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掌の雪
その三
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「俺が三才になった頃に弟が生まれて、家族はその赤ん坊にかかりきりになったんです。弟が物心つくまで俺はほとんど放置状態で、まぁ寂しかったんでしょうね。最初は我慢してたんですけど、それも二年も過ぎれば限界を過ぎてしまった」
当時の俺は一族の事情など知らなかった。
突然家族全員が自分を放って弟だけを可愛がり始めたという事実が全てで、酷くひねくれた気分になっていたのである。
家族にしたって、何しろやっと俺が物心ついて一安心した所に次の赤ん坊が生まれたんだ。到底俺に意識を割くどころじゃなかったんだろう。皆クタクタだったに違いない。
これが普通の家庭ならもう少し手分けして上手い事上の子にも気を掛けることが出来たんだろうが、まぁ間が悪かったんだな。
だけど、そんなふうに割り切れるのは今の俺が大人だからだ。
あの頃の俺はひたすらいじけていた。
何かと言えば悪戯をして気を惹こうとして疲れたような溜め息を吐かれたりして、それは怒られるよりもずっと惨めで、いつしか俺は用がない時はほとんど家に寄りつかなくなってしまった。
まぁ俺がなまじ他人より丈夫なのもよくなかったんだろう。
家に帰らずに木の上で一晩寝たりしても、どこかが痛むことも風邪をひくもなかった。
たまに家族が心配して探してみれば元気に近所の子達と遊んでいるといった具合だったから、家族も安心して俺を好きにさせるようになってしまった。
え? 育児放棄? いや、そういう訳でもないんだけど、伊藤さんに説明するのは難しい。
うちは特殊な家系で、異能を持って生まれて来る確率がやたらと高い。
物心つく前の状態だと無意識に暴走させてしまう事故が有り得るから、常に用心のため何人かで張り付いていなければならないんだ。
俺がそういう事情をちゃんと飲み込んだのは妹が生まれた頃だったんだが、よくよく考えてみれば、三年ごとに赤ん坊が産まれて約九年間、うちの家族は気の休まる暇が全く無かったということだから、そりゃあ大変だったろうな、マジで。
とは言え、そこはみんなが親戚とほとんど同じような小さな村。
俺も他所の家でも平気でご飯を食べさせてもらったり泊まったり出来ていたし、そういう感じだから尚更家族も心配しなかったんだろうな。
え? へえ、伊藤さんも冒険者のキャンプでそんな感じだったんだ? 結構大所帯のキャンプだったんだな。
そっか、同じ年頃の子どもはいなかったのか。
そりゃあ、伊藤さん、可愛がられたろうな。
まぁそうだな、狭いコミュニティってそんなもんだよな。
だけど、あの頃の俺の気持ちとしては、ちょっと家族から捨てられたような気持ちがあったんだろうな。
恥ずかしい話だが、まぁ寂しかったんだろう。きっと、あの頃は。
誰も心配してくれないものだから、段々やることがやんちゃを越えて無茶をするようになっていった俺は、そしてとうとうあの日、村の結界を越えて山へ入ってしまったんだ。
まぁ結界と言っても、うちの村は他と比べれば結構ゆるゆるの結界で、雑魚な怪異は村の中にも普通にいたし、子供達が遊びで退治したりもしていたから、結界の外と言っても俺にはそんなに不安は無かった。
というか、むしろ心配して貰いたかったんだろうから、そこそこ危ないほうがいいぐらいの気持ちだったと思う。あの時の俺は。
だけど、今まで入ったことの無い山の奥に子供が一人で入ったらどうなるか、誰にだってわかる話だ。
そう、俺は見事に道に迷ってしまった。
なんというか、プチ遭難……みたいな。
あ、あれ? いや、ここ、泣くような所じゃないから、ちょ、伊藤さん? 大丈夫だから、その先がちゃんとあるから、ね?
