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第一部

046「アンデッド退治(6)」

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「ふうっ。これで終わりか?」

「ええ、魔力の拡散も始まったからもう安心よ。後は、家屋の中を念のため確認しましょ」

「りょーかい。……っ!」

「!」

 最後のスケルトンを倒してホッと一息ついたタイミングで、村の中央にある広場に隣接する神殿の扉が、ホラー映画っぽくひとりでに開いた。
 とても不自然で不穏だ。

 しかも、扉が開くと、かなり大きな魔力を感じる事ができた。
 神殿には魔力を遮る仕掛けがあるらしいが、それを逆手に取られたのだ。

「まだいたのか!」

「私は魔法準備するから、援護よろしく」

「分かった!」

 ハルカさんが言葉と共に一歩下がるのに合わせて、オレは位置を調整して攻撃と防御どちらにも出れるように体勢を整える。

「待て! 待たれよ。我に戦う意思は無い」

 ハルカさんがまさに魔法を放とうとしていると、神殿の中から人が話すのとは違う、少し違和感を感じる声が響いてきた。

 そしてゆっくりと、何も持っていない両手を頭のあたりにかざした、全身を甲冑で覆った騎士がでてきた。
 いや、元騎士がでてきた。

 鎧は半分以上壊れていて、また薄汚れている。マントを付けていたようだけど、ボロボロで肩甲骨の下のあたりまでしか残っていない。
 しかし鎧の胸当てとマントの切れ端には国や所属を意匠化したものが見えていた。
 後で聞いてみると、最近の戦争で滅びたノール王国のものらしい。

 また兜は付けていたが、一部崩れた箇所から覗くのは、骨格標本のガイコツだ。それ以外の鎧から覗いている箇所も、全て骨格だけになっている。

「死霊騎士(アンデッドナイト)?」

 ハルカさんの呟きからは、強い警戒が感じられる。
 その証拠に、そのガイコツ騎士からは高い魔力が感じられた。さっき戦ったアンデッドのボスキャラより高い感じを受ける。
 後で聞いたが、モンスターランクはBらしい。

「ボスキャラってやつか?」

「ゲームならそうでしょうけど、どうしてこのタイミングで?」

 ハルカさんはいつでも魔法を放てるように警戒しつつ、ジリジリと後退している。
 こっちも彼女の動きに合わせて、そしていつでも攻撃もしくは彼女をカバー出来るような位置をキープする。

 しかしガイコツ騎士は、こちらが警戒を解かないのを見ると、ゆっくりと腕を降ろして腰に下げている剣など武器を次々に周りに捨て始めた。
 そうして、改めてコチラを何も無い空洞の目で見据える。

「さて、騎士にここまでさせて、神官殿は何も思われないのかな?」

「亡者の中には知恵持つ者もおり、謀を企てる者もいます」

「確かに。では、どちらでもよい、そのまま魔法なり剣をこの哀れな亡者に叩き付けてはくれまいか。……もう、疲れた」

 依然として違和感を感じる声は、疲れた人の雰囲気を十分に伝えていた。
 どうにもアンデッドにも色々いるのだろうか。思わずそんな事を思いそうになる。それに目の前のガイコツ騎士は、アンデッドの雰囲気や動きがアンデッドと言うより人間のそれだ。
 
「あの、一応事情聞いてもいいですか?」

 思わずそんな言葉が出てきた。
 横では、ハルカさんが否定的な視線を一瞬向けてきたのだから、非常識な事を口にしたのだろう。
 もっとも、少し先で相対するガイコツ騎士は、我が意を得たりと頷いた。

「ほう。そこな戦士は、話が通じそうではないか。とはいえ、色々話しても今更だな。そうだな、其方らが倒した亡者どもに付いて行けば、何もせずとも何らかの方法で鎮魂してもらえると考えただけの事」

「じゃあ、ノール王国からここまで?」

「左様。この村までは我一人でな。他の亡者は、まだ祖国に居るのだろうな」

「あなたも亡者ですよね。それに亡者って、生ある者への憎しみとかが行動原理なんじゃあ?」

「そのようだな。今も其方らに襲いかかりたい衝動は確かにある。けどそれ以上に、もう疲れた。我は早く家族の元、神々の身許へ行きたいだけなのだ」

 そこでハルカさんが、小さくため息を付くと一歩前に出る。

「事情は分かりました、亡者の騎士よ。我が魔法を受け入れれば、すぐにも神々の身許へ赴けるでしょう。受け入れますか?」

「勿論だ。あ、そうそう、我の持ち物は全てくれてやる。ここは故郷ではないので墓もいらぬぞ。それにどうせ国も一族も滅びたので、弔う者も皆無だ」

 目の前のガイコツ騎士は人間臭く、悟りでも開いたような諦め具合だ。
 確かに、まともな意識があれば、骨にまでなって意識を保ち続けたくもないだろう。

「じゃあ、ここの神殿の墓地に剣でも刺しときますが、それでいいですか?」

「いらぬと言ったが、それくらいなら構うまい。其方らも、鎮魂したという証は欲しかろう」

「それでは、始めます。魔法を受け入れてください」

「うむ、頼む」

 その言葉でハルカさんが魔法を組み上げていく。
 魔法陣が二つ現れ、そして何か神々しく光るものがガイコツ騎士に注がれていく。
 そして魔法が収まると、ガイコツと鎧の残骸だけが地面に転がっていた。かなり大きかった魔力も拡散したし、何か不浄というかアンデッド特有の魔力の感じも消え失せている。

