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第一部

028「ネームド(2)」

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 部室にはすでに数人が来ており、オレに視線が集まる。その視線の先の一人に、タクミもいる。

「来た来た。今日は何話してくれるんだ?」

「呼んどいて『来た来た』はないだろ。帰るぞ」

「ごめんごめん。で、ネタはある?」

「う~ん、夜中に魔物の群れに襲われた」

「おっ、いいねぇ」

 タクミは満面の笑みだ。他の部員の幾人かも、興味を持った視線を向けてくる。部室の密度は、昨日の7割くらいだろうか。

「よくないだろ。襲われたのに」

「でも魔物だと、ゲームのモンスターみたいなもんだろ」

「ある程度はな。けど、やっぱ怖いし、倒してしばらくはスッゲー臭いぞ」

「あー、そういう情報も確かあったな。マジなんだ」

「マジマジ。あそこには半日は近づきたくないね」

 するとその横で、ウンウンと我が意を得たりと頷く天沢の姿があった。

「どうした天沢。めっちゃ納得してるけど?」

「ハッ! い、いや、元宮君と同じ情報に納得しただけだよ。ホントに!」

「そんな焦らなくても。ていうか、天沢もタクミと同じでまとめサイトとか見に行くのか?」

「おや? これは思わぬところに同志発見、でいいのかな天沢さん?」

 タクミも参戦してくる。文芸部部員は『夢』への理解はあるけど、信奉するほど入れ込んでいるものはさすがに少数派なので、オレの存在を除外しても同志は貴重なのだ。
 すると当然会話してきたタクミにへの返答に困っているので、ちょっとまぜかえすことにしてみた。

「実は天沢も『ダブル』だったりして?」

「な、な、なん、なんでそう思うの? ち、ちが、違りゅから!」

 アレ、藪蛇だったか?
 内心そう思わなくもないが、予想以上に強い調子で言下に否定されてしまった。
 変に追求するも悪そうだけど、それでも一応確認したくなった。

「噛んでる、噛んでる。けど、全く無関係って感じじゃないんだけど?」

「ホントに違うの。中学の時の友達がそうだったの。それで私も少し詳しいだけ」

「なるほど。てか、過去形? じゃあ、もうあっちにはいないのか」

「う、ううん。多分まだ向こうにもいると思う」

「じゃ、ショウが会う可能性もあるんだな。で、その子の体験とかもかなり聞いたりしてた?」

「あ、あんまり。それに1年以上会ってないから。けど、モンスターの死体が臭かったって言ってたのは覚えていたの」

「そっかー、残念。まあショウで我慢するよ。がっついてゴメンな」

 タクミはめげない子だ。それにちゃんと謝れる子だ。
 オレも新たなご同輩の登場をちょっと期待したけど、世の中そう都合よく出来てないよな。最低でも500人に1人だし。
 けど、今の会話に看過できない言動があった。

「タクミ、オレにがっつくのはいいのか?」

「友達だろ」

 イケメンな笑顔でそう答えるタクミのコミュ力には、まだまだ勝てなさそうだ。
 なお、オレがちょっと期待したのは、『ダブル』は現実で近くに住んでたりすると『アナザー・スカイ』でも近くにいる可能性が高いという説だ。

 もちろんだけど、天沢がハルカさんだと思ったわけではない。オレもそうだったように、『ダブル』は現実とほぼ同じ外見だと言われているからだ。だいいち、雰囲気などが違いすぎる。


 それからしばらくして、昨日と同じようにオレへの『事情聴取』が始まる。断じて講演会とかインタビューなどではない。何しろオレに選択権がないのだ。

 そして昨日と同じように、向こうでの1日をかいつまんで話していったが、注目を浴びたのは二つ。
 一つは浮遊石の存在。
 もう一つがハルカさんが使った魔法だ。

「え?『光槍陣』てマジか? サード・スペルの?」

「ええ、そう言ってました。見た目も光の塊みたいな投槍の束でしたよ。魔法陣も複雑な構造のやつが3つ浮かんでましたし」

「魔法陣の中の小さな魔法陣の数は?」

「えーっと、確か四方に1つだから、4つずつかな?」

 自分で言って気づいたが、3つの魔法陣のそれぞれの中にはさらに小さな魔法陣が浮かび上がっていた。そしてそれが、1本ずつの光る槍を形成していったのだ。

「槍は何本?」

「ちょうど1ダースです。あとで命中したモンスターの死体も確認してます」

「1ダースって、ノーマルの倍じゃないか」

「だな。魔法陣の形とも合ってる」

「その女神官戦士、ちょー強キャラだな」

 話を聞いている殆どが、その言葉に頷いた。

「だよね。それに複数対象魔法の1発だけで、Cランクモンスターのオーガーを一撃とか難しいでしょ」

「オーガーなら、オレも二太刀で倒せましたよ」

「まあ、月待もそこそこ強いのは認めてやる。それが本当ならな。で、マジなのか?」

 半信半疑もしくは信じてない口ぶりだ。
 話させられている身としては、なんだか憮然とさせられる。

「今更、嘘言っても仕方ないでしょう」

「まあ、そうだよな。今までの月待の話は、いらないところまでリアルすぎる」

「けど本当なら、その女神官戦士は多分『ネームド』だぞ」

(おっ、何やら聞いたことない言葉が出てきた)