それでふらふら当てもなく歩きまわっていたら、ふと、どこからか音が聞こえたんだ。
それも動物の立てるような音とかじゃなくて、楽器の、笛の音だった。
へとへとだった俺は、やっと村の近くまで戻れたと思った。
調子のいい俺の中には家出みたいな気分はもうどこにもなくなっていて、それで勢いよく走ってその音の出処へと向かったんだ。
段々音が近くなると、その音が何かの、とてもきれいな曲を奏でていることに気づいた。
それになんだか音の聴こえるほうからいい匂いがしている。
花の匂いだったのかな? 今でもよくわからないんだが、とにかく何かいい匂いだったということだけは覚えてる。
そして、藪を掻き分けて進んだ俺は驚いた。
そこには、俺が小さい頃おふくろが寝る前に話してくれた昔話に出て来たような、桃源郷のような光景が広がっていたんだ。
―― ◇ ◇ ◇ ――
「あ!」
と、思わず声を出した俺に、笛を奏でていた相手が振り向いた。
彼女はなんというか、まるで花の精のようだった。
薄紅の、ふわりと肩に掛かった髪に夕焼けの色の目、横笛に掛かったほっそりとした指のびっくりするような白さ。
彼女の髪の色に似た花びらがゆっくりと風に舞って漂っていたから尚更そんな風に思ったんだろう。
「ほう、お客か?」
その時、思わず立ちすくんでいた俺のすぐ近くから声がして、俺は文字通り飛び上がった。
全くそこに誰かがいるということに気づかなかったからだ。
慌てて振り向くと、そこには一人の男がいた。
そいつは男のくせに髪を肩より長く伸ばしていたが、不思議な事に全然女々しい感じはしなかった。
それどころか、まるで野生の獣のように油断出来ない荒々しい雰囲気があって、俺は酷く緊張した。
そいつは笑顔だったが、むしろそれこそが恐ろしかった。
だからあれこれ考える前に、俺は本能に従って慌てて飛び退いて距離を取った。
総毛立つというという状態を、この時初めて経験した。ぞっとして体が冷える。
だが、そいつはすぐにその獰猛な気配を引っ込めた。
そうすると、俺を震え上がらせた気配はたちまち消え去って、どこか人懐っこい顔をした青年といった風情になる。
「どうした? お前、人んちに転がり込んで来て挨拶も出来ねぇのか?」
そいつはニヤニヤしながら乱暴な言葉遣いでそう言うと、俺の顔を見て挑発するように口角を上げてみせた。
俺は持ち前の負けん気の強さが出てしまって、むっとしながらも相手の言葉を受けて自分のいる場所を確認してみる。
改めて周りを見回すと、そこは広い庭のある、そこそこ立派な田舎家だった。
俺が転がり出たのはどうやらその庭の一画のようで、目前に小さな小川とその岸辺に石造りの休憩場所があった。
どうやら二人はそこでお茶をしていたようで、テーブルの上には茶器のセットと綺麗な和菓子が見える。
道を探してさまよっていた俺は、それを見て思わず喉を鳴らしてしまった。
喉が乾いて腹も減っていたし、もう色々限界だったんだ。
だが、まぁ確かに相手の言っていることが正しいということがわかった。
俺は彼らにとっていきなり現れた侵入者だ。
なので気になるそれらから目を引き剥がすと、俺は男に顔を向け直して、謝ることにした。
「突然ごめんなさい。道に迷って、俺」
俺の言葉に、相手の男は弾けるように笑い出した。
「お前、こんなとこで迷ったのか! そりゃ恥ずかしいな!」
またむかっとしたけど、相手の言うことは確かにその通りで、俺は恥ずかしさと怒りで頭が沸騰しそうだった。
だけどそこへそっと肩に触れる感触がした。
見上げると、最初に見た女の人が無言で頷いて俺をテーブルのほうへ向かわせようとしてくれた。
どうやらお茶を振る舞ってくれるつもりのようだと理解した俺は、おそらくこの家の主だろう男に視線を移す。
彼女は全然口を開かないし、どうしていいのか判断に困ったからだ。
「まぁ茶ぐらい振る舞ってやるさ、せっかくの久しぶりの客だ。話し相手が増えるのは歓迎するからな」
態度はとんでもなく偉そうだったが、どうやら歓迎してくれているようだということはわかった。
俺もさすがにいい加減限界だったし、ありがたくお茶に呼ばれることにしたんだ。
段々慣れて来ると、その男の態度もあんまり気にならなくなったしな。
何より、この二人は俺が子供だからと侮る様子が無かった。
