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宵闇の唄
その八
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その後はまるでパーティの残り物を片付けるような食事だったが、その滅多に出来ない経験は逆に新鮮で面白かった。
「冒険者の人達ってああいうタイプの人が一番多いんですよ」
伊藤さんはクスクス笑いながら残骸のような皿から料理を取り分け、まるでコース料理の一皿のような盛り皿を二皿分こしらえると、その他の残骸を手早く片付けてテーブルを綺麗にしてしまった。
早い! と言うか、手際がいい、俺はその流れるような手際に感心しているだけで手伝いもしなかったことに片付けが終わってから気づいてちょっと頭を抱える。
気を使えない男って女性にはがっかりされるんだろうなと不安になってしまう。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。じゃあ改めまして、お疲れ様でした」
「あ、ああ、その、ありがとう」
ありがとうを繰り返して言ってしまい、赤面する。
俺って、ホントこういうの駄目だよな。
伊藤さんが追加でシャンパンを頼んで、向い合せでお互い離れていた間の時間を埋めるようにそれぞれが体験した出来事を語る。
雑音が無くなり、静かに流れるピアノの音があまりにも先ほどまでの喧騒と違いすぎてくすぐったい感じがしたが、伊藤さんの語る職場での日常には心が和まされた。
一方で俺は迷宮での出来事の中で、差し障りのない部分を選んで話す。
とてもじゃないが話せないことが多い。
守秘義務とかそういうこと抜きでも。
「あの試作品、案外と好評だったけど、ちょっと人数に対して小さいもんだから全員分作るのに時間が掛かるのが面倒だったな」
「そこは試作品だから。でも大きいのを持って行くのも冒険者にとってはちょっと場所を取られて辛いかもしれないね」
「あーそうだな、一人が持てる荷物の量なんて限られてるし、乗り物を持ち込める階層ならそう問題は無いんだろうけど」
「折りたたみとかは無理、かな」
「う~ん、そういうアイディアはやっぱ佐藤だな、頼りたくないけど」
「ふふっ」
俺のぼやきに伊藤さんが笑う。
思わず問うような目線を投げた俺に彼女は笑って答えた。
「隆志さんは佐藤さんと仲いいから、見てて面白いな、って」
「えっ、それは誤解だ。俺は奴が苦手だからな」
「だって、他の人は佐藤さんの言ってることがあんまり分からないからって適当に受け答えしてるのに、隆志さんっていつも本気で話を聞いて喧嘩してるから、佐藤さんは隆志さんを頼りにしてるんだと思う。隆志さんがいない間、すごくつまらなそうにお仕事してたし」
「やめてくれ、いや、マジで」
俺の言葉に楽しそうに笑う伊藤さんを見て、可愛いなと思ってしまうが、同時に佐藤に関してはやはり誤解だと思う。
あの変人が俺を頼りにするとか有り得ない。
そんなほっとするひとときを過ごして俺は伊藤さんを家まで送った。
今までのように駅までではなく、一緒にシャトル便に乗って壁外の住宅地の彼女の家まで行くことにしたのだ。
壁の守りの無い壁外に夜遅くに彼女を一人帰すには最近の情勢が不安すぎた。
「毎日帰っているんだから大丈夫なのに」
「いや、ホント、俺の心の平安のためだから気にしないでくれ」
「ふふっ、本当は嬉しいから、ちょっと得をしたとか思ってるんだ」
えへへと笑った伊藤さんが可愛い。
そんな顔をされると実は俺のほうが得をしている気がするぞ。
壁外の住宅地はまだ結構人通りがあった。
怪異避けの街灯も家々の間を線を引くように通っていて、ちゃんと整備されているようで切れ目は無い。
実際、危険は無いのだろう。
その証拠にもう二十時を過ぎたと言うのに小学生が連れ立って歩いていた。
しかも夜なのに大きな声で歌を歌っている。
お前ら怒られるぞ。
「隆志さんは、歌、好き?」
それを見ていた伊藤さんが唐突に俺に聞いた。
「ん? ん~、大きな声で歌うのは嫌いじゃないが、どうも勢いで歌ってるらしくてメロディとか音程とか節回しとか色々弟や妹には不評だ」
「そうなんだ~」
伊藤さんはやけに嬉しそうに俺の音痴告白を受けると、ニコニコ笑いながら言葉を続けた。
