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第一部

087「玲奈とレナ(1)」

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 ハルカさんの友達のマリアさんと出会った日の夜は、親睦を深めるべく食事を一緒にとったので、現実世界での目覚めはなかなかに気持ちの良いものだった。

 ハルカさんはまだ本調子でないのでハメを外すほどではないが、それでもこっちに来て初めての宴会と言える食事会は、とても楽しいものだった。


 そんなこんなで、ハルカさんが戦闘で大怪我した日からジェットコースターのような毎日だけど、現実の方は相変わらずだった。
 今日は文芸部での報告日なので、教室で天沢を誘って部室へと向かう。

 クラスではオレと天沢は、文芸部員同士以上の関係と見られ始めていたが、堂々としていると意外に何も言われない。
 そしてあっちの世界に行くようになってから、今までよりも簡単には動じないようになったと思う。
 だからだろう、スルッと言葉は簡単に出てきた。

「なあ天沢、これからはレナって呼んでいいかな?」

「なっ! と、突然どうしたの?」

 驚きで目を一杯に開けてこちらを見つめる天沢の顔は、確かに向こうでのボクっ娘とよく似ている。
 普段は、メガネをかけても見えにくいのか目を細めていることが多く、さらに髪の毛で顔を隠した上に伏し目がちなので、それだけでかなり損しているとしか思えない。

 とはいえ、多少は動じなくなったと言っても、そんな事までズケズケと言うほど無神経じゃない。

「友達同士だと、ニックネームか下の名前で呼ぶ事多いだろ。苗字だとちょっと親しみないかなって。オレの事もショウとか翔太でいいし」

「そ、そうかもしれないね。じゃあ、ショウ君でいいかな?」

「おう。君つけしなくてもいいぞ。じゃあレナでいいか? それとも何か友達から呼ばれているニックネームとかある?」

「ぜ、全然ないよ。友達少ないし」

 尻すぼみの音量で声が小さくなる。
 悪いことを聞いてしまったので、すかさず「オレも少ないけど、数より質だろ」とか言ってみる。

「質かぁ……ショウ君は元宮君とか親しい人いるもんね」

「レナにも、シズさんみたいに下の名前で呼んでくれる人いるだろ。オレもそうだし」

「そう、だね。あ、でも、最近文芸部では下の名前とかで呼ぶようになってきたよ」

 少し顔を赤らめて答える顔は、以前と違って明るさも加わるようになっている。そして明るくしていると、向こうのボクっ娘と確かに雰囲気は似てくる。
 そしてこれで、向こうのボクっ娘との約束はクリアしたので、向こうでもレナと安心して呼べる。



「まあ、今日の所はこれぐらいでいいだろ。ご苦労だったな月待。喉乾いたろ、これでジュースでも買ってくれ。あと、あっちは有志による差し入れだ。とっといてくれ」

 副部長様のお許しが出て、ようやく部会はだべりモードになってオレは解放された。
 あとはオレの話を元にして、ギャラリー達はスマホでキーワードを検索したり、まとめサイトなどにアクセスしている。

 部室は、学期末試験が過ぎて弛緩した空気が流れている。
 けれども旧校舎にはクーラーが付いてないので、この時期部室に部員は少ない。
 学校支給とOBの寄付の扇風機が全力稼働しているが、ないよりマシでしかないからだ。

 けど、オレのせいでかなりの人数が集っている。
 最近では、極秘という一文が入るものの、ギャラリーに部外者の『アナザー信者』が来ている。貢ぎ物もとい差し入れは、ほとんどが彼ら彼女らのものだ。

 『アナザー・スカイ』への関心は下火になってずいぶん経つのに、意外にそうでもないと思ったが、人が集まりだしたのはオレが原因していた。
 最初は、当初の数日だけ部員が盛り上がって、あとは本当の好き者だけになりかけた。けど、情報が正確でかなり詳しいというので、水面下で『同士』が集まりだしたのだ。

 聞いてみると、ネット上の情報は誰が発信しているのか不明なものが多く、例え詳細であっても心理的な面で正確性に欠けるそうだ。
 確かにそうかもしれない。
 それに比べて、こうして生の声を聞けるのは貴重だし、オレが毎朝記録までつけながら詳細に伝えているので、一人の人間が話す内容だったとしても、齟齬も少なく信憑性があるということだった。

 それともう一つ、『夢』を見る者の近くにいたり接していると自分も行ける可能性が高まるかもしれないという、淡い期待があるからだろう。
 おそらくこちらが、集まる本当の理由だろう。

 ただ、『アナザー・スカイ』に興味がある者が集まっても、現役で『夢』を見ているのはオレだけだった。
 厳密にはレナも含まれるのだけど、当人に自覚がないのでカウントすることもできない。