まるで大人に対するように俺に対応したし、道理を通してくれている気がした。
お茶もお菓子もびっくりするぐらい美味しかった。
うちには中央からのお客さんもよく来ていて、美味しいお菓子は食べ慣れていたと思ったけど、それでもここのお菓子は美味しかった。
男は俺の様子を見て何か悟ったのか、もしかしてふざけてるの? と思ったぐらい、菓子を家からも追加で持ち出して来て、どんどん俺に食わせた。
もうその頃には俺の中に最初の頃のわだかまりはなくなっていて、相手に気安い口を利くようにもなっていたんだ。
まぁガキだし、遠慮とか続く訳がないよな。
「なんでこの家こんなに菓子があるんだよ。子供がいるのか?」
「残念でした。俺が食うんだよ」
「男のくせにおかしいだろ?」
「何を言う、男が菓子を食わないというのは偏見だぞ、大体お前も男だろうが」
この男は、俺がそれまで出会ったどんな大人とも違っていた。
すぐにゲラゲラ笑うし、俺の言葉に真剣に応えてくれた。
俺は段々自分がこの相手を好きになっているのに気づいた。
俺に兄さんがいたらこんな感じかな? とか思ってしまっていたんだ。
「おお、そうだ、自己紹介をしておくか。俺は終天、こいつは白音って言うんだ。坊主はなんていうんだ?」
「俺? たかしだよ」
うちの村では苗字はみんな同じなんで上の名前は名乗らないのが普通だ。
だから、お互い名前だけ名乗るのは当たり前でおかしなことは何もなかった。そして、だからこそやっぱりこの相手は村の人間なんだなと俺は思った。
ハンターをやっているような連中の中には、普段は村から出て暮らす者が多いって聞いていたからだ。
きっとこの二人もその類で、村から外れた山の中に住んでいる物好きなんだろうと思った。
お互いに自己紹介し合ってから、最初からずっとしゃべらない白音という女の人が気になった。
もしかして口が利けないんだろうか? と心配になったんだ。
俺は思い切って彼女に話し掛けた。
「白音って不思議な髪と目の色してるんだね」
「……気持ち悪い?」
やっと聞けた彼女の声は、奏でていた笛の音に少し似ていて、優しい響きだった。
俺はほっとして笑いかけた。
「ううん、凄く綺麗だ。最初花の精かと思ったよ」
「お前、俺の目の前で白音を口説くとはいい度胸だな」
俺の言葉に終天が獰猛に笑ってみせる。
あちこちの家を渡り歩いていた俺はまぁマセガキだったんだろう。
終天の言っていることを理解して慌てて否定してみせた。
「口説いてなんかねぇよ!」
真っ赤になった俺を見て、終天はまた大きな声で笑った。
そして、白音も、その時初めて表情を動かして微笑んだように見えた。
当時の俺は一族の事情など知らなかった。
突然家族全員が自分を放って弟だけを可愛がり始めたという事実が全てで、酷くひねくれた気分になっていたのである。
家族にしたって、何しろやっと俺が物心ついて一安心した所に次の赤ん坊が生まれたんだ。到底俺に意識を割くどころじゃなかったんだろう。皆クタクタだったに違いない。
これが普通の家庭ならもう少し手分けして上手い事上の子にも気を掛けることが出来たんだろうが、まぁ間が悪かったんだな。
だけど、そんなふうに割り切れるのは今の俺が大人だからだ。
あの頃の俺はひたすらいじけていた。
何かと言えば悪戯をして気を惹こうとして疲れたような溜め息を吐かれたりして、それは怒られるよりもずっと惨めで、いつしか俺は用がない時はほとんど家に寄りつかなくなってしまった。
まぁ俺がなまじ他人より丈夫なのもよくなかったんだろう。
家に帰らずに木の上で一晩寝たりしても、どこかが痛むことも風邪をひくもなかった。
たまに家族が心配して探してみれば元気に近所の子達と遊んでいるといった具合だったから、家族も安心して俺を好きにさせるようになってしまった。
え? 育児放棄? いや、そういう訳でもないんだけど、伊藤さんに説明するのは難しい。
うちは特殊な家系で、異能を持って生まれて来る確率がやたらと高い。
物心つく前の状態だと無意識に暴走させてしまう事故が有り得るから、常に用心のため何人かで張り付いていなければならないんだ。
俺がそういう事情をちゃんと飲み込んだのは妹が生まれた頃だったんだが、よくよく考えてみれば、三年ごとに赤ん坊が産まれて約九年間、うちの家族は気の休まる暇が全く無かったということだから、そりゃあ大変だったろうな、マジで。
