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第一部

020「下校(2)」

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 しかし、声をかけた側の彼女は、オレに声を掛けたことでテンパッていた。
 オレの表情を読みとる事も無く、顔を耳まで赤らめつつ話しを一方的に続けようとする。

「あ、あの、さっき部室で話してた事を、もう一度聞かせて欲しいの。わ、私、ちょっと離れていて、き、聞こえにくかったから。……あの、私が誰だか分かる、かな? クラスメイトで同じ文芸部員の……」

 半ば呆然とするオレ、顔をガン見するオレに気付いたのか、徐々に怪訝な声と表情に変わっていく。

「あ、うん、アマ……」

「ウン。天沢です。よ、よかった。私のこと分からないのかなって。……よくあるから」

「いや、大丈夫。さっきも部室で、オレの話しに興味深そうにしてただろ。こっちに寄って来ないから、ちょっと疑問に思ってたんだ」

(よかった。名前はだいたい合ってた)

 そして相手の名前という最大の難関を突破したオレの口は、有ること無いこと並べていく。
 ここ数日での『アナザー・スカイ』でのハルカさんとの交流で、オレ様の対人、いや対女性交渉スキルは目覚ましい向上を見せていた。

 我ながら内心呆れ、いや感心する。とはいえ、嘘は良くないよな。と思うが、彼女はそうでもないらしい。

「ウン。私、人だかりとか苦手だから」

「分かる。オレも得意な方じゃないから。で、話って『アナザー・スカイ』の事でいいのか?」

「ウン。いつか時間を作ってでいいから、少しでも話が聞けたらと思って……いい、かな?」

 自信なさげに、しかしかなり強い期待を込めた瞳が、頭一つ分ある身長差のせいで上目遣いにオレを見てくる。
 その表情に、案外カワイイと思っているオレがいた。
 いつもと印象がかなり違うのは、今は目を大きく見開いているが、いつもは目をあまり開かずしかも伏せがちなせいなのだろう。

「おう、全然いいぞ。取りあえず、分かれるところまで話しながら帰ろう。どうせ駅まで一緒だろ」

 さっきとはまるで違う感情からの言葉が、オレ様の口からスルリと出てきた。
 天沢もオクターブの高い音階で「ウン」と嬉しそうに返してくる。

(笑うと、もっといけるじゃん)


 女生徒と二人きりの下校。これもオレが高校生活で夢見ていたハッピー・スクールライフ&リア充な光景だけど、こうも容易く、しかも高校に入ってまだ二ヶ月も経っていないのに実現するとは思いもしなかった。

 相手はいまだ下の名前も思い出せかったが、天沢に対するオレの印象は既に並の女生徒以上に格上げだ。二階級特進どころではない。
 三等兵から少佐並だ。軍隊の階級のことはよく知らないけど。

 とはいえ、学校の校門から駅までは歩いて5分ほどなので、ほとんど内容を話せないまま駅まで到着してしまった。
 となると、電車の方向が同じだといいなと思い、なるべく自然に問いかける。
 やっぱり、家を特定しようとしているとか思われ、知り合って間もない女子に警戒されたくはない。

「そういや、家どっち方向?」

「えっと、○○○駅」

「オレその前の駅だ」

「じゃあ結構近くに住んでいるのかな?」

「駅から家はどっち方向。オレは……多分北」

「わ、私は南西かな?」

「じゃあ結構近くだな。中学は?」

 中学は隣だった。内心、ちょっとだけガッツポーズをしたくなる。
 天沢も、慌ててスマホの地図アプリを起動して位置とか確認している。オレは天沢の中学は中学の時の部活で行った事があったので、確認する必要は無い。

 が、そこで彼女のスマホを見て気づいた。

「あ、そうだ。IDとか交換しないか。招待状送るよ」

「いいの?」

 顔を上げた彼女の顔が、驚きと嬉しさで少し朱がさしている。

「もちろん。クラスとクラブ以外の話す場所あった方がいいだろ」

「う、うん、そうだね。ありがとう。ちょっと待ってね」

 天沢はスマホの操作に少し苦戦している。女子高生にあるまじき事なのかもしれないが、コミュ障一歩手前のオレも似たり寄ったりだ。
 言い出したオレもスマホを取り出し、同じように操作に苦戦する。

 そして別れるまでに、携帯番号、メアド、IDの交換にまでこぎ着けていた。お互い交換の方法があまり分からないので、危うく先に降りるオレが乗り過ごす所だった。

 そして「また明日」と、慌てつつも別れの挨拶を交わす。
 たまに一緒に帰るタクミの家は学校の近くだったので、電車内での同級生との別れの挨拶も今まではほとんど無かった事だ。しかも、挨拶交わすのが女子というのは初めての事だ。

 『夢』を見るようになったおかげで、この数日で大きすぎる変化を体験できた事になるのだろう。


(天沢玲奈(あまさわれな)か。よし覚えたぞ)

 クラス内で半ば強制だったID交換はともかく、クラスメイトや部員のほとんどとも、まだIDやアドレス交換してない寂しいアドレス帳に、女生徒の名前が燦然と輝いていた。

 しかも今さっき、招待状の返事もきて二人だけのコミュニティまでが作られた。試しに挨拶を送ってみると、すぐに返事が来る。こちらも更に返答し、その後二言三言文字の会話を続ける。
 男同士でもほとんどしていないので、とても新鮮だった。しかも同い年の女生徒となど、今までありえない変化だ。
 思わず、顔がニヤけてしまう。

「うっわ、キモっ! こっち寄んなよ、このオタク!」

「五月蝿い。受験生は勉強でもしてろ!」

「っさい!」

 リビングでだらしなくスマホを眺めるオレに、家族のいわれのない言葉の暴力。しかも、声の主は妹だ。
 そう、オレに義理の妹はいないが、実の妹、血の繋がった妹はいた。

 名前で呼んだ事は最近あまりないが、名前は悠里(ゆうり)。見てくれはオレが父親似で妹が母親似なので似てない。
 背丈は、平均よりちょい高いくらいだろうか。
 セミロングのストレートという真面目なヘアスタイルは中学生らしいが、ぶっちゃけ妹の外見とかに興味は無いので、よく分からない。
 ついでに言えば、殆どの事にお互い興味は持っていない。

 妹が兄を無条件に慕うとかマジあり得ないという実例が目の前にいた。
 世の中、すべてがうまく行くわけではないのだ。
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