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第一部

062「とある魔女のサーガ(2)」

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 そしてここからは一気に語調が強くなる。

「押しよせる数百、数千の軍勢に対して、徹底的にあらがった。敵を何人倒したかも分からないくらいだ。そして私は、死の間際まで『夢』から醒めなかった。最後の最後まで足掻いた。痛みを感じない我が身を、あれほど有り難く思った事はなかったな。これ幸いとあがき続けた。
 正直、最後の辺りは何も覚えいない。激しい精神ショック状態にあったらしく、こっちで目覚めた時は何と病院のベッドの上だ」

 常盤さんは、言葉を切るとオレと天沢を交互に、そして静かに見つめた。
 そして数秒、もしかしたらもっと長い沈黙の後、常番さんが再び口を開いた。
 声も静かなものに戻っていた。

「……さて、取りあえず、自分語りはここまでだ。最後まで話せるか自信はなかったが、二人とも聞いてくれて本当にありがとう。誰かに話せて、随分気持ちも軽くなったよ」

 涙一つ浮かべず淡々と話し続けた常盤さんが、最後に儚げに微笑んだ。
 しかし常磐さんは、「取りあえず」と言った。

「まだ、続きがあるんですね。オレが関わるような」

 一度目を閉じた常盤さんの瞳が、もう一度オレに据えられる。
 瞳に力が戻っていた。

「そうだ。月待君にとっては、ここからが恐らく話しの本題だ。それに少し別件もある。合わせて聞いて欲しい。
 だが、もう思い当たる節があるんじゃないかな。ここに書いた国や地方の名もそうだろうが、今もあの地で災厄を振りまいている『魔女フレイア』という名を聞いたことはないか?」

「あります」

 オレは力強くうなづく。
 常磐さんも小さくうなづいた。

「『魔女フレイア』こそがあちらでの私で、私だったもののなれの果てだ。そして間接的ではあるが、君を『アナザー・スカイ』で精神的に追い込んだ原因の大本でもある。恐らく間違いはないだろう」

 『魔女フレイア』は、北欧神話に出てくる女神の名でない。
 あちらの世界の、あの地方に伝わる伝説の魔女の名で、一種の名誉称号や二つ名でもある。
 そして当時、その名を持っていたのが常磐さんだったのだ。

 聞けば常磐さんはAランクの魔法使いで、同程度の魔法使いはオクシデント全体でも、2、300人程度しかいないらしい。
 『ダブル』でも相当少ない、相当の使い手だった筈だ。
 しかし今の常番さんにとって、その事は重要ではなさそうだ。
 再び口を開く。

「で、ここからは別件を含むが聞いて欲しい。その魔女は今も亡霊となってあの地に留まっているんだ」

 『夢』を見なくなったとは思えないほど、確信に満ちた言葉だ。そしてそれに、オレも天沢もおおよその察しがついた。
 オレの隣では、天沢が口元に両手を当てている。案の定というべきか、大きく開かれた目からこれまた大きな瞳がこぼれ落ちそうだ。

「『アナザー・スカイ』で死んでも、思念が残ったりするんですか?」

「さあな、玲奈。だが私は、恐らくあらがい過ぎたんだと思う。私は向こうに想い、いや……怨念を残し過ぎたんだ。しかもそれだけじゃない」

 まだ何か。二人して同じ事を問いかける。小さくうなづいた常磐さんが続ける。

「あっちで死んだ後も、私はいまだ『夢』を見るんだ。その亡者を通してな。
 だが、見るだけでほとんど何もできない。滅びた国、焼けこげた城、亡者となったかつての人々、私の姿と未だ私だったものがもたらす破壊に怯える様々な者たち。見るだけの景色は、そんなものばかりだ」

「肉体は無くなっても、意識が繋がったままなんですか?」

「それも分からない。分かるのは、もと玉座に魔導器を中核とした私の亡者のようなものが座っているということだ。最近は王宮までやって来る愚か者もいなくなったので、随分静かだがな」

「で、オレに亡者となった常磐さんを何とかするために、『アナザー・スカイ』に戻って欲しいというわけですか」

 常盤さんの先を読んだオレの言葉に、彼女が深くうなづく。

「そうだ、月待君。これは個人的で利己的で、我が儘勝手な頼みだ。だが一方で、君が戻る切っ掛けになるんじゃないかと、私は考えている。向こうじゃ何もできないから、最近は考えてばかりだ」

