上 下
5 / 528
第一部

005「現実の朝(1)」

しおりを挟む
「う~ん」

 何だかお約束で無様なうめき声と共に、意識がはっきししてきた。
 起き抜けに自分の声を聞くとか、締まらない事この上ない気もする。

 薄く目を開けると、一番見知った天井があった。唯一の安住の地、畳み換算で六畳の広さがあるオレの部屋の天井だ。
 二つのお月様も見えないし、ハルカさんが隣で焚き火番をしていたりもしない。
 『夢』から覚めて現実へ無事戻ってきた、と言えるのだろうか。

 ついでに言えば、SF作品に出てくるような五感全てでヴァーチャル・リアリティーを体感できる機械に接続されていたわけでもない。
 そもそも、そんなものはまだ空想上のものだ。

 ノロノロとした動作で枕元に置いているスマホを取って時間を確認する。
 まだ、目覚ましのアラームが鳴る三十分以上前。
 いつもなら二度寝へと突入するところだけど、今日は違っていた。『夢』の事が頭にこびり付いていたからだ。

(『夢』、本当に『アナザー・スカイ』だったのか? なんか出来すぎてる気もするし、単に普通の夢だったんじゃあ)

 そう思う反面、生々しい感触がよみがえった。モンスターを切り裂いた時の嫌な感触。傷ついたときの鈍い感覚。
 そしてその後の天使のような美少女……。

(いや、アレこそオレの妄想だろ。たまってんのかなあ)

 虚しさと不謹慎さを僅かばかり感じつつ、『夢』中の出来事をなるべく克明に思い返してみた。
 ハルカさん、現実では山科遙だと名乗った少女は、オレの妄想の産物とは思えないほど魅力的で現実的で、そして生命力に溢れていた。知識や見識も、オレの持っている情報は殆ど無かった。

 『夢』が単なる妄想とは考えられないというのが、希望的観測上でのオレの結論だ。

 魔法などは夢や妄想で片づけられるが、野外活動能力一つとってもオレはボーイスカウトや本格的なキャンプの経験はない。
 けど彼女は、それが日常であるかのようにオレと自身の為に、野営の準備と野外での食事を準備した。

 薪を集めて焚き火を用意して、その上に枝を組んで取っ手付きの鍋のようなものをかけて湯を沸かす。さらに葉っぱを入れてハーブティーを入れる。
 一人旅の筈なのにカップは複数持っていたので、オレも相伴に与ることができた。

 そしてそのハーブティーは、夢では感じることができない筈の味と香りがした。
 そしてハーブティーをちびちびと飲みながらチラ見した彼女の姿も、やたらと現実的だった。

 白に青をあしらった神官の法衣の下は、ミスリル(魔銀)のチェインメルアーマー(鎖帷子)を着用している。どちらも魔法の産物らしい。
 そして普通はチェインメイルだとその下に衣服や肌を傷つけない薄い皮の衣服を身につけるが、表面がすごく滑らかなミスリルはその必要がないそうだ。

 他は一見普通の衣服で、チェインメイルの下は分厚いコットンぽい素材のワンピース。
 脚も素肌は見せず厚手のタイツと思われるものを履いている。スキニーパンツの類いかもしれない。

 膝まであるブーツは靴底や爪先など一部を金属で補強した厚手の皮で、手も大きく分厚い皮の手袋をつけている。
 後で聞いたが、それぞれの中には防具としても使えるようにミスリルの糸が編み込まれているそうだ。

 戦闘と旅などの移動の両方を考えたスタイルと言っていいだろう。

 着ているそれぞれの服に、合成繊維が使われている風は全く感じられなかった。
 革、金属を含めて天然素材ばかりで、しかも首から上と手袋を外した時にのぞく白い肌以外、肌の露出は皆無だった。
 暖かい季節の筈なのに、腕すら長袖だ。顔というか頭も、移動中はフード付きのマントで覆っている事が多いらしい。

 そうする必要があるからだ。

 肌の露出が多い衣装が基本であるオレの求めるファンタジー美少女では、絶対にあり得ない衣装選択だった。
 オレの妄想なら、最低でも太腿の絶対領域か胸元もしくは肩が嬉し恥ずかしく露出していなければならない。
 水着やレオタードのような出で立ちなら、なおウェルカムだ。

 しかしそうしたところは微塵もなかった。
 万が一そのような肌の露出した格好をしていたら、常時全身を覆う護りの魔法を施すぐらいのことをしていないと、草や虫刺されなどで肌が傷だらけになるだろう。
 そうでなくても、外気に触れ続けるだけで肌荒れは避けられない。
 野外で少しでも活動すれば、そんな事は誰にでも分る事だ。