「実は私もちっちゃい頃は歌が好きで、ことあるごとに歌ってたんだ。でも、お父さんが聴くに堪えないから人前では歌うなって」
「うっ、それは酷いだろ、俺だってそこまでは言われなかったぞ」
「うん、きっと凄く酷かったんだと思う」
伊藤さんは、はぁと息を吐くと、顔を上げてにこりと笑った。
「でもこないだ久しぶりに歌ってね、ちょっと楽しかったなって思って。好きなことを好きなように振る舞うのに他人に迷惑になるのって辛いよね」
「それだったら今度二人でカラオケにでも行くか? お互い音痴ならお互い様ってことで迷惑なのも相殺だろ」
「迷惑の相殺って……」
伊藤さんはまた笑い出し、今度はなかなか笑いが収まらない風でしゃがみ込んでまで笑っている。
ちょ、伊藤さん、周りの目が痛いです。
「それ、凄くいいな、迷惑の相殺。私、前も言ったけど、隆志さんに迷惑掛ける気満々ですからね。私の迷惑のほうがちょっと上回っても気にしませんよ」
「あ、あ、そういえばそういう話をしたな」
ふふふと笑う伊藤さんがヤバイ程可愛い。
小悪魔ってこういう感じなのか?
そうやって話しながら歩いていると時間などあっという間に過ぎる。
いつの間にか俺達は彼女の家まですぐの場所にある公園に差し掛かった。
その公園には以前見たような想念の影のような存在は感じられない。
というか、気の巡りがとても綺麗になっていた。
まるで洗いたてのシーツのような清廉さだ。
俺はそこに違和感を覚えてふと振り向いて確認する。
誰かが浄化した? しかし、そこに邪霊や想念の澱があった訳ではないのに?
子供が集う場所に全くなにもないというのは却っておかしな話だ。
陽気には陰気が集うのが世の常識である。
「隆志さん?」
伊藤さんが不思議そうに俺を見た。
俺は慌てて彼女に向き直る。
悪いモノが在るならともかく、何も無いことを気にするのはちょっと神経過敏なのかもしれない。
「あ、いや、二人だけのカラオケ大会ってのも楽しそうだな」
「私、カラオケって行ったことがなくって」
「ああ、うん、いや、実は俺も、カラオケのあるスナックなら他人が歌うのは見たことあるけどな」
「初めて同士で行くならあれですね、思いっきり失敗しましょうね」
「なんでそうなる?」
「初めては失敗してなんぼですよ。むしろ失敗しないとちゃんと覚えないのです」
「むむ、説得力があるような無いような」
そうこう言ってる内に伊藤さんの家に到着する。
なぜか出迎えに出てきた伊藤父がちろりと俺を見ながらにぃっと笑って見せた。
「殊勝な心掛けと言いたい所だが、むしろお前が危ないという気がしないでもないから礼を言いにくいな」
「いや、礼とかいらないですから。俺の心の平安のために送らせてもらっただけで、いわば俺の我儘です」
「ふん」
俺の言葉に面白くなさそうに伊藤父は玄関を潜る。
伊藤さんはそんな父親を困ったような顔で見送って、俺に向き直った。
「お父さん、隆志さんと遊びたいんだと思うの。でも、気にしなくていいからね」
「え? そうなの?」
「うちのお父さん、嫌いな人とは絶対会わないから。わざわざ出て来たのは隆志さんに構って欲しいからよ。ほんと、ああいう所は子供っぽいんだから」
生きて引退した熟練の冒険者だった男も娘に掛かれば子供っぽい中年にされてしまうらしい。
思わず苦笑した。
ぺこりと頭を下げて玄関に向かう伊藤さんを見送っていると、ふいに振り向いた彼女が駆け戻って来る。
「お? なんか忘れ物?」
彼女は無言で俺に抱き付くと、彼女なりの精一杯の力で抱き締めて来た。
「え? う? あ?」
俺はと言えば、自分の手をどうしていいのか迷っている内に刹那の抱擁は終わっていたという有様だ。
情けない。
「じゃあ、また明日」
伊藤さんは何事も無かったように玄関に駆け戻ると、そう言って手を振って見せた。
「ああ、うん、明日」
うん、女性ってわからないな。
でも、柔らかくてあったかいその抱擁は、とても大きな力を俺にくれたような気がする。
それにしても、なんで抱き返さなかったかな、俺……。
「冒険者の人達ってああいうタイプの人が一番多いんですよ」
伊藤さんはクスクス笑いながら残骸のような皿から料理を取り分け、まるでコース料理の一皿のような盛り皿を二皿分こしらえると、その他の残骸を手早く片付けてテーブルを綺麗にしてしまった。