とは言え、そこはみんなが親戚とほとんど同じような小さな村。
俺も他所の家でも平気でご飯を食べさせてもらったり泊まったり出来ていたし、そういう感じだから尚更家族も心配しなかったんだろうな。
え? へえ、伊藤さんも冒険者のキャンプでそんな感じだったんだ? 結構大所帯のキャンプだったんだな。
そっか、同じ年頃の子どもはいなかったのか。
そりゃあ、伊藤さん、可愛がられたろうな。
まぁそうだな、狭いコミュニティってそんなもんだよな。
だけど、あの頃の俺の気持ちとしては、ちょっと家族から捨てられたような気持ちがあったんだろうな。
恥ずかしい話だが、まぁ寂しかったんだろう。きっと、あの頃は。
誰も心配してくれないものだから、段々やることがやんちゃを越えて無茶をするようになっていった俺は、そしてとうとうあの日、村の結界を越えて山へ入ってしまったんだ。
まぁ結界と言っても、うちの村は他と比べれば結構ゆるゆるの結界で、雑魚な怪異は村の中にも普通にいたし、子供達が遊びで退治したりもしていたから、結界の外と言っても俺にはそんなに不安は無かった。
というか、むしろ心配して貰いたかったんだろうから、そこそこ危ないほうがいいぐらいの気持ちだったと思う。あの時の俺は。
だけど、今まで入ったことの無い山の奥に子供が一人で入ったらどうなるか、誰にだってわかる話だ。
そう、俺は見事に道に迷ってしまった。
なんというか、プチ遭難……みたいな。
あ、あれ? いや、ここ、泣くような所じゃないから、ちょ、伊藤さん? 大丈夫だから、その先がちゃんとあるから、ね?
それでふらふら当てもなく歩きまわっていたら、ふと、どこからか音が聞こえたんだ。
それも動物の立てるような音とかじゃなくて、楽器の、笛の音だった。
へとへとだった俺は、やっと村の近くまで戻れたと思った。
調子のいい俺の中には家出みたいな気分はもうどこにもなくなっていて、それで勢いよく走ってその音の出処へと向かったんだ。
段々音が近くなると、その音が何かの、とてもきれいな曲を奏でていることに気づいた。
それになんだか音の聴こえるほうからいい匂いがしている。
花の匂いだったのかな? 今でもよくわからないんだが、とにかく何かいい匂いだったということだけは覚えてる。
そして、藪を掻き分けて進んだ俺は驚いた。
そこには、俺が小さい頃おふくろが寝る前に話してくれた昔話に出て来たような、桃源郷のような光景が広がっていたんだ。
―― ◇ ◇ ◇ ――
「あ!」
と、思わず声を出した俺に、笛を奏でていた相手が振り向いた。
彼女はなんというか、まるで花の精のようだった。
薄紅の、ふわりと肩に掛かった髪に夕焼けの色の目、横笛に掛かったほっそりとした指のびっくりするような白さ。
彼女の髪の色に似た花びらがゆっくりと風に舞って漂っていたから尚更そんな風に思ったんだろう。
「ほう、お客か?」
その時、思わず立ちすくんでいた俺のすぐ近くから声がして、俺は文字通り飛び上がった。
全くそこに誰かがいるということに気づかなかったからだ。
慌てて振り向くと、そこには一人の男がいた。
そいつは男のくせに髪を肩より長く伸ばしていたが、不思議な事に全然女々しい感じはしなかった。
それどころか、まるで野生の獣のように油断出来ない荒々しい雰囲気があって、俺は酷く緊張した。
そいつは笑顔だったが、むしろそれこそが恐ろしかった。
だからあれこれ考える前に、俺は本能に従って慌てて飛び退いて距離を取った。
総毛立つというという状態を、この時初めて経験した。ぞっとして体が冷える。
だが、そいつはすぐにその獰猛な気配を引っ込めた。
そうすると、俺を震え上がらせた気配はたちまち消え去って、どこか人懐っこい顔をした青年といった風情になる。
「どうした? お前、人んちに転がり込んで来て挨拶も出来ねぇのか?」
そいつはニヤニヤしながら乱暴な言葉遣いでそう言うと、俺の顔を見て挑発するように口角を上げてみせた。
俺は持ち前の負けん気の強さが出てしまって、むっとしながらも相手の言葉を受けて自分のいる場所を確認してみる。
改めて周りを見回すと、そこは広い庭のある、そこそこ立派な田舎家だった。
俺が転がり出たのはどうやらその庭の一画のようで、目前に小さな小川とその岸辺に石造りの休憩場所があった。
