃないかしら? あの時のショウって動きも良くなってたし、自分でもしっくりきたみたいな事言ってなかった?」

「うん。レナもそうなのかな?」

 ハルカさんの言葉はその通りなので、そのままボクっ娘へと視線を向ける。

「どうだろう? 二重人格が薄れたせいかな?」

「二重人格って薄れるものかしら?」

「向こうでの昨日くらいから、そんな感覚があるんだよ」

「やはり、あちらとこちらで体がそれぞれ存在するのと関係があるんだろうな」

 ボクっ娘は自身の変化をまだよく感じ取れていないようだけど、シズさんの言う通りなのだろう。
 オレもそんな気がするし、当事者のレナ(オレは内心でボクっ娘と呼んでる)も質問した彼女もその言葉に納得しているようだ。

「何にせよ、旅立ちには何ら問題なし! 明日の朝出発できるよ」

 全てが分かる訳ではないが、とにかくボクっ娘は元気一杯だ。
 自然、他の3人も笑みがこぼれるほどだ。

「それが分かっただけで今は十分ね」

「で、この後どうする?」

「みんな乗ってよ。もう少しヴァイスと空の散歩したいし、そのまま飛行場に戻るから」

「分かったわ。飛行場の方が宿に近いものね」

 彼女の言葉でみんながヴァイスと呼ばれた巨大な鷲の背に乗っていく。一番前は操っているレナ、その後ろにシズさんがまたがる。
 さらに後ろの背には、オレと彼女が横並びで寝そべる形で乗る。それでもヴァイスの背はまだ余裕があり、もう一人か二人なら乗れそうだ。

 そうして「じゃ、行くよー」という元気な声のすぐ後ヴァイスは飛び上る。
 けど、その場で浮かび上がるのではなく、絶壁から飛び降りるような形で地面と別れ、しばらくは落下感覚を強く感じられた。
 しかしすぐにも浮き上がり始め、羽ばたきを強めるとともに高度も上昇する。

 そうして少し安定したところで周囲に目をやると、向かって右側に飛び立った場所が視界に入ってきた。

 一見、岩山の上に都市が建設されたような景色だけど、その岩山は地上、この場合水面に接していなかった。
 つまり岩山が空中に浮かんでいるのだ。
 そしてここは、この世界でも珍しい部類に入る、巨大な浮遊石の上に建設された自由都市ハーケンだ。

 自由都市ハーケンは、海峡上に存在する浮遊島に建設されていて、東西にある外海と内海、北方の半島と大陸本土を結ぶ交通の要衝に位置している商業都市だ。
 また、浮遊石の上にあるということで、この世界の家畜化された大型飛行生物、浮遊石を利用した飛行船の中継点としても賑わっており、街は活気に満ちていた。

 オレ達も、そんな活気のある街に立ち寄った旅人で、明日にはここを発って大陸の内陸部へと移動する予定だ。

「この景色も明日までなんだな」

「そんなにエモらなくても、また来るわよ」

「旅をしてたら、ハルカさんみたいに思えるんだろうな」

「ショウは、そうは思えない?」

 少し悪戯っぽい表情が、オレのすぐ側にある。

「オレはまだ『アナザー・スカイ』に来るようになって3月も経ってないし、知ってるのってこの街と北の半島の一部だけだからな」

「それもそうね。けどこれから、世界中を巡ることになるわよ」

「うん。それはすげー楽しみ」

「私も行ったことない場所が多いから、私も楽しみ」

 そこで二人して視線を交わし、小さく笑いあう。

「案内はボクに任せてねー」

「ショウは、精々騒動を起こさないでくれよ。身が幾つあっても持たない」

 自分のことをボクと言うレナと獣耳を揺らすシズさんにも、二人の会話は聞こえていたようだ。
 それに対して「頼むわね」という彼女、ハルカさんの声とオレの乾いた笑いが続く。

 短い間に色々あったが、濃密過ぎる出来事を経てオレたちは旅の仲間となり、今はその途上、いや、ようやく本格的に出発しようかという所だった。

 そして、男女比率1対3という周りから見てハーレム的状況なのだけど、オレのヒエラルキーは4人の中で一番下だ。
 それに今この場でオレがお付き合いしているのは、隣に並んでいるハルカさんだけだ。
 
「なにニヤニヤしてるの。ちょっとキモいわよ」

「いや、今までと違う距離感が嬉しいなあっと」

 オレがそう言ったように、今も肩が触れ合う距離で巨鷲の背に寝そべっている。しかも、彼女が意図して距離を縮めてくれているのだから、嬉しくない筈がない。
 これが二人っきりの部屋の中とかだったら、オレ様の本能は我慢できなかったかもしれない。

 しかし彼女は、オレの意を汲んではくれず、小さくため息をつくだけだ。
 まあ、ため息が出たということは、何を思っているかは分かってくれいるのだ。今はそれで満足するべきだろう。

「ハァ。相変わらずお子様ね。これくらい当たり前でしょ。それと、これ以上は期待しないこと」

「旅は二人っきりじゃないからねー」

「私は別に構わないぞ。まあ、宿では別室にして諸々についてはして欲しいところだがな」

 ハルカさんのため息に、前の二人がそれぞれらしいコメントを添えてくれる。
 そしてさらに、ハルカさんがトドメの一撃をオレに見舞う。

「あと、私との関係をもっと進めたいなら、向こうで彼女との関係も進展させてくること。いい?」

「りょ、了解。その、い、いいんだよな」

「むしろしてきなさい」

 そう強めに言って「グッ」と顔を近づける。
 嬉しいけど、圧が強くて気圧されてしまう。

「い、イエス・マム」

「今、真面目な話なんだけど」

「ご、ごめん。けど、ありがとう」

 真面目な表情というより、お小言モードだ。
 それは、いつものやり取りだけど、オレの言葉にフッと緩む。

「お礼を言うのは、むしろこっちよ。それで、どうするか分かってる?」

「うん、これからも色々教えてくれ。いや、ください」

「よろしい。じゃ、フォロー・ミー」

「あー、そのセリフ、今は僕が言うべきじゃないかな? 空の上だし」

 どうにも、これからの旅は、少し複雑な人間事情に翻弄されそうだ。
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