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第一部

025「初めての村(1)」

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 浮遊石の鉱山跡から1時間も馬を進めると、小さな山からほぼ平地になり、人の領域にといえる景色になる。

 まずは放牧地。と言っても荒れ地に近い原っぱ。
 森林はないが灌木や木立は見られる。そこに羊が放牧されている。
 子供の牧童や牧童犬の数に比べてかなりの数だ。牧童は旅人が珍しいのか、こちらに向けて手を振ったりしてくる。ハルカさんもそれに応えている。
 オレが初めて見るこの世界の住人だ。

 さらに30分ほど進むと、畑に差し掛かる。完全に平地ではないのと寒冷な地方のせいか、少し南向きに傾斜した地面に多く広がっている。
 今はこちらも初夏に差し掛かる頃なので、麦らしき草が一面に緑の海を形成している。もっとも、畑の3分の1くらいしか使われていない。

「あっちは何も作らないのかな?」

「休閑地と秋作地でしょ。この辺りじゃ普通よ」

「ああ、混合式農業ってやつか」

「その前の段階に似ているそうよ」

「じゃあ、進んだ農法を教えたらいいのに」

「教えているわよ。私じゃないけど」

「けど、広まらないのか。迷信とかのせい?」

「そうね。迷信とか既得権益の邪魔とか色々。逆に、この辺りでも積極的にやってるところもあるんだけどね」

 集落まで近づくと、牛や豚、家禽の家畜が柵で囲まれて飼われている区画もある。
 ネットの情報通り、オレ達の世界と同じ動物だ。

 そしていよいよ集落の入り口に差し掛かる。街道のところには鳥居のような感じで簡単な木製の門があるが、扉もなければ門番もいない。それ以前に、村を仕切るような柵や塀があるわけでもない。

「結構無防備だな。魔物とか盗賊は大丈夫なのか?」

「塀や柵はあった方がいいけど、このくらいの村だと防衛設備を作る余裕はないでしょうね」

 彼女の言葉通り、門の向こうの村落はとてもではないが豊かには見えなかった。村に入っても、まだ夕方には早いせいか、村に入っても出会う人影はひどく少ないので、余計殺風景に思えてくる。

 しかもファンタジー的な村と違って、壁が低く屋根の大きな家畜小屋みたいな長屋っぽい木造の建物が、あっちに一つ、こっちに一つという感じに建っているだけで、今ひとつまとまりに欠ける。村の中の地面も土より草地がずっと多い。
 目立つ建物といえば、他より少し立派な家屋がひとつと、木造の尖塔を持つ小さな建物ぐらいだ。

「人が少なくないか?」

「昼間の寒村ならこんなものよ。みんな畑で働いているもの」

「子供も?」

「そ。子供も老人も、動ける人はみんな。そうしないと、なんとか生きていけるだけの糧すら得れないのよ」

「その上、魔物や戦争とかあるんだから、たまったもんじゃないな」

「魔物はたまの災害みたいなものだし、あっちでも魔物がいないだけで中世ヨーロッパは似た感じだったらしいわよ」

 二人で話しながら村の中心に向けて馬を進めていると、向こうから人が数人近づいてくる。
 うち1人は、他より少し身なりが良さそうだ。村の代表だろう。

 目の前まで来ると、全員が片膝をついて胸の前で掌を広げて手の甲の側を見せて左右別方向の斜め上向きに合わせる。この世界の挨拶だ。
 親指だけ別の手の人差し指に重ねるので、その9本の指が主な神々を現すらしい。

「これはこれは神官様、ようこそお越しを。この度は、いかな御用で当村にお立ち寄りでしょうか?」

「私は神殿巡察官です。先の戦乱後の経過を見るため、各地を巡察しています。また、村の者に神々の癒しを与えます。儀式に神殿は使えますか?」

「当村の神殿は無官神殿にて小さくございます。儀式には向かないかと存じます」

「では、神殿前の広場で癒しの儀式を行い、一度に癒しを施します。明日の朝、癒しを求める者を集めておきなさい」

「ははーっ、仰せのままに」

(時代劇なら感謝の『ドゲザ』の場面だな)

