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第二部

159「合宿へ(1)」

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 『夢』で旅立つ前日、現実世界でも旅立つ日だった。
 と言っても、こっちでは2泊3日だ。

「旅行いいなーっ!」

「旅行じゃない、合宿だ」

 旅立つ直前、リビングで妹の悠里と言い合っている。

「文芸部が山の中で何すんだよ」

「親睦を深めるのも活動の一つだ」

「ホラッ、遊びに行くんじゃん」

「はいはい。翔太は早く出る。悠里も朝ご飯食べなさい。今日も夏期講習でしょ」

 キッチンに陣取るマイマザーの言う通り、家を出る前に妹とくだらない議論に明け暮れている場合ではなかった。
 早めに起きたとは言え、いつものように『夢』の記録をしていたらギリギリの時間になっていた。

 だから慌てるように、集合場所の高校の最寄り駅の駅前まで向かう。
 そこで合宿参加者は、顧問の先生と部員の家族や知り合いが出してくれた車に分乗して、合宿する場所まで向かう予定だ。

 合宿参加者は、1年と2年だけ。一応進学校寄りとされる高校なので、3年は基本参加しない。けど、大学受験しない専門学校進学予定の3年が一部加わっている。

 もっとも、希望者のみで全員参加ではない。しかも世の中はお盆直前なので、参加者はそれほど多くない。
 レンタカーを含めたミニバンを運転手抜きで車3台で収まる数で、運転手抜きで13名が参加予定だ。



 集合場所のタクシー乗り場の近くの停車スペースに行くと、すでに多くが集まっていた。
 けど、他よりかなり厳つい車の側に、ここには居ないはずの知人、いや友人の姿があった。

「なんで、シズさんがいるんですか?」

 思わず口にしたが、我ながらかなりの間抜け声だ。

「わ、私がお願いしたの」

 玲奈が申し訳なさそうに上目遣いに見てくるが、アウトドア用の私服も相まって可愛さはいつもの5割増だ。
 そしてそこに、後ろからガバッとシズさんが玲奈に被さっていく。

「そしてショウには内緒にしてもらっていたんだ」

「常磐さんはショウと知り合いなんですか?」

「ああ、この夏から家庭教師をしているからね」

 シズさんと玲奈の側にいたタクミが、目を丸くしている。
 そしてすぐに、お約束とばかりにオレを引っ張って二人から離れる。

「で、聞いて良いか?」

「レナの家庭教師を紹介してもらったら、シズさんだったんだ。それだけだよ」

「でもさ、あの人って『ダブル』かもしれない例の巫女さんだよな」

「ああ。オレもレナから紹介されて内心びっくりした」

「なんで話してくれなかったんだ」

 言葉と視線に、少し恨みがましい気持ちが混ざっている。
 しかし、こっちでのプライベートまで話してやる義理はない筈だ。
 だから角が立たない程度に拒絶する事にした。

「夏休み入ってからの事だし、あんまり話せる事でもないだろ」

「そりゃそうだけどさ」

「それでタクミは、あの人が『ダブル』かもしれないから側にいたのか?」

「いや、流石に挨拶してただけだけど。それで何か知ってるのか?」

 そこでシズさんや玲奈の方をチラリと見てみたが、それでオレの答えが出てくるわけでもなかった。
 どう答えたものかと思ってしまうと、タクミが察してしまうのだけど、もう遅かった。

「少なくとも、何か知ってるんだな」

「うん。けど、何も答えられない。もし……」

「みなまで言うな。ボクも流石に弁えている。それにその言葉を聞けただけでオーケーだ。期待が高まるってもんだからな」

「前向きだな」

「そりゃそうだろ。さあ、出発しよう」

 タクミの現金さには、苦笑交じりのため息しか出ない。


 そしてその後少し話してから合宿参加者も揃い出発となったが、車の分乗で問題となった。
 シズさんが乗ってきた車は、車高が高めで他より少し揺れやすいと説明すると、部員の多くが敬遠したのだ。

