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第一部

039「旅をしている場所」

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 その後の旅は、最初の数日に比べると単調となった。

 オレがこっちに来るようになって4日目に立ち寄った村で、襲ってきた『ダブル』を確かめるとすぐにも準備をして、儀式魔法で村人を癒した。

 前日に襲ってきた『ダブル』については、『ダブル』は自白により処刑に値する罪が有ると断定したので、出来る限り早く死刑にするように言い渡した。
 蛻の殻とはいえ、流石にオレたちの手で殺す事はできなかったからだ。

 また、彼の持っていた剣や鎧、その他所持品については、捕えたオレたちに権利があるのだけど、『ダブル』の所持した魔法の武器は庶民が持つには危険もあるので預かり、他はその村の盗品などの補償として委ねた。


 その後、ゆっくりしたペースで、オレとハルカさんの2人だけの旅は続いていた。
 本来なら普通の馬車や荷車でも、この先は村の間だけを進めば1日で村と村の間を十分に行き来できる。
 ハイホースの力があればもっと早く進める。

 農地が続く平地だと1日で幾つも村を通る事もできるが、魔力を消耗する儀式での治癒魔法をするので1日1村以上は立ち寄らない。
 街道の近くの森林など人のいない場所に入って、矮鬼などの魔物、危険な魔獣、猛獣などがいないかを念のため確認しする。

 場合によっては討伐するので、戦闘もそれなりの頻度で起きた。魔物の追跡で野宿の回数も2日に1回くらいになった。
 ゲームと違って、これでも戦闘回数はかなり多いらしい。

 また暇があれば、彼女と稽古や模擬戦、トレーニングをする。
 特にする事もない日など、丸半日も費やした事もあった。
 他にも、数時間も馬と競争させられたり、素振りしながら歩かされたりとか色々させられたけど、オレ的には二人っきりの部活やマンツーマンのトレーニングのようで、それなりに充実、いや楽しかった。

 彼女も自分の容姿を心得たもので、ヘタレるオレをアメとムチでうまく誘導しているし、おバカなオレはそれに喜んで乗った。
 模擬戦で切り傷だらけにされる事も日常だけど、その傷も日に日に減っていったし、彼女がオレを傷つける覚悟をして稽古を付けてくれる事も嬉しかった。

 それでも模擬戦の時はすごくシビアで、彼女の治癒魔法がなければ全身傷だらけだっただろう。
 なんだかマッチポンプな気もするけど、短時間でできる実戦的な鍛錬と思えば十分納得もできた。

 おかげで2週間もすると、褒めてもらえる事も多くなった。
 実戦でも連携など色々とできるようになっていった。そして約束通りというべきか、彼女から魔法を食らう練習もした。

 移動中も馬に乗ってばかりでなく、足腰を鍛える目的でオレが徒歩で馬の手綱を引く事も多かった。
 まあ主従ならこの方が自然だけど、彼女の背中が拝めないのはオレ的にはマイナスどころの騒ぎではなかった。


 一方で、ハルカさんと出逢って6日目に、オレと出逢う前に彼女と行動を共にしていた神殿の巡回隊と一度落ち合った。
 神官2名を中心に護衛や従者と合わせて8名から構成され、護衛の乗る馬2頭と馬車2台を利用していた。

 本来なら彼女は、合流後は神殿の人たちと再び行動を共にする予定だったが、このまま二手に分かれた方が良いという事で、交差する形で再び別行動を取ることになる。

 オレの事は、古い知り合いで偶然出会ったので護衛として個人的に雇ったと説明された。
 神殿の人たちは多少訝しんだけど、ハルカさんの方が位がずっと上なので特に強い反応を示す事もなかった。


「あの、ハルカさん……」

「私、割り込んで参加したんだけど、隊長の神官との能力差が有りすぎてギクシャクしてたのよ」

 一度神官達と合流した翌日、つまりオレがハルカさんと出逢ってちょうど一週間後。
 分かれ道となっている村で、神殿の巡回隊を二人で見送りながら口を開いたオレを制するように、ハルカさんが先に理由を口にした。

