上 下
150 / 233
羽化

その十五

しおりを挟む
「おお! お久しい! 元気だったっすか!」
「……お前、元気だな」

 武部部隊長からかつての仲間だった大木の変貌を告げられた俺たちは、彼に面会出来るのか? と尋ねた。
 怪異のように变化してしまったのなら隔離されているに違いないと思ったからだ。

 まぁあれだ、すぐに快く了承されたことから予測すべきだったんだよな。
 この駐屯地の兵舎の一室に普通にいた大木は、俺を認めて元気に挨拶して来たのだ。
 しかし、一見して変化しているように思えないんだが。
 俺が不思議そうに自分を見ていることに気づいたのか、大木はどこか似合わない恥ずかしそうな笑いを見せる。

「あ、聞いちゃったんですね。そうなんっすよ、実は」

 そう言いながらゆったりとした部屋着の袖をまくった。

「あ」

 そこには鱗状になった腕があった。
 黒鉄色というか、鈍い金属の光沢を持ったその鱗は、恐ろしく異質だ。

「これがですね、服の下ほとんどに出来ちゃってまいっちゃいますよね」

 まるで日焼けの痕を恥じるような軽い言い方にちょっと力が抜けたが、いやいやと思い直す。
 これはそんな軽い話じゃないだろ。

「よく見せてもらって構わないか?」

 俺が真剣にそう言うと、大木はちょっと気押されたように「お、おう」と応えた。
 実際に触ってみると、本物の金属のようにひんやりとしていて魚やトカゲの鱗とは違って滑らかさに欠けていてゴツゴツしている。
 由美子が指先でツンツンと触って首を傾げた。

「やっぱり他者の意識は絡んでない。異能者じゃ?」
「いや、あらゆる調査をしたが異能ではない。体が元からそうだったかのようにその状態で安定しているのだ」

 由美子の言葉に武部部隊長が答え、その答えですでに軍の方で大体の調査を終えていることを知った。

「安定しているというと、これは、もしかして戻らないのですか?」
「そうだ、まるで元からこの体だったかのように体の組織が機能している」
「あのアンナ嬢の解呪なら」

 俺の言葉に、由美子は首を振った。

「あの冒険者は肉体が不安定だった。精神ともうまく噛み合っていないようだった。でも、大木さんのこれは安定してる」

 つまり戻せないということか?

「あっ、リーダー、そんな心配そうな顔はナッシングっすよ! これ、結構便利なんすから。モンスターの攻撃とか防いじゃうんですよ」

 ポージングをしてみせる大木に、俺は呆れた。

「いやいや、そんなお気楽でいいのか? お前」
「いいんすよ、だって深刻にしててもどうにもならないし、それに、俺は悟ったんすよ。これはあれっす、一つの適応なんすよ」
「適応?」

 大木は頷いた。

「あの迷宮に潜っているとわかるっていうか、感じるんっす。生き物ってのは、自分がなりたい物になる力があるんじゃないかって。死にたくない! 負けたくないって思うと、あの時のリーダーとか襲ってきた化け物とか思い出すんですよ。リーダーもあの狼男も、俺と同じ人間の範疇じゃないっすか、それなら俺だって戦いたい、生き延びたいって気持ちで戦える体になることも出来るんじゃないかって」
「戦える体って、お前」

 俺の言葉に大木はチッチッと舌打ちをしてみせた。

「俺達は職業軍人っすよ。迷宮で任務を果たすために戦うのが仕事っす。迷宮ってとこは一筋縄では行かなくって、入るたびに今回は生きて戻れるのか不安になるんですよ。実際それで精神を病んでしまった同僚もいるっす。ほら、仲間の敵討かたきうちってことで部隊に配属されてた組がいたっしょ。あいつらの大半が二、三回目には精神的なショックから迷宮に潜れなくなったんすよ」
「そうだったのか」

