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第一部
031「魔力回復(1)」
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神殿の中は狭く薄暗かった。
扉も閉めたのでなおさらだ。
中の広さは、小さな神社の拝殿内くらい。せいぜい四畳半くらいだろうか。
神殿の中と言うよりは、お堂の中と言った雰囲気だ。
中は一段高くなった石段の上に木製の質素な祭壇があるだけで、椅子などはない。
キリスト教の礼拝堂みたいなものを予想していたが、雰囲気が少し近いくらいだ。
そんな中で一段高くなっている祭壇の台座に二人して座り込む。
「あー、しんどかった。こんな小さな村に、あんなに病人がいるとは思わなかったわ」
開口一番、ハルカさんがいつものハルカさんに戻った。
地面に足を投げ出す感じが、ファンタジーの住人ではなく現代日本人だ。
しかも口にしているのは、明らかに日本語。万が一聞かれても、こっちの人は何を話しているのか分からないだろう。
『ダブル』は意識していないと日本語を話しているらしいけど、彼女が日本語を話していること自体が緊張が緩んだ証だ。
「ほとんど何も分からなかったんだけど、一応聞いてもいいか?」
「そうね。これからの事もあるから、大凡くらい知っておいた方がいいわね」
そう言うと、おとがいに人差し指を当てながら、何から話すか思案している。
「魔法はフォース・スペルの儀式魔法『癒しの陣』。名前に『陣』がつくように多数もしくは範囲系の魔法で、広範囲に怪我を治すやつね。それをベースに、私が載せられるだけの種類の癒し関係の魔法を乗せていったの。
それぞれ低位の病気の癒し、解毒、肉体再生ね。肉体再生は、白内障の目を見えるようにしたり、指1本程度なら1週間ほどで生えてくるわよ。欠けた歯もある程度は治るわね。低位だし専用呪文じゃないから、内臓や手足丸ごととかは無理だけど」
「器用なことができるんだな。それに魔法って、一度に一つの魔法しか発動しないわけじゃないんだ」
「それだと複雑な手順の魔法は一切使えない事になるわね」
「例えば?」
「例えば……召喚系ね。近くの動物を使役するにしても、喚んで従えて命令を与えないと意味ないでしょ」
「なるほど。治癒魔法も一度に色々できるってことか」
「治癒系の場合、儀式魔法ならね。広範囲儀式魔法をベースにして、色々上乗せしていくことができるわ。
けど、普通上乗せする魔法は、参加した人がそれぞれ別個に唱えるんだけどね」
お、きたドヤ顔だ。
一人で全部できる事を褒めて欲しいわけだ。
「つまりハルカさんは、ちょー凄いってことでいいのか?」
「『ちょー』とか言われると凄くなさそう。大変なのよ、覚えるのも構築するのも。集中しすぎて頭のカロリーが根こそぎ持って行かれた気分よ」
「じゃ、甘いものが欲しいところだな」
「あるわよ。とっておきが」
そう言って、腰のベルトポーチから魔法が込められているっぽい奇麗な袋を取り出し、さらにその中にある黒く丸い塊を一つ摘むと嬉しそうに口にする。
見た目はショーウィンドーに陳列されている高級チョコレートっぽい。
「ンーっ、美味しいっ! あ、はい、ショウ君にもご褒美。とっておきだから、味わって食べてね」
「せんきゅー」
幸せそうな顔の彼女の顔を横目に見つつ、早速もらった1粒を口にする。
「うわっ、何これ。アメリカのお菓子みたいに、歯にガツンとくる甘さだな」
「あー、確かに似てるかもねー。けど、今はこの甘さが嬉しいわ」
「めっちゃ高カロリーだよな」
「うん。この世界の特殊な甘味。錬金術と『ダブル』のお菓子の知識で作られた逸品。こっちの魔法職にも大人気。これ一つで、現代の価格にすると1万円以上するのよ」
「マジか。高級チョコも真っ青だな」
「真っ青どころか、敵いっこないわね。高カロリーな甘味なだけじゃなくて、かなりの魔力も閉じ込めてある一種のマジックアイテムだから」
「なるほど、高額回復アイテムってところか」
しばらく口の中に残る強い甘味を感じつつも話はまだ続く。
「で、オレは何か役に立ったのか?」
「もちろん。しかも予想以上」
シミジミと彼女が言う。
「突っ立ってただけで、何もしてないんだけど」
「言ったでしょ。ショウ君の魔力も使ったから効果範囲が大きく広げられたって」
「そういえば、魔法陣の外にも効果出てなかったか?」
オレの言葉に彼女が反応して、少し身を乗り出してオレを指差す。