 無表情だれど、その仮面の下には色々な感情が渦巻いているように思えた。しかしオレにとって、現状は一つの光明がさしていることを示していた。

 そう思った表情は、顔にアリアリと出ていたのだろう。オレの方に目線を向けた彼女は、無表情から半目のウンザリげな表情になる。

「……何を思おうと勝手だけど、変な期待はしないでね」

「うん。けど、オレと一緒の方が気楽なんだろ。今はそれで十分だよ」

「そうね。同郷と居る方が気楽ってのは、思い知らされたわ。それに」

「まだあるのか?」

 オレの期待を込めたであろう表情に、彼女は少し悪戯っぽい表情を浮かべる。

「やっと盾として役に立つようになってきたんだもの。手放すのは惜しいでしょ」

「盾ね。それじゃ、ますます側にいないとな」

「ええ、よろしくね」

 少なくとも、神殿の人たちよりオレの方が気を許せるというのは嬉しい事だったし、オレ的には今後の関係なら十分に脈有りと思えたりもした。

 彼女がオレに向ける表情も、出逢った頃は病院の人が患者に向けるようなどこか作った表情ぽかったけど、かなり自然になってきてるように思えた。
 だからだろうか、出逢った頃より気軽に色々話せるようになっていた。



 その後、道中は基本道を進むといっても人がいないので、退屈しのぎに彼女からこっちでの話を色々聞いた。
 もうチュートリアルはほとんどなく、どこに行ったとか、何がいるのかと他愛のない話がほとんどだ。

 こっちもお返しに何かを話そうとしたが、オレができるのは現実での話ししかないので少し気が引けたが、彼女はオレの退屈な話でもBGM代わりだと言いつつ聞いてくれた。
 それでも彼女がオタクでないのは分かったが、オレにはオタクっぽい話しかないのであまり向こうでの話は避けるようにした。
 それに何となくだけど、ハルカさんは向こうの会話をしたがらないように思えた。
 そうした旅路でのイベントといえば狩りがあった。

「うさぎのシチューもいいわね」

 彼女の言葉が発端で、あまり美味しくない保存肉にも飽きていたところで、道すがらで見かけた兎を何羽か彼女がマジックミサイルで呆気なく狩っていった。
 自動命中なので外す筈もなく、そこまでは魔物と戦うのと変わらないが、それはそれで衝撃的といえた。
 もっとも、そこからがオレにとって一大事だった。

 その場での血抜きは、まだたいした事ではなかった。
 そのあと小川のある場所まで移動して解体を始めたのだけど、1匹目を彼女がお手本として手馴れた様子で解体してくれたが、残り2匹をオレが解体する事となったからだ。

 そして生き物を切る事に慣れるという目的もあるらしく、皮を剥ぐところから「肉」にしていくところまで一通り実地で教わったのだけど、確かに慣れるにはいい経験だった。
 その後も色々な獲物の解体を経験した。さらには身体能力に任せてオレが獲物を捕まえたりもした。

 確かに慣れるものだ。

 それ以外にも主に野外活動に関して色々教わり、野外料理も材料を切っていくところから覚えた。
 そしてその後も続いたレクチャーもあって、一ヶ月もすると立派なアウトドアマスターになっていた。
 現実世界では虫すらろくに殺した事がないのに、獣の解体程度なら日常といえるまでになっていた。

 一方で、魔法に関しても多少は教えてもらったのだけど、教材となる本などがない事もあって、ごく簡単なものですら流石に短期間で修得するのは難しく、魔法文字や魔法の法則の簡単な勉強を教えてもらっただけだった。

