エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
上 下
86 / 233
蠱毒の壷

その十三

しおりを挟む
 ミーティングルームに移動した俺達は、やたら色合いの派手な二人の強烈な自己アピールを聞かされる羽目となった。
 いや、正直に言おう。
 俺達ではなく、「俺」が二人から熱烈なアピールを受けているだけで、他の連中は逃げた。
 大木は例の装甲車の整備、明子さんは第二層探索の報告、浩二は第三層探索のための補給の確認、由美子はお茶……という立派な理由はあるけどな。

「とにかく今回は無理だ。普通に考えればわかるだろう。互いの信頼関係も出来て無いのに、事前情報の無い初めての迷宮ダンジョンに挑むとか、自殺行為でしかない」

 しかし俺の真っ当な主張は鼻で笑われることとなった。

「はっ、それは弱者の理屈だわ。本来私一人でだって大丈夫なのだから、その理屈に説得力などありはしない」
「マったくダ、ジャポーンのヒーローは慎重すギる。いまドきそういうノは流行らないネ」

 ヤンキー兄ちゃんはその翻訳術式を調整しろ。
 とはいえ、確かに彼らの言葉にも一理ある。
 未踏破であるとは言え、『たかが』三層目だ。俺だって一人で行けると判断するだろう。
 だが、今回の件に俺は嫌な予感が拭い切れない。
 個々の実力が拮抗する協調性の無い異能集団とか、……うん、どう考えても駄目だろこれ。
 というか、なんだってこいつらはそんなに慌てて成果を出したいんだ?
 今回はいくらなんでもごり押しが過ぎるし、酒匂さん事情知ってそうなのに何も言わないと来たもんだ。
 てかおかしいと言えば、そもそも国外へ出すはずもない血統の人間をいくら資源独占を防ぐためとはいえ易々と彼らの母国が送り出すだろうか?
 なにか裏でとんでもないことになっているんじゃないだろうな。

「とにかくあなたがなんと言おうと私は同行しますから」
「おレも行くゼ」

 駄目だ、こいつらを御せる気がしない。
 頭を抱えたが、さすがに国際問題は俺個人でなんとか出来る範囲の外だ。
 いくら酒匂さんが理屈をこじつけても、こいつらの母国になんらかの思惑があるのなら、その意思を尊重しなければ様々な圧力があるに違いない。
 酒匂さんが二人を同行させないことも考えているように振る舞ったのは、単なる揺さぶりであり、俺の交渉をやりやすくしてくれたのだろうと、それぐらいは俺にもわかった。
 しかし、だからと言って、こいつらをなんとかしながら迷宮攻略とか冗談じゃない。
 だけど、くそ、どう考えても俺の一存でお断り出来るような話じゃないだろうが。
 ああ、なんか胃が痛くなって来た。そう言えばそろそろ飯を食わないとな。

「ちょっと! 話を聞いていますか!」
「タかあシィは天使の囁きをキいているのですね」
「ここは邪神の国よ、天使がいる訳ないでしょう」
「オーのー、アナタは見識が狭いデすね。天使はドコにでもいるのです」

 俺が放置していたら、何やら異邦人二人がお互いに揉め始めていた。
 どんだけ争い事が好きなんだよ。

「確かに神の御業は人の考えの及ぶ所ではないけれど、信仰の無い所に神は降りないわ」
「そこが既にオカシイのです。信仰はワレワレの中にある。それともアナタは神を信じることを放棄したのですか?」

 ヤバい、宗教戦争が始まりそうな気配だ。

「待て二人共、ここで宗教談義を始めるな。やるなら教会でやれ。それに今は迷宮の話じゃなかったのかよ」

 そう言うと、二人は互いを睨み合っていた顔をくるりと俺に向けた。
 ちょ、ヤバい目付きだ。
 だが、ビビる俺を置いて二人はどうやら宗教戦争へと向かっていた互いの矛を収めることにしたようである。

「なに? ようやく迷宮に同行することを納得したの? ならさっさと行くわよ。時間を無駄にしたくないわ」
「ヘイ、少し遅いが先にランチにシよう。食事は人を繋げるネ。これは真理ダヨ」