「確か自称Aランクだったよな。なら有り得るか」

「複合職なのに、限定でもフォース・スペル使えるのが本当なら確定だろ」

「ちょっと調べてみる」

 そう言うと、自分のスマホで調べだした部員も出てきた。
 他にも何人かスマホをいじり始める。

「ところで、『ネームド』って何です?」

 流れに置いて行かれる前にと思って聞いてみたが、なんだそんな事も知らないのか、な目線が何本もオレを貫く。

「ショウは知らないのか? 『ダブル』の中でも二つ名がつけられるほど腕利きのヤツの事だ」

「それに『光槍陣』の単体向け投射形態の『光槍撃』だと、その威力が確かなら中型のドラゴンくらいでも一撃で倒せるぞ」

「へーっ、そうなんですか。何ていうか、オレの向こうでの基準って今のところ神官戦士さんだから、強キャラって言われてもヘタレのオレ自身以外で比べようがないんだよな」

「おそらく、ショウはエライ人に拾われたんだ。ラッキーだったな」

 タクミがいいなーという顔をしている。
 その姿を見れば、なお羨ましがる事だろう。

「けど、そんな凄い人でも、こっちじゃ普通の人なのよね」

「月待の話からすると、大学生くらいだろな。『ネームド』のベテランだとしたら、もう社会人かもしれないし、もしそうなら医療関係者の線が強いな」

「ああ、上位の治癒職は医療関係者が多い説?」

「そうそう。現代知識で向こうで大きな変化をもたらしたって話もあるよね」

「魔法があるのに現代医療ってどうなんだ」

「抗生物質とか公衆衛生の改善とか、できることは色々あるみたいだぞ。なあ?」

 勝手に話を進めるくせに、突然オレに振ってくる。

「知りませんよ。だいたい今オレがいる所は、ちょード田舎で薄汚い場所で、見た目はほとんど幻想的じゃないですし」

「早く便利な場所や『ダブル』の多いところ行けよ」

「無茶言わないでください。どこに居るのかすら、よく分からないのに」

「地図とかないの?」

「今日行った村じゃ、地図どころか文字も数字も見てません」

「その神官戦士に聞けばいいだろ。詳しそうだし」

「その噂の人の素性が少し分かったかも」

 その言葉に発言者に注目が集まる。

「1年ほど前までですが、「煌姫(コウキ)」っていう『ダブル』がノヴァあたりで有名になってますね。ミスリルの光る魔法の鎧と『光槍陣』が一致してます。けど、治癒魔法は使えたけど神官じゃないみたいですね。名前も不明です」

「まあ、名前を伏せる為の二つ名(ネームド)みたいなもんだからな」

 そこで数人がオレの方に顔を向ける。

「その女神官戦士は、神官になって何年って言ってた?」

「さあ? けど1年、2年じゃないと思いますよ。色々詳しいし、けっこう偉いみたいですから。それに多分、冒険者嫌いだし」

「確か神殿巡察官(テンプル・インスペクター)って、並の神官長(チーフ・プリースト)や神殿騎士(テンプル・ナイツ)以上だよな」

「こっちでの情報が正確なら、最低でも中央の騎士長くらい偉いわね」

「神殿巡察官(テンプル・インスペクター)自体が、もともとは引退した神殿騎士(テンプル・ナイツ)の為のものだからな」

「軍隊だと少佐くらいだっけ」

「騎士用のクラスだから、なるには多分貴族位か、それに準じる身分もいるから、『ダブル』だとすると神殿にすげー寄進してるぞ」

「という事は、それとは別人の可能性高そうだな」

「ノヴァの評議員クラスなら、他国でも貴族扱いらしいけど」

「なあ月待、他に何か情報ないか?」

 そう言われてと思ったが、一つ思い当たった。

「あ、そうそう、明日の朝に村人たち一度に癒すって言ってたから、さっき言ってたフォース・スペルの広範囲治癒魔法を使うんじゃないかな」

「ガチの治癒職って事か。じゃあ別人だろうな」

 オレの言葉に、複数の部員が納得している。

「月待、まあその女神官戦士のことはだいたい分かった。他人の詮索はあんまりよくないけど、また話してくれ」

 副部長の鈴木先輩の言葉で次の話題へと移った。
 あとは特に淡々と話は進み、下校時間までに開放してもらうことができた。

 そしてその日の夜、向こうでの次の日の朝へとオレは旅立った。
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