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蠱毒の壷
その二十二
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移動ポイントは由美子の予測通り次は白いアイテムだった。
正直霧に霞んでどこもかしこも白いんだから白とか目立たないだろうと思っていたんだが、そんなことは無かった。
食卓の上に置かれたガラスの容器に容れられた真っ白な粉状の物は、まるで陽を受けた新雪のように白く浮かび上がって見えた。そのせいで周囲の霧に包まれた風景は白ではなくグレーだったのだと知らしめてくれたのだ。
しかし問題はそこではなかった。
「これは、……早速味覚か」
塩か砂糖かはたまたそれ以外のなんらかの物体かわからないキーアイテムを前に全員の心に戦慄が駆け抜けたのを感じる。
「ええっと、ジャンケンで決めるとか……」
そして、なんとか嫌な予感を回避しようと提案した俺が見回した全員の顔は同じ言葉を浮かべているように見えた。
「リーダー任せた!」
大木がキラリと白い歯を見せて親指を立てて見せる。
俺は無言でその頭を軽く撫でてやった。
「うおう!」
頭を押さえてその場で転げ回る馬鹿者は放置するとして、ここはもう仕方ないだろうな。
誰だって迷宮内の物を口にしたくないのだ。
俺だって押し付ける相手がいるなら押し付けるだろう。
俺が覚悟を決めてガラス容器に手を伸ばそうとしたら、横から由美子が袖を引っ張った。
「これ、念の為に口に含んでおいて」
そう言って紙片を差し出す。
それは爪の先程に折り畳まれた真っ白な紙だ。
まあ、なんかの術式符だろう。
毒探知用かな?
考えても俺にわかる訳がないのでそのまま口に放り込んで飲み込んだ。
そして覚悟を決めると、瓶を開けて白い粉を摘んで舐める。
「甘い……」
砂糖だ。
そして移動先には生クリームだけが掛かった真っ白なケーキが置いてあった。
せめてこっちは徳利に酒とかにしとけよ。
そんな調子で、最後の移動はふかふかの黒い猫のぬいぐるみとつるりとしたオニキスのピラミッドを経てマップが完成した。
怪異は色々と襲って来たが、途中でキモい魚人にモリを持って襲われたのが一番大変だった。
生意気にも眠りの魔術を使って来たせいで、きちんと装備を固めていなかった大木がやられたのだ。
他の全員、明子さんすら隊服の術抵抗で対処したのにグッスリ眠り込んだ大木に呆れ果て、誰もその術を解除しようとしなかったぐらいだ。
だって迷宮なのに対魔兵装を忘れるって、意味がわからんぞ。
結局俺が装甲車のAIによる「マスター」攻撃に参って由美子に頼んで解除してもらうまでそのままだった。
さて、そんな雑事はともかくとして、無事マップを完成させた時、俺達が見たのは霧が晴れた光景だった。
怪異の姿も消え、すっきりとしたはずなのに、そこはまるでなんの気配もないゴーストタウンのような住宅街と化し、どこか薄ら寒い。
なにもかもがシンと静まり返った人のいない日常空間がただそこにあった。
「マップは完成しましたが、ボス部屋へのルートがわかりませんね」
明子さんが真剣な声で言った。
まあこの人はいつも真剣なんだが。
「ん? あれ、最初からあんなのありましたっけ?」
寝ている間に落書きされてやや男前度が上がった大木が指差した先には地下へと降りる階段、なんとなく地下鉄っぽい入口があった。
「気づかなかったな」
「建造物自体は私には探知出来ませんので見逃したのかもしれません。申し訳ありません」
装甲車のAIがシュンとした口調で言った。
どうやら落ち込んだらしい。
「リーダー、慰めて」
大木が無茶振りをかまして来るが俺は無視した。
「イヤイヤオハツ、俺達も発見出来なかったンだし、君ダけの責任ジゃないよ」
代わりにとでも言うようにピーターが慰めている。
このAIこいつ等がそんな風に扱うから変に人間臭くなったんじゃないのか?
