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宵闇の唄

その四

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「魂憑き、あるいは魂喰らいか」
「いや、それは有り得ないだろ! あれは古戦場や刑場、血生臭い事件があった場所とかに出るような奴じゃないか。中央都に出る訳がない」

 馬鹿師匠アニキの推論に俺は真っ向から反対した。
 都内は常に『洗浄』され、一定以上の濁りは存在しない『清潔』な都市だ。
 そんな業の深いモノが出るはずがない。

 魂憑きは命に未練があり、生きた人間に憑依する怪異だ。
 これに憑かれると、突然人が変わったようになり、乱暴になったり事件を起こしたりする場合が多い。
 魂喰らいはもっと凶悪で、命を否定する存在だ。
 神の対極に在るモノと言っていいだろう。

「昏倒した人間には脊髄汚染の痕跡があった」
「おい」

 脊髄は魂魄の通路とされていて、憑依系の痕跡はここに必ず残る。
 一度取り憑かれた者はそのせいでその後も取り憑かれやすくなるのだ。

「でも、それはおかしいだろ。それならどこかに相当濃度の汚染の場が見つかるはずだ。完全管理されている都内で有り得ない」
「ったく、お前はその頭のかてえところ全然かわっちゃいねえんだな。ハンターが常識人でどうするよ」
「はっ、それは俺には褒め言葉だ!」
「実際事件が起こっているんだから有り得るんだよ。ばあか」
「あんたに馬鹿呼ばわりされる覚えはないぞ」

 つい馬鹿師匠のペースに巻き込まれていたが、俺は重要なことを思い付いた。

「それに、そんな重大な事件ならハンター協会から連絡が来てないとおかしいだろ。どういうことだよ」
「今来てるだろ」
「は?」
「今、俺はこの地域の責任者なんだぜ」
「へ?」

 なんだと! どこの馬鹿がこいつにそんな重要な役割を与えたんだ。
 国が危ないぞ!

「いやいやいや、あのさ、普通ハンターの連絡って暗号通信だよな」
「直接会って連絡した方が機密性の保持に優れてるだろ?」
「ハンター通信のプロテクトが破られたことなんぞないぞ、あんたがそのナリでうろうろすることのどこに機密性があるんだよ!」

 俺の元師匠であり、村でアニキと呼んでいた元ガキ大将、同じ苗字だが家族でも親戚でもない木村和夫はにっこり笑った。

「いいじゃん、俺が楽しいから」
「アホか!」

 いかん、ハンター協会本部に異議申し立てをしておこう。
 いくら冒険者とのやりとりに経験豊富だからってこいつを選ぶのは有り得ないだろう。

「まぁ、そんな訳で今いっそがしくってなぁ。心の癒やしを求めている訳だよ、俺は」

 チラチラとキッチンを見る。
 絶対にやらん。

「そんなに忙しいならすぐカエレ! 連絡はもう終わったんだろうが」
「タカくん冷たいなぁ、昔タカくんがうっかり村の結界石を壊しちゃった時に一緒に謝ってあげたの俺じゃないか」
「タカくんとか言うな、きしょいわ、そもそもあれはあんたが持ち上げてみせてくれとか言ったせいだろうが!」
「まさか封印を破らずに本体そのものを砕いてしまうとはな、盲点だったわ」
「俺がわざと結界を破ったような言い方はやめろ、ア・ン・タが、持ち上げろって言ったんだ」

 キレかけて、俺はハッと我に返った。
 いかん、こいつのペースに嵌っている。

「ともかく、もう話は終わったんだろ、ハイハイ、アリガトウゴザイマシタ、サヨウナラ」
「そんな冷たくしなくてもいいじゃないか。いい匂いがするし、具体的に言うとハンバーグかな? どうだ、当たりだろ!」

 こいつ。

「俺は迷宮帰りで疲れてるんでもう帰って貰えますか? その事件の詳細は文章通信でお願いしますね」

 業を煮やした俺は、師匠の上着を掴んで持ち上げた。
 雑嚢袋を担ぐ要領で背中に担ぐと玄関に向けて引き摺る。

「おっおっお? 相変わらず凄い力だね、って、おいタカシくん? おーい、いやいや、師匠に無体なことをするような弟子に育てた覚えはないぞ、ホラホラ、話せばわかるって老眼の人も言ってるし」

