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第二部

127「夏休みに向けて(2)」

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「「乙カレーっす」」

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ。月待、今日は何時までいけそうだ?」

「今日は夕方までいけますよ」

「そりゃ助かる。学外の連中が来るんだが、できれば昼からがいいって話でな。だから、部会のあとは先に昼を済ませてくれ。月待の話を聞くのは、1時からセッティングしてある。それと、これは有志から、昼飯とお茶代だ」

 2年の副部長の鈴木さんは、言葉の終わりに1000円札を差し出す。
 これも、このひと月ほど日常になっていることだ。最初はジュースのおごりくらいでいいって断っていたが、講演料ということで受け取らざるを得なくなっている。
 
「ありがとうございます」

「うん。それで、ネタはありそうか。王都戦以後大人しくしてるって話だったが」

「ええ、大丈夫です。昨日、王都近辺の残敵掃討に助っ人で出向いて、でかいドラゴンゾンビとみんなで戦いました」

「オーッ!」

 タクミが隣で歓声を挙げている。対して天沢は、いつも通り静かなものだ。
 そんな二人を見ながら、ハルカさんのSランクの話はまだ話さない方がいいとか、ついつい話の内容を練ってしまう。
 こんなことも、ここ2か月ほどの間に日常的になったことだ。
 おかげで、次の言葉を聞き逃しそうになった。

「えっ? できればもう一度」

「だから、夏休み中の予定だ。できれば週に一度くらい、有志による活動という前提で月待の話を聞きたい。
 それと前から言ってた合宿だけど、知り合いの宿に隣接したキャンプ地の手配が格安というかタダ同然でできた。合宿の方は部員が揃ってから話すが、話聞く方はどうだ、いけそうか?」

 その言葉に、オレはタクミの方へ視線を向ける。タクミも新たな働き手のため、頭を回転させているようだ。

「鈴木先輩。ショウはボクと同じバイトの予定なので、お盆とその前後、それと金土日はなしってことで、ボクからもお願いしたいんですが」

「土日パスかー。じゃあ社会人勢には断りだな。ああ、気にするな。多分無理だろうって予め言ってあるから」

「社会人って、どこまで話し広がってるんですか」

「まあ、ジワジワと。なあ月待、話すのが嫌なら言ってくれ。それともデタラメ並べて、信用無くしても良いと思うぞ。俺も最近ちょっとマズイと思ってるんだ」

「信用無くすって、そんなことできるわけないでしょう。なんとか広がるの防いでくださいよ」

「なるべく努力する、としか言えない。すまんな。だが、こないだの会報のWeb版は大好評だ。もしかしたら、『ダブル』が何人か引っかかってきてるかもしれん」

「あれ、アングラで広がってるみたいですね」

「マジか?」

 なるべく二人の会話をスルーしようとしたが、素で反応してしまった。
 タクミがニヤリと笑い返す。

「大マジ。あれだけ正確な情報は、近年稀だって。まあ、一部では賛否両論になってるけどな」

「賛否って、伏せてることはあっても嘘はないぞ」

「でも、誰も真実は「分からない」わけだろ。勝手に嘘認定する奴は、どこにでもいるさ」

「何にせよ、月待のことは表に出てないから大丈夫だ。俺たちも全力でガードする」

「先輩、そこはマジ頼んます」

 そんな会話の後に部会があり、さらに購買で昼を買って部室で昼食にした。
 1時になるまでにも、タクミ以下興味津々勢を相手に断片的に話を展開していく。
 おかげでオレの食事はなかなか進まない。
 しかもいつもの質問も問いかけられるが、今日は新ネタを少し広めてみようと思った。

「いいよね、月待君は。ねえ、どうしたら向こうに行けるの?」

「って言われてもなあ。あっ、そうだ。最近の新しい説の一つだと、向こうの世界の為になる事をしたいって強く明確に思えば、出現しやすくなるって聞いたけど」

「世界のため? 魔物討伐とか?」

「向こうで冒険したいとかじゃダメで、あっちに無い技術や知識を広げるとかの方が確実らしいよ。賢者はそういう人が多いって」

「高校生にそんなの求めんなよ。ハードル高いって」

「まあ、そうだよな」

「でも、結構具体的な新説だし、蜘蛛の糸がもう一筋降りてきたって思えてくるな」

 まあ、言っている当人も魔物討伐を願ったのと大して変わらないので、あまり偉そうなことは言えない。それにまだ全然確証とかもないけど、これくらい話しても何かに影響したりはしないだろう。
 そんな話をしていると徐々に人が集まり始め、話してばかりで食事が止まっていたオレは、慌ててかき込む事になった。


