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第二部

119「再始動」

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 夢の中で走っていた。

 しかしその夢は、『夢』の中でしか行けない異世界への扉だった。

 そしてその『夢』は一人で見るものではなかった。
 今もオレの隣を一緒に走る人がいる。
 白い神官の法衣の下に白銀色に輝くチェインメイルを着た美しい少女だ。
 ダークブロンドの長い髪をなびかせつつ凜とした表情で疾走する姿は、すごく絵になる。

「ショウ、右前方!」

 共に走る少女の鋭い声に反応し、そちらを一瞥(いちべつ)する。
 今走っているところは、同じような高さの建物が並ぶ屋根の上。
 そして声の差す場所は、鐘楼か時計台のような塔になっていて他の建物から数階分高く、周囲を見渡すことができた。

 そしてその上部階層の一角に、壁や柱などに隠れた人影を数体認める。
 その人影たちは弓を手にしており、こちらの動きに連動していた。まだ弓を完全には引き絞っていないが、完全に狙われている。
 高い視力がなければ気づくのが遅れたかもしれない。

 まだ距離は少しあるが、最接近時でも20メーツほど離れていると思われる。
 だが、どっちにせよオレには飛び道具がないので、その建物に上りでもしない限り対抗するなり反撃する手段はない。

「このまま走り続けましょう!」

「りょーかい!」

 彼女の言葉のまま走り続けたが、言葉を杓子定規に解釈したりはしない。彼女の位置が弓手の側だったので、走りながら素早く位置を入れ替わる。
 彼女も即座にオレの意図を掴んで動きに合わせる。

 さらに彼女は、走りながらも少し精神集中を行う。
 そうすると、彼女を中心にして魔法陣が2つ浮かび上がり、そして彼女とオレを何かの力場が包んでいく。

 その魔法の構築は簡単だそうだが、それでも足場の覚束ない場所なのに、走りながら魔法を使うとはたいしたものだ。
 魔法自体は、神官の使う最もポピュラーで効果のある防御魔法の『防殻』。普通の弓矢なら、これで殆ど脅威でなくなる。

「「ハッ!」」
 
 魔法の詠唱が終わるとほぼ同時に、二人同時に大きくジャンプ。
 10メートル近くある街中を走る馬車道を軽々と飛び越え、次の建物へと移る。

 これで弓手のいる場所にさらに近づくことになるが、時間が迫っていた。
 それに、さっきから後ろや下から追いかけてくる複数の連中から逃げるためにも、回り道をしている余裕はない。

 そして建物から建物へと飛び移ったように、今オレたちはかなり大きな街中を屋根伝いに走っているところだった。
 ただし、幅のある道を飛び越える大きなジャンプは、普通の人ができることではない。

 もちろんオレ達は、創作物の中で大活躍する天下の大泥棒などではない。
 現実世界では普通の高校生に過ぎない。
 にも関わらず、常人離れした動きができるのは、ひとえにこの世界でオレたちに与えられた体のおかげだ。

 『夢』を見るものはこの世界、オレ達が『アナザー・スカイ』と呼ぶ世界に来る時、つまり『夢』を見る時に、この世界で活動するための体をオレたちを喚び出した何者かに与えられる。

 その体は、この世界に存在する「魔力」という力の恩恵を十分に受けていて、常人離れした身体能力を発揮することができる。

 追いかけてくる連中の一部も、オレたちを追いかけられる程度の能力を持つ者がいるみたいだが、オレたちの方が圧倒的に優位だった。
 それが事前に分かっていたからこそ、街のそこかしこに待ち伏せの弓手を配置していたのだろう。
 この事からも、追っている連中はオレたちの能力を把握していると考えられる。

 だが細かく考えるのは、とりあえず後だ。
 今はとにかく、この面倒臭い状況からの離脱が先決だ。

 そんな事を思っていると、視界の隅に先ほど捉えた弓手たちが一斉に矢を放つのが見えた。しかも矢継ぎ早に射かけるらしく、撃った次の瞬間には次の矢に手をかけている。
 その早さから、かなりの手練れと予想がつく。

 しかも初手の矢は、普通の矢ではなかった。
 鏃が自力で輝いている。魔力を帯びた矢ということだ。そしてそうした矢は、先ほど彼女にかけてもらった防御魔法を突破する可能性がある。

 もっとも、弓の軌道はよく見えており、矢の速度もオレにとって大きな脅威ではない。この場合、矢の処理に手間取って走るのが遅くなる方が損失は大きい。
 そこで瞬間に判断して、腰の剣を抜き放つ。

 ちょうど居合の形になったオレが持つ大ぶりの剣は、狙い通りに防御魔法を突破してきた2本の矢を結ぶ線を描いて振るわれ、両方の矢を弾くことに成功する。

 もう一本は、左へと位置が変わっていた彼女へと進んでいったが、同じように彼女が握る白銀の刃によって、簡単に振り落とされていた。

 その後も矢が何本も襲ってくるが、こちらの速度に追いついてこれないらしく、1射目と違って狙いの甘いものが多い。
 案の定、魔法防御を貫いてくる矢だったが、防御魔法の壁に当たっても体に当たらないのなら無視して進む。

 弓手との位置関係は、すぐにオレたちの右後ろになったので後ろから矢を射掛けられる形になったが、オレの優れた、優れすぎた知覚は矢が飛来するのを正確に捕捉し、ステップでかわすことも十分可能だった。
 100メートルも走ると、最後には大きく弓なりを描いていた矢も届かなくなる。

