上 下
145 / 528
第二部

145「買い物(2)」

しおりを挟む
「これは暗闇になる前にランドールに戻るのは無理かなあ」

 ボクっ娘が大きく傾いた大陽を見つつ口にする。
 夏至を過ぎてかなり経つので、もう白夜の頃のような事は無く、相応な時間に日没を迎えつつある。

「やっぱり、夜は危ないのか?」

「鳥目だからね。でも、飛ぶだけなら何とかなるよ」

「ヴァイスにも弱点があったんだな」

「流石にねー」

 ボクっ娘は気楽に言っているが、街などで巨鷲を襲うバカは普通いないからだ。

「ストーカーを警戒するより、夜空を飛ぶ方が危ないだろうな」

「てことは、予定通り明日の朝出発か」

「ふむ。じゃあ宿はどうする? 『帝国』に頭を下げに行くか」

「それは格好付かないわよね。偉そうな事言ったし、どこか適当なところ取りましょう」

 と、そこで全員が少し沈黙する。
 オレたちを尾けてきている存在が消えていないからだ。襲ってきたりしないのが、かえって不気味に思える。

「用心を考えたら、安宿には泊まれないよね」

「せっかく金もあるんだ、豪勢なところに泊まろう。警備もしっかりしている筈だ」

「さっきの人たちと一緒に夕食する? 魔力持ちだらけだと、襲ってくるバカはいないでしょ」

 ボクっ娘の提案に、全員が同意と言える表情を浮かべた。

「それも一つの手ね。食事くらいゆっくり食べたいし」

「あのさ、神殿か冒険者ギルドは泊まれないのか?」

 オレの言葉には、ハルカさんが少し眉をひそめる。
 あまり世話にはなりたくないようだ。

「あーなんかゴメン。神殿はなしで」

「謝る事はないわよ。神官だけど苦手なのよね、神殿の雰囲気って」

「となると、次の候補は冒険者ギルドか?」

「冒険者ギルドは、職員の滞在場所や宿直室くらいしか無かった筈だな」

「あと、地下牢があるわね。バカを放り込んだ事あるわ」

 ハルカさんが言葉とともに軽く肩を竦める。
 やはりハルカさんには、風紀委員属性がありそうだ。

「魔力持ちの組織だから、街の自治組織にも属しているんだっけ」

「では、宿を取った後に冒険者ギルドを覗いて、誰か引っかかったらその人たちと食事だな」

 シズさんの言葉で、おおよそ決まった感じだ。

「迷惑はかけたくないし、余計な事話さないようにね」

「話して情報手に入れるのも手だと思うぞ」

「事は慎重にする方がいいと思うわ」

「そうだよねー」

 そうして街の中心にある大きな宿に行き、手付金とチップを渡してしておいてから冒険者ギルドに行くと、とりあえず預け入れ金をさらに入金した。
 魔石などの買い取り価格が思ったより多く、買い物してもかなり余っていたからだ。

 そしてロビーの方に向かうとカフェはバーに変わる頃で、それなりに人はいた。
 ただ、少し期待したウェーイ二人組は見かけなかった。
 代わりに、向こうから小走りで女子4人組が黄色い声とともにやってくる。

 「シズ様」「ルカさん」「レナさん」と女性陣に用があるようで、オレは付属物程度にしか思われていないらしい。
 どうもAランク、Sランクの女性は、『ダブル』の女性の間では憧れの対象らしい。

「どうされたんですか?」

「お金を預けに来たの」

「じゃあ、これから発たれるんですか?」

「いいや、もう微妙な時間だから、今日もハーケンに滞在予定だよ」

「晩ご飯は?」

「まだだよー」

「じゃ、ご一緒しませんか」

 女子同士の間で、どんどん進んでいく。めっちゃ疎外感だ。
 けれど、ここは気を利かせる方がいいだろう。
 陰キャでもそれくらいの事は分かる。

「女の子同士で行ってきたら。オレここで適当に済ませて待っ……」

 言い終わる前にハルカさんに、グイッと首もとを締め上げられてしまう。

「個人行動してどうするの! 意味ないでしょ」

「けど、ここに居れば安心だろ」

「まあ、そうだけど。どうしようか?」

 彼女がオレの首もとを締め上げたまま、周りに問いかける。
 ならば、オレがもう一言添えておくべきだろう。

「ここにいたら、誰か顔見知りが来るかもしれないし。それとなく話聞けるかもしれないだろ」

「待つのはともかく、それは止めて。ショウだけだとロクな事なさそう」

 締め上げた上に、さらにグッと顔を近づけてくる。
 目の前の顔は可愛いけど少し怖い。

「あ、あの、私たちは皆さん一緒で全然構いません」

「大丈夫大丈夫。女子同士の方がいいでしょ」

 首を伸ばしてハルカさんの顔の横から、女子4人組に話しかける。
 さらに「いいんですか」と聞いてはくるが、もう決定したようなもんだ。
 ハルカさんも、そのやりとりで諦めてくれた。
 締め上げた首を解放してくれたが軽い溜息の後なのは、ちょっと悲しくなるけど。