どうやら二人はそこでお茶をしていたようで、テーブルの上には茶器のセットと綺麗な和菓子が見える。
道を探してさまよっていた俺は、それを見て思わず喉を鳴らしてしまった。
喉が乾いて腹も減っていたし、もう色々限界だったんだ。
だが、まぁ確かに相手の言っていることが正しいということがわかった。
俺は彼らにとっていきなり現れた侵入者だ。
なので気になるそれらから目を引き剥がすと、俺は男に顔を向け直して、謝ることにした。
「突然ごめんなさい。道に迷って、俺」
俺の言葉に、相手の男は弾けるように笑い出した。
「お前、こんなとこで迷ったのか! そりゃ恥ずかしいな!」
またむかっとしたけど、相手の言うことは確かにその通りで、俺は恥ずかしさと怒りで頭が沸騰しそうだった。
だけどそこへそっと肩に触れる感触がした。
見上げると、最初に見た女の人が無言で頷いて俺をテーブルのほうへ向かわせようとしてくれた。
どうやらお茶を振る舞ってくれるつもりのようだと理解した俺は、おそらくこの家の主だろう男に視線を移す。
彼女は全然口を開かないし、どうしていいのか判断に困ったからだ。
「まぁ茶ぐらい振る舞ってやるさ、せっかくの久しぶりの客だ。話し相手が増えるのは歓迎するからな」
態度はとんでもなく偉そうだったが、どうやら歓迎してくれているようだということはわかった。
俺もさすがにいい加減限界だったし、ありがたくお茶に呼ばれることにしたんだ。
段々慣れて来ると、その男の態度もあんまり気にならなくなったしな。
何より、この二人は俺が子供だからと侮る様子が無かった。
まるで大人に対するように俺に対応したし、道理を通してくれている気がした。
お茶もお菓子もびっくりするぐらい美味しかった。
うちには中央からのお客さんもよく来ていて、美味しいお菓子は食べ慣れていたと思ったけど、それでもここのお菓子は美味しかった。
男は俺の様子を見て何か悟ったのか、もしかしてふざけてるの? と思ったぐらい、菓子を家からも追加で持ち出して来て、どんどん俺に食わせた。
もうその頃には俺の中に最初の頃のわだかまりはなくなっていて、相手に気安い口を利くようにもなっていたんだ。
まぁガキだし、遠慮とか続く訳がないよな。
「なんでこの家こんなに菓子があるんだよ。子供がいるのか?」
「残念でした。俺が食うんだよ」
「男のくせにおかしいだろ?」
「何を言う、男が菓子を食わないというのは偏見だぞ、大体お前も男だろうが」
この男は、俺がそれまで出会ったどんな大人とも違っていた。
すぐにゲラゲラ笑うし、俺の言葉に真剣に応えてくれた。
俺は段々自分がこの相手を好きになっているのに気づいた。
俺に兄さんがいたらこんな感じかな? とか思ってしまっていたんだ。
「おお、そうだ、自己紹介をしておくか。俺は終天、こいつは白音って言うんだ。坊主はなんていうんだ?」
「俺? たかしだよ」
うちの村では苗字はみんな同じなんで上の名前は名乗らないのが普通だ。
だから、お互い名前だけ名乗るのは当たり前でおかしなことは何もなかった。そして、だからこそやっぱりこの相手は村の人間なんだなと俺は思った。
ハンターをやっているような連中の中には、普段は村から出て暮らす者が多いって聞いていたからだ。
きっとこの二人もその類で、村から外れた山の中に住んでいる物好きなんだろうと思った。
お互いに自己紹介し合ってから、最初からずっとしゃべらない白音という女の人が気になった。
もしかして口が利けないんだろうか? と心配になったんだ。
俺は思い切って彼女に話し掛けた。
「白音って不思議な髪と目の色してるんだね」
「……気持ち悪い?」
やっと聞けた彼女の声は、奏でていた笛の音に少し似ていて、優しい響きだった。
俺はほっとして笑いかけた。
「ううん、凄く綺麗だ。最初花の精かと思ったよ」
「お前、俺の目の前で白音を口説くとはいい度胸だな」
俺の言葉に終天が獰猛に笑ってみせる。
あちこちの家を渡り歩いていた俺はまぁマセガキだったんだろう。
終天の言っていることを理解して慌てて否定してみせた。
「口説いてなんかねぇよ!」
真っ赤になった俺を見て、終天はまた大きな声で笑った。
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