「そうそう、それ。予想以上よ。どれだけ魔力溜め込んでるの? ビギナーにしてはけっこう規格外だと思うわよ。Bランクくらいあるんじゃない?」
そう言われてもまるで実感はない。思い当たる事と言えば、昨日の事くらいだ。
「昨日モンスター沢山倒したせいかな?」
「あれくらいじゃあ、大した量は稼げないわよ。潜在キャパか、魔力総量が大きいんだと思うわ。そういうのは、ちゃんと調べないと分からないのよね」
「そうなんだ。けど、魔力が沢山あったところで、魔法職じゃないから意味ないな」
「私は魔力タンクになってくれるだけでありがたいわよ。吸い取る魔法もあるし。
けど、その魔力自体が、意識して消費しなくても身体能力を高めてくれるわよ。それに訓練すれば、身体能力の強化とか魔力防壁とかにさらに上乗せできるから、鍛えることをお勧めするわね」
「お、キタキタ、チートっぽい設定」
「設定じゃなくて能力もしくは特徴。何せよ理由は分からないけど、大事にしなさい」
「りょーかい。それより、なんか地面からジワジワ来てないか?」
神殿に入ってから少し気になっていたので、地面を指差して聞いてみる。
彼女は、全て知っているという顔を浮かべる。
「ええ、神殿は魔力の巡りが多い場所に作られることが多いのよ。あと村の中心もね。だからここでしばらくじっとしていれば、短時間でもある程度は魔力を回復できるわ」
「へーっ。魔力回復スポットとかもあるんだ」
「ええ、自然の中でもちょくちょく在るわね。原生林だと魔木になったりするし、魔物が湧くような場所は近づかないほうがいいわね」
「普通の魔力と何か違うのか。不浄だとか?」
「まあ、不浄といえば不浄だけど、魔物が湧くところは魔力が澱んでいるし、魔力が補充できても気分悪くなるだけね」
「魔力に綺麗汚いがあるんだな」
「ええ。魔力はテレパシー的なものにも使われるせいか、人や生き物の意識がコピーみたいな形で移りやすいのよ。
で、そういうのが自然に集ると、澱みが生まれるの。アンデッドなんかは、1人分の意識丸ごとが残留思念として死体を乗っ取る形になるって言われているわね」
「魔力にも色々あるんだな。見分けられたりできるのか?」
「ええ、魔法使いなら大体は。治癒職なら、浄化したり選り分けたりできる人もいるわね」
「ハルカさんは?」
「神官の魔法としてそれなりに。けど私、最初から神官じゃないから、まだ勉強することも多いわ」
あまり聞きかない方が良い話だったのか、彼女のテンションが少し下がった。
そこで話を少し変える事にした。
けど、神官になるのは後からというのは、かなり重要な情報っぽい気がする。
それとも『ダブル』は、任官などの問題とかがあって初期からは神官になれないのだろうか。
「あ、そういえば、病人が多いって?」
「ええ、そう。北の方だから油断してたけど、マラリアがこの村でも流行ってたみたい」
「ああ、風邪っぽい人多かったよな」
「そうね。あっちの南方のマラリアよりマシなんだけど、罹患率がけっこう高いから労働力低下にダイレクトに響いて、農業生産力が下がる大きな原因なんだって」
「ふーん。それと、思ったより村人の数そのものが多い気がしたな。西洋ファンタジーより、日本の時代劇な感じがちょっとした」
「なるほど、ビギナーにはそう見えるのかー。あっちの中世ヨーロッパも、ペスト流行まではけっこう人口は多かったみたいだけどね」
「ペスト?」
「そうペスト。黒死病。中世ヨーロッパの一大暗黒イベントでしょ。もっとも、ユーラシア大陸各地で大流行したみたいだけど」
「詳しいな」
「ええ。医療関係目指してるから」
そう言う彼女の目線は、どこか遠くを見ているように思える。
やはり医者になるのは難しいのだろう、という程度に思うしかないところが我ながら情けない。
「歴史の方じゃないんだ」
「歴史はあんまりかしら。ともかく、こっちの世界ではペストやペストに匹敵する罹患率と致死率の両方が異常に高い伝染病は、一度も流行したことないみたいね。
そのせいで、お約束で小綺麗な近世ヨーロッパ世界の成立を阻む原因の一つになってるらしいわ」
「もう、フーンとしかコメントできないよ」
「まあ小難しい話よね」
小難しい学校の勉強みたいな話だけではついていけないので、話題を逸らすことを試みる。
「そうだ、モンスターの脅威とかで人口は減らないのか?」
「影響はゼロじゃないけど、魔力と魔法の恩恵で相殺されて程度問題らしいわ。