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「あ、ああ、その、ありがとう」
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雑音が無くなり、静かに流れるピアノの音があまりにも先ほどまでの喧騒と違いすぎてくすぐったい感じがしたが、伊藤さんの語る職場での日常には心が和まされた。
一方で俺は迷宮での出来事の中で、差し障りのない部分を選んで話す。
とてもじゃないが話せないことが多い。
守秘義務とかそういうこと抜きでも。
「あの試作品、案外と好評だったけど、ちょっと人数に対して小さいもんだから全員分作るのに時間が掛かるのが面倒だったな」
「そこは試作品だから。でも大きいのを持って行くのも冒険者にとってはちょっと場所を取られて辛いかもしれないね」
「あーそうだな、一人が持てる荷物の量なんて限られてるし、乗り物を持ち込める階層ならそう問題は無いんだろうけど」
「折りたたみとかは無理、かな」
「う~ん、そういうアイディアはやっぱ佐藤だな、頼りたくないけど」
「ふふっ」
俺のぼやきに伊藤さんが笑う。
思わず問うような目線を投げた俺に彼女は笑って答えた。
「隆志さんは佐藤さんと仲いいから、見てて面白いな、って」
「えっ、それは誤解だ。俺は奴が苦手だからな」
「だって、他の人は佐藤さんの言ってることがあんまり分からないからって適当に受け答えしてるのに、隆志さんっていつも本気で話を聞いて喧嘩してるから、佐藤さんは隆志さんを頼りにしてるんだと思う。隆志さんがいない間、すごくつまらなそうにお仕事してたし」
「やめてくれ、いや、マジで」
俺の言葉に楽しそうに笑う伊藤さんを見て、可愛いなと思ってしまうが、同時に佐藤に関してはやはり誤解だと思う。
あの変人が俺を頼りにするとか有り得ない。
そんなほっとするひとときを過ごして俺は伊藤さんを家まで送った。
今までのように駅までではなく、一緒にシャトル便に乗って壁外の住宅地の彼女の家まで行くことにしたのだ。
壁の守りの無い壁外に夜遅くに彼女を一人帰すには最近の情勢が不安すぎた。
「毎日帰っているんだから大丈夫なのに」
「いや、ホント、俺の心の平安のためだから気にしないでくれ」
「ふふっ、本当は嬉しいから、ちょっと得をしたとか思ってるんだ」
えへへと笑った伊藤さんが可愛い。
そんな顔をされると実は俺のほうが得をしている気がするぞ。
壁外の住宅地はまだ結構人通りがあった。
怪異避けの街灯も家々の間を線を引くように通っていて、ちゃんと整備されているようで切れ目は無い。
実際、危険は無いのだろう。
その証拠にもう二十時を過ぎたと言うのに小学生が連れ立って歩いていた。
しかも夜なのに大きな声で歌を歌っている。
お前ら怒られるぞ。
「隆志さんは、歌、好き?」
それを見ていた伊藤さんが唐突に俺に聞いた。
「ん? ん~、大きな声で歌うのは嫌いじゃないが、どうも勢いで歌ってるらしくてメロディとか音程とか節回しとか色々弟や妹には不評だ」
「そうなんだ~」
伊藤さんはやけに嬉しそうに俺の音痴告白を受けると、ニコニコ笑いながら言葉を続けた。
「実は私もちっちゃい頃は歌が好きで、ことあるごとに歌ってたんだ。でも、お父さんが聴くに堪えないから人前では歌うなって」
「うっ、それは酷いだろ、俺だってそこまでは言われなかったぞ」
「うん、きっと凄く酷かったんだと思う」
伊藤さんは、はぁと息を吐くと、顔を上げてにこりと笑った。
「でもこないだ久しぶりに歌ってね、ちょっと楽しかったなって思って。好きなことを好きなように振る舞うのに他人に迷惑になるのって辛いよね」
「それだったら今度二人でカラオケにでも行くか? お互い音痴ならお互い様ってことで迷惑なのも相殺だろ」
「迷惑の相殺って……」
伊藤さんはまた笑い出し、今度はなかなか笑いが収まらない風でしゃがみ込んでまで笑っている。
ちょ、伊藤さん、周りの目が痛いです。
「それ、凄くいいな、迷惑の相殺。私、前も言ったけど、隆志さんに迷惑掛ける気満々ですからね。私の迷惑のほうがちょっと上回っても気にしませんよ」
「あ、あ、そういえばそういう話をしたな」
ふふふと笑う伊藤さんがヤバイ程可愛い。
小悪魔ってこういう感じなのか?