 そこで空間に余裕もあるので荷物運び中心として、シズさんの車にはオレ、玲奈、そしてタクミが乗った。
 他の車には5人ずつで人が多めなので、こちらの後部座席は荷物だらけだ。しかもキャンプ予定なので普通の旅行と比べると格段に荷物は多かった。

「これシズさんの車ですか?」

「いや兄のだ。だが、通学に車も使っているし、この車も何度か運転しているから大丈夫だよ」

 シズさんが前を向きながら疑問に答える。

「これSUVですよね」

「らしいな。私は車に詳しくないんだ。兄はアウトドア大好き人間で、あえてこの車を選んだとか自慢していた。スノボに行くにも便利だぞ。それに人も荷物も多く積めるし、今回は山の中と聞いたから打ってつけと思ったんだ」

 そう言うと、ポンポンとハンドルを軽く叩く。

「大きい車を運転するの、ちょっと素敵です」

「ギャップ萌えはありますね。そういえば、大学の通学もこの車で?」

「いや、別の家族カーを使っている。ただ車通学禁止だから、近くの知り合いの駐車場に止めている。それと電車通学が半々だな」

「どっちかにしないんですね。その日の気分で変えてるとか?」

「一限目の講義に出ようと電車に乗ると痴漢が多いらしくて、一限目に授業のある日は車にしている」

「なるほど」

「あんな事は、高校時代だけで沢山だからな」

 口調もサバサバしている。それほど気にしてない風だけど、嫌に決まっているだろう。

「ご愁傷様です」

「そうでもないよ。痴漢に遭ったら必ず反撃したから」

「ど、どうするんです。捕まえて突き出すとか?」

「それもしたが、たいていは文字通り痛い目に合わせた。社会的に抹殺するより優しいだろ」

「例えば?」

 気軽に聞いてしまったが、ある意味聞くべきじゃない答えが、スラスラと美しい口から紡がれていった。

「相手を完全に特定したら、足の指が砕けるくらい踵で踏みつけるとか、触ってくる手を掴んで安全ピンで何度も突き刺すとかだな。
 触ってきた手を最初は優しく掴んで、そのまま小指を逆にひん曲げて、多分へし折ったこともある」

 そう言って、左手でグイっと何かを曲げる仕草を添える。
 うん、凄く怖い。

「最初は、血が出るまで抓ったり強く引っ掻いたんだけど、それくらいでは懲りなかったので、こっちも徹底抗戦してやった。
 すぐ側での悲鳴には参ったが、おかげでしばらくしたら、私が毎日乗る車両には出なくなったよ」

 冗談めかした口調だけど、シズさんなら躊躇(ためら)い無くするという確信があった。
 そして、シズさんが攻撃的なのを少し知っているオレよりも、タクミがドン引きだったのが印象的だ。

 それ以外はお互いの事を話したり、比較的普通の会話が続いた。ただタクミは、『ダブル』かどうかを見定めるためにギリギリのラインで話しを振るなど、こっちがちょっと冷や冷やさせられた。
 そしてそれが何度か続くと、シズさんが軽く溜息を付いてしまう。

「元宮君、あまり踏み込みすぎると女の子に嫌われるぞ。という事くらいは分かっているんだろう」

「ご、ご免なさい」

「まあ今までの話しから、私の噂を知ってるというくらいは察しが付くよ。で、ショウ、何か話してるのか?」

 ハンドルを握りつつも、軽く目線が後部座席のオレの方へと向くのが分かる。

「何も答えられない、とだけ」

「半分話しているようなものだな。……さて元宮君、他言無用を約束できるかな?」

 真面目な口調で、今度は横目でタクミへと視線を向ける。

「勿論です。何があっても話しません」

「そういう時は、『我が名と神々に誓って』と付けるんだよ。ちなみに向こうの言葉だとこうだ」

 運転のため前を向くシズさんの魅力的な口からは、日本語に続いてイタリア語っぽい言葉が続く。
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