チート願望者は異世界召還の夢を見るか?

扶桑かつみ

文字の大きさ
上 下
69 / 528
第一部

069「滅びた都への道(1)」

しおりを挟む
 オレの『アナザー・スカイ』復帰から三日後、ようやくノール王国の王都ウルズを目指す旅が始まった。
 三日もかかったのは、オレの身体が本調子になるまで待ったのと、旅の準備を整えるのに意外に時間がかかったからだ。

 アクセルさんは世話好きなのか心配性なのか、色々なものを用意してくれたし、わざわざ取り寄せてくれたものもあった。
 中には高価な魔法の治癒薬まであった。

 そしてアクセルさんの屋敷で過ごした3日間だけど、今までの巡察の旅と比べると格段に快適だった。
 衣食住は全部向こうからやって来る状態で、一瞬にして退屈な日常になったほどだ。

 そこで調子を取り戻すため、体を色々と動かしてみたり、ハルカさん、アクセルさんと剣の稽古もしたりした。
 そしてアクセルさんには、爽やかな笑顔でかなりボコボコにされてしまった。
 ハルカさんと二人掛かりでも、対等にすらならなかった。

 と言ってもアクセルさんは領主なので、朝食と夕食、そして少しの時間の稽古以外は姿を見せず、オレとハルカさんはほぼ今まで通り二人きりで過ごした。
 それにアクセルさんが妙に気を回してくれたせいか、使用人の人も必要最小限でしか接触しない。


「なんか、せっかく戻って来たのに、一気に退屈な日常になったなー」

 言いつつ、椅子の背もたれに「ぐーっ」と倒れかかって身を反らす。
 そんなオレをハルカさんが呆れた様に見ている。

「巡察中も移動中はたいてい暇だったでしょ」

「そうかもだけど、移動すらしてないんだから違うと思うな」

「そうかもね。けどショウは、まだ本調子じゃない筈だから、ちゃんと静養してなさい」

 二人して部屋でくつろいでいるが、オレが『アナザー・スカイ』に復帰してから、ハルカさんのオレへの態度は少し変わったように思えた。
 単に「君」付けしなくなっただけでなく、さらに二人の間の距離が縮まったと思うのはオレの願望上の感想だ。

 とはいえ、今はこうして一緒の部屋でくつろいでいるが、眠る部屋は別々になっているので、むしろ物理的な距離は開いたと言えるかもしれない。

 そんな事を思いつつ、カップを口にあてながら彼女の様子をうかがう。
 彼女はオレの対面で、この世界ではまだ珍しいというコーヒーを美味しそうに口にている。

「? どうしたの?」

「改めて思うと、カワイイ女子とのんびりお茶してるのが夢みたいだなーって」

「そう? ただの夢なら、今飲んでるコーヒーの味もしないと思うけど」

 オレのカワイイ発言は完全スルー。まあ、彼女なら言われ慣れているからだろう。
 それにこうして彼女がお澄まし顔だと、距離は縮まったと思うのもオレの錯覚に思えて来る。
 けど今は、こうして再びハルカさんと何でもない話が出来るようになった事が素直に嬉しかった。


 一方、現実の方だけど、一時的に夢を見なくなった事は誤摩化して、巡察が終わってアクセルさんの屋敷に戻るも、ありきたりな日常が続いている事にした。
 そしてノール王国を目指すのは、アクセルさんからの調査依頼という事にしておいた。

 けど、何かを察したタクミにだけは、オレ以外の個人情報が関わるので話したくても話せない事があるとだけ伝えておいた。
 シズさんの話を聞いた天沢も巻き込む事になるので、タクミでも話せる筈もなかった。

 当然だけれど、ドロップアウトしかけた事についてはだんまりなので、天沢と二人だけの秘密も守られている。
 それ以外で、この一週間ほどは現実で事件らしい事件は無かった。
 常磐さんもといシズさんには、天沢からこれから始める旨を伝えておいてもらったくらいだろうか。



 そうして旅路へと就いたが、取りあえずは平穏で空を見るゆとりもあるが、そこはやはり異世界だった。

「あの鳥、なんか変じゃないか?」

 少し遠い場所に鷹か鷲が飛んでいる。
 羽の色は一般的な茶色じゃなくて、白か灰色だ。飛んでいるとかなり見つけ辛い。
 しかし違和感を感じたので、馬を横に並べてハルカさんに聞いてみたのだ。あっちのオレだったら気付かないか、見えていても違いが分からなかったと思うと尚更変に思えた。
 オレと同じくらいに視力はいいであろう彼女も、視線をオレが指差した先に向け、少し目をすぼめる。

