エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

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好事魔多し

その八

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 中央都の他の地区から特区に入るには三つの入り口がある。
 そのどれもが厳重な多重閉鎖式の金属スライド門であり、特区自体は巨大な壁に覆われていた。
 この壁には例の電気的結界も使われてはいるが、怪異だけでなく人間をも封じ込めるという目的がとてもあからさまである。
 実際この壁には冒険者に対する政府側からの威圧的な意味合いもあるのだろう。

 荒れていると馬鹿師匠から言われていた特区だが、確かに門の警備は厳重になっていたが、中に入ってすぐに目にする表通りはあまり代わり映えしない感じだった。
 冒険者とて普通の人間だ。
 生活するために必要な物は一般人とそうは変わらない。
 大通りには外の商店街とそう変わらない店舗が立ち並び、ちょっと奇抜な服装の人間は多いものの通りを歩いている人達もさして暴力的ではなかった。
 荒れているというからには特区全体がスラム化でもしているのかと思った俺はちょっと拍子抜けの気分だった。
 しかし、やはりその評価は少し早すぎたようだ。
 表通りは監視の目をごまかすには向いていない。
 ただ単にそういうことなのだ。

 迷宮特区庁と呼ばれている特別区画庁へと向かうには大通りだけを通って行くのでは大回りになる。
 そこで、途中ショートカットするために路地へと入るのだが、この特区はとにかく建物の変化が激しい。
 色々な建造物が出来ては放棄されということが繰り返された挙句、違法合法それぞれの手段でその放棄された建物を取得した連中がそれを改造する。
 見た目はあまり変化がなくとも、地下や屋上などに手を加えられていき、もはやこの特区の裏通りこそが迷宮じゃないか? という雰囲気になっていた。
 ここを管理している酒匂さんおかしのひとの苦労が偲ばれる。
 区画地図の最も最新の情報が更新されるのがハンター協会からの情報であるため、専用チップを端末に繋いでチェックしながらの移動となったのだが、路地に入り込んだ途端に視線と、つかず離れず付き纏う気配を感じることとなった。
 いくらなんでもあからさまというか、わかり易すぎる。
 これはデコイとかそういうのなのかな?

「撒いていいのかな?」
「撒いてもいいけど今度は私たちが迷子になる」

 由美子が無情に告げた。

「いや、お前の式を飛ばせば道もわかるだろ?」
「もう飛ばしているけど、ルートが変われば再設定する間が空く」
「もう飛ばしてるのかよ、街中であんま術使うと怒られるぞ?」
「日常使いの術式、怒られない」
「二人でほのぼのな会話をしているのはいいですけど、周りの人達がそろそろ痺れを切らしそうですよ」

 浩二が自分の足元の影を見ながら忠告する。
 もう周囲の連中の影を把握したのかな?
 お前のはどう言い訳しても日常使いの術じゃないからほどほどにしろよ。

「なーなー、あんたらさ、もしかしてハンター? いやーな電波がさ、ピピッと俺にささっちゃってんだけど」

 黒いマスクで顔の下半分を隠した男が、のそりと、俺達の向かっていた道の角から姿を現して開口一番そう言い出した。
 電波を受信しちゃっている人らしい。

「すげーな生身で電波を受信出来るのか、端末いらずだな」

 俺は感心してそう言った。

「そうなんだよ。俺って便利なの、こうさ、鉱石とか金属板とか持つだけでいろんなチャンネル受信出来んだよ」

 マジだったらしい。
 そりゃあすげえや、びっくり人間だ。
 違法傍受し放題で通信会社の天敵だな。

「んでさ、ハンター連中の使う電波ってキンキンして尖って痛いんだよね。それって酷くね? 酷いよね? だから俺に迷惑料払うべきだろ?」
「や、ちょっと意味わかんないな」
「はぁ? わかんだろ? ふざけんじゃねえぞ?」
「ふざけてねえし、いいからどけよ」
「兄さん、同じレベルで喧嘩売ってどうするんですか?」

 浩二が呆れたように言うが、俺は断じて同レベルでもないし、喧嘩売ってもいないぞ、穏便に退いてもらおうとしただけだ。

「そっちのおねえちゃん超カワイイじゃん、なんならお……おおっ!」

 考える前に手が出ていたというのはこういう状況のことを言うんだろうな。
 俺は黒マスク野郎の襟首を掴むと、丁重に投げ飛ばした。

「……兄さん」

 由美子がじとっとした目で見る。
 いや、暴力じゃないぞ、ほら、ふわっと投げたからふわっと、ちゃんと上着がビルの看板に引っ掛かって怪我もしていないじゃないか。
 地上2mもない高さだし、落ちても怪我しないぞ。

「ヤロウ!」

 周囲からバラバラと様子見だった連中がやって来る。
 服装とかバラバラで統一感がないな。

「へいへい、ハンターさんよ、お偉いハンターさんが一般人に手を出したら拙いんじゃねえの?」
「うわっ! やっべ、俺ら殺されちゃう? 殺されちゃう?」

 ゲラゲラ笑いながら後ろを塞いでるのが二人、何を考えているのか建物の屋根の上にいるのが一人、いかにも怒っていますという雰囲気で顔を真っ赤にして前に立ちふさがっているのが一人、う~ん、こいつら連携してるのかな? 判断しにくい。

「別に喧嘩とかする気はないよ。そいつはうちの妹に色目を使ったから兄として害虫を排除しただけだ」
「が、害虫じゃねえよ! アニキは俺らに仕事を見つけて来てくれるいい人なんだぞ!」

 後ろの連中に答えたつもりだったが、返事をしたのは前のやつだった。
 そうか、本当はいいやつってパターンだったか。
 しかし、うちの妹に目を付けたのが運の尽きだったな。

「わかった。それなら俺に構わずにそのアニキとやらを下ろしてやれよ、上着がなかなか破れないんでどうも首が締まってきてるっぽいぞ」
「え? あああああ! アニキィ!」
「なまじ丈夫な上着が災いしたな」

 言われて、慌てた男は最初の男に駆け寄って苦心惨憺しながら引き下ろそうとする。
 おい、引っ張ると拙いって。
 見かねて俺はそいつを手伝うことにした。

「ちょっと手を離せや」
「な、何しやがる!」

 慌てて電波男を守るように立ちふさがる男をスルーしてビルの壁に向かうと、その壁を思いっきり蹴りつけた。
 とはいえ、こういうのはコツがいるんだけどな。
 単に力任せに蹴りつけるんじゃなくって上下に振動するように蹴る必要がある。

 うまい具合に看板が揺れて、電波男は無事落下した。
 真下にいた男の上に。

「ギャッ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「てめぇ! や、やるのか!」
「勘違いすんなよ、お前のアニキを助けてやったんじゃないか」
「あっ、アニキしっかり」

 直前まで首が締まっていたらしく、顔色が悪かったが、電波男は正常に呼吸している。
 どうやら仲間の上に落ちたので落下の衝撃自体は全くなかったようだ。

「にいさんおもしれえな」

 後ろでゲラゲラ笑っていた連中が近づいて来る。
 こいつらの足運びは明らかに何かの技をある程度以上修めている者のそれだ。
 本格的に争い事になったら怪我をさせずに納められる自信はない。

「なぁ、この街はさ、俺達冒険者が一攫千金を目指して集まった街なんだよ。そこにさ、あんたらお偉いハンターさん達が美味い所をかすめ取りに来るってのは違うんじゃねえの? そこんとこどう考えてんのさ?」

 口元に笑いを貼り付けたまま、二人組の男の一人が言って来る。
 両手はポケットの中、明らかに何か得物を掴んでいる。
 ふと、浩二が目を細めた。

「やめろ」

 俺は慌てて浩二を止める。
 今のこの連中に殺気と言える程の強い敵対意識はない。
 はっきりとした負の感情を向けられているのはわかるが、それは縄張りを荒らされるという危機感によるもののようだった。
 それにどうも先の二人と、後の二人の間に関連性もないようだった。

「そっちのおにいさんは術士か。いいぜ仕掛けて来てもよ、だがさ、そうなったらお前らこの街の冒険者全員を敵に回すことを覚悟するんだな。まぁ俺らもそっちのほうが楽しそうだからいいんだけどよ」

 そう言ってまた笑い出す。
 どうも馴染めない相手だ。
 浩二はちょっと眉を動かしたが、何かをする気はなくなったようだ。
 よかった。
 あいつがキレたら俺の手に余る。

「言っておくが、俺達は頼まれたことをしているだけで、別にあんたらのショバを荒らす気はないぞ。迷宮で稼ぎたいのならあんた達の自由だ。俺にあんたらを止める権限もそのつもりもねえよ」
「へえ?」

 男は笑いを収めると、まるでダンスのステップを踏むように向きを変えて俺達から離れた。

「まぁ今日の所はそういうことにしといてやるか」

 ええっと、これはもしかして見逃してやるって意味なのか?
 どうも冒険者の考え方というか流儀ってよくわからないな。
 てかこいつらと話している内に最初の二人は姿を消しているし、案外素早い。
 屋根の上は……まだいるな。

「はぁ」
「兄さん、ため息を吐くと幸せが逃げるって」

 由美子が首を傾げてそう言った。
 お前は今の一連の出来事に何も感じてないっぽいな。
 まぁ、昔から他人に興味なかったもんな、うちの妹は。
 最近は伊藤さんと仲がいいのでずいぶん社交的になって来てたんだけど、こういう時は相手に無関心なのは相変わらずだ。

「まぁいいか、とにかく行こう」
「そうですね」

 浩二もあっさりと言って先へと進む。
 何も言わないけど何かやってそうなんだよな、うちの弟君も。
 さっきの連中のアジトを探り出すとかならいいけど、呪いを掛けるとかそういうのはやめておくんだぞ。
 それにしても、なるほど、どうやら冒険者はハンター支部が出来ることでピリピリしてるっぽいな。
 馬鹿師匠は何やってるんだ? 全く。

 俺はそういう外交関係を担当しているであろう馬鹿師匠ことカズ兄に、ひっそりと悪態を吐いたのだった。
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