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停滞は滅びへの道
その十五
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熱い、体の中に暴れまわる茨のような炎の舌が突き刺さっている。
痛みと熱さがかつて感じたことのない程気力を削ぎ落として行く。
「その痛みも苦しみも私を抱きしめているから。それでも私ね、ずっと抱きしめてほしかった」
「優香?」
頭がぼんやりとして来てそれを振り払うように息を吐き出す。
炎に炙られた体の中でその熱よりも尚熱く自分の本質がゾロリと外からの熱に呼応して蠢く。
「私を置いて行かないで、裏切らないで、あなたは私のもの」
「清姫?」
抱きしめた相手を自分の気で包んだせいで自分と相手の境界がわからない。
腕の中にのたうち回る炎の蛇がいた。
俺はなんでコレを捕まえているんだったか?
コレヲ滅ぼすノカ?
いや、違う、駄目だ! 彼女は伊藤さんは俺の大切な人だ。
怪異ハ敵、滅ぼし喰ラウが我が役割。
違う、彼女は人間だ!
イヤ、コレハ怪異ダ。
「兄さん、離れて!」
燃える世界の向こうに弟の声が聞こえる。
「はなれ……ない」
ボロボロと何かが崩れていく。
俺の、腕?
体の中で暴れるモノと心の深い所から湧き上がってくる声とに邪魔されながら、それでもこの手は離さない。
だってそうだろ? 一緒に生きると決めた相手を自分から離す人間なんていない。
すうっと、腕に冷気が灯る。
心の内のバケモノが、冷たい優しい花びらに触れて眠りについた。
「ああ、嬉しや。やっと、私を捕まえてくれたのですね主さま。ずっと、ずっと、お待ち申していたのです」
伊藤さんの姿をした別の少女が微笑んでいた。
「やっぱり、主さまは約束を守ってくださった。嬉しい……」
少女は笑いながら炎の涙を零す。
のたうつ炎蛇はゆっくりとその熱を失い、白く艶やかな鱗を持つ蛇へと変わった。
するりとその皮が脱げ落ちる。
くすくすと嬉しそうな笑い声と、遠くに導くような足音、俺は慌ててその手を握った。
触れた先から解けるように光がこぼれる。
駄目だ、行くな、違う、彼女は人間だ、いや、人間でなくったって……。
「ゆ……か」
ハッと気づくと全く見覚えのない場所にいた。
「どこだ、ここ?」
暗い。
人の気配は少し離れた所から感じる。
「これは式じゃない。かりそめの命ではなくかりそめの空間」
「なるほどこれがカズ兄の異能ですか。だから行方不明になっていた時もなんとかなったんですね」
「何だ尊敬しちゃったか? もっと尊敬してくれてもいいんだよ? カズ兄ちゃん大好き! って言ってごらん?」
「この感情に名前をつけるとしたらウザイというものが一番ふさわしいのかも」
「ユミ! まったく、都会に出て来て言葉遣いがすっかり悪くなったね」
「二人共無視しないで! もっとお兄ちゃんにかまって!」
「カズ兄は兄さんじゃないから」
「師匠はほんとかまってちゃんですよね」
「俺は親族との繋がりが薄いから身内意識というものがあまりわからないのだが、君たちを見ていると実に楽しそうだなと思うよ」
「ウザイのと楽しいのは違う」
「この人うるさいだけですから」
どうやら全員元気なようだ。
あっ、伊藤さんは?
「おい! 伊藤さんはどうなった!」
そう声を上げたつもりだったが、掠れたひしゃげた音が漏れ出るだけだった。
それでも気づいたらしいみんながこちらへとやって来る気配があった。
「呆れたな。あれだけボロボロだったのにもう人間の形に戻ってるぞ」
「兄さん、グロ禁止」
ふと、光を感じて目を開ける。
あれ? 俺今まで目を閉じていたのか?
「あ、回復速度が上がった」
「隆志はホント人間やめてんなぁ、たのもしい限りだ」
言われて両手を見る。
炭のように真っ黒で一瞬ぎょっとしたが、触れるとボロボロと黒い部分が剥がれて普通の皮膚が現れた。
特に何か欠けてるようでもない。
我ながら頑丈なもんだ。
ふと、腕に違和感がある。
あ……伊藤さんにもらった腕輪が炭化してるじゃないか! なんてこった!
「伊藤さんは?」
「兄さんの隣」
言われて見ると隣に毛布を被せられた伊藤さんが眠っていた。
触れてみたが怪我は無いようだ。てか服着てない?