「取り敢えず行ってみるしかないな」
俺の呟きに浩二が頷いた。
「条件を満たしたから新たなフィールドが開放されたという可能性もありますからね」
なるほど、ありそうな話だ。
変な凝り方がいかにもヤツらしいしな。
俺達は真ん中に装甲車、殿を由美子という、隊列としてはやや中太りの形で階段を下った。
由美子の式が先行してある程度の安全を確保しながら慎重に地下へと降りる。
地下への通路は周囲を灰色のコンクリが囲み、天井に古臭い蛍光灯が並んで僅かな範囲を照らしていた。
時折チカチカと点滅をしている物があったりして、なんとなく物資の供給が乏しい地方都市の地下街を彷彿とさせる。
しかし壁にはそんな都市によくある落書きではなく、のたくる意味不明なシミのような物が続いていた。
地上は色が戻ったのに地下はまだ灰色の世界だ。
それが壁の色のせいなのか照明のせいなのか、本当に色が無いのか判別が付かないのが余計に気持ちを苛立たせた。
「カウント六十で接敵」
階段を降りきった時、由美子の報告が届く。
「俺が先行する。ユミ、ナビを頼む」
地下通路は一本道なので多少の先行は問題ないと判断して走り出す俺の前方に由美子の式ではない銀色の鳥が躍り出た。
「単独先行はリーダーのやるべきこととは思えません」
「全くダ!」
「お前ら」
アンナ嬢の使い魔だか召喚の獣だかの鳥と、リニアか何かわからん仕組みで足が地に着いていない状態で、何かを背面ノズルから噴射しながら進むピーターが両脇に並ぶ。
止めとばかりに頭の周りでブンブンうるさく真っ白な蜂が飛び回っていた。
いや、まあ由美子の式は俺が言ったからついて来たんだろうけどさ、なんで耳元で物騒な羽音を響かせなきゃならんのかと。
「お前らは戦闘には参加しない約束だからな」
「この子は私ではない」
「雑魚とは戦わナいから安心シな」
なんというへ理屈。
しかしまあ説得している暇はないし、そもそも説得する自信がない。
ええい、侭よ、なるようになるだろ!
俺だってうるさく言うのも言われるのも沢山だしな。
通路の先では両方の壁から滲み出るように怪異が出現していた。
なまっちろいナメクジに指の無い手足を付けたような、不気味でふにゃふにゃした奴だ。
顔があるべき場所にはただ丸くてガチガチと開け閉めしているシャッターのような歯が並んだ口が見える。
これはあれだな、キッチンの流しにある排水口そっくりだな。
「うハ、いかにモ悪魔的なデーモンだな」
ピーターが肩を竦めて言った。
「うん、マあなんだ、アレはお任せするゼ」
キモいからか!
まあいいけどな。
俺は走って来た勢いのままその排水口野郎に突っ込んだ。
連中は「キ・キ・キ」と錆びた金属が擦れるような声を上げると、ふにゃふにゃの腕を振るって攻撃して来る。
ブン! と振るわれた腕がその反動でグニャリと伸びる。
やたら間合いが掴みにくい相手だ。
やっぱこれはスライムの亜種なんだろうな。
俺は伸びて来た腕を躱すと、擦れ違いざまにそれを掴んだ。
「ちょっと!」
アンナ嬢の鳥が鋭く注意を促すが、言いたいことはわかっている。
案の定、俺の指はずぶりと排水口野郎の腕の中に沈み込んだ。
スライムタイプを相手にする時の最も注意すべき点がこれだ。
スライムは自分の体で獲物を包み込むことで相手を消化することが出来る。
こいつは口を持っているようだが、その基本の特性は同じようだった。
指先にピリピリとしたむず痒さを感じながら俺はそいつをお仲間に向かってぶん投げた。
それらは絡まり合って潰れながら転がり、その衝撃で部位のいくらかが千切れ飛んだのが見える。
「無茶な上に馬鹿ね」
アンナ嬢の嘲るような口調が冷たく響いた。
「おオ、増えタな」
赤毛男が言う通り、なんと敵さんはちょっと縮んで倍増していた。
