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第一部

107「石巨人の最後」

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 のろまな石巨人(ゴーレム)に対して、オレはまず部屋のなるべく端の方へ、そして誰もいない左側の壁に向けて駆け出す。
 ハルカさんの治癒魔法が効いているらしく、体はなんとか動いてくれていた。

 出口付近から誰もいない右側ギリギリを駆け抜けると、案の定、ゴーレムもノロノロと不器用に方向転換を始める。
 そこに、オレを目標とするのを少しでも確実にするため、その辺に落ちていた石ころをゴーレムの顔めがけて投げるなどして挑発する。
 そうすると怒ったような仕草を見せて追いかけてきた。

 ただ、石はやぶへびだったらしく、ゴーレムの方も追いかけながら近くにあった石を拾い上げる。多少の知恵はあるらしい。
 しかも石と言っても、10メートル近いゴーレムが手にする石は、岩のような大きさだ。

 豪快に風を切る音とともに、1メートル近い大きさの建物の建材だったであろう岩が、オレがすぐ前までいた場所に大きな音をたてて落下する。

 落下地点の岩などを含め、砕けた一部が礫や破片となって周囲に飛び散り、礫の一部は俺にも当たる。
 しかし、動きが止まるほどの礫などは何とか避けたので、ゴーレムを挑発しつつ逃走を続ける。

 遠目には、アクセルさんがハルカさんの方へ移動を始めており、ボクっ娘も出口に移動しつつ牽制の射撃を続けている。
 ゴーレムの顔面に命中した目くらましの魔法を込めた矢は、かなり助かった。あれが無ければ、正確な投擲があったかもしれない。

 ていうか、ゴーレムは自分の目でしか周囲を見れないのだろうか。
 ロボットみたいなものなら、方々に見るための装置なりがあってもいいんじゃないかと、思わず現実逃避しそうになる状況だ。


 そしてオレは、しばらく出口とは反対側の方に逃げる形になっていた。
 一見、オレが仲間を逃がすための囮になって、わざと窮地に追い込まれているように見えるかもしれない。
 ゴーレムの中身が魔女本体なら多少の知性はあるだろうから、そのくらいは考えて動いて欲しいところだ。

 しかも、ゴーレムは人の放つ魔法程度は無視する気だし、ハルカさんが何の魔法を唱えているのかは後ろに目が付いてない限り見えなくなっている。
 彼女の準備している魔法が何か気づく可能性も低いだろう。

 しかしゴーレムを引き付けるために、オレは完全に追い詰められていた。
 ゴーレムがやってきた穴に逃げれば時間は稼げるが、それだと位置によってはこちらの作戦が台無しになってしまう。
 それに奥は、恐らく行き止まりだ。
 だから部屋の隅っこの方に追い詰められつつある形になっている。

 ゴーレムはややオレ寄り、と言うより奥に移動しているが、左右からはほぼ均等の位置にいる。
 部屋は縦長なので、左右どちらにオレが逃げても捕捉できるようにという位置だ。

 けどそこは、ゴーレムにとって致命的と言える位置だ。
 ここまで意図したわけではないが、絶妙な場所に陣取ってくれたものだ。
 偶然より奇跡を信じたくなってくるほどだ。
 そしてゴーレムは、一歩また一歩とオレを追い詰めるべく、ノロマだけど確実な歩みで近づいてくる。

(けどもう遅い!)

 出口近くに陣取るハルカさんの周囲には、すでに4つの魔法陣が展開されていて、魔法陣の輝きは短時間で急速に拡大している。
 頭上には、触媒から生み出された二つの危険な元素を蓄えた二つの球体も形成されていた。

 そしてゴーレムが、あと数歩でオレにパンチなりキックなりを繰り出せるという時、彼女の目が大きく見開かれ腕が相手に力強く向けられる。
 前と違って、発動の瞬間をばっちり見られる特等席だ。
 見方によっては、オレに向かって魔法を放つようにすら見えるほどだ。

 半ばついでなので、ハルカさんに向けて腕を掲げてサムズアップしてみせる。
 それを見た彼女も、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。

 ただゴーレムからすれば小馬鹿にされたように思ったらしく、大きく手を振りかぶっている。
 踏みつぶすのではなく、上段から殴り掛かるつもりのようだ。
 けど余計な動きは、オレへの攻撃をさらに数瞬遅らせた上に、後ろへの注意をさらに散漫にしただけだった。

「崇高にして偉大なる魔道と科学の御子らよ。我が前の全ての敵を疾く滅せよ。爆ぜろ! 『轟爆陣』! 吹き飛べ木偶人形!!」

 裂帛の気合の込められた言葉とともに、魔力で作られた淡い輝きを放つ二つの球体が放たれ目標上空で一つにになり、そして盛大な爆発が発生する。
 オレはその爆発が起きる直前に、あらかじめ目星を付けておいた爆風と瓦礫を避けられそうな場所へと一飛びで飛び込む。

 ほとんど爆発自体は見ていないが、それでもゴーレムのいる右手側のやや上方で凄まじい閃光が煌めき、次の瞬間大爆発が発生するのが分かった。
 そして高温の爆風が爆発地点を中心にして広がっていく。

 しかし爆発範囲は、以前とは違って前よりも直接の爆発範囲は狭い。
 爆発の爆風自体はあまり変化なさそうなので、爆発範囲を狭めた分だけ中心部の破壊力を増していたという事を、後日談で教えてもらった。