そうやって話しながら歩いていると時間などあっという間に過ぎる。
いつの間にか俺達は彼女の家まですぐの場所にある公園に差し掛かった。
その公園には以前見たような想念の影のような存在は感じられない。
というか、気の巡りがとても綺麗になっていた。
まるで洗いたてのシーツのような清廉さだ。
俺はそこに違和感を覚えてふと振り向いて確認する。
誰かが浄化した? しかし、そこに邪霊や想念の澱があった訳ではないのに?
子供が集う場所に全くなにもないというのは却っておかしな話だ。
陽気には陰気が集うのが世の常識である。
「隆志さん?」
伊藤さんが不思議そうに俺を見た。
俺は慌てて彼女に向き直る。
悪いモノが在るならともかく、何も無いことを気にするのはちょっと神経過敏なのかもしれない。
「あ、いや、二人だけのカラオケ大会ってのも楽しそうだな」
「私、カラオケって行ったことがなくって」
「ああ、うん、いや、実は俺も、カラオケのあるスナックなら他人が歌うのは見たことあるけどな」
「初めて同士で行くならあれですね、思いっきり失敗しましょうね」
「なんでそうなる?」
「初めては失敗してなんぼですよ。むしろ失敗しないとちゃんと覚えないのです」
「むむ、説得力があるような無いような」
そうこう言ってる内に伊藤さんの家に到着する。
なぜか出迎えに出てきた伊藤父がちろりと俺を見ながらにぃっと笑って見せた。
「殊勝な心掛けと言いたい所だが、むしろお前が危ないという気がしないでもないから礼を言いにくいな」
「いや、礼とかいらないですから。俺の心の平安のために送らせてもらっただけで、いわば俺の我儘です」
「ふん」
俺の言葉に面白くなさそうに伊藤父は玄関を潜る。
伊藤さんはそんな父親を困ったような顔で見送って、俺に向き直った。
「お父さん、隆志さんと遊びたいんだと思うの。でも、気にしなくていいからね」
「え? そうなの?」
「うちのお父さん、嫌いな人とは絶対会わないから。わざわざ出て来たのは隆志さんに構って欲しいからよ。ほんと、ああいう所は子供っぽいんだから」
生きて引退した熟練の冒険者だった男も娘に掛かれば子供っぽい中年にされてしまうらしい。
思わず苦笑した。
ぺこりと頭を下げて玄関に向かう伊藤さんを見送っていると、ふいに振り向いた彼女が駆け戻って来る。
「お? なんか忘れ物?」
彼女は無言で俺に抱き付くと、彼女なりの精一杯の力で抱き締めて来た。
「え? う? あ?」
俺はと言えば、自分の手をどうしていいのか迷っている内に刹那の抱擁は終わっていたという有様だ。
情けない。
「じゃあ、また明日」
伊藤さんは何事も無かったように玄関に駆け戻ると、そう言って手を振って見せた。
「ああ、うん、明日」
うん、女性ってわからないな。
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