「えーっ、では時間ですので、今回の『アナザー』講演会を始めたいと思います。ショウ、よろしく」

 成り行きでそのまま司会を続けているタクミの言葉で、一学期最後のオレの『アナザー』講演会とやらが始まる。
 講演会などと名前は偉そうになっているが、オレが向こうで体験した事や見聞きした事を話すというのは変わりない。

 話す内容自体は、いつも通り個人情報を極力抜いたりしているが、その代わりディティールにはこだわるようにしているので、今の評判につながったようだ。

 そして最初の頃に比べて、自分でも分かるくらい話慣れていた。
 話した事に対する質問にも、うまく答えを返せるようになっていた。話し終わったあとの雑談なども、苦もなくどころか楽しくできるようになっていた。
 2ヶ月ほど前のオレを思うと、考えられない状態だ。

 そしてオレのコミュ力向上がなければ、タクミにバイトの斡旋を頼んだりもしなかっただろう。
 何しろタクミのバイト先はファミレス、つまり客商売だからだ。
 以前のオレだったら、客商売のバイトなんて考えもしなかった筈だ。

 講演会とやらは、それなりに好評のままつつがなく終わった。
 そしてその後の話し合いで、夏休み中の講演会については、毎週週半ばの開催として、詳細な日時はなるべく多くが参加出来る日に調整した上で、後日連絡するという事で落ち着いた。

 体育会系な鈴木副部長だけど、自分の好きなことになると意外なほどマメに動いている。
 参加者の調整やオレの個人情報ガードもうまく制御していて、おバカなカミングアウトをしたオレにとっては、もはや欠かせない人となっている。

 近くに同じ『ダブル』がいるので、これ以上波風を立てて迷惑をかけたくないからだ。
 そしてその一人と今日も下校する。


「今日もお疲れさま。でもこれからは週一回に減っちゃうね」

「オレは週2が週1に減ったから、ちょっとホッとしてるよ」

「そう、だよね」

 少し寂しそうにしているので、男の子としてはフォローしないといけないところだろう。

「そうそう、シズさんに家庭教師頼む話だけど、まずはレナからしてくれないか。いきなりオレが頼むのは不躾(ぶしつけ)だと思うんだ」

「そ、そうだね。けどシズさんなら、ショウ君は向こうでずっと一緒なんだよね。向こうで頼んでもいいんじゃないかな?」

「そうかもしれないけど、こっちはこっち、あっちはあっちで出来る限り分けときたいんだけどなあ」

「そう言うものなの?」

「単にオレがそう思うだけ。緊急事態の時は別だけど、なんか変な気がするんだよな」

「向こうでこっちの素性を話さないのと似た感じ?」

「うん。多分そんな感じだと思う。まあ、これだけ向こうの事ベラベラ喋ってて今更かもしれないけどな」

「ううん。そう言うのは大事だと思うよ。……ちょっと寂しい、けど」

 言葉の後半からうつむき加減になっている。
 何しろオレは、向こうでシズさんやハルカさんと四六時中一緒だから、今までと違って疎外感が増したのだろうか。

(レナも四六時中オレたちと一緒だぞ。って言ったらどうなるんだろう)

 そんな事を思っていたせいか、つい口が滑ってしまった。

「なあ、前も言ったけど、レナの知り合いの『ダブル』って思い出せたりした?」

「えっ?」

 大きく目を見開いた、かなりの驚き顔で見つめてくる。
 普段は伏し目がちで顔を隠すような髪型と眼鏡なので、こういう時はかなりのギャップがある。というより天沢ではなくボクっ娘に見える。

 もっとも、すぐに「えっと……」と考えるように伏し目がちにもどってしまう。
 しかし、前回ほど混乱しているようには感じられない。以前より、二つの人格の折り合いがついてきたのだろうか。
 そこで、もう一押ししてみようと思った。

「オレ、ボクっていう小柄な女の子を見かけ……」

 その言葉に、再び大きく目を見開いた驚きの表情を向けてくる。
 オレが特大級の爆弾を投じたのは、彼女の表情を見れば明らかで、言葉が途中で止まってしまうほどだ。
 そしてさらに次の一言で、本当に絶句してしまう。

「……それ、ボク、かも?」

 呆然とした感じでささやくような言葉だ。しかし次の瞬間、ハッととする。

「えっと、私なにか言った?」

 オレは慌てて大きく首を横に振る。
 天沢の雰囲気は、二重人格を演じている感じでは無かった。「素」の怖さとでもいうものを肌で感じた。
 向こうで、ボクっ娘にきちんと謝ろうと思うほどだ。
 そして二重人格について、もっとちゃんと予備知識を得てこうと確信した。

 その場は適当な誤摩化しで収まったが、よほど慎重に扱うべき事だと言う事が分った。
 それはもはや遅かった事を知るのは、もう少し先の事だったが。
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