「おい、伊藤さんが付けていた首飾りは?」
「大丈夫燃えてない。服はボロボロになってたから私が脱がした。下着は着ているよ? 服はとりあえず私の予備を着せてあげるつもり」
「清姫はどうなった?」
よく考えたらそっちを先に聞くべきだった。
俺がそう聞くと全員がなんとも言えない顔になる。
「驚いたよ。そういう事例もあるって聞いたことはあったけどね、目の当たりにする機会があるとは思わなかったな」
バカ師匠が何かしみじみ言った。
それ答えになってねぇから。
「昇華した」
「え?」
「昇華した」
由美子の言葉を聞き返す。
昇華ってあれか、怪異が望みを叶えて精霊化したり消え去ったりするという現象。
「マジで?」
「マジだ。俺が辿り着いた時にはお前炭のお化けみたいになりながら炎の蛇に巻き付かれてたんだけど、その蛇がいきなり真っ白な神々しい姿になって光に解けるように消えていった。一度は伊藤君の姿も見えなくなったんだが、しばらくしたらぼんやり姿を表してお前と一緒に倒れてたよ。むしろ何があったのか聞きたいのはこっちのほうだな」
流の説明を聞いて尚信じられない気持ちが大きい。
何しろ相手は百年を越える怪異なのだ。
今更昇華するなど信じられない。
怪異というのは若ければ若い程変化をすることが出来るものだが、年を経た怪異はその性質と存在がより強固になり世界に大きな影響を与えるようになるのだ。
「いやぁ、これぞ愛の奇跡だね!」
「……愛」
バカ師匠が楽しそうに恥ずかしい言葉を言ってのけるのに由美子が素直に感動したように呟いた。
バカには「アホか!」と言いたいが、由美子の純粋な気持ちに水を差したくないので黙った。
しかし、なんか全身痒い。
どこを擦ってもボロボロと黒いかたまりが落ちて来るんだが、まるで垢のようで気持ち悪い。
てか、俺も裸じゃねえか!
「俺の服は?」
「兄さんは裸で戦えばいいと思う」
「何言ってんだ! マジで俺の装備は?」
「全部燃えちゃったねぇ」
ニコニコ笑いながら言う師匠の顔をしばし眺める。
え? 燃えた?
あの装備、全部でいくらすると思ってるんだ。
燃えたとか冗談じゃないぞ!
「ハンター証とナイフだけ煤けているけど残ってる。ハンター証の頑丈さは驚き」
「うわあ!」
俺は一瞬パニックに陥りかけたが、すぐにそんな場合じゃないと思い直す。
そうだ、俺のことはこの際後回しだ。
伊藤さんをなんとかしなければ。
「それで伊藤さんの容体は?」
「体は無傷、驚愕。ただ意識は無い空白に近い」
「っ!」
叫びそうになるが抑える。
大丈夫だ、最悪じゃない。
「彼女が付けていた首飾りの石、使えるか?」
「うん。あれ兄さんが?」
「ああ、伊藤さんが巫女体質と知って万が一のお守りにと思ってな。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが」
以前神様から貰って来た守り石は人間の魂を記録するための物だ。
心が壊れていく巫女達を見てきた神様が寂しい気持ちから作った奇跡のアイテム。
人間の感覚から言えばレコーダーのようなものと言えばいいのだろうか。肉体が失われた後は、それは単なる記録にすぎないが、肉体がある内ならそれは魂を復活させる鍵となる。
とりあえずホッとしたが、まだ完全に大丈夫だとは限らない。
とにかく早く安全な場所で儀式を行わないと。
てか、今迷宮の中だよな、それなのに全く危機感がないんだがここはどこだ?
「ここってテント、か? 結界内にしてもこんな大物どうやって持ち込んだんだ?」
「いやいや、これは俺の式だよ! ほめてほめて!」
「へ?」
「違う、こんなの式じゃない」
バカ師匠の言葉に由美子がツッコむ。
そうだよな、式って仮の命を与えて使役する使い魔みたいなもんだ。
間違ってもテントにはならない。
「ほらほら、これ見て!」
バカが木彫の箪笥を取り出した。
田舎の実家にあるような渋い雰囲気のある箪笥だ。
と言っても手の平に乗るようなミニチュアサイズなんだけどな。
この人この技術だけは関心させられる。
雑貨小物の作家として食っていけるんじゃね?
バカ師匠はその小さな箪笥を地面に置くと、ちょんと指先でそれを突いた。
と、たちまちその箪笥が実物大となる。
「はあっ?」
「女物は無いけど男物の服ならあるよ~、好きなの選んでね」
え? どういうこと? おもちゃみたいな物を実物に出来るってこと?
そう言えばこいつの式のカラスも、本体は木彫の小鳥だけど。
「非常識すぎるだろ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「いや、お前だけには言われたくない」
バカ師匠はすげえ真顔でそう言った。
そして周囲の連中も無言でうなずく。
なんでだ!
