エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
171 / 233
好事魔多し

その十八

しおりを挟む
 テントを囲むように張られた結界のせいで微妙にすっきりしない目覚めを迎えた。
 とは言え結界なしで休む訳にもいかないのだから仕方ないよな。
 ぐっと伸びをして目前の巨大な竜巻を見る。
 まさかこれに突っ込む訳じゃないよな、と思いながら眺めた。

「そのまさかとか」

 俺のぼやきにビナールが不思議そうに顔を向ける。
 なんでもないと手を振ってみせたらにっこりと笑って向こうからも手を振ってくれた。
 おお、可愛いな。
 タネルはその妹の様子を不思議そうに眺めている。

 睡眠明けに竜巻を調べた俺たちは、そここそがフロアボスへ至るための入り口であるという結論に達した。
 この竜巻は見た目こそゴウゴウと音を立てて渦巻いているが、本当の竜巻では有り得ないと結論付けたのである。
 この規模の竜巻なら周囲の物を吸い込むように激しい風の中心になっていないとおかしいのだが、この竜巻は周囲には全く影響を及ぼさずに同じ場所にとどまったまま、頂点がいずことも判別出来ないぐらいに高く風を巻き上げ続けていた。
 現象的にこの状態は有り得ない。
 つまりこの見た目はフェイクであるということだ。
 
「本部によるとこのダンジョンの構造的にこの竜巻こそが中心部ということになるようです」

 大木も本部のスキャンで判明したことを伝えて来る。
 異なる空間を繋げてモニタリングしているだけでも凄いのにそのモニター結果を手がかりに構造をスキャン解析するとか相変わらず謎の技術である。

「本部?」

 と、タネルが不思議そうにしたので、俺は慌てて、軍本部の集めた情報である程度のマッピングが出来ていると伝えた。
 タネルはそれを全く疑わずに信じたようだった。
 まぁ当たり前と言えば当たり前だ。
 外部からダンジョンをモニタリングするとかそっちのほうが信じ難い話だからな。

 とりあえず俺は手近な洞窟の壁の突起を蹴飛ばして壊すと、その竜巻に放り込んでみた。
 瓦礫は竜巻に触れるとバリバリと激しい音を立ててその形を歪ませ、ふいに消える。

「間違いなさそうですね」
「うわあ、触りたくないな」

 俺と浩二の感想は真っ二つに別れた。
 同じ物を見ても人によって感じ方が違うということがよくわかる。

「ここはやはり本物の竜巻に巻き込まれてもピンピンしていそうな人が行くべきでしょう」

 こいつ、何か危ない物を見付けたら俺を突っ込んでおけば大丈夫とか、そういう昔ながらの感覚なのか?
 昨日は確かなんにでも突撃するなとか言ってなかったか?
 俺の弟ながら無慈悲すぎるだろ。

「いや、そもそも罠という可能性もあるんじゃないか?」
「兄さん、一応身代わり符は持っているんでしょう? 何かあっても死にはしませんよ」
「身代わり符があってもそれが発動するってことは死ぬ程苦しい状態になるってことなんだけど、それはいいのかよ!」
「痛みに対する耐性も高かったでしょう?」
「だからそういう問題じゃねえって言ってるだろ!」

 俺らが言い争いをしていると、それを見かねたのか、ビナールがオロオロした挙句に、

「わ、私が行きます。今こそ恩返しの時です」
「何を言っているんだ。それは僕の役目だ。あの竜巻に入ればよろしいのですね」

 などと兄妹でやり始めてしまった。
 いかん、若者達には我が家の軽いスキンシップが通じてないっぽい。
 タネルが突撃する前にちゃんと止めておかないとな。

「いや、君たちは気にするな。大丈夫俺は死ぬのは慣れている」

 おっと、死ぬのはじゃなくって死ぬような痛みにはと言うべきだったか。

「そんな、ダメです!」

 ビナールが悲しそうに叫んだ。
 タネルは険しい顔で「死をもてあそぶのはよくない」と、真面目に俺に説教をたれ始めてしまった。
 すんません調子乗りすぎました。

「あ、いや、ほら、危険な仕事はハンターなら当たり前だし。別に死をもてあそんでわざとやっている訳じゃないからね」

 元凶であるはずの浩二は、ニヤニヤ笑いながら俺を見ている。
 くそっ、覚えていろよ。
 
「と、とりあえず朝食にしよう」

 何か腹に入れないと力が出ないからな。
 べ、別に食べ物に意識を逸らして気まずさを回避した訳じゃないからな。
 もしかするとこっから即ボス戦ということもあり得るので、朝食は軽く摂る。
 腹が膨れすぎると動きが鈍るからな。