「遠いわね」

「なのに、それほど小さく見えてないと思うんだ」

「普通の鷹や鷲じゃなくて、巨鷹(おおたか)か巨鷲(おおわし)かも」

「ジャイアントイーグル? 疾風の騎士《シュツルム・リッター》の?」

 疾風の騎士は、巨鷲を駆るネット上で『ダブル』がなれる最もレアな職業の一つだと言われている。
 そしてハルカさんは、その存在を肯定していた。
 
「ええ。……神殿の伝書使かも」

「伝書使?」

「神殿が雇ってる、まあ郵便屋さん。イーグルより小柄のホークの方が多いわね」

「そういや、ネットでもそういうの見たな。本当にいるんだな」

「ええ、『ダブル』にもいるわよ。ノヴァに行けば、空中騎士団を作っている連中もいるくらい」

「へー、一回見てみたいな」

「そのうちね」

 遠くの巨鷲とやらは、オレたち気づくこともなくそのまま空に消えていった。
 そしてそんなのんびりとした会話をしながら、オレたちは旧ノール王国内を進んでいる。

 亡者と化した魔女がいるウルズへの旅だけど、行くのはオレとハルカさんだけだ。
 事情を聞いたアクセルさんは部下や従者共々、自らも調査を名目に同行を申し出てくれたが、彼らには村を治めそして守る義務などがあるので、主に彼女が丁重に断った。

 その代わり軍馬や旅の道具を揃えてくれた。
 また、アクセルさんからアースガルズ王国が調査を依頼したという体裁をとってもらうことにもなった。
 ただ、アクセルさんの国の中で書類のやりとりなどが必要なので、事後承諾という形になるので当面はあまり関係ない。

 また断った理由だけど、今回は様子見で行けるところまで行って状況を確認し、さらに必要な物などを確認するのが目的だからだ。そういう意味でも、調査というのは間違っていない。
 そしてそうしなければならないほど、いまだ混乱が続く旧ノール王国内は王都に近づけば近づくほど情報が少なかった。

 なお、ランドールを出て、そのままランドールが属するアースガルズ王国マルムスティーン辺境伯領を抜けるのは、馬で四半日程度しかかからない。
 平地沿いの街道沿いには幾つか小さな村が連なっているが、旧国境まで宿などのある村はない。

 そしてアースガルズを超える国境には、戦争中に作られた急造の小さな砦がある。今までは国の関所だけだったものだ。
 今はその先もアースガルズ王国の占領下、というか新たな領土になる。その向こうに見えているノール王国の関所は、戦争で焼け落ちてそのままだ。
 アースガルズ王国も、ノール王国と戦争をしていた何よりの証だ。

 そうした場所へのオレたちの表向きの旧ノール王国入りの目的は、アースガルズ王国が依頼した神殿としての現状把握だけど、書状などなくても特に疑う者はない。
 こういうところからも、神殿はかなりの影響力や社会的信用を持っている事がうかがえる。
 冒険者をしている『ダブル』からも、神官の同行が求められる理由の一つでもある。

 そしてハルカさんがかなり高位の神官で、アクセルさんがくれたマルムスティーン家の紋章入り身分証と通行証があるので、秩序が維持されている場所で通行を妨げられることはない。
 それどころか、道中の村や関所などでは情報が入手しやすかった。

 一方で、ハルカさんの身分に比べると同行者が少なすぎると心配され、場合によっては護衛を申し出たりされたりするほどだった。


 ちなみに、前の戦争で滅びたノール王国は小さな国で、総人口は10数万人。都市国家程度の規模しかない。
 オレたちの世界で言うスカンディナビア半島南部の一角にある国で、平地は少なく森と低高度の山、そして湖が国土の多くを占めている。このため人口に比べて、国土は意外に広い。

 王都ウルズは、この国最大の湖に面する一角にあり、古いが石造りの堅固な城と人口1万人ほどの城下街を形成していた。

 短い川で湖と外海が結ばれた交易の要衝で、水堀が城壁の前に深く掘られており、街の中にも水路がたくさん通っているので水の都としても知られていた。

 この世界は潮の満ち引きが大きいので、海に面した港町よりは少し内陸の利水の便がいい場所が、港町として好まれているので、この近辺ではかなり大きな港町でもあった。

 けど、北の山間部以外の三方を他国と隣接しており、先の戦争ではその3国とさらに海を越えた大陸の国や都市国家などと戦争を行っている。

 そして戦争で、国土の大半が荒廃して国は滅んだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

実家から追放されたが、狐耳の嫁がいるのでどうでも良い

竹桜
ファンタジー
 主人公は職業料理人が原因でアナリア侯爵家を追い出されてしまった。  追い出された後、3番目に大きい都市で働いていると主人公のことを番だという銀狐族の少女に出会った。  その少女と同棲した主人公はある日、頭を強く打ち、自身の前世を思い出した。  料理人の職を失い、軍隊に入ったら、軍団長まで登り詰めた記憶を。  それから主人公は軍団長という職業を得て、緑色の霧で体が構成された兵士達を呼び出すことが出来るようになった。  これは銀狐族の少女を守るために戦う男の物語だ。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

3/25発売!書籍化【完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
一二三書房/ブレイド文庫様より、2025/03/25発売! 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2025/03/25……書籍1巻発売日 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...