結局、文明が進歩してそこらじゅうにある原生林や湿地、荒野の開発が進めば、魔物は発生できる場所と活動する場所の両方を失って駆逐されていくだろうって言われてる」
扉も閉めたのでなおさらだ。
中の広さは、小さな神社の拝殿内くらい。せいぜい四畳半くらいだろうか。
神殿の中と言うよりは、お堂の中と言った雰囲気だ。
中は一段高くなった石段の上に木製の質素な祭壇があるだけで、椅子などはない。
キリスト教の礼拝堂みたいなものを予想していたが、雰囲気が少し近いくらいだ。
そんな中で一段高くなっている祭壇の台座に二人して座り込む。
「あー、しんどかった。こんな小さな村に、あんなに病人がいるとは思わなかったわ」
開口一番、ハルカさんがいつものハルカさんに戻った。
地面に足を投げ出す感じが、ファンタジーの住人ではなく現代日本人だ。
しかも口にしているのは、明らかに日本語。万が一聞かれても、こっちの人は何を話しているのか分からないだろう。
『ダブル』は意識していないと日本語を話しているらしいけど、彼女が日本語を話していること自体が緊張が緩んだ証だ。
「ほとんど何も分からなかったんだけど、一応聞いてもいいか?」
「そうね。これからの事もあるから、大凡くらい知っておいた方がいいわね」
そう言うと、おとがいに人差し指を当てながら、何から話すか思案している。
「魔法はフォース・スペルの儀式魔法『癒しの陣』。名前に『陣』がつくように多数もしくは範囲系の魔法で、広範囲に怪我を治すやつね。それをベースに、私が載せられるだけの種類の癒し関係の魔法を乗せていったの。
それぞれ低位の病気の癒し、解毒、肉体再生ね。肉体再生は、白内障の目を見えるようにしたり、指1本程度なら1週間ほどで生えてくるわよ。欠けた歯もある程度は治るわね。低位だし専用呪文じゃないから、内臓や手足丸ごととかは無理だけど」
「器用なことができるんだな。それに魔法って、一度に一つの魔法しか発動しないわけじゃないんだ」
「それだと複雑な手順の魔法は一切使えない事になるわね」
「例えば?」
「例えば……召喚系ね。近くの動物を使役するにしても、喚んで従えて命令を与えないと意味ないでしょ」
「なるほど。治癒魔法も一度に色々できるってことか」
「治癒系の場合、儀式魔法ならね。広範囲儀式魔法をベースにして、色々上乗せしていくことができるわ。
けど、普通上乗せする魔法は、参加した人がそれぞれ別個に唱えるんだけどね」
お、きたドヤ顔だ。
一人で全部できる事を褒めて欲しいわけだ。
「つまりハルカさんは、ちょー凄いってことでいいのか?」
「『ちょー』とか言われると凄くなさそう。大変なのよ、覚えるのも構築するのも。集中しすぎて頭のカロリーが根こそぎ持って行かれた気分よ」
「じゃ、甘いものが欲しいところだな」
「あるわよ。とっておきが」
そう言って、腰のベルトポーチから魔法が込められているっぽい奇麗な袋を取り出し、さらにその中にある黒く丸い塊を一つ摘むと嬉しそうに口にする。
見た目はショーウィンドーに陳列されている高級チョコレートっぽい。
「ンーっ、美味しいっ! あ、はい、ショウ君にもご褒美。とっておきだから、味わって食べてね」
「せんきゅー」
幸せそうな顔の彼女の顔を横目に見つつ、早速もらった1粒を口にする。
「うわっ、何これ。アメリカのお菓子みたいに、歯にガツンとくる甘さだな」
「あー、確かに似てるかもねー。けど、今はこの甘さが嬉しいわ」
「めっちゃ高カロリーだよな」
「うん。この世界の特殊な甘味。錬金術と『ダブル』のお菓子の知識で作られた逸品。こっちの魔法職にも大人気。これ一つで、現代の価格にすると1万円以上するのよ」
「マジか。高級チョコも真っ青だな」
「真っ青どころか、敵いっこないわね。高カロリーな甘味なだけじゃなくて、かなりの魔力も閉じ込めてある一種のマジックアイテムだから」
「なるほど、高額回復アイテムってところか」
しばらく口の中に残る強い甘味を感じつつも話はまだ続く。
「で、オレは何か役に立ったのか?」
「もちろん。しかも予想以上」
シミジミと彼女が言う。
「突っ立ってただけで、何もしてないんだけど」
「言ったでしょ。ショウ君の魔力も使ったから効果範囲が大きく広げられたって」
「そういえば、魔法陣の外にも効果出てなかったか?」
オレの言葉に彼女が反応して、少し身を乗り出してオレを指差す。
「そうそう、それ。予想以上よ。どれだけ魔力溜め込んでるの? ビギナーにしてはけっこう規格外だと思うわよ。Bランクくらいあるんじゃない?」
そう言われてもまるで実感はない。思い当たる事と言えば、昨日の事くらいだ。