千切れた部位がそれぞれ一個体となったらしい。
「食えもしないのに増えやがった」
心底めんどくさくなってそうぼやいた俺は悪くないと思う。
正直霧に霞んでどこもかしこも白いんだから白とか目立たないだろうと思っていたんだが、そんなことは無かった。
食卓の上に置かれたガラスの容器に容れられた真っ白な粉状の物は、まるで陽を受けた新雪のように白く浮かび上がって見えた。そのせいで周囲の霧に包まれた風景は白ではなくグレーだったのだと知らしめてくれたのだ。
しかし問題はそこではなかった。
「これは、……早速味覚か」
塩か砂糖かはたまたそれ以外のなんらかの物体かわからないキーアイテムを前に全員の心に戦慄が駆け抜けたのを感じる。
「ええっと、ジャンケンで決めるとか……」
そして、なんとか嫌な予感を回避しようと提案した俺が見回した全員の顔は同じ言葉を浮かべているように見えた。
「リーダー任せた!」
大木がキラリと白い歯を見せて親指を立てて見せる。
俺は無言でその頭を軽く撫でてやった。
「うおう!」
頭を押さえてその場で転げ回る馬鹿者は放置するとして、ここはもう仕方ないだろうな。
誰だって迷宮内の物を口にしたくないのだ。
俺だって押し付ける相手がいるなら押し付けるだろう。
俺が覚悟を決めてガラス容器に手を伸ばそうとしたら、横から由美子が袖を引っ張った。
「これ、念の為に口に含んでおいて」
そう言って紙片を差し出す。
それは爪の先程に折り畳まれた真っ白な紙だ。
まあ、なんかの術式符だろう。
毒探知用かな?
考えても俺にわかる訳がないのでそのまま口に放り込んで飲み込んだ。
そして覚悟を決めると、瓶を開けて白い粉を摘んで舐める。
「甘い……」
砂糖だ。
そして移動先には生クリームだけが掛かった真っ白なケーキが置いてあった。
せめてこっちは徳利に酒とかにしとけよ。
そんな調子で、最後の移動はふかふかの黒い猫のぬいぐるみとつるりとしたオニキスのピラミッドを経てマップが完成した。
怪異は色々と襲って来たが、途中でキモい魚人にモリを持って襲われたのが一番大変だった。
生意気にも眠りの魔術を使って来たせいで、きちんと装備を固めていなかった大木がやられたのだ。
他の全員、明子さんすら隊服の術抵抗で対処したのにグッスリ眠り込んだ大木に呆れ果て、誰もその術を解除しようとしなかったぐらいだ。
だって迷宮なのに対魔兵装を忘れるって、意味がわからんぞ。
結局俺が装甲車のAIによる「マスター」攻撃に参って由美子に頼んで解除してもらうまでそのままだった。
さて、そんな雑事はともかくとして、無事マップを完成させた時、俺達が見たのは霧が晴れた光景だった。
怪異の姿も消え、すっきりとしたはずなのに、そこはまるでなんの気配もないゴーストタウンのような住宅街と化し、どこか薄ら寒い。
なにもかもがシンと静まり返った人のいない日常空間がただそこにあった。
「マップは完成しましたが、ボス部屋へのルートがわかりませんね」
明子さんが真剣な声で言った。
まあこの人はいつも真剣なんだが。
「ん? あれ、最初からあんなのありましたっけ?」
寝ている間に落書きされてやや男前度が上がった大木が指差した先には地下へと降りる階段、なんとなく地下鉄っぽい入口があった。
「気づかなかったな」
「建造物自体は私には探知出来ませんので見逃したのかもしれません。申し訳ありません」
装甲車のAIがシュンとした口調で言った。
どうやら落ち込んだらしい。
「リーダー、慰めて」
大木が無茶振りをかまして来るが俺は無視した。
「イヤイヤオハツ、俺達も発見出来なかったンだし、君ダけの責任ジゃないよ」
代わりにとでも言うようにピーターが慰めている。
このAIこいつ等がそんな風に扱うから変に人間臭くなったんじゃないのか?
「取り敢えず行ってみるしかないな」
俺の呟きに浩二が頷いた。
「条件を満たしたから新たなフィールドが開放されたという可能性もありますからね」
なるほど、ありそうな話だ。
変な凝り方がいかにもヤツらしいしな。
俺達は真ん中に装甲車、殿を由美子という、隊列としてはやや中太りの形で階段を下った。
由美子の式が先行してある程度の安全を確保しながら慎重に地下へと降りる。
地下への通路は周囲を灰色のコンクリが囲み、天井に古臭い蛍光灯が並んで僅かな範囲を照らしていた。
時折チカチカと点滅をしている物があったりして、なんとなく物資の供給が乏しい地方都市の地下街を彷彿とさせる。
しかし壁にはそんな都市によくある落書きではなく、のたくる意味不明なシミのような物が続いていた。
地上は色が戻ったのに地下はまだ灰色の世界だ。
それが壁の色のせいなのか照明のせいなのか、本当に色が無いのか判別が付かないのが余計に気持ちを苛立たせた。
「カウント六十で接敵」
階段を降りきった時、由美子の報告が届く。
「俺が先行する。ユミ、ナビを頼む」
地下通路は一本道なので多少の先行は問題ないと判断して走り出す俺の前方に由美子の式ではない銀色の鳥が躍り出た。
「単独先行はリーダーのやるべきこととは思えません」
「全くダ!」
「お前ら」
アンナ嬢の使い魔だか召喚の獣だかの鳥と、リニアか何かわからん仕組みで足が地に着いていない状態で、何かを背面ノズルから噴射しながら進むピーターが両脇に並ぶ。
止めとばかりに頭の周りでブンブンうるさく真っ白な蜂が飛び回っていた。
いや、まあ由美子の式は俺が言ったからついて来たんだろうけどさ、なんで耳元で物騒な羽音を響かせなきゃならんのかと。
「お前らは戦闘には参加しない約束だからな」
「この子は私ではない」
「雑魚とは戦わナいから安心シな」
なんというへ理屈。
しかしまあ説得している暇はないし、そもそも説得する自信がない。
ええい、侭よ、なるようになるだろ!
俺だってうるさく言うのも言われるのも沢山だしな。
通路の先では両方の壁から滲み出るように怪異が出現していた。
なまっちろいナメクジに指の無い手足を付けたような、不気味でふにゃふにゃした奴だ。
顔があるべき場所にはただ丸くてガチガチと開け閉めしているシャッターのような歯が並んだ口が見える。
これはあれだな、キッチンの流しにある排水口そっくりだな。
「うハ、いかにモ悪魔的なデーモンだな」
ピーターが肩を竦めて言った。
「うん、マあなんだ、アレはお任せするゼ」
キモいからか!
まあいいけどな。
俺は走って来た勢いのままその排水口野郎に突っ込んだ。
連中は「キ・キ・キ」と錆びた金属が擦れるような声を上げると、ふにゃふにゃの腕を振るって攻撃して来る。
ブン! と振るわれた腕がその反動でグニャリと伸びる。
やたら間合いが掴みにくい相手だ。
やっぱこれはスライムの亜種なんだろうな。
俺は伸びて来た腕を躱すと、擦れ違いざまにそれを掴んだ。
「ちょっと!」
アンナ嬢の鳥が鋭く注意を促すが、言いたいことはわかっている。
案の定、俺の指はずぶりと排水口野郎の腕の中に沈み込んだ。
スライムタイプを相手にする時の最も注意すべき点がこれだ。
スライムは自分の体で獲物を包み込むことで相手を消化することが出来る。
こいつは口を持っているようだが、その基本の特性は同じようだった。
指先にピリピリとしたむず痒さを感じながら俺はそいつをお仲間に向かってぶん投げた。
それらは絡まり合って潰れながら転がり、その衝撃で部位のいくらかが千切れ飛んだのが見える。
「無茶な上に馬鹿ね」
アンナ嬢の嘲るような口調が冷たく響いた。
「おオ、増えタな」
赤毛男が言う通り、なんと敵さんはちょっと縮んで倍増していた。
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