 けど爆発範囲を絞ったところで、今回は前回よりもっと酷かった。
 オレは直接の爆発範囲ギリギリにいたので、遮蔽に隠れてもものすごい熱風が襲ってきたし、空気も熱されていたので肌と髪の毛が少し焼ける感覚もあった。

 爆発自体は、ゴーレムの頭上で炸裂しており、空間全体を吹き飛ばすのに十分な火力だった。
 爆発はゴーレムの上半身を巻き込み、さらに狙い通り天井にも達していた。
 そして爆圧は見事天井を押し上げ、邪魔なものを吹き飛ばす。
 そして崩れ去った岩の天井は、物理法則に従った。

 すぐにも、オレのすぐ近くまで接近していたゴーレムのいた辺りの天井が、瓦礫となって崩れ落ちてくる。
 最初の爆風が収まると、ゴーレムの状態と瓦礫を避けるため情報収集に全力を傾けたが、そうして見ていなかったら何が起きたのはさっぱり分からなかっただろう。

 しばらく凄まじい轟音とともに、天井を支えていた大きな岩が多数降り注ぐ。
 ゴーレムは、最初の爆発で首と片腕が大きく破壊されているのが分かったが、そこに天井を支えていたであろう大きな建材の岩が次々に襲いかかり追い打ちをかけていく。

 オレのすぐ側にも大きな岩の瓦礫が落ちてきて、ヒヤリとさせられたりもした。
 そして崩落が収まり様々な煙がどうにか収まり始めると、大きく開いた天井部分から、外の光が差し込んでくる。
 煙や埃が光に乱反射していて、ちょっと幻想的な雰囲気すらある情景だ。

 ゴーレムのいた辺りは、崩れてきた岩の建材による瓦礫の山となっていて、どれがゴーレムなのかすらほとんど見分けがつかない。
 ゴーレムも今度こそ完全に沈黙したと見えて、ピクリとも動く様子はない。

 オレは不必要なまでの破壊に半ば呆然としながらも、陰にしていた瓦礫から姿を出してゴーレムの様子を慎重に伺う。
 もしまだ動けるのなら、即座に逃げなければいけない。

 そこに、土煙の向こうから突如何かが突進してきた。
 慌てて防御姿勢を取ろうとしたが、ガシっと捕らえように抱きかかえられる。
 そしてその勢いのまま後ろに投げ出され、そして一緒に倒れ込んだ。

「イタタタ……だ、大丈夫ショウ! ごめんなさい! 思ったより爆発が大きくなって。体は大丈夫? 怪我してない?」

「今のタックルが一番効いた。危うく昇天するところだったよ」

「もう、バカっ! 私と違って痛みなんてないくせに」

「そうだけど、体は動き辛いからガタはきてると思うけどなあ」

「え、ホント? 治癒した方がいい?」

 ハルカさんが突進してきてそのまま押し倒した形になっているので、オレの上に彼女が覆い被さったようになっている。
 だからそのままの体勢で、オレの体をしばらくまさぐる。

 そして彼女がまさぐり終わると満足して顔を上げると、ちょうど見つめ合う状態となった。
 二人して思わず真顔で見つめ合ってしまう。
 そこにレナの気の抜けるような、いつもの明るい声が響いてくる。

「おーい、大丈夫~? って、なに勝手に二人で盛り上がってるの! ハルカさん狡い、抜け駆け禁止~っ!」

 叫びながら、瓦礫をヒョイヒョイと飛び越えてくる。
 こっちはボクっ娘の声に顔を向き合わせて、もう一度見つめ合う。そしてどちらともなく「クスリ」と笑う。
 ただ密着タイムは、残念ながらそこでお開きだ。
 ハルカさんは先に起き上がって上から見下ろす状態になり、手を差し出してくれる。

「大丈夫と思うけど、自力で起き上がれる?」

「じゃ、お言葉に甘えて」

 そしてそのままグッと力を入れて起こしてくれたが、ハルカさんの力が思いの外強かったのと、勢いがついていたのと、オレの体にガタがきていたので、今度は前のめりに倒れ込んでしまう。
 軽くデジャブーだ。このまま天の采配に従って、今度こそラッキースケベに突入すべきだろう。

「はい、そこまで。もう、何やってるの」

 残念ながら、ボクっ娘がそばまで来て二人共支えられてしまう。
 もっともボクっ娘は、目はジト目だけど単純に面白がっている風だ。

「ハルカさんが、爆発が収まってすぐに飛び出すから焦っちゃったよ。それと、もうラブコメしてても平気なの?」

「オレの体がガタガタだから、倒されたり倒れたりしただけだよ」

「そうじゃなくて、あのデカブツだよ。まあ、大丈夫そうではあるけど」

 ボクっ娘の声に、三人して瓦礫の山へと視線を向ける。
 その向こうからは、アクセルさんも一応がれきを警戒しつつ近づいてくる。

「賑やかそうだね」

 土煙の中から、血だらけの左腕をダラリとたらしたアクセルさんが現れる。無事だけど、さすがに少し苦しそうな表情だ。

「あっ、ご免なさい! 血だけでも止めるわ!」

 それを目にすると半ば悲鳴のハルカさんが、アクセルさんに駆け寄っていった。
 とりあえず無事なアクセルさんよりも、爆発に巻き込まれたと思えたオレを優先してくれたということなのだろう。
 ボクっ娘も思わず肩を軽く竦め、おどけている。
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