 威厳を装い命令口調の彼女が、やや高圧的な言葉を口にする。
 そうすることで神殿の威厳を示すのだろうが、今までのハルカさんと雰囲気が違うのでかなりの違和感を感じる。
 けど彼女の言葉に、村長と名乗った男は大仰に喜びを表現し、できる得る限りの歓迎ともてなしをしたいと深く頭を下げる。

 またこの村は辺鄙な場所の開拓村と言う事もあって領主、代官は不在の小さな村で、村長が村の最高責任者だった。

 そうして村長に案内された宿泊場所は、当の村長宅だった。村で一番立派な建物だからだ。

 とはいえ、欧米の時代劇に出てくるような家と比べても、かなり見すぼらしい印象を受ける。
 村で一番立派でも、レンガ造りではなく木造だ。
 屋根も瓦は使っていない。壁なども色は塗っていないので地味で、イメージしていた中世ファンタジーからはほど遠い。
 それでも意外に重厚な造りなのは、冬の寒さに耐えるために必要だから仕方なく手間暇かけるからだそうだ。

 神殿の壁は石を削って積み上げたものと漆喰で壁などを作っているようだけど、手作り感満載な上に確かに小さい。小さなお堂って感じで、人が大勢入れる構造にはなっていない。
 広場に隣接しているので、普段から広場で祈祷や礼拝などを行うようだ。それだけこの村は貧しいのだろうと簡単に想像ができる。

 そうして案内してもらいながら、聞きたいことを伝えてみる。
 さっきから聞いていたが、確かにこの世界の言葉に不自由はしなさそうだ。それを話す面でも試そうと言う気持ちも少しあった。

「あ、村長さん。この村に旅の道具とか雑貨を買える店ありますか?」

「いえ、神官様の従者様、この村に店はございません。ですが、ご入り用のものはできる限り用意させていただきます」

「え? 一軒もないの?」

「はい、ございません。ですが、鍛冶を行う者でしたらおります」

 オレの感覚とのあまりのギャップに半ば呆然としているうちに、村長宅の客間に案内される。
 客間と言っても簡素で、床はかろうじて木張りだけど絨毯など敷かれておらず、家具なども木製の簡素なものが最低限。
 ベッドがあるだけマシなのだろうが、この世界で初めて見るベッドは、藁に麻のシーツを被せただけだった。
 現代日本の基準から見れば清潔とも言い難い。けど、個室なのでこれで再び二人きりだ。
 ここでポカをしないため、彼女に聞くことが沢山ありそうだ。