 そして矢が届かなくなる頃には、俺たちの目的地、街の外周を覆う城壁が迫ってくる。
 その城壁を超えるには、まだ二つの関門がある。

 一つ目は、一番外周の建物と城壁の間の空間。10メートル以上ある上に、最後の建物と城壁の高低差が優に3メートルはありそうだ。つまり、幅広い空間を超えて着地先の高い場所に降りないといけない。

 二つ目は、城壁の屋上を巡回警備する街の兵士たち。
 オレたちの追っかけっこは、目立つだけに周囲からも注目を集めていて、城壁でもオレ達に注目する兵士たちの動きを確認することができた。
 しかし躊躇している時間はない。
 街の中央にある神殿の鐘が鳴り始めていたからだ。これが5回鳴るまでに、城壁を飛び越えないといけない。

「時間よ。行けそう?」

「なに、楽勝だろ」

「言うわね。城壁にぶつかったりしないでよ」

「そっちこそ」

 彼女と軽く言葉を交わすと、城壁へと至る為さらに走る速度を速める。そのために意識すると、体を魔力が駆け巡るのが自分でも分かる。
 そして今まで以上の加速を予測できていなかったのか、追っ手は完全に置き去りのようだった。

「「ハッ!!」」

 先ほどの同じように、そして先ほどより力を入れて一気に跳躍する。体のコントロールは完全で、予定通りの場所に着地。
 さらにそのまま、もう一度大きくジャンプする。
 兵士たちの驚く顔が妙に可笑しく感じたが、彼らが驚くのも無理はない。

 城壁の向こうは、石垣を積み足したかなりの高さの断崖な上に深く広い水堀が堀られている。加えて城壁の高さだ。
 いかに魔力持ちと言われ高い身体能力があろうとも危険だ。
 だが、この時のオレたちにとっては、むしろ好都合な地形だった。

 オレたちはしばらく重力に従って落ちるに任せていたが、眼下の堀の水面は左側から急速に迫ってくる大きな影が映っていた。
 そして交差するところで、オレたち二人は堀の水面に落ちるより少し早く何かの上に落っこちる。

 そこで綺麗に着地が決められたらよかったが、さすがにそこまでは無理だった。
 しかし、危うく姿勢を崩してさらに落ちそうになったところを、誰かの手がオレの手をガッシリと掴む。

 彼女も同じように別の誰かに手を掴まれ、さらなる落下の悲劇を回避していた。彼女の手を掴んだのは、黒もしくは銀色の狐の耳と5本の尻尾を持つ女性だ。
 彼女は仲間の一人で、「シズ、ありがとう」「お疲れ様」という二人の会話も聞こえてくる。
 そしてオレの手を掴んだのも女性だ。

「お客さん。どちらまで?」

 オレの手をガッシリ握る視界の広いゴーグルをつけた少年のようにも見える少女が、ニヤリと歯を見せ笑いかけてくる。

 ゴーグル少女は、オレたちが降り立った場所、というより巨大な生物の主人兼操り手だ。その巨大な生物は、通常の何倍もある巨大な白い鷲だった。
 そしてオレたち二人に加えて、最初から乗っていた二人をその背に乗せられるほど大きかった。

「追われている。取りあえず飛ばしてくれ!」

「あいよ旦那。こういうのを待ってたんだ!」

 昔の海外ドラマなどで見かけるお約束の言葉を交わすが、もちろん初対面ではない。むしろ親しい間柄で、ちょっと会話を楽しんでいるだけだ。
 ただオレとゴーグル少女の遊び心は、今ひとつ他の二人には通じなかったようで、ちょっと呆れ気味だ。

「さっきまで必死で走ってたくせに、随分余裕ね」

「まあ、飛んで追いかけてくる者もいないだろ」

「えーっ、こういう時のお約束でしょ。ボクでも滅多にないんだよ」

 一番前のボクっ娘は、過剰演技っぽい仕草まで添える。

「だよなー。それに連中大したことなかっただろ」

「そうでもないでしょ。魔力持ちが複数とか、普通は国相手とかじゃないとあり得ないわよ」

「まあ、今はいいだろう。詳細は落ち着いてから話し合おう」

「だね。あ、そうそう、飛びやすいように姿勢低くしといてね」

 ゴーグル少女の言葉で落下直後の位置から移動して、オレと彼女は巨大な大鷲の背の方に寝転ぶような位置に移動する。
 首元近くにはゴーグル少女と狐少女が跨り直す。

「後ろで抱き合ったり、いちゃついたら落っことすからねー」

 前を見つつゴーグル少女が、いらぬツッコミをしてくる。
 その言葉に全員がクスリと笑う。街はすでに遠く後ろで、安全圏だと言ったようなものだからだ。

 取りあえず彼女と横並びになると、伏せるよりはと仰向けになる。
 巨鷲の羽がどういう仕組みか不明ながらしっかりとオレたち体を捕えているので、多少姿勢が変でも普通に飛ぶだけなら問題ない。

「レナの言葉、聞いてなかったの?」

 彼女がうつ伏せの姿勢からジト目の視線を向けてくる。
 どうやらオレが抱きあおうと誘う仕草にでも思えたようだ。

「いや、単にヴァイスの羽を見てるより、空を見てる方がいいかなって思っただけなんだけど? ハルカさんこそ、変なこと考えてたんだろ?」

「なっ! そんなわけないでしょ。その姿勢を見たら誰でも私と同じように思うわよ」

 少し顔を赤らめつつ、彼女、いやハルカさんもオレと同じように仰向けになる。

「そう言えば今日は満月ね」

「昼間なのに、相変わらずでかい月だなー」

 二人して見た青空には、現実世界の10倍はあろうかという巨大な月が浮かんでいた。
 そうここは、『夢』の中だけで来ることができる異世界、『アナザー・スカイ』だった。
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