 ゲームで言えば、戦闘後のイベントって感じだ。
 カランという音が、亡者の騎士の最後の言葉のようにすら思えた。

「……なんだか、妙な締めになったな」

「私もこんな事は初めてよ。亡者への認識変えないとね。けど、これでようやく終りね」

 廃村内での戦闘開始から、かれこれ数えて小一時間後、ようやくオレたち二人以外動くものがなくなった。

「にしても、今回は流石にハードだったな」

「矮鬼の群れはだとせいぜい2、30体くらいなのに、今回の亡者は合わせて2、300体はいたんじゃないかしら」

「レベル、いや魔力が随分上がりそうだな」

「数もそうだけど高ランクもいたし、この場が魔力だらけになっているから、相当吸収できていると思うわ。使った分も、もう随分戻っているみたいだし」

 そう言うと目の前に手をかざして、小さな魔法陣が一つ浮かんでくる。そして少しの間自分の魔力反応を見ていた。

「オレも、それできるか?」

「魔法が使えなくても、魔法を封じた指輪を買えば大丈夫よ。今度買いましょ」

「了解。けど流石にしんどかった」

「はいはい。今日は頑張った頑張った」

 ポンポンと軽く頭を叩いてくれる。ちょっと背伸びする感じでオレの頭を叩く仕草がちょっと可愛い。

「えーっ、それだけ。けど、チョットは見直してくれた?」

「ええ、もちろん。勇者様が張れるんじゃない」

「張れるって、暴走族のリーダーかよ」

「フフフ、そうかもね。けど私、本当に勇者とか呼ばれてる人なんて見たことないわよ。そんな事より、本当にお疲れ様。それにありがとう。じゃあ、他の方の供養もしましょ」

「ああ。じゃあオレ、荷物持ちの人たち呼んで来る」

 「お願いね」と言いつつ、彼女は腰元に下げていた丈夫な革製のポーチから小さ目のガラス瓶を取り出し、中の聖水をまくと姿勢を正し、この世界の言葉で静かに祈り始めた。

 すぐにアンデッドが復活しないよう、本格的な鎮魂の前の応急処置的な鎮魂だけど、周辺には聖なる雰囲気とでも呼ぶべき空気が広がる。
 魔力の働きを正常化させるだけで浄化の魔法は無いと言うが、十分に浄化の魔法に見える。

 その間オレは、待機させていた村の有志の場所まで急いで戻るべく駆け出す。本格的な鎮魂や供養には、彼女の手持ちでは到底足りないからだ。
 何しろ200人以上を供養しないといけない。

「随分荒っぽい供養だよな」

 村の外へと進みつつ周囲の惨状を見ていると、ようやく意識が通常に戻るのを感じた。
 俄にホラー映画の舞台となった場所は、今は崩れ落ちたアンデッドの成れの果てだらけだ。
 現代人が見たら、びっくり仰天すること間違いない。
 多くが墓地で眠っていた死者だったとしても、気持ちの良いものではない。

 死者が簡単に亡者となる『アナザー・スカイ』では、死んですぐに手厚く葬らないと、何らかの亡者になってしまう場合がある。
 弔う者がいなければ亡者の集団を形成し、さらに一定時間が経過すると移動をはじめて、周囲に次なる災厄をまき散らしてしまう。

 アンデッドの数が増えると、それにつられて墓地からも死者が蘇る事も少なくない。そして集団の中から、更に強力なアンデッドが出世魚のように発生する。
 こうした戦闘後の廃村の惨状を救うのも、神殿の役割なのだそうだ。だからこの国の騎士の言葉にも、一も二もなく参加したのだ。

 なお、今回のアンデッド・ハザードは、この近くで三ヶ月ほど前に短い戦争が原因していた。

 戦争の方は、攻められた側のノール王国という国は完全に滅び、攻め込んだ国も大きな損害を受けて大混乱だったらしい。
 その混乱の中で亡者や魔物が溢れたせいで、滅ぼされた国を併合や合併することも出来なかったほどだ。

 まあ国と言っても、どちらも人口は十万ほどで、現代日本なら地方自治体程度の人口規模でしかない。
 しかし、いまだ原生林の多い地域のため、土地としての国の規模はオレたちの感覚からするとそれなりに広い。だから、魔物や亡者の取りこぼしが出てくる事がある。

 それでも二ヶ月前に鎮定を行い、亡者や魔物だけでなく、この戦争での敗残兵や失業傭兵、離散農民が盗賊、夜盗化していたのを討伐していた。
 合わせて、今回のようなことが起きないように色々と行ってもいたそうだ。

「しかし結果は失敗で、アンデッドの群れは溢れてしまった、と」

 聖水などを抱えた隣村の有志達を連れて行きながら、そんなことを思い出していた。
 視界の先には、廃村の広場で供養の準備をしている彼女の姿も見えてくる。
 そして彼女がこちらを見たので応えようとしたのだけど、急に意識が遠のいていく。

「あ、アレ?」

(アレ、オレ何かこの世界から弾かれるような事したのか?)

 そこまで思ったところで、『アナザー・スカイ』での意識が途切れてしまう。
 最後に見た光景では、彼女の驚く顔が見えていた。
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