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第一部

065「小さな町(1)」

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 朝食後は外に出て、ハルカさんにかいつまんでここ数日間の事情を話すことにした。
 部屋で話してもよかったのだけど、空を見たくなったというオレの我儘を彼女がきいてくれたからだ。

 身体には少し違和感というか、数日間まともに動かなかったダルさと後遺症があったが、空はいつもと同じだった。
 昼間でも見える二つの月。
 片方は無駄にデカイ以外は白いだけだけど、もう片方は昼間でもぼんやり赤く輝いている。

 アクセルさんの屋敷はちょっとした丘の上にあり、2階建ての石材や煉瓦作りのいかにもなお屋敷だ。
 作りは現実世界でよく見るような西洋風建造物より古い様式っぽいが、堂々とした佇まいをしている。

 しかし使用人たちは、オタクが大好きな黒と白を基調とした執事服や地味目なクラシックメイド服を着用していた。メイド服の肌の露出はほとんどないし地味目なので、オタクっぽくはない。

 それでも使用人達を「えーっ」て感じで眺めていると、彼女のチュートリアルが入った。

「ああ、あれはアクセルのお父さんの、その、まあ、ご趣味よ。当然というべきか、この世界の様式じゃなくて、『ダブル』のオタクが持ち込んだ服ね」

「普通は違うんだよな」

 オレの探るような視線に、彼女が軽く苦笑する。

「そうなんだけど、徐々に浸透しているって話も聞くわね。服装の仕立てや様式自体が斬新な上に、色んな点で黒ってのはいいらしいから。神殿じゃないけど、黒って下の者が着用する服によく使うからね」

「なんか、今までのこの世界のイメージが壊れていきそう」

「平民と貴族だと、金のある貴族や大商人の方が『ダブル』の影響受けているから、執事やメイドくらいで驚かないでね。……まあ、そのうち慣れるわ」

 衝撃冷めやらぬまま屋敷の外へ出ると、屋敷を中心に厩(うまや)や何かの小屋がいくつかあり、お屋敷の前面には立派な庭も広がっている。
 そして高台の上なので石垣や塀もあり、立派な門扉も構えていて、ちょっとした城館の風情もある。

 その麓にあたる辺りには川と街道があり、歩いて数分の交差する辺りに今まで見た中で一番大きな村というより小ぶりな町があった。

 円形状の広場を中心に、瓦を使った建物もかなりの数が建っていて建物自体の数も多い。
 町の外周には、城壁とは言わないまでも盛り土や土塀で囲まれ、半鐘のような鐘の据えられた木を組み上げた物見櫓も見られる。
 町の出入り口も、石造りの小振りながら立派な門扉と詰め所がある。

 それらを見下ろしながら、並木道になっている馬車用の緩やかな坂道を降りている。

「にしても、帰ってきたんだなぁ」

 ボケーっと空を見るオレを、ハルカさんがクスクス笑っている。

「やっぱりジジくさい。『賢者』みたいな事言って」

「『賢者』はないだろ。オレまだビギナー、若葉マークだぞ」

「そうよねぇ、一ヶ月くらいしか経ってないのよね。ちょっと不思議な感じ」

「確かに、こっちは色々と濃いよなぁ。現実の方は何もないんだけど」

「だからバランス取れてるのよ、きっと。で、さっきの話しの続きだけど」

 そこで彼女の声と態度が真面目モードに変わる。

「何か知ってるのか?」

「ええ。3ヶ月ほど前の戦争で滅びたノール王国だけど、ショウの来る少し前まで主な交戦国だったランバルト王国の軍隊や息のかかった傭兵、盗賊団、トレジャーハンターなんかが、それぞれ王都ウルズを目指したそうよ。中には『ダブル』もいたみたい」

「占領? 追い打ち? それともお宝目当てか?」

「何かを探すためって噂。裏で誰かが賞金出してたって噂もあったわ。けど、殆どが亡者の群れの前に蹴散らされて、ひどいのは全滅したらしいわね。ミイラ取りがミイラにって事もあったって言うわ。道中も魔物が多かったそうよ。
 それで成果はゼロ。空を飛ぶ竜騎兵すら歯が立たなかったって噂もあるくらいで、ランバルト王国の評判と国力がさらに落ちちゃったってオチ」

「ま、因果応報だな。けど、良く知ってるな。調べたのか?」

「ええ。もともとこの辺りには、神殿の要請で治癒巡廻という名目で治安回復の一助のために来たからね」

「宮仕えは悲しいなぁ」

「宮仕えじゃないわよ。この国と神殿に前お世話になってるし、神官としての義務みたいなものよ」

 その表情から、言っている内容が冗談ではないことも窺えた。この世界に来たら真面目になる人が多いのだろうか。

「じゃ、言い直す。ハルカさんは真面目すぎじゃないか」

「かもね。けど、ここに来たおかげで、ショウに会えたわよ。私がこの辺りに来てなきゃ、ゴブリンに殺されてたくせに」

「そうか。そういう事でもあるんだな。不思議な巡り合わせだ。人って、どっかでつながってるのかもな」

「そうね。私もショウも、その常盤さんって人もね。チョット複雑な気持ちだけど」

「なに、現実世界のオレに妬いてるのか? じゃあ、あっちで会おうぜ。みんなにも会わせたい。それに今更、あっちとこっちを分ける関係でもないだろ」

 そう笑いかけたオレだったが、その言葉を受けた彼女の顔には苦渋に近い表情が浮かんでいた。どうやら地雷を踏んだらしい。
 『ダブル』になる者は、現実でのストレスが多い事がかなりあるという話しだけど、現実の彼女もその類だとオレは一方的に察した。

「ゴメン。人様の事情に込み入るもんじゃないよな」

「ウウン。けど、私にも色々と乙女の事情があるのよ。それより、チョット見せたいものがあるの、こっち来て。多分さっきの話しにも関わると思うの」

 誤魔化すと言うより、何かを振り切るような明るさを見せる彼女に引っ張られながら行った先には、レンガで組み上げた大きな煙突のような建造物があった。
 何かが燃える臭いや、炭、鉄の臭いがする。今までこちらに来て何度か嗅いだ臭いだ。

「大きな鍛冶屋?」

「まあ、そんなところ。けど、もっとすごいものよ。こっち来て」

 鍛冶屋は、産業が大きく発展するまで、地域での先端技術を扱う場所だった。
 中世ファンタジーといえば魔法とか錬金術が注目されがちだけど、鉄がなければ文明も何も作れない。

 何を鉄くらいと思うかもしれないが、鉄は他の金属に比べて精製、加工が難しく貴重品だった。
 この地域にいまだたくさんの原生林があるのも、鉄をふんだんに使った斧や大きな農具、道具が十分な数供給できないからだ。

 現実世界のヨーロッパのシュヴァルツバルトとも言われた原生林だって、何百年もかけて人の手で『普通の森』作り変えられたそうだ。というのは、後から勉強した知識だ。
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