 向こうで情報を探してもみたが、嘘か曖昧なものばかりで正確なものはなかった。
 それでも知っているのと知らなないのは大違いで、対処方法を中心に格段に進歩があった。

 あと多少の変化と言えば、乗用馬を手に入れた事だろうか。
 こっちに来るようになって10日目くらいに立ち寄ったとある村で、神殿への報酬の前払いとしてあるので、いずれ返さないといけないがオレの懐も痛んでいない。

 それよりもハルカさんとの二人乗りが出来なくなった事が、オレにとっては大きな変化だった。彼女も多少は重荷が降りた的な発言するし、オレの受けた精神ダメージも小さくない。

 それでも退屈とすら言える毎日だけど、オレにとってはむしろ天国ですらあった。毎日のように戦闘があるとはいえ、ちょっとした冒険気分だし、何より美少女との二人旅だ。
 盗賊の『ダブル』に会うような、鬱入るような事件もない。
 おかげで文芸部でのオレの話は、はやくも退屈だと言われていた。


 なお4日目に、ハルカさんから教えてもらう形で、ようやくどの辺りにいるのかが、だいたい分かった。
 なんちゃってヨーロッパなので、現実のヨーロッパの地形とほぼ同じなのだけど、オレが出現したのはスカンジナビア半島の南の方にあたる場所だった。

 しかしオレたちの世界と違って、海抜の低いデンマークやオランダ辺りは多くが海の底だったりするなど海岸の地形がかなり違う。
 河川に広がる沖積平野も現実の世界とは少し違った形成をしている。
 日本のような地形だと、特に違っているという。

 この辺りの事は、まとめサイトにもあったけど、より詳しい事は少しあとで文芸部部員が調べてくれていた。

 一方で、世界全体が温暖なので自然環境も少し異なり、北の方でも農業がそれなりに行われているせいか人口も多く、オレたちがいる地域も一つの国ではなく幾つかの国に分かれていた。

 ついでに言えば、スウェーデンという国名ではなく全く違う名前の国がある。
 けど、地域名や国名に始まり、地名はなんと言うか厨二病心をくすぐるものが多い。

 星自体も一つの世界と認識されているので、呼び名はテラ(東洋では「天羅」)で統一。
 ヨーロッパというような地域全体の名前は、ギリシア神話の女神の名前ではなくて、ラテン語で西洋を意味する言葉に近いオクシデント。
 そう言えば、こっちの共通語といえる言葉は、オレたち『ダブル』にはほぼラテン語として理解されている。
 文字もラテン文字、アフファベットにイメージは近い。

 加えて、長距離飛行する騎乗可能な魔物などがいて飛行船もあるので短時間での長距離移動が可能なので、言語や文字などの違いは同じような文明の頃の現実世界より種類が少なく、地域による差も小さい。

 そしてラテン語に聞こえる言語は、特権階級、神殿、魔法使いなど知識階層の間だけでなく、さらには商業取引でも用いられ、オクシデント全体の共通言語としての役割を果たしている。
 『共通語』という表現すらあるほどだ。

 なお、今いる場所は地域的に北欧神話から取ったんじゃないかと言うほど、ちなんだ名称が多い。
 オレたちのいるスウェーデンに当たる地域にある国の名も、北欧神話に出てくるのと同じ名称でアースガルズ王国だ。

 逆にキリスト教など一神教由来の名詞は見られず、オタクが大好きな北米発祥の邪神が一杯出てくる神話の名詞も見かけないそうだ。

 そしてどこもかしこもそんな感じの命名なので、オレたちの世界とのつながりを感じさせたりもしている。
 一説では、過去何度も『ダブル』が出現するのと同じような事が起きた名残なのではないかと言われている。

 生き物の多くも、人がそうであるようにオレたちの世界とほぼ同じだ。違うのは、魔力の影響を受けた生き物で、動物、植物を問わずかなりの種類になる。
 中には巨大化したり、凶暴化しているものも少なくない。

 しかしそれだけでは世界全体に大きな変化はないらしく、普通に旅をしている限りはオレたちの世界の中世後半から近世の入り口ぐらいの時代と大きな違いはないという。
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