痛みと熱さがかつて感じたことのない程気力を削ぎ落として行く。
「その痛みも苦しみも私を抱きしめているから。それでも私ね、ずっと抱きしめてほしかった」
「優香?」
頭がぼんやりとして来てそれを振り払うように息を吐き出す。
炎に炙られた体の中でその熱よりも尚熱く自分の本質がゾロリと外からの熱に呼応して蠢く。
「私を置いて行かないで、裏切らないで、あなたは私のもの」
「清姫?」
抱きしめた相手を自分の気で包んだせいで自分と相手の境界がわからない。
腕の中にのたうち回る炎の蛇がいた。
俺はなんでコレを捕まえているんだったか?
コレヲ滅ぼすノカ?
いや、違う、駄目だ! 彼女は伊藤さんは俺の大切な人だ。
怪異ハ敵、滅ぼし喰ラウが我が役割。
違う、彼女は人間だ!
イヤ、コレハ怪異ダ。
「兄さん、離れて!」
燃える世界の向こうに弟の声が聞こえる。
「はなれ……ない」
ボロボロと何かが崩れていく。
俺の、腕?
体の中で暴れるモノと心の深い所から湧き上がってくる声とに邪魔されながら、それでもこの手は離さない。
だってそうだろ? 一緒に生きると決めた相手を自分から離す人間なんていない。
すうっと、腕に冷気が灯る。
心の内のバケモノが、冷たい優しい花びらに触れて眠りについた。
「ああ、嬉しや。やっと、私を捕まえてくれたのですね主さま。ずっと、ずっと、お待ち申していたのです」
伊藤さんの姿をした別の少女が微笑んでいた。
「やっぱり、主さまは約束を守ってくださった。嬉しい……」
少女は笑いながら炎の涙を零す。
のたうつ炎蛇はゆっくりとその熱を失い、白く艶やかな鱗を持つ蛇へと変わった。
するりとその皮が脱げ落ちる。
くすくすと嬉しそうな笑い声と、遠くに導くような足音、俺は慌ててその手を握った。
触れた先から解けるように光がこぼれる。
駄目だ、行くな、違う、彼女は人間だ、いや、人間でなくったって……。
「ゆ……か」
ハッと気づくと全く見覚えのない場所にいた。
「どこだ、ここ?」
暗い。
人の気配は少し離れた所から感じる。
「これは式じゃない。かりそめの命ではなくかりそめの空間」
「なるほどこれがカズ兄の異能ですか。だから行方不明になっていた時もなんとかなったんですね」
「何だ尊敬しちゃったか? もっと尊敬してくれてもいいんだよ? カズ兄ちゃん大好き! って言ってごらん?」
「この感情に名前をつけるとしたらウザイというものが一番ふさわしいのかも」
「ユミ! まったく、都会に出て来て言葉遣いがすっかり悪くなったね」
「二人共無視しないで! もっとお兄ちゃんにかまって!」
「カズ兄は兄さんじゃないから」
「師匠はほんとかまってちゃんですよね」
「俺は親族との繋がりが薄いから身内意識というものがあまりわからないのだが、君たちを見ていると実に楽しそうだなと思うよ」
「ウザイのと楽しいのは違う」
「この人うるさいだけですから」
どうやら全員元気なようだ。
あっ、伊藤さんは?
「おい! 伊藤さんはどうなった!」
そう声を上げたつもりだったが、掠れたひしゃげた音が漏れ出るだけだった。
それでも気づいたらしいみんながこちらへとやって来る気配があった。
「呆れたな。あれだけボロボロだったのにもう人間の形に戻ってるぞ」
「兄さん、グロ禁止」
ふと、光を感じて目を開ける。
あれ? 俺今まで目を閉じていたのか?
「あ、回復速度が上がった」
「隆志はホント人間やめてんなぁ、たのもしい限りだ」
言われて両手を見る。
炭のように真っ黒で一瞬ぎょっとしたが、触れるとボロボロと黒い部分が剥がれて普通の皮膚が現れた。
特に何か欠けてるようでもない。
我ながら頑丈なもんだ。
ふと、腕に違和感がある。
あ……伊藤さんにもらった腕輪が炭化してるじゃないか! なんてこった!
「伊藤さんは?」
「兄さんの隣」
言われて見ると隣に毛布を被せられた伊藤さんが眠っていた。
触れてみたが怪我は無いようだ。てか服着てない?