 意味不明なことを喚く馬鹿を玄関まで引き摺っていくと、扉を開けて放り出す。

「おととい来い」
「いやいや、タカシ、人間は過去には戻れないんだよ。タイムスリップは未来への一方通行だ。物理学的に言うとだね」
「は? アンタ物理学とかやってたか?」
「いや、映画ムービーの中の学者さんがそう言ってたんだ」
 
 パタン。
 俺は静かに扉を閉めた。
 力任せに閉めると壊してしまうからだ。
 ガチャリと物理的な鍵と、封印錠のダブルロックを施して足早に玄関を後にする。

 それにしても、と、俺は考えた。

「都内で魂喰いとか、本当に有り得るのか?」

 少し考えてみた。
 いわくつきの場を整えて呼び込みをすること自体は不可能ではない。
 その場所の周囲を結界で覆い、その中に場を作れば出来なくは無いだろう。
 しかし、そこには不審極まりない霊的空白地帯が出来上がる。
 逆に目立つことこの上ないだろう。
 しかもニュースでは被害者のいた場所は広く散らばっていて、同じ場所で被害が起きている訳ではないと言っていた。
 この方法ではそんな風に事件を起こすことは出来ない。

「あ」

 ふいに思い付いて、冷水を浴びせられたような気分になった。
 そんな事件が起きているのに彼女をこんな時間に一人で帰らせて大丈夫なのか?と。

 携帯を取り出して履歴から伊藤さんへと電話を掛ける。
 ここしばらくの通話履歴は全て伊藤さんで埋まっているので間違うこともない。
 緩やかに光が点滅して呼び出しをしていることを知らせる。
 早く早く。
 チカッと、接続の印の青い光が点った。

『もしもし、どうしたの? もしかしてハンバーグのソースが足りなかったとか?』

 聞こえてきた暖かな声にホッと息を吐く。

「ああいや大丈夫、ちょっと心配で」
『えっ?』
「ほら、ニュースを観たらなんか昏倒事件が起きてるとか」
『ああ、それね。ありがとう。でも大丈夫よ。その事件夜に起きたことがないみたいだから』
「そうなのか、詳しい話は知らなくて」
『うん、報道され始めたのはつい昨日ぐらいからなの。もう結構前からそういうことは起こってたみたいなんだけど。これまでは数が少なくて場所もバラバラだったから単なる病気の発作とかだと思われてたみたいで』
「そうだったのか」
『それが一昨日、車の事故があって、その事故を起こした運転手の人が健康に問題がないのに急に昏倒したせいで起こった事故で』
「話題になって調べたら他にも出て来たってことか?」
『うん、そう。ネットのサークルであれもこれもと昏倒事件が報告されて、そこから火がついたというか』
「そっかありがとう。突然電話してごめん」
『ううん、声が聞けたからちょっと得しちゃった』

 変人のせいで荒れた心が穏やかになる。
 彼女が巫女適正のある女性だということが全く関係無い訳ではないだろうが、彼女の声には人を安心させる響きがあると思う。
 そういうことも含めて実際に得をしたのは俺のほうだと思うのだ。

「……ありがとう、また明日」
『うん。また明日』

 名残惜しいが通話は切れだ。
 ともあれ、彼女が無事でよかった。
 そしてまた謎が増えたぞ。

「夜には起きない?」

 普通怪異絡みの事件は夜に起きることが多い。
 気の淀みは昏いものだ。
 それは影や闇に紛れるほうが楽なのである。

「あ、そうだハンバーグ」

 キッチンから二皿のハンバーグをちゃぶ台に移動する。
 せっかくだから二つ共俺が食おう。
 疲れてるから今日はいつもより空腹だ。

「一緒に食べたかったな……」

 まったく、誰かさんのおかげで幸せな時間が台無しだ。
 俺はベランダのガラスが誰かさんの使い魔のくちばしでカンカンといい音でつつかれているのを聞きながら、ちょっと冷えたハンバーグを口にしたのだった。
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