 それに若者のうち500人に1人という確率を考えれば、他にいなくて当然とも言える。
 そもそもオレのように、大勢の前でカミングアウトする馬鹿者が希少すぎた。


「あー、しんど。喉が疲れた」

「お疲れ、ショウ」

 そう言ってタクミがジュースを差し出してきた。
 ちょっと見かけなかったと思ったら、買ってきてくれたらしい。
 こう言う気が回るのがタクミだけど、それでもオレには言うべき事がある。

「タクミ~、元凶のお前がぬけぬけと言うなよ」

「まあまあ。それよりも話しが盛り上がってきたな。けどさ、創作入ってないよな」

「しつこいなあ。思い出せる分は、ウソはないって。けど、プライベートとか名前、リアルは伏せてるぞ」

「分かってるって。でもさ、ここだけの話し、他にも伏せてるところあるよな」

 タクミは意外に勘がいい。いや、社交的なヤツだけに、人間観察がしっかりしていた。
 オレのジトーっとした視線を受けても、少なくとも表向きは澄ましているが。

「『夢』がもう一つの現実だとして、そりゃあ何から何まで話せるわけないだろ。けどな、多少の脚色や端折りはあっても言ったことにウソはないぞ」

「二言はない?」

「ああ。しつこいって」

「念のためだよ。ギャラリー集めたのボクみたいなもんだからな。それにしても急に事態が大きくなってきたな」

「オレの関知してないところで事が動いてるからな」

「だけど、ショウの関わった事は他でもネタが出てるから、みんな期待してるぞ」

 ここでタクミが、軽く目配せしつつ連れションに誘う。前にもあったが、聞かれたくない事を話す為だ。
 周りにはタクミのオレへのディレクションという事にしてあるので、訝しむ者も居ない筈だ。
 そしてトイレの往復中に小声で話し合う。

「なあ、魔女って例の巫女さんかもしれないんだろ。どうなんだ?」

 案の定の事を聞かれた。タクミにはある程度深いところも話しているので、こうした話も出てくる。
 しかしタクミにも、例の巫女さんがシズさんで、玲奈と親しいという話は伏せてある。
 当然だけど、オレがシズさんに突撃した話もしてないので、オレとシズさんが知り合いという話も知らない。

 ただタクミは、少し察しているところは感じるので、こちらとしての慎重に話さないといけないところだ。

「さあ。向こうで会えれば分かるだろ」

「それじゃ遅いんじゃないのか?」

「かと言って、まさかこっちで当人に聞きに行くわけにもいかないだろ(そのまさかをしたんだけどさ)」

「まあそうだけど。何なら、オレが突撃してみようか?」

「止めとけよ。失礼だし、迷惑なだけだろ。向こうでの面子も増えたし、何とかするよ」

「ちょっともどかしいな」

「向こうは向こう、こっちはこっち、が不文律だからな」

 こうして話していても、オレも春に比べたら随分社交的になったと思う。
 そして社交的といえば、相変わらず部室の端っこの主である天沢改め玲奈が、実は少し前にちょっとした問題が発生していた。

 オレとよく下校していたことばかりか、先々週の土曜日、シズさんの神社に行った後の様子をクラスの他の者に見られてしまったらしい。
 教室でのオレたちへの視線や態度が少し違ったのもそのせいだ。

 発見者は盗撮するほど不届き者ではなかったけれど、オレと玲奈が学外であっていたという話しは、一部オレのような陰キャ以外のクラスメートには知れ渡っていた。
 陰キャなので、情報化社会とは恐ろしいと初めて実感させられる。

 とはいえ、仮にできているとしてもジミ男とジミ子の底辺カップルってことで、オレはほぼスルーされていた。
 けど、今まで多少話していた陰キャ仲間から距離を置かれたので、無害とも言えなかった。

 玲奈の方も、男が出来たというその一事で、ゼロじゃない程度に多少のやっかみを受けたりもしみたいだけど、それよりも他のクラスメイトとの会話の切っ掛けになって、ようやくクラスにうち解けられたようだった。

 ちょっと意外だったのは、玲奈が逃げも隠れも、否定もしなかった事だった。
 最初の頃は顔を真っ赤っかにしてうつむいてはいたが、事実についての言い逃れ、言い訳をしないのは好感度アップだ。

(とはいえ、これで本当に恋愛関係とかになったら、オレ的には二股だもんなあ。それに玲奈はオレのこと、実際どれくらいに思ってるんだろ)

 そんなことをオレが思っているとは知らず、玲奈は数人の女性部員と話し合っていた。
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