 当初、迷宮の調査や資源回収の巡回チームはバディ単位を三組でローテのパーティを作り、そこに士官クラスが同行という形を取っていたらしい。
 しかし、繰り返す内に、迷宮へ入ることが出来ない者達、異空間拒絶症ダンジョンストレスとでも言うべき症状を発症する者達が現れ始めた。
 もしもの時には脱出苻があるにも関わらず、どうしても迷宮に入ることを体が受け付けなくなるのだそうだ。
 無理に入ると精神に異常をきたすとかで、配置換え処置が行われた。
 そんな中、全くストレスを発症しない人間もいた。
 それがこいつを始めとする数人の隊員だ。
 中でも大木はその前向きさをかわれて、迷宮探索班に組み込まれることが最も多かったらしい。

「なんかこう、最初は、モンスターとやりあってもなかなか怪我しなくなって、丈夫になったなぁってだけだったんですけどね。気づいたら皮膚が固く色変わりしてて、最後にはこんな風に」
「こんな風にって、お前」

 困惑した俺を遮るように、由美子が質問をした。

「徐々に変化した? 怪我にかさぶたが出来るみたいな感じ?」
「あ、そんな感じっすね」

 由美子は小さく頷いて、後は沈黙した。
 いや、お前一人で納得してないでわかったことは口にしようよ。

「軍隊としてはどういう感じなんだ? これは」
「一応任務中の負傷ということで障害者手当が付く」
「いやいやそうじゃなくて、あんたもたいがい天然かよ」

 武部部隊長殿が真面目くさって返答して来たのへ突っ込むが、一方で、これって障害者扱いになるのかと不思議な感じを抱いた。
 軍って案外身内には鷹揚なのかもしれない。

「迷宮探索にリスクがあるってことがわかってるんだからそういう情報開示とか、最悪迷宮の封鎖とかなんか無いのかって話だよ」

 そういう事例があったのなら、事前に警告を発してむやみに迷宮探索をさせないようにするべききゃないのか? と思ったのだ。
 そもそも、今までの迷宮は攻略された時点で消滅していた。
 土地柄的に何度も迷宮が発生する場所もあるが、それらはあくまでも違う迷宮が発生するだけだ。
 しかし、この迷宮に限っては、同じ迷宮に複数回チャレンジ出来る。
 今まで人類が経験したことのない事態なのだ。
 異常があったら一旦閉鎖するのも当然のことではないだろうか。

「情報開示は今のところは関連性がはっきりしないので情報として外に出す段階ではない。ゲートの閉鎖などやったら冒険者の暴動が起きるぞ」

 言われて想像してみた。
 迷宮に潜れなくなって困窮した冒険者が一斉に暴動を起こす所を。
 うん、ヤバイわ。
 だが、これは放っておいていい問題じゃないだろ。

「これは、彼がわりと気楽だから危機感が無い、というより、問題が最近になって一挙に噴出して来たせいで対応が出来ていないと考えるべきでしょう」

 浩二が淡々とそう分析する。
 うん? つまり時期が重なっているということは。

「そうか、頻度か」

 迷宮に潜る頻度で発症確率が上がっているんじゃなかろうかってことだな。

「我々としてもそうではないかと推測して、大木二等の頻度を目安に頻度の高い冒険者をチェックしているのが現状だ」
「警告は?」
「危険は最初に宣誓をしている。いかなる危険も自己の責任だとな」
「それはあくまでも迷宮の中での危険だろ。自分の心身が変化するかもしれないってのとは違うだろ」
「違いはない。冒険者という連中は君が思うほどやわではないぞ」

 むっとするが軍の方針に外からつべこべ言ってるのは俺のほうだからこれは言っても仕方ないことなんだろう。
 それに確かに確証のないことを元に物事を動かすのは難しい話だ。
 それより、気になったことがあるんだよな。

「大木、お前、明子さんとはどうなったんだ?」

 迷宮探索中あれだけいい雰囲気だった二人だが、大木がこんな風になって大丈夫だったのだろうか?

「あー、メイちゃんは、配属換えになって、しばらく会ってないんだよね」

 大木は、今までの軽いノリから一転して、重たいため息と共にそう言ったのだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

デリバリー・デイジー

SoftCareer
キャラ文芸
ワケ有りデリヘル嬢デイジーさんの奮闘記。 これを読むと君もデリヘルに行きたくなるかも。いや、行くんじゃなくて呼ぶんだったわ……あっ、本作品はR-15ですが、デリヘル嬢は18歳にならないと呼んじゃだめだからね。 ※もちろん、内容は百%フィクションですよ!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...