「何か、あの世界の事で分かったんですか?」

「ああ、流石察しがいいな。そう、そうなんだ。私は凄い魔導器を使ったことは話したな」

 オレの代わりに聞いた天沢がうなずく。
 常磐さんの言葉も彼女に向けられているから、しばらくはオレが聞き役だ。

「あの魔導器が、その亡者の大本だと思う。
 そしてあの魔導器からは、何か強い、意思のようなものが感じられた。しかもその一部は、何か意味の有る言葉や信号のように感じたんだ。そして何かを発信していたか、命じていたように思えた」

「じゃあ、何らかの意思を持つ魔導器が、常磐さんの向こうでの体を操っていたんですか?」

 つい間抜けな声を出してしまう。
 同じように天沢も驚いている。

「いや、そこのところは全然分からない。しかし、あの魔導器は何か異質だった。それでも道具自体の目的の一つは、あらゆる所から魔力を引き寄せるための、いや引っ張り出すための蛇口のようなものだと思う」

「その魔導器は、あっちの世界の成り立ちとかに関わるものなんでしょうか?」

「私はそう踏んでいる。その根拠の一つに、あの魔導器から発せられた命令のようなものに、一つの方向性を感じたからだ」

「それが役割なんですか」

「ウン。その通り。ニュアンスとしては『役割を果たせ』のような感じだった」

「私、ネットでも見た事あります。賢者、大賢者って言われるベテランは、たいてい向こうで積極的に何かをしている人だって」

 天沢の言葉でオレはピンときた。

「向こうの世界で何か明確な役目や役割を自分から果たすのなら『アナザー・スカイ』に戻れる、もしくは出現できるって事ですか?」

「そうだ。私はその可能性を考えている。私のなれの果てが亡者となって、いまだ私が強制的に『夢』を見さされている原因も、何か役割が残っているか与えられているのではないかと考えている」

「誰がそんなことを求めてるんだろ」

「さあな。創造主や神々ってヤツじゃないのか。見たことはないが、『アナザー・スカイ』にはいるんだろ、神々とやらが」

 常盤さんの口調は、神を全く信じていないような突き放し具合だ。
 確かに悲劇を体験したばかりで、神も仏もあったもんじゃないだろう。しかも現実では神社の関係者なのだから、心中を推し量ることすらオレには想像もつかない。

 そんな心の内を微塵も感じさせず、常磐さんがオレに再び顔を向ける。
 少しだけだけど、晴れやかな顔となっていた。

「というわけだ、月待君。亡者となった私を滅ぼして欲しい。それが私からのお願いであると同時に、『アナザー・スカイ』での君の新しい役割だと、私は今確信している。そして誰かに倒される為に、私は残っているんだろう。根拠は薄いがな」

「で、小さな勇者様誕生ってわけか」

 自嘲気味な声に、天沢がちょっとした行動でオレをとがめた。小さな手で、オレの服の裾を引っ張っている。そんな事いうもんじゃないよ、ってわけだ。表情もそう語っている。

 しかし常磐さんの方は、少し乾いた笑いを浮かべると、すぐに真顔になった。

「その通りだ。だが、亡者の私を倒すことで、あの辺りの悲惨な状況を多少なりとも改善する事ができる可能性は高いと思う。魔力に満ちた『アナザー・スカイ』でも、起きてしまったことを覆すのはほとんど不可能だが、少しずつでも良くする事は出来るんだ。
 そして月待君には、私の代わりにあの世界の大地をその足で踏んで、しっかりと生きて欲しい。だからまずは、私の亡霊を、いや私の分身を滅ぼして欲しい。頼む、この通りだ」

 真摯に頭を下げる常磐さんの黒く染めた絹糸のような繊細で艶やかな黒髪を見つめつつ、オレは別の回答があってもいいんじゃないかと思い始めていた。

 何も役割は、どこかの誰かに与えられるだけじゃない筈だ。現実世界にだって、『天は自ら助ける者を助ける』みたいな言葉があるくらいだ。

「分かった、戻るよオレ。『アナザー・スカイ』に。けど、そう結論を急がなくてもいいんじゃないですか。取りあえず、暴走してる常磐さんの亡霊は何とかしてみるけど、あっちにまだ意識がいってるんなら、その後はその時になって一緒に考えてみましょうよ。常磐さんも、あっちで色々とやり残したんじゃないですか?」

 今までのオレなら、絶対に出てこない言葉だっただろう。隣の天沢はもとより、顔を上げた常磐さんもポカンとした顔をしている。
 そして常磐さんは、柔らかに微笑むと静かに口を開いた。

「ああ、そうだな。まったくその通りだ。私ももう少し抗ってみよう」
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