「最低限説明するけど、この村が普通じゃなくて、かなり貧しい方ね。神殿が無人の村は多いけど、村自体も小さいし」

「オレの事、神官様の従者様って言ってたけど、従者でも様付きなのか?」

「白い法衣を着た神官の従者なら、こんなド辺境なら十分地位は高いわね」

「で、オレはハルカさんの従者扱いなのか?」

「住所不定無職よりはいいんじゃない。向こうが勝手に勘違いしてくれているんだし、そのままいきましょう」

 彼女は事もなげに言う。それに少し楽しそうだ。オレを従者扱い出来るからだろうか。

「けど、従者が村長より偉いとかあり得るのか?」

「平民と貴族に決定的な身分格差がある世界だし、私くらいの神官の従者なら大きな都市でも相応の地位よ」

「へー。じゃあハルカさん偉いんだな」

「世間一般だとそれなりに、ね。神殿内はまた別世界」

 彼女が神殿という時にうんざりといった顔をする。
 なんだか職場の話をする時の父さんに少し似ていた。

「なるほどなー。まあ、オレは何か聞かれても余計な事は言わない方がよさそうだな」

「そうね。あと神殿の従者より、私的な主従関係って事にしましょ。神殿の階位も色々面倒だから」

「確かに、個人の関係としとけば面倒はなさそうだな」

「主従なら大抵の事はノープロブレムよ」

「りょーかい。話変わるけど、村に着いたから、泊まるのはファンタジーでお約束な酒場付きの宿屋かと思ってたよ。こうエール片手に、みたいな感じで」

 ジョッキをあおる仕草をすると、彼女が小さく笑う。

「街道沿いなら、村でも酒場兼宿屋があるわよ」

「じゃ、見かけたら一度行きたいな」

「それもいいんじゃない。あ、そうそう、文字が書けるだけでエリートだって言ったと思うけど、紙とかもロクにないから何か伝える時は全部口頭になるから気をつけなさいよ」

「了解。『ダブル』は全員文字も書けるのに変だな」

「そうだけど、文字なんて仕事で使う人以外は、貴族ぐらいしか学ばないもの。だから魔法使える人も少ないわけだし」

「教えるのにえらく手間がかかるんだっけ」

「と言うより、勉強する暇があるなら働けって感じね。それに紙もインクも安くはないし。
 あ、そうだ、もう一つ。お金払う時、なるべく小さな硬貨を使ってね。辺境は貨幣経済が未熟だから、大きなお金だとお釣りが出せなかったり、高額貨幣を見たことがないから」

「なるほど。えっと、これが銀貨、これが銅貨だよな……って、銀貨が何種類もある」

 話しながら腰元の財布を取り出し、何枚かを取り出す。

「ちょっと見せて。結構ちゃんと入ってるのね。ついでだから、私の持ってるのと合わせて教えとくわね」

 そこで簡単に、二人が持っていた貨幣の解説をしてくれたが、十進数で単純に価値が大きくなったりはしなかった。12進数がないのが救いなくらいだ。

 しかも銀貨は国ごとに発行しているので、色んな重さ、大きさ、価値のものがある。しかも同じ価値で合わせてある筈の銀貨一つとっても、銀の含有率などで発行した国や発行時期が変わると価値が変化したりする。
 銀貨だけで、一冊の本ができるほど種類があるそうだ。
 この世界、オクシデントはモザイクすぎる。
 銅貨、銀貨など通貨の名前も、国や地域によって変化する。決して世界全体で統一されていたりはしない。

 そうした中にも、別格の通貨は存在している。一部の超高額通貨がそれだ。
 彼女は、高額な金貨やすごく価値のある魔法金属の貨幣「飛翔金貨(フェザー・ゴールド)」や「皇帝貨(エンペリアル・コイン)」など珍しいというものも見せてくれたが、小分けして別の場所に忍ばせていたりと用心深い。
 普段使う小袋のような財布に入れてあるのは、銅貨や小さな銀貨といった小額貨幣ばかりだ。
 それに大金は、冒険者ギルドに預けてあるそうだ。

 もっとも、一度に全部聞いても分らないのもあって、銅貨以外使いたくないというのが正直な感想だった。
 
「じゃあ、こういう辺境だと物々交換とかもしてたりして?」

「村人同士だとその場合も多いわね。納税は物納だろうし、行商人が立ち寄るのも年に一度あるかどうかじゃないかしら。それでも鍜治師(スミス)がいるだけマシね」

「鍛冶屋って、鉄を作る人だろ」

「こう言う村に居るのは、どちらかって言うと鉄製品を直す人ね。この辺は村と村の間が開いているから、わざわざ鍛冶師がいるんだと思うわ」

 思っていたイメージと少し違う。日本の時代劇に出てくる村ぐらいに発展していると思っていたが、中世ファンタジーというより、ただの貧しすぎる村だ。

「長居はしないほうがよさそうだな」

「ええ。最低限の補給を済ませて、朝に魔法1発使ったら、そのまま出発よ」

「補給?」

「今回の単独行は短いから、あんまり食料持ってなかったのよ。なのに傷だらけの野良犬を拾って、怪我の経過を良くするために随分餌付けしちゃったから」

「痛み入りますワン」

 彼女の悪戯っぽい声に合わせて頭を下げるが、確かに食べ物の補給は必要だろう。何しろ三日目でようやく村に着いたのだ。
 そこで、ちょっと思いついた。

「なあ、荷物もっと増やすなら、馬を買えないかな?」

 気軽に言ってしまったが、大いなる間違いを口にした事を彼女の表情が雄弁に物語っていた。

「えっと、無理?」

「そもそも、この村に売り物用の乗用馬があると思う? この世界の庶民からすれば、現代の私たちが車を持つようなものよ」

「けど、家畜は結構いたし、馬もいそうだけど」

「いてもロバくらいだと思うわ。けど、いつまでも二人乗りは私の精神衛生上もよろしくないので、後で聞いてみましょ」

 ハルカさんの後ろ姿を間近で見れなくなってしまう、と思ったのも顔に出ていたようだ。彼女がジト目でオレを見ていた。
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