 落ち着いた所でまず俺が通信機を持って竜巻に突入することに決まる。
 タネル達は、恩返しがどうとか、元気になったからお役立ちがどうとかでごねたが、待機することに納得してくれた。
 俺はベルトに通信機をセットすると堂々とした態度で竜巻に臨んだ。
 下手に怯んだ態度を取ると、あの兄妹達が勝手に突入しそうなので、冗談でも逃げるふりとか出来ない。

 竜巻のすぐ近くにはさすがに強風が吹いているが、それだけだ。
 やはり吸い込むような力は働いていない。
 まるで風がベールのように竜巻を包んでいる感じだ。

 その風の中に手を入れてみる。
 抵抗があるが、決して弾き飛ばすような強い物ではない。
 普通、竜巻の周辺に飛び交っているはずの瓦礫なども無く、感触的には滝に手を突っ込んだ時の物に似ている。
 抵抗を押しのけて進むと、不意に抵抗が無くなり、前のめりに倒れ込んでしまいそうになって踏み止まった。

 そして改めて周囲を見るとそこは巨大な石造りの建物の通路となっていた。
 磨きぬかれた黒曜石のようなつるつるとした床と壁が周囲を取り囲んでいる。
 天井も同じような質感だが、やたら高い。
 数十メートルはありそうだ。

『兄さん、無事ですか?』

 おっと、連絡連絡。

「ああ、無事別の場所に出た。やっぱりあの竜巻は見せかけだけのようだ」
『了解しました』

 しばし待つと全員がふいに現れた。
 やっぱりなんか変な感覚だな。

「よかった!」

 ビナールが俺を見て嬉しそうに笑った。
 いい子だなぁ。

「さて、先に進むか。鬼が出るか蛇が出るか」

 コツコツと人数分の足音が響く。
 戦闘用のブーツはこの硬質な床では音が響きすぎる。
 気になるが仕方ない。
 やがて巨大な扉が出現した。
 ここがボス部屋ってことかな?
 扉の表面には彫刻があり、白虎、青龍、玄武、朱雀の四神が描かれていた。
 四神というのは東洋の物だが、その彫刻はどちらかというと西洋風で、なんとなく違和感がある。
 扉を押してみるがびくともしない。
 
「兄さん、その彫刻の目」
「ん?」

 由美子に言われて改めて彫刻を見ると、それぞれの聖獣の目にはぽっかりと空洞が開いていた。

「ん~何か入れるのか?」

 俺が頭を捻っていると、ビナールが「あっ!」と声を上げる。

「これを」

 その手にあったのは、このフロアで怪異を倒した時に稀に落ちるなぞの水晶玉だった。

「あ、なるほど」

 最初の赤い物からその後も何回か落ちたのを拾っていて、全部出してみると八個あった。
 赤が二個、白が三個、青が一個、黒が二個だ。

「危なかったな、青ってどこで出たっけ?」
「石の中から襲ってくるサメみたいなのがいたとこでしたっすよ、確か」
「これ、足りなかったらどうなるんだろう?」
「どこかから戻れるか、行きも戻りも出来ずに永遠にこの通路に閉じ込められるかどちらかでしょうね。後者の可能性が高そうですが」
「嫌な罠だな」

 とりあえずその水晶玉をそれぞれに対応した色の聖獣の目に嵌めていく。
 カチリという音がして扉の表面に鮮やかな色が現れた。
 生き生きとした聖獣達が互いを喰らい合う。
 青龍が白虎を喰らい、玄武が朱雀を喰らい、残った青龍と玄武が互いを喰らい合って扉は消滅した。
 なかなか迫力のある出し物だった。
 しかしどんな演出だ? 凝り性すぎるだろ。

 ともあれいよいよフロアボスか、そう思い身構える。
 俺たちの目前には扉の消えたその後に、滝の流れ落ちる鍾乳洞が姿を表した。
 もはや通路は影も形もない。

 ズズッと、重い物を引き摺るような音と共に現れたのは、まるで外国の映画に出て来る巨大なトラックのような大きさの、ぬらりとした平たい爬虫類だった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

白い結婚はそちらが言い出したことですわ

来住野つかさ
恋愛
サリーは怒っていた。今日は幼馴染で喧嘩ばかりのスコットとの結婚式だったが、あろうことかバーティでスコットの友人たちが「白い結婚にするって言ってたよな?」「奥さんのこと色気ないとかさ」と騒ぎながら話している。スコットがその気なら喧嘩買うわよ! 白い結婚上等よ! 許せん! これから舌戦だ!!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...