 そして3人を見送った後、オレは胃に溜まる酒のつまみを幾つか頼んで、バーになっているラウンジでのんびりとする。
 考えてみれば一人っきりは珍しいので、たまにまこういうのも悪くない。

 けど、期待した顔見知りが冒険者ギルドに顔を出す事はなかった。逆に、怪しいヤツが絡んで来る事も無かったし、監視されているような気配も感じなかった。
 仕方ないので人間ウォッチングや、1階ホールの色んなものを見て回ったりしたら、意外に時間を潰すことができた。

 そして何も無かった旨の報告にハルカさんのホッとしたような顔お拝んで、既に予約してある宿へと一緒に向かう。
 部屋は高級宿のスイートのような多人数が一室で泊まれる部屋を取ったのだけど、それはある意味オレの願望を、昼間の会話を具現化するような状況だった。

「えーっと、いいのかな? オレも一緒で」

「ショウ、夢が叶って良かったね」

(だからサムズアップなんてすんな。望んでるけど望んでない)

 ボクっ娘がからかい半分の凄くいい笑顔だ。
 そして他の二人は、むしろ当然といった面持ちだ。

「まあ、間取りはゆったりしているし間仕切りもあるから、私は我慢出来るわよ。もちろん、ショウが突然 獣物(けだもの)にならないのが大前提だけど」

「夜の番を交替でするんだから、これしかないだろう」

「そう、ですね。まあオレは、寝る時はこっちのソファで横になりますよ」

「いや、夜の番はここで過ごすだろうし、ちゃんとベッドで寝なさい」

 オレの紳士としての発言は、ハルカさんがビシッと指指しつつ即座に否定された。

「ショウと同じ番の娘が、一番離れたベッドで寝ればいいんじゃない?」

 そうしてグッパで決めたオレのペアはハルカさんだった。
 「もう運命を感じる組み合わせだな」と茶化されたが、このくらいは単なる偶然だ。それに誰とペアになっても、オレにとって外れはない。

 また、寝たあとというか向こうでの一日過ごす間、オレとシズさんが連絡取らないようにする。
 接触すると、記憶の抜け落ちや記憶のロック現象が起きて、意外に不快なのだそうだ。

 その後、お湯をもらって体を拭いて、順番に寝ることになる。
 けど、寝間着などに着替えたりせず、突然の襲撃にも対応できるよう出来る限り装備を整えた上で寝る事にする。
 当然だけど荷物も手元に置いておく。
 そして早番のオレとハルカさんが寝る前に、最後の打ち合わせをする。


「今夜何事も無かった時なんだけど」

 ハルカさんが、真剣な口調でみんなに問いかける。
 対して、オレを含めて3人はもっと気楽な気持ちだ。

「その時は警戒だけして、朝に飛行場直行でいいんじゃないの?」

「そうだな、この4人なら襲われても返り討ちにできない相手は早々いないだろう」

 二人はそう言うが、ハルカさんには違う意見があるようだ。
 オレには特に意見はないので、まずは話を聞くべきだと感じた。

「何がしたいんだ?」

「相手を捕まえて、多少なりとも情報を得たいわ」

 声も表情も一見普通だけど、これは内心怒っている時のハルカさんだ。

「まあ、神官にちょっかいかけてきた連中だしな」

「となると、今夜中に襲ってきてくれる方が手間は省けるね」

「そうね。で、今夜何も無い時だけど、レナと誰かが飛行場直行でヴァイスの安全とすぐに街を出る準備。
 残り2人が買い物をする振りをして街中をうろついて、どこかで気づいて逃げる振りをして袋小路とかで追っ手を捕まえて、そいつらを絞りあげるって感じで考えてるんだけど」

「となると、対人戦に向いているハルカとショウが捕まえる役だな」

「決まりだね。じゃあ、ボクは追っ手が二人の手に余る場合に備えて、脱出の段取り整えとくね」

「それじゃあ、何があるにせよ5つの鐘の終わりに北門西側の城壁を飛び越えるから、そこで拾ってちょうだい」

 窓から見える景色を見ながら、ハルカさんが指差している。察するに、来るときに見えた地形も思い浮かべているんだろう。

「アクション映画みたいだな。オレにそんな事できんのか?」

「暴れるドラゴンゾンビの頭に飛び降りる方がよっぽど難しいわよ」

「だよねー。けど、このメンツだと飽きなくていいよーっ」

 ボクっ娘はかなり上機嫌だ。流石、冒険を求めているだけの事はある。
 そしてそれで話は決まり、遅番のオレは早々に床に付いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...