 逆に淡い七色の光彩を放つ白銀色のチェインメル(鎖帷子)はリアルさとは真逆だったが、それはそれで現実世界ではあり得ない不思議な存在感があった。
 一番上に着ている白い神官の服も一見シルクのようだけど、魔法の繊維で編まれていてへたな鎧より丈夫な上に、多少破れても着用者や周囲の魔力を吸収して自己再生するそうだ。

 他にも幾つかの装備、装飾には魔法が施されているらしく、それぞれのアクセントになる宝石のような石も不思議な輝きを放っていた。

 服以外に、絹製と思われるハンカチを持っていたけど、これも魔法が仕込まれていて、常に清潔な上に異常なほど汚れが落ちる便利アイテムだったりした。
 ちなみに絹は普通に流通しているが、かなりの高級品らしい。

 他の持っている荷物は、腰に下げたポーチや小袋、革や麻の袋などに入れられていたので見せてもらえなかったが、彼女の言葉では現代の方がよほど便利な道具が多いとのことだった。

 けど、火をつける時は、覚えるのが簡単と言った魔法で着火していたので、どっちが不便なのかはかなり疑問符がつくところだ。
 けど、現実と非現実がごちゃ混ぜだけど、彼女の一挙手一投足が生活感と共にあの世界で生きていると言うことを感じさせてくれた。

(ていうか、デート一つしたことないオレが、美少女と同じ場所で寝てるってどーよ)

 とは思えど、魔法で傷を治したとはいえ半病人なので、お茶をいただいている間に作ってくれた彼女お手製の野営飯を頂くと、すぐに寝入っていしまった。
 だからハルカさんには、どうやら寝ずの番をさせてしまっている筈なのだけど、そうだとしてもオレの今までの人生の中ではありえない状況だ。

 『夢』の中の我が事ながら、嬉し恥ずかしでゴロゴロしてしまう。

「嗚呼、あっちのオレ様ちょー羨ましい!」

「朝からなに騒いでるの。もう起きてるなら、早く朝ご飯片付けなさい!」

 階下から容赦ないマイマザーの声。
 ラノベやアニメでは、様々な理由付けをした上で子供だけで暮らしている事が多いが、オレは普通に両親と暮らしている。
 加えて言えば、現実のオレには毎朝起こしに来てくれる義理の妹も近所の幼なじみもいない。
 推しや嫁は何人もいるけど、全員二次元世界の住人だ。

「はぁ、起きるか」

 今日も今日とて、いつもの一日が始まる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

前世の忠国の騎士を探す元姫、その前にまずは今世の夫に離縁を申し出る~今世の夫がかつての忠国の騎士? そんな訳ないでしょう~

夜霞
ファンタジー
ソウェル王国の王女であるヘンリエッタは、小国であるクィルズ帝国の王子との結婚式の最中に反乱によって殺害される。 犯人は国を乗っ取ろうとした王子と王子が指揮する騎士団だった。 そんなヘンリエッタを救いに、幼い頃からヘンリエッタと国に仕えていた忠国の騎士であるグラナック卿が式場にやって来るが、グラナック卿はソウェル王国の王立騎士団の中に潜んでいた王子の騎士によって殺されてしまう。 互いに密かに愛し合っていたグラナック卿と共に死に、来世こそはグラナック卿と結ばれると決意するが、転生してエレンとなったヘンリエッタが前世の記憶を取り戻した時、既にエレンは別の騎士の妻となっていた。 エレンの夫となったのは、ヘンリエッタ殺害後に大国となったクィルズ帝国に仕える騎士のヘニングであった。 エレンは前世の無念を晴らす為に、ヘニングと離縁してグラナック卿を探そうとするが、ヘニングはそれを許してくれなかった。 「ようやく貴女を抱ける。これまでは出来なかったから――」 ヘニングとの時間を過ごす内に、次第にヘニングの姿がグラナック卿と重なってくる。 エレンはヘニングと離縁して、今世に転生したグラナック卿と再会出来るのか。そしてヘニングの正体とは――。 ※エブリスタ、ベリーズカフェ、カクヨム他にも掲載しています。

スウィートカース(Ⅱ):魔法少女・伊捨星歌の絶望飛翔

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
ファンタジー
異世界の邪悪な存在〝星々のもの〟に憑依され、伊捨星歌は〝魔法少女〟と化した。 自分を拉致した闇の組織を脱出し、日常を取り戻そうとするホシカ。 そこに最強の追跡者〝角度の猟犬〟の死神の鎌が迫る。 絶望の向こうに一欠片の光を求めるハードボイルド・ファンタジー。 「マネしちゃダメだよ。あたしのぜんぶ、マネしちゃダメ」

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

処理中です...