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第一部

066「小さな町(2)」

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 そして案内された『大きな鍛冶屋』は、いわゆるファンタジーとはかなり印象が異なる外見をしていた。
 高さ十メールほどの煉瓦造り大きな煙突のようなものがあり、小屋と言うより小さな工場だ。十メートルほど離れた吹きさらしの場所には、この世界に来て初めて見た風車が回っている。
 少し離れた場所にある井戸には、手押しポンプらしいものが付いていたりもする。

「すごいでしょ。マルムスティーン家が、あっちの世界の技術を取り入れて作った製鉄施設よ。あっちの丘に鉄鉱石の鉱山があるけど、この製鉄所はこの辺りじゃここにしかないものよ」

「ごめん。オレには何がどうすごいのかさっぱり。技術の事とかは詳しくないんだ」

「そうなの。男の子のくせに情けないわね」

 からかっているのだろうけど、本当に情けないと言いたげな表情だ。
 けどここは、話に乗らねばならない。

「え、情けないの、オレ?」

「そうよ。だって、このもとになる施設を作ったのも、私たちと同じ『ダブル』よ。これは反射炉って言って、本当の中世ヨーロッパ世界だとまだ存在しない製鉄のための施設ね。ノヴァで最初に作る時は、高温に耐える煉瓦作りとか大変だったそうよ」

 言葉の間に別の場所を指差す。そして次々に色々なものを指差していく。

「で、あっちはコークス、石炭から不純物を抜き取る設備のある建物。まあ、基本は生の石炭を蒸すものらしいわ。あとは……動力の一部に使ってる風車だって、最初のやつができてまだ20年ほどらしいわね。井戸に付けてある手押しポンプは、急速に普及しつつあるものの一つね」

 言われて見渡すと、色々と変わった施設や建物があるように思える。
 それに何となくだけど、作りや雰囲気がオレたちの世界っぽい。

「『ダブル』のおかげで、鉄がたくさん作れるようになったって事か」

「ええ、それも大切ね。新しい製鉄法のおかげで鉄が沢山作れて、鉄の道具が格段に安くなるのよ。製鉄以外にも、この20年ほどで『ダブル』が伝えた事はたくさんあるのよ」

「なんかネットで見たことあるかも。技術革命だー、なんて書き込んでるやつ」

「そうそれ。そもそも『ダブル』の全員が、私やショウみたいじゃないのよ」

「何がどう?」

 首を傾げて聞く。本当によく分からない。

「えっとね、矮鬼と最初に対面したとき、どう思った?」

「自分が強いって感覚はあったけど、流石にちょっとビビったかな?」

「ホントにちょっとなら、ショウはすごい度胸の持ち主。というか単に鈍感なのかも?」

 真面目なそして感心するような表情から、少しからかうように表情が変化する。

「うわっ、またけなされた」

「めげないめげない。けどね、普通は異世界ファンタジーで勇者様目指すぞーって言っても、現実以上に現実的な世界で猛獣より凶暴な魔物に出くわしたら、強い力を持っていると分っていてもやっぱり怖いでしょ。戦争とかで人間同士が戦ったら尚更ね。私たちは平和な世界から来ている日本人なんだから」

「確かに、言われてみればその通りだな」

「私がショウを最初に見込んだのも、ビギナーなのにいきなり戦ってたからよ」

「へーっ、そりゃ初耳。けどまあ、戦うのは怖いよな」

 しかも毎日が現実との入れ代わりだから、覚悟を固めるとかの面で心が定まらない人も多いだろう。
 いつでも逃げ出せるとなれば尚更だと思う。
 オレも傭兵崩れと戦って、嫌と言う程諸々を体験させられたばかりだ。

「ウン。けど『アナザー・スカイ』には、何万人も『ダブル』がいるって言われてる。初志貫徹で冒険や旅行してる人もけっこういるけど、それだけじゃないのよ」

「街とかで平和に暮らしてるってわけか」

「そうよ。それで自分が現実世界で持っている知識や技術を、こっちに持ち込んでるの。しかも、単に生活の知恵とかだけじゃないの。私、そういう『ダブル』にもたくさん会ったわ。……そういえば、この半年くらいはほとんど会えてないなあ」

 ハルカさんが、なんだかちょっと遠い目をしている。

「オレも色んな人と会ってみたいな。で、どんな事してるんだ」

「そうねー、まずは現代医療や医薬品を広めようとしている医者や医者の卵ね。他にも、錬金術師まがいのちょっと怪しい技術屋、向こうでも必死で勉強している真面目な鍛冶屋、向こうで農業高校通ってこっちで農業指導している人。ひたすら、こっちの植物採集と交配研究している人。
 そういう人たちのおかげで、サトウダイコンに似た植物から砂糖が抽出できるようになったのよ。お砂糖万歳ね。
 あ、そうそう、この世界に日本料理を広めるんだっていう女の子もいたっけ。あの子の料理、涙が出るほど美味しかったなぁ」

「ほうほう(それにしてもハルカさんって、見かけによらず食い意地はってるなぁ)」

 オレの合いの手からしばらくも、彼女が早口に食べ物について喋り続けた。よっぽど旨かったんだろう。

「あっ。えーっと、他にも食以外の衣食住は基本ね。ノヴァは新しい衣食を中心に流行の発信拠点にすらなってるわ。
 それに変わっていところだと、ポップやロックを再現するだっていうアーティストというか吟遊詩人とか、戦いなんかつまんねーぜって野球やサッカーをこっちの人に教えてる人もいたわね。あと現代劇を再現している、役者や劇団の人とか。そんな人たちの中には、ビックリするような有名人もいたりするわ」

「他には?」

「あとは、科学技術面での問題解決とかには、物理法則の一部が違うらしいとか、何かしら作為のある手枷足枷があるんじゃないかってのが一般論らしいけど、みんな色々とこの世界でしてるのよ」

「ハルカさんも、ファンタジーらしくないこと何かしてた?」

「私は高校生だもの、何もないわ。向こうでの聞きかじりレベルの医療知識くらい?」

「いや、それメチャ重要だろ。医者が過去にタイムスリップする時代劇でも大活躍してたじゃないか」

「活躍できたらいいんだけどね。私の知識はたいした事ないし、治癒魔法もまだ未熟だから」

 そう答える彼女は、本当にそう思っているようだ。
 オレからすれば凄すぎるんだけど、なまじ専門知識があったりするせいで自身を低く評価しているように思える。

「あれだけ癒せるなら十分凄いと思うけど。あ、そうだ、現代の医療知識とかも魔法に応用できるのか?」

「多少はね。オリジナルスペルもあるわよ」

「やっぱりあったんだ。ていうか、話し逸れたよな、悪い」

「うん、それでね、『ダブル』には神々やこの世界そのものから何か託されたみたいな、さっきショウが言ってた役割みたいなものをみんな自主的に持っているんじゃないかって、ショウの話を聞いて思ったの」

 少し感心したような表情だ。
 オレが辿り着いた答えじゃないので、後ででも訂正しておいた方がいいだろう。

「確かにそうかも。この世界、『アナザー』に来た理由、留まる理由は、みんなそれぞれ持ってるんだな」

「理由とか原因とか、喚んだ存在の真意は分からないけどね」

「そんな雲の上の事より、まずは足もと見ようぜ。オレたちが立ってるのはここなんだから」

「ええ。まずは魔女退治のクエストね」

「そういうゲームみたいな言い方しないでくれ。もう反省しまくりだよ」

 彼女の笑顔を横目で見ながら、オレは確かにこの大地に立っている事を感じた。
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