「おい、伊藤さんが付けていた首飾りは?」
「大丈夫燃えてない。服はボロボロになってたから私が脱がした。下着は着ているよ? 服はとりあえず私の予備を着せてあげるつもり」
「清姫はどうなった?」
よく考えたらそっちを先に聞くべきだった。
俺がそう聞くと全員がなんとも言えない顔になる。
「驚いたよ。そういう事例もあるって聞いたことはあったけどね、目の当たりにする機会があるとは思わなかったな」
バカ師匠が何かしみじみ言った。
それ答えになってねぇから。
「昇華した」
「え?」
「昇華した」
由美子の言葉を聞き返す。
昇華ってあれか、怪異が望みを叶えて精霊化したり消え去ったりするという現象。
「マジで?」
「マジだ。俺が辿り着いた時にはお前炭のお化けみたいになりながら炎の蛇に巻き付かれてたんだけど、その蛇がいきなり真っ白な神々しい姿になって光に解けるように消えていった。一度は伊藤君の姿も見えなくなったんだが、しばらくしたらぼんやり姿を表してお前と一緒に倒れてたよ。むしろ何があったのか聞きたいのはこっちのほうだな」
流の説明を聞いて尚信じられない気持ちが大きい。
何しろ相手は百年を越える怪異なのだ。
今更昇華するなど信じられない。
怪異というのは若ければ若い程変化をすることが出来るものだが、年を経た怪異はその性質と存在がより強固になり世界に大きな影響を与えるようになるのだ。
「いやぁ、これぞ愛の奇跡だね!」
「……愛」
バカ師匠が楽しそうに恥ずかしい言葉を言ってのけるのに由美子が素直に感動したように呟いた。
バカには「アホか!」と言いたいが、由美子の純粋な気持ちに水を差したくないので黙った。
しかし、なんか全身痒い。
どこを擦ってもボロボロと黒いかたまりが落ちて来るんだが、まるで垢のようで気持ち悪い。
てか、俺も裸じゃねえか!
「俺の服は?」
「兄さんは裸で戦えばいいと思う」
「何言ってんだ! マジで俺の装備は?」
「全部燃えちゃったねぇ」
ニコニコ笑いながら言う師匠の顔をしばし眺める。
え? 燃えた?
あの装備、全部でいくらすると思ってるんだ。
燃えたとか冗談じゃないぞ!
「ハンター証とナイフだけ煤けているけど残ってる。ハンター証の頑丈さは驚き」
「うわあ!」
俺は一瞬パニックに陥りかけたが、すぐにそんな場合じゃないと思い直す。
そうだ、俺のことはこの際後回しだ。
伊藤さんをなんとかしなければ。
「それで伊藤さんの容体は?」
「体は無傷、驚愕。ただ意識は無い空白に近い」
「っ!」
叫びそうになるが抑える。
大丈夫だ、最悪じゃない。
「彼女が付けていた首飾りの石、使えるか?」
「うん。あれ兄さんが?」
「ああ、伊藤さんが巫女体質と知って万が一のお守りにと思ってな。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが」
以前神様から貰って来た守り石は人間の魂を記録するための物だ。
心が壊れていく巫女達を見てきた神様が寂しい気持ちから作った奇跡のアイテム。
人間の感覚から言えばレコーダーのようなものと言えばいいのだろうか。肉体が失われた後は、それは単なる記録にすぎないが、肉体がある内ならそれは魂を復活させる鍵となる。
とりあえずホッとしたが、まだ完全に大丈夫だとは限らない。
とにかく早く安全な場所で儀式を行わないと。
てか、今迷宮の中だよな、それなのに全く危機感がないんだがここはどこだ?
「ここってテント、か? 結界内にしてもこんな大物どうやって持ち込んだんだ?」
「いやいや、これは俺の式だよ! ほめてほめて!」
「へ?」
「違う、こんなの式じゃない」
バカ師匠の言葉に由美子がツッコむ。
そうだよな、式って仮の命を与えて使役する使い魔みたいなもんだ。
間違ってもテントにはならない。
「ほらほら、これ見て!」
バカが木彫の箪笥を取り出した。
田舎の実家にあるような渋い雰囲気のある箪笥だ。
と言っても手の平に乗るようなミニチュアサイズなんだけどな。
この人この技術だけは関心させられる。
雑貨小物の作家として食っていけるんじゃね?
バカ師匠はその小さな箪笥を地面に置くと、ちょんと指先でそれを突いた。
と、たちまちその箪笥が実物大となる。
「はあっ?」
「女物は無いけど男物の服ならあるよ~、好きなの選んでね」
え? どういうこと? おもちゃみたいな物を実物に出来るってこと?
そう言えばこいつの式のカラスも、本体は木彫の小鳥だけど。
「非常識すぎるだろ!」
俺は思わずそう叫んでいた。
「いや、お前だけには言われたくない」
バカ師匠はすげえ真顔でそう言った。
そして周囲の連中も無言でうなずく。
なんでだ!
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