「昨日モンスター沢山倒したせいかな?」
「あれくらいじゃあ、大した量は稼げないわよ。潜在キャパか、魔力総量が大きいんだと思うわ。そういうのは、ちゃんと調べないと分からないのよね」
「そうなんだ。けど、魔力が沢山あったところで、魔法職じゃないから意味ないな」
「私は魔力タンクになってくれるだけでありがたいわよ。吸い取る魔法もあるし。
けど、その魔力自体が、意識して消費しなくても身体能力を高めてくれるわよ。それに訓練すれば、身体能力の強化とか魔力防壁とかにさらに上乗せできるから、鍛えることをお勧めするわね」
「お、キタキタ、チートっぽい設定」
「設定じゃなくて能力もしくは特徴。何せよ理由は分からないけど、大事にしなさい」
「りょーかい。それより、なんか地面からジワジワ来てないか?」
神殿に入ってから少し気になっていたので、地面を指差して聞いてみる。
彼女は、全て知っているという顔を浮かべる。
「ええ、神殿は魔力の巡りが多い場所に作られることが多いのよ。あと村の中心もね。だからここでしばらくじっとしていれば、短時間でもある程度は魔力を回復できるわ」
「へーっ。魔力回復スポットとかもあるんだ」
「ええ、自然の中でもちょくちょく在るわね。原生林だと魔木になったりするし、魔物が湧くような場所は近づかないほうがいいわね」
「普通の魔力と何か違うのか。不浄だとか?」
「まあ、不浄といえば不浄だけど、魔物が湧くところは魔力が澱んでいるし、魔力が補充できても気分悪くなるだけね」
「魔力に綺麗汚いがあるんだな」
「ええ。魔力はテレパシー的なものにも使われるせいか、人や生き物の意識がコピーみたいな形で移りやすいのよ。
で、そういうのが自然に集ると、澱みが生まれるの。アンデッドなんかは、1人分の意識丸ごとが残留思念として死体を乗っ取る形になるって言われているわね」
「魔力にも色々あるんだな。見分けられたりできるのか?」
「ええ、魔法使いなら大体は。治癒職なら、浄化したり選り分けたりできる人もいるわね」
「ハルカさんは?」
「神官の魔法としてそれなりに。けど私、最初から神官じゃないから、まだ勉強することも多いわ」
あまり聞きかない方が良い話だったのか、彼女のテンションが少し下がった。
そこで話を少し変える事にした。
けど、神官になるのは後からというのは、かなり重要な情報っぽい気がする。
それとも『ダブル』は、任官などの問題とかがあって初期からは神官になれないのだろうか。
「あ、そういえば、病人が多いって?」
「ええ、そう。北の方だから油断してたけど、マラリアがこの村でも流行ってたみたい」
「ああ、風邪っぽい人多かったよな」
「そうね。あっちの南方のマラリアよりマシなんだけど、罹患率がけっこう高いから労働力低下にダイレクトに響いて、農業生産力が下がる大きな原因なんだって」
「ふーん。それと、思ったより村人の数そのものが多い気がしたな。西洋ファンタジーより、日本の時代劇な感じがちょっとした」
「なるほど、ビギナーにはそう見えるのかー。あっちの中世ヨーロッパも、ペスト流行まではけっこう人口は多かったみたいだけどね」
「ペスト?」
「そうペスト。黒死病。中世ヨーロッパの一大暗黒イベントでしょ。もっとも、ユーラシア大陸各地で大流行したみたいだけど」
「詳しいな」
「ええ。医療関係目指してるから」
そう言う彼女の目線は、どこか遠くを見ているように思える。
やはり医者になるのは難しいのだろう、という程度に思うしかないところが我ながら情けない。
「歴史の方じゃないんだ」
「歴史はあんまりかしら。ともかく、こっちの世界ではペストやペストに匹敵する罹患率と致死率の両方が異常に高い伝染病は、一度も流行したことないみたいね。
そのせいで、お約束で小綺麗な近世ヨーロッパ世界の成立を阻む原因の一つになってるらしいわ」
「もう、フーンとしかコメントできないよ」
「まあ小難しい話よね」
小難しい学校の勉強みたいな話だけではついていけないので、話題を逸らすことを試みる。
「そうだ、モンスターの脅威とかで人口は減らないのか?」
「影響はゼロじゃないけど、魔力と魔法の恩恵で相殺されて程度問題らしいわ。
結局、文明が進歩してそこらじゅうにある原生林や湿地、荒野の開発が進めば、魔物は発生できる場所と活動する場所の両方を失って駆逐されていくだろうって言われてる」
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