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第一部

035「悪行の末路(1)」

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 盗賊の中では装備も良さそうな若い男の声に、俺は内心「ビクッ」とした。

 『お前も』ということは、この盗賊も『ダブル』の可能性が高い。見た目も、なんとなく日本人っぽい。年はオレとそう変わらないように見える。
 そして、こいつからだけ魔力を感じる。

「やっぱ、そうなんだろ。なあ、助けてくれよ。出来心だったんだ」

 言葉に反応して凝視するオレに反応したのか、虫のいいことを言ってくる。
 というか、出来心って、お約束なセリフがかえって嘘くさい。

「従者よ。全員を縛りなさい」

 後ろからハルカさんの厳しい声が響く。
 オレはそれにうなづき、盗賊となった『ダブル』の懇願を無視して、一人一人後ろ手で縛っていく。

 こういう盗賊に出くわす事もあるらしく、事前に知らされていたので馬に載せてある荷物からロープの束を取り出し、とりあえず呆然と立ち尽くす盗賊『ダブル』以外の両腕を後ろ手で縛り上げる。
 結ぶのも、結び方を習って練習もしていたので、問題なく縛り上げていった。

 そして最後にそいつに近づいた。

「よ、よせよ。同じ日本人だろ」

「……大人しくしろ。殺しはしないから」

 オレももう少し言い様はあったと思うが、そう言うと観念したのか力なくしゃがみ込んでしまった。

 そこから縛り上げるのは簡単で、ほぼ無抵抗だった。そして全員が縛られるのを確認して、彼女はようやく攻撃魔法の寸止め維持を解除する。
 さらに馬をその場に残して、茂みの中に入り誰か残っていないか念のため調べる。

 そして出てきた時には、一振りの剣を持っていた。盗賊『ダブル』のものだろう。

「お前たちをこの先の村まで連行して、そこで村人か役人に引き渡します。怪我で歩けない者がいれば申し出なさい。応急処置だけします」

 その言葉に盗賊たちは一様に顔を青くする。

 お約束だと投獄や鞭打ち、百叩き、最悪縛り首や斬首などの刑罰を受けるからだ。自らの身代金なり払えば許される場合もあるが、その金があったとしても奪ったものなので意味はない。

(こいつらの場合、罪が明らかになったら縛り首コースもあるんだろ。因果応報だ)

「約束が違うだろ。殺さないって言ったくせに。畜生!」

 オレが同情より侮蔑の感情を持った時、さっきの男が叫んだ。
 しかも叫ぶと同時に、他より多めにそしてきつく結んだ筈のロープが引きちぎられる。いや、引きちぎるよりは、何かで切ったような感じだ。

 そして「このクソアマーっ!」と、これもお約束な感じの叫びとともに、近くにいたハルカさんに襲いかる。

 その時オレは、他の奴らを立たせたりしていたので、咄嗟に割って入ることができなかった。
 不意を打たれただけではなく、その男は意外という以上に素早く動いたからだ。普通の人とは明らかに違う動きは、確かに『ダブル』なのだろう。自分たちだけが特別でない事を思い知らされたが、後の祭りだ。

 対する彼女は、あっちの世界の普通の女の子とはわけが違っていた。
 男が襲いかかってきたのに、悲鳴を上げるでも頭を抱えてしゃがみこむでもなかった。

 剣は抜いてなかったが、襲ってきた相手よりも素早く的確に動き、ほんの少し左に動いて相手の短剣を持つ腕をかわし、少し身を沈めて足払いをして倒してしまう。
 そして流れるような動きで、倒れかかった相手の右腕をとって後ろに回して腕を極めてしまった。

 本来ならそこで相手は痛くて動けなくなるが、そこは痛みを感じない『ダブル』だった。
 腕が変な方向にねじ曲がるのも気にせず、獣のような叫び声と共にハルカさんの長い髪に掴みかかって倒してしまう。
 これには彼女も予想外で、次の行動が遅れた。

 そして態勢を崩した彼女の喉元に、今まで隠し持っていた小さな短剣を突きつける。おそらく縄もこれで切ったのだろう。

「ハハっ、これで逆転だな神官様よ。殺されたくなければ、そっちのクソ野郎に仲間の縄を解かせて、武器を捨てるよう命じろ」

 立場が逆転したハルカさんだけど、目は冷静だ。いや冷徹とすら言える。
 オレも助けに動こうとしたが、盗賊『ダブル』がこれ見よがしに彼女の喉元に短剣を押し付けるので見ていることしかできない。

 しかし盗賊『ダブル』は、短剣の切っ先の向こう側が少し光っていることに気づいていないようだ。その光りは、彼女の防御魔法が反応している事を現している。
 そして冷静な目で自重を促す彼女の視線もあり、オレの頭も少し冷静になれた。

「あなたが『ダブル』なら、今すぐこんな事は止めなさい」

「うるさいっ! 異世界に来てまで説教は沢山だ!」

「高位の神官を襲うのは初めてですか? 今すぐ止めないと、取り返しがつかなくなりますよ」

「ああ、初めてだよ。で、この後は存分に楽しませてもらうが、それも神官様は初めてになるなぁ!」

 言葉のあとに卑下た笑いが続く。それでも彼女の冷徹さは崩れない。

「もう一度言うわ。止めなさい。この世界に居続けたいなら特にね」

 口調が神官用ではなく、いつもの口調になっている。
 そして怒りや蔑みより、憐れむようなものを感じる声だ。

「うるさい、煩い、五月蝿い! せっかく異世界に来たんだ。好き勝手にして何が悪い。それにどうせ夢なんだ。ああ、好きにするさ。今までと同じように、これからもな!」

 言い切ると短剣に込める力を強める。
 そうすると彼女を守る防御魔法が反応して、かなりの光を発する。けど肌が切れることはなく、魔法の守りは短剣を防いでいた。

「チッ! 防御魔法か。もういい、こっちの人間なんて何人死んでも構うもんか! お前らの大好きな神々の元にでも行きやがっ、あがっ、あ、アレ?」

 そう言うと大きく腕を振りかぶり、喉元目指して短剣を鋭く振り下ろそうとする。
 しかも短剣は強い魔力の輝きを放っていた。オレは構わず動いたが、とても間に合いそうにはない。
 けど盗賊『ダブル』の動きは、途中で止まってしまった。

 そして変な声を出すと、目がくるっと縦に回って白目になり、短剣を落として勝手に崩れ落ちていく。突然意識を失うか絶命したかのような、糸が切れた人形のような動きだ。

 それを見た他の盗賊達は、震え上がって恐れた。必死に神々への祈りを捧げている者までいる。見た目には、抵抗できない筈の彼女が何かしら手を下したか、神々の罰でも下されたようにしか見えないからだ。
 オレは取り敢えず二人のもとまで一気に飛び、そしてそのまま男を引き剥がす。

「もう、大丈夫よ。多分彼はもうこっちでは目覚めないから」

 彼女は軽く首を振って立ち上がり、静かな声で告げた。
 乱闘の間に、いつも結っている髪がほどけていたので、首の動きに連動して長髪が大きく揺れている。

「何をしたんだ?」

「何も。何かしたのは彼。そしてその結果がこれ。これも『ダブル』の末路の一つよ」

 冷徹で、それでいて少し寂しそうな声だった。
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