 どんどん話を先に進めていく二人をなんとか抑えないと大変なことになりそうなので、俺は条件を出すことにした。

「待て、二人とも。どうしても同行するというのなら条件を付ける」

 二人は上げかけた腰を再び下ろし、俺に注目した。
 その冷ややかな常人離れした視線に冷や汗を流しながら、俺はきっぱりと告げる。

「一つ、迷宮内の行動において、常に俺の指示に従うこと」

 二人はぴくりと顔の筋肉を動かしたが、文句は言わなかった。
 自称アンナさんは何かを言いたそうにしていたが、頑張って自制したらしい。
 酒匂さんのハッタリが効いているようだ。

「そしてもう一つ。絶対に勝手に戦わないで欲しい。極端に言えば戦闘をせず単に同行するだけにして欲しい」

 二人が息を呑むのを感じる。
 赤毛兄ちゃんのピーターは、それでもしぶしぶ納得したような感じだ。
 だが、アンナ嬢はまたも白い顔に血を上らせている。
 沸点低いな。
 しかし、なんとか彼女は自制した。
 どうしても迷宮に同行したいのだろう。
 眉間に皺を寄せ、何事か考えた末に、ちらりと俺の顔を舐めるように見て、ニィと笑い、ハァとわざとらしくため息を吐いた。

「わかったわ。アナタに従う。お客様扱いなら楽も出来るしね」

 うん、アナタ今、おそらく嘘を言いましたね?

「わかったネ。タかしがワレワレのリーダーです。命令に従いマす」

 ああ、こいつら口先だけだなとはっきりわかるんだよな。こんな決め事なんか意味がないという内心が既に透けて見えているぜ。
 だけど、一応こうやって約束を結ぶのには意味がある。
 言霊の力にはある程度の拘束力があるのだ。
 どれだけ力持つ者だろうと、この拘束はその身を縛る鎖となる。
 まぁ、こいつらクラスだと荒縄に足が引っかかった程度の拘束力なんだろうけどな。

 端末を操作してあちこちに散ったメンバーそれぞれに連絡を取り、食堂で集合する事にする。
 アンナとピーターも誘ったが、他に寄ってから集まるということで、別ルートで行くこととなった。
 一緒に行動しなくていいのはむしろ有難いけど、単独行動させていいんかな?
 仮にもゲストなんだから行動制限とかは出来ないだろうからいいんだろうな。

 俺が重い足を引きずりながら食堂へと向かっていると、途中のフロアのソファーにカード端末でニュースを表示させて眺めている酒匂さんに行き会った。

「お偉いさんがこんな所で一人でいていいんですか?」
「私程度、別に大した立場ではないよ」
「何言ってんですか、大臣」

 酒匂さんは立ち上がると、俺の肩を軽く叩いた。

「悪いな。無理難題ばっかりお前たちに押し付けて」
「全くです。今度のおみやげはよっぽど美味くないと許しませんよ」

 俺の言葉に酒匂さんはククッと笑う。

「どうも、迷宮は各国にくすぶっていた問題の吐き出し口として目を付けられたようだ。まだまだ詳細な真意は探りきれてないが、くれぐれも油断するな。特にロシアには気を付けるんだ。あの国は昔から木村の一族を欲しがっていた」

 酒匂さんの言葉の意外さに俺は驚いた。

「まさか、あの国は精霊信仰国家を邪神の国として見下して来たでしょうに」

 俺の言葉に酒匂さんは少し逡巡して短く告げる。

「どうも彼らの育んでいる『血』に問題が出ているらしい」

 詳しく聞こうとした俺を片手で制すると、酒匂さんはそのまま軽く手を上げて俺の向かう方向とは逆へと去って行った。

 ああもう、ホント勘弁してください。

==================================

翻訳術式装置:術式を封印した結晶体を襟などにピン止めして使う言語翻訳ツール。
ただし、その種類は多く、メーカー毎に特徴があるので、一言で翻訳術式と言ってもさまざまである。
一部マニアの間では特殊な語尾などを勝手に付けたり、特殊な言葉使いに変えたりする物などが流行っていたりもする。
もちろん万能ではないし、あまりにもストレートに意訳しすぎて交渉事で問題が発生するケースも多く、純粋に語学